13.中層にて
いよいよダンジョン中層です。
ロジはドナドナされます。
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13.中層にて。
あー、俺は今中層にいる。
「中層に行く」
この女が飯を食ったあとにそう宣言したからだ。しかもその後に。
「下層だろうがボス部屋だろうが、行けるとこまで行くよ。湧きが命だから、きみも来てね」
って。
「おいいいいい! 俺は中層も下層も行ったことないっつの! 何ソレ死ぬじゃん! しかも何日かかんだよ? 俺の当番の日までに戻れんのかよ? あいつら死んじまうぞ!」
話を聞くまでは、中層くらいならいけんじゃないかと思ってはいた。もちろん俺が後ろ、女が前で。
俺はドロップ回収係に徹する。逆に足手まといになるからな。
でも。でもだ。
下層だボス部屋だなんてのは、ぜってえ無理! 行きたくねえ!
女は首を傾げて「おや?」って感じだ。いや俺が首傾げたいよ。「マジで言ってんの?」って。
「これ、持ち運びできるし、きみが持ってれば絶対安全だよ?」
これってのは、今この安全な場所作ってる石のことか?こんなん攻撃してこねえモンスターしかいないここじゃ、効いてるかどうか判んねえって!
「こええーんだって! 行ったことないんだぞ? 下層とボス部屋なんて、ぜってえ無理だって!」
無理無理無理無理!
「んー」と女が考えてる。何言われたって、俺は中層までしか行かねえ。
「えーじゃあ角銀貨1枚なら来てくれる?」
ん? 角銀貨? 今度は金で釣ろうって考えらしいが。
「角銀貨ってなんだ?」
そんなものは知らねえ。俺らのとこに入る金なんざ大銅貨止まりだ。角銀貨って言われても、解るわけがない。
「角銀貨1枚は、銅貨10万枚だよ」
10万枚って何枚だ? 首を傾げる。
「銅貨10枚で、大銅貨1枚だよね。大銅貨10枚で、角銅貨1枚なのは解る?」
頷く。そこまでなら解る。
「角銅貨が10枚で、銀貨1枚になるのは知ってる?」
いや知らんかった。首を振る。
「じゃあそこからだね。角銅貨が10枚だと、銀貨1枚になって、銀貨10枚だと、大銀貨1枚になる」
ゆっくり言ってくれるので、なんとか解る。ふんふんと頷く。
「大銀貨が10枚で、角銀貨1枚だよ。だから、きみに解りやすく言うと、角銅貨100枚が、10個あるってこと」
「俺、50ちょっとくらいまでしか、よく解んねえんだけど…」
なんとか解るように言ってくれてるのが申し訳なくて、言う声が小さくなってしまった。
「じゃあ、角銅貨50枚が、20個あるんだよって言えば、解るかな?」
「それなら解る!」
解ったのがうれしくて、つい声を大きくして拳を握って叫んでいた。女もにっこり笑った。
なんだ、こういう顔もできんじゃん。
「で、どう?」
訊かれてハッと気付いた。そういう話をしてるんじゃ無かった。報酬の話だった。
「えっと、角銅貨が50枚を20回?」
「それでもいいし、一度に20回分も渡せるよ」
ということは、女はその金を持っているのか。にわかには信じられない。
「見ないと信じれねえんだけど…」
信用してないのは女じゃなくて金のほうだ。そんなにどこに持っているって言うんだ? ポシェットから考えられん大きさの物が出てきたのは見た。どうやら付与魔術を使うことも。だが、それとこの女が金を持ってることとは別問題だろう。
俺の疑惑に女が考えて。
「んー、じゃあこうしよう。先に払う」
と言い放った。
ポシェットからすぐさま丸く膨れた小さな袋を出し、もう一つ同じくらいの大きさの中身の無い袋を出す。
「今から出すから、数えて自分で袋に入れて」
中身の無い袋を渡される。
女が毛布の上に、角銅貨を10枚ずつ置いていく。俺は展開に着いていけなくも、それを数えて女の言うように、50枚ずつにまとめる。その山が20個になった。山が混ざらないように充分間隔を開けて置いたので、毛布の上は金だらけになった。女と俺で一緒に確認してから袋に入れていく。
あんな小さな袋にこんだけの金が入っていて、こんな小さい袋に、普通なら絶対入りっこない量の金が入っていく。重さも少し膨らんだくらいで変わらない。どっちの袋も、俺の袋より小さいのに異空間収納がでかいらしい。
この女、めっちゃ金持ちじゃん。ほんと、何者なんだよ。俺らみたいなのは金持ちには抵抗があるもんだ。ちょっとイラついたから、話すときに不貞腐れたような声が出てしまった。
「先に払っちまっていいのかよ。俺、まだ行くって決めてないぜ」
女は金が無くなった毛布を鞄にしまい、表情も変えずに言った。
「うん。だってきみを連れてくのはもう決まってるし。お金受け取らなくても連れてかせてもらうから、それは受け取っておいたほうがいいよ」
うんそれ、最初から選ばせる気無いじゃん?
俺が情けない顔しちまったのは仕方ないよな? だって俺は今日死ぬかもしれない。そんなんだったら、ミヨギに会いに行くんだった。死ぬ前くらい好きな女に会いたい。それが男ってもんだろ?
とまあそういうわけで。
俺は今中層に来ている。
えらく余裕だな? そうでもねえさ。まあ石握って立ってるだけなんだけどな。
中層には少し前に入った。当然上層とは違って、ネラなんかとは比べものにならないヤバい奴がすぐに向かって来やがった。まあでもさ、判るだろ? ズドンで終わりさ。
上層とは違って、いきなりモンスターが4匹出やがって襲って来たんだけど、まあズドン4回、ハイ終わり。
やった本人は、そのモンスターが落とした、中が見える瓶を拾っていきなり叫びやがったよ。
「コショウキター!」とかなんとか。ハン…なんとかとかステー…なんとかなんて初めて聞いたんだ。知るわけがないだろ?
まあそっから止まらねえわけよ。「ふはは」とか嗤ってるし、マジこええ。
俺は何もしてねえし、石握って後ろに立ってるだけだけど、後ろからいきなり襲われんじゃねえかってビクビクキョロキョロしまくってる。余裕でもねえってのは、そういうことだ。
中層に入ってからすぐのことを思い出してる間にも、ズドンズドンでずんずん進んでるし。
俺ってば、ホント何もしてねーな…。
+ + +
中層は素晴らしかった。
いきなり4匹も湧いてくれて、おまけにその全部が粒コショウを落としてくれたのだ。
思わず柄にもなく叫んでしまったよ。
「コショウキターーー!! これでハンバーグとステーキが食べれるーーーー!!」
はは。私もまだ若かったようだ。
とにもかくにも、ここでは普通に粒コショウがゲットできることが判った。なんともうれしい発見である。
そうなると気になるのはレアドロップだが、上層での反省とロジ少年の「早く帰りたい」という希望を踏まえて、まずは止まらず狩りをして、たまたまドロップするのを祈るしかないな。
しかしまあ、ここのモンスターもたいして強くは無かった。大きめの狂犬が目を赤く光らせながら、涎まるけで襲ってくるのだが。
追っかける手間が省けていいね。相手の動きに合わせて、カウンターあるのみだ。
びびってるロジ少年は、怖くてドロップ品も拾いに行けないらしい。まあいいのだ、一番大事な仕事はしてくれているのだから。
2人のパーティーで、上層では最大2匹、ここでは最大4匹湧いている。単純に考えると、下層では最大6匹湧くのだと思う。非常に期待していきたいと思う。
今までに30匹くらい倒したと思うのだが、未だレアドロップは無い。まあいい、どんどん行くのだ。
中層も6階層は下っただろうか。
かすかに剣戟の音が聞こえた。
先客だろう。肉屋の連中か、ただの冒険者であるのか…。
そこまでのモンスターをさっくり倒してそこに着くと。
筋肉たくましい男たちが5人、6匹のモンスターと戦っていた。
周辺には砂の山が4つ。拾う余裕も無いらしく粒コショウの瓶がそのままだ。
10匹いいなーーー! …違った。中の2人が怪我をしたようだ。その2人を真ん中にかばって男たちが円になって防戦一方だった。
私は一応訊く。ダンジョンにおいて、先客は優先されるものである。ゲームの時はそうだった。
「おーい。もしかして、お困りかな?」
+ + +
俺はボイフ。肉屋の次男坊だ。
俺たちはいつも5人でダンジョンに潜る。
バルとサイダは俺の2人の弟。近所の肉屋の兄弟、ガザとビエル。
一日おきに、3つのダンジョンを回っている。
北ではコショウ。
西では肉。
南ではハチミツ。
全部が俺たちの店には必要なものだ。
無ければ他の店と同じような売り上げになるだろうし、貴族街にも卸せなくなる。死活問題だ。
短い時間でたくさんドロップさせるには人数が必要だ。だからいつも5人で潜る。
いつもなら楽勝なんだが、今日は2人の調子が悪かったのに強行した結果、怪我をしちまった。塩ダンジョンだから大丈夫だろうと甘い考えを持っちまったせいだ。
おかげでこのざまだ。囲まれちまって動けやしねえ。なんとか4匹は片付けたが、残りは何匹いけるか…。
奴らがせめて1匹ずつ跳びかかってきてくれりゃ楽勝なんだがな。
気配を感じた。
お、誰かが来た。こんな所に来るなんて、腕に自信のあるやつしかいない。これで助かる!
そうほっとした時だったのだ。
「おーい。もしかして、お困りかな?」
「見りゃ判んだろーが! とっとと助けろってんだ!」
あんまりのんびりした声出しやがるから、いきなりブチ切れちまったじゃねえかよ。
+ + +
許可をいただいた。やったね!
心の中で万歳して一番近い奴に突っ込んだ。モンスターのターゲットが私に移る前の先制攻撃だ。モンスターにはひとたまりも無かろう。仕留めて隣、さらに隣。
しびれを切らした残りのモンスターたちが、私ではなく固まってる男たちの頭上から跳びかかろうとジャンプした。が私もジャンプ。空中で上半身をひねり、戻す勢いでひと息に薙ぎ払った。男たちを大きく跳び越えて着地。うむ終了。
立ち上がって男たちを見ると、砂まみれになっていた。その足元には粒コショウの瓶が2つと…ぉぉおおお!? オレンジ色の壺だ! これレアドロップじゃない?
オレンジ色の壺に目が釘付けな私。身体から砂を払って、こちらに歩いて来ようとする男たち。
…踏むな! …踏むなよ!? …っあ!セーフ!
無事危険を回避したオレンジ色の壺に愛を込めて鑑定をかける。「ナツメグ」。その名前が脳内で理解された瞬間、私の口の中は唾液でいっぱいになった。なにせ私の中では、ナツメグ=ハンバーグである。
あーーーー、市場で牛肉も買っとくの忘れた! 豚肉しかないよ~~~(泣)
肉屋のお兄さんたち、誰か持ってないよね!?
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コショウ発見です。
肉屋さんたちも発見です。
ナツメグも発見です。
ヨリは肝心の牛肉を忘れました。
「下層」と書くべき所を「上層」と書いていると教えていただいて修正しました。
教えていただきありがとうございました。




