再会
それから一週間後。
突然、マコから「会える?」というメールが来て、俺は待ってました、とばかりにすぐに快諾の返事をした。
待ち合わせ場所の公園に行くと、マコはもう居ってベンチに座っとった。
こっちを見たマコの顔に、何年も会えなかったような懐かしさと嬉しさを覚えて、俺は涙ぐみそうになった。
マコはやっぱり可愛い。いや、美人や。こんなに美人とは思わんかった。実はめっちゃべっぴんさんやったんや。
夢中で走ってマコのそばに立った。
公園中に銀杏の黄色い落ち葉が、雨上がりの濡れた地面に張り付いとった。
俺はそんなマコの姿に、まるで銀杏のお姫さんみたいやな、とわけの分からんことを思った。
「れ、連絡くれて嬉しいわ」
マコは笑顔を見せてくれへんだけど、自分の隣に座るように俺に目で合図した。
でも俺は座らんと、代わりにマコの顔を穴があくほど見つめた。
ああ、見ても見足りん。ずっとこのまま見とりたい。
「今日は、報告があんねん」
マコが目をそらした。
「な、なに」
「ウチなあ……妊娠しとってん」
……な、なに?
耳から入ったその言葉が脳内で処理された後。
どわええええええええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?
俺は、たぶん今までで生きてきた中で一番、混乱した。
なななな、なんやて?
にんしん?
ちょちょちょちょちょちょ、ちょお待てや。
な、なんて言えば。
俺は何を言えばええねん。
パニックになりながらも信じられんくて、出た言葉は次の言葉やった。
「……ほ、ほんまなん? それ」
「妊娠検査薬で反応が出て、病院で診てもらった」
病院で診てそうやったらホンマなんやろう。
……マ、マコが妊娠?
だ、だって今までずっと、俺の希望も虚しく、一度も妥協することなく俺らは避妊しとったやないか。
「そ、その……ホンマに……俺の子なんやろか……」
思わず口について出てしまった瞬間、マコから『ブチッ』という音が本当に聞こえて、俺はしまったと思った。
「……もう、ええわ」
マコの周りの空気が一変した。
あ、あかん。またマコが行ってしまう……!
「ち、ちゃう! ごめん、そういう意味やなくて……! び、びっくりしたんや。だって、あの一回でか……?」
別れる前の最後に会ったんは、一か月半ぐらい前や。
「ほ、ホンマにあの、一回で……?」
「できる時は一回で出来んのやろが。100回してもそのうちの一回でやろが」
そそそそ、そうや。その通りや。ああ、確かにその通りや。
「せ、せやな」
「8週目。計算したら、バッチリあの日で合う」
「8週目? 合わんくないか?」
「生理来た日が一日目として数えるんや」
「そ、そうなんか」
最後にデートしたあの時、違和感を感じて、大丈夫かな、と少し不安になった。でも今までも何回かそういうことはあって。これまで何事もなくきたから今回もそうやと思っとった。
あれが、そうやったんか。
……チャンスや。
俺は気を引き締めた。
二度とない挽回の機会や。
俺に残された最後のチャンス。
もう、逃したらあかん。
絶対に失敗せえへん。
こっちに来い、マコ!
「お、俺も報告があるんや」
意を決して、俺は飛び込んだ。
マコが、え、とこっちを見た。
「ジェットコースター乗れるようになった。この間、ナガシ〇のホワイ〇サイクロン三回乗ったったで」
どや!
マコは鳩が豆鉄砲食らったような顔をした。
「な、なに」
「お前ともう一緒に乗れるんや」
だから、帰ってこい、マコ。
何度でも遊園地にいって乗ったる。
俺んとこに戻ってきてくれ。
前みたいに一緒に居ってくれや。
こっちに来い、こっちに来い……。
渾身の願いを込めて見つめる俺に、マコは無愛想につぶやいた。
「……どうせなら、富士〇のフジヤ〇ぐらい行ってこいや」
「……しょ、初心者に無理いうなやあ……」
俺はしゅううう、と、いきっとった心が急激にしぼんで、うつむいてもうた。
やっぱりあかんかったか?
世界で一番怖いジェットコースターぐらいに乗らんと、マコは満足してくれへんのか?……
「……ホワイトサイ〇ロンはジェットコースターの中ではどちらかというと初級レベルや……でも」
マコの声に、沈んどった俺はあわてて顔をあげた。
「あれは木でできとるという他では得られんスリル感があるんや。ギシギシ鳴る木の音に大丈夫かいな? ちゅー、普通とはちがう怖さが楽しめる。そういう意味では通好みのジェットコースターなんや」
「そ、そうか」
く、詳しいな。
ジェットコースター評論家みたいなマコの言葉に俺は圧倒されて相槌をうった。
「……今回は漏らさんかったん?」
笑いを含んだ探るような目つきでマコが見上げた。
「もう、漏らすかいな! 子供やないねんし」
俺はマコの前に座った。
すぐ近くにあるマコの膝の上に置かれた手をとる。
女にしては大きめで柔らかいマコの手。
――お前と手を最初繋ぐのにどんどけ難儀したか、お前は分かってへんやろな。
こっちはいつ繋ごうかとドキドキ、タイミングをうかがってんのに、お前はデート中、さっさと俺より先を歩きよってからに。
やっと手をつないだときは、その場で跳ねたい気分やったわ。――
俺はマコの手を自分の手の中に握りしめた。
「俺と結婚しようや」
頼むから、うん、と言うてほしい。
お願いや。
「妊娠しとったから、お前イライラしとったんちゃうか」
「そ……そうなんやろか」
自信の無いマコの声に、よっしゃ、と俺は心の中でガッツポーズをとったった。
こいつは、すぐ人の言葉に左右されよる。
その感じや。そのまま、俺の元へ戻ってこい、マコ!
「せや。そうやったんや。お前いつもとちゃうかったもん」
俺は後押しの言葉をさらに付け加えて、マコを誘導する。いい感じや。
「な? 俺と結婚しよう」
マコの肩をつかんで立たせると、俺は抱きしめた。
「そうやな……」
あやふやにマコは答えて。
俺の肩に顎をのせて押し黙ったままやった。
それから何の反応もなかった。
俺は不安になってきた。
なんや、迷うてんのか?
やっぱり、俺以外に他にエエ男が見つかったんか?
「ええ、て言うてくれんのやろ」
沈黙に耐えられず、俺は願いを込めて聞いた。
「うん。とりあえず、はな」
ほうっ、と俺はため息をついて全身脱力した。
ま、間に合うた……。
ドキドキしながら俺はマコを抱く手に力を込めた。
こいつを失うところやった。もう絶対に離すかいな。
フラフラどっか行かんよう、ヒモつけて縛っといたる。
「お前に言われたこと、気ィつけるわ。これから、旅行も海外にバンバン行こう。な?」
釣った魚にもエサ、忘れんように頻繁にばらまいたるから。俺で満足せいや。
「お前に別れる、て言われて、ホンマに焦ったんや。俺、調子こいとった。お前に甘えとったんや」
お前は俺のことだけずっと好きでそばにいてくれると思っとった。
他の男がエエとか、俺のこと捨てるなんて思いもしなかったんや。
「それはしゃあないわ。……ウチがあんたに告白して付き合いだしてんやもん」
マコが自嘲気味に言い捨てた言葉に、俺は驚いてマコから身を離した。
「……え? 告白したん、俺やろ」
「は? ウチやんか。……好きです、付き合ってください、てあんたに言うたやろが」
何言うとんねん。俺やろが。
きょとんとした顔で俺を見るマコに俺は続けた。
「俺に言うてくれたんは覚えとる。だから、その二日前の話やんか。俺が電話して、先にお前に告白したやろが」
「はあ?」
マコが眉をひそめる。
「お前が、山梨に旅行に行っとったときや」




