第三章⑦ 緋水の日常
第三章⑦ 緋水の日常
ギルマス・ローレンスに呼ばれた、キャシー。
大体の理由は察している。
「いやぁ、キャシー君。今日もいい天気ですね。」
「ええ、そうね。ピクニックに行くにはちょうどいいわ。」
「ところで……。」
(来た。)
「なんで中央公園の噴水が虹色になっているのかな?」
「え、そんなことあるんですか?」
「キャシー君、昨日というか日付跨いで今日の早朝に、中央広場の噴水付近でコソコソしていたと、匿名のタレコミがありましたね。」
「それは人違いではないでしょうか。」
「ついでにそのちょっと前に、闇市で君らしき人物が何か魔法アイテムを買っていたというタレコミもありましてね。」
「それも人違いではないでしょうか。この気品漂うあたしが闇市だなんて。」
「ほぅそれは興味深い。君によく似た人物が闇市へ頻繁に出入りしているというのも掴んでいるのですが、これも君のそっくりさんということですか……。」
「そして大体、そのあと、君が何かしら事件を起こすと言うことが『偶然では説明できない』頻度で起きているのですが、これも君のそっくりさんの仕業かな?」
「そ、そ、そうよ!私には瓜二つの姉妹がいて。」
「確かあなたの自供によると、一人っ子だったと聞きましたが。」
「うっ……。」
「いやだって、魔法の実験してたら、たまたま虹色の水ができちゃったのよ!」
「それ噴水に常時稼働させたら、街の景観が良くなるかなーと思っただけよ!悪意はないわ!」
「それがですね……。一部界隈で、何事かの前兆ではないかと噂がもうすでに流れておりまして。」
「はぁ……全く、胃が痛いものです。」
「今週末までに、詳細を記入の上、セリア君へ提出すること。以上です。」
「……はい。」
「またキャシーさん案件ですか。月何回私に提出するんでしょうね。」
「アラミスさんに統計について教わっておきたいです。」
「ちょ、それは勘弁!あいつ絶対余計なこと教えるわ!」
「ふふ、冗談です。」
「が、今後も改善の見込みがない場合は……。」
「はい……。」
赤毛のツインテールは妙にしょんぼりしていた。
後日、ギルマスの書棚の「キャシー案件」とラベリングされたバインダーにまた一つ、ページが加えられた。
緋水は問題児が多い。こいつもまた、こいつで事件を引き起こしていた。
「はぁ……シュバルさん。」
と深くため息をつくローレンス。
「強そうな人物を見かけて、『俺と一戦交えないか、模擬戦だ』とか言って、相手をフルボッコにするの、やめてもらえませんかね。」
「シュバルさんへ苦情が行くのは一向に構わないのですが、私やギルドまで批判されて困ってます。」
思わずローレンスは胃に手をやる。
「私の胃にも限界があるんですよ。」
セリアはサッと、胃薬と水を手渡す。そして何事もなかったかのように、それを服用する。
「ふぅ。」
「いや、あれは相手が弱すぎるのが問題があるのであって、俺は少し手を抜いてたぐらいなんだが?」
「あなたの剣の実力はもうすでにSSSランクでしょう。相手がある程度の経験者だから、まだ被害は少ないですが、3ヶ月安静にまで持ち込むのはどこが手を抜いているんでしょうね。」
「ほぅ……相手がアラミスだったら、そうはなってないな。つまり、相手が雑魚なのが問題だ。」
「その上、妙に上から目線だから、『少しやっても問題ないよな?』と思うのはむしろ自然では?」
「セリア君。」
「今の発言を記録して、ザービさんに苦情を送っておいてください。」
「!?」
「それは……困るな。」
「ザービは怒ると、ガチで怖いからな。俺でもタダでは済まないな。」
「それはあなたのメンタルの問題でしょう。実際問題として、怪我人が大量に生産されている現状を鑑みれば、有効な措置です。」
「くそっ、あんたならわかってくれると信じてたんだが。」
「お気持ち自体はわかりますが、相手を3ヶ月行動不能にするのは問題です。看過できませんね。」
後日、シュバルはザービに3時間コースのレッスンを受けたのは言うまでもなかった。
なおそれから1ヶ月は被害報告はなかった。
翌々月には再びギルドへ苦情が寄せられたのは言うまでもない。
緋水には問題児が多い。だが、まともな奴も希少ではあるがいる。
「おい!ギルドで酔っ払ったやつが外で喧嘩始めたぞ!」
「いいぞ!!やれ!やれ!」
「俺はあっちのやつに賭ける!」
バーレスはいつものビールを飲んでいたが、不意に反応してしまう。
「おいおい、またかよ。」
外へ出るバーレス。眼前には素手で殴り合う酔っ払いが二人。
「お前ら喧嘩なら口だけにしとけ!殴り合うのはやめておけ!」
「うっせぇ!おっさん!あんたにゃかんけーねーだろ。」
「もう呂律が回ってないレベルか、あんま力任せは好きじゃないんだがな。」
周りはやじを飛ばす。そこにバーレスが入り込む。
「おうおう、オメェら、喧嘩するにゃ、まずはこの俺を倒してみやがれ!」
「なんだとぅ?この筋肉だるま、俺たちとの喧嘩に殴り込もうってか。」
「面白えやっちまえ!」
酔っ払いAは一発、渾身のパンチを繰り出した。
が、バーレスの腹筋の前には蚊が止まる程度の威力だった。
「おい、今、何かしたか?」
「ひ、ひぇ、こいつ!」
「なんだなんだ情けねぇな、俺が手本を見せてやんよ!」
酔っ払いBは渾身のキックで、バーレスの顔を蹴り飛ばした。
はずだった。
その蹴りは顔には届かなかった。バーレスの片手で楽々と受け止められていた。
「これでわかったろ。とっととお前ら、帰って寝ろ。」
「くそ、こいつつえーぞ。」
「こんなところでひいたら後でバカにされちまう、徹底的にやってやる!」
「やれやれ……なんでこう、力の差がわからないのかね。」
15分後。酔っ払いたちはあざだらけになって……入院した。
翌日。
ローレンスは頭を抱えていた。
「セリア君、バーレスさんを呼んでください。」
「すでに執務室前で待機させてあります。」
「流石にわかっていますね。助かります。」
中に入ってくるバーレス。
ローレンスは深くため息をついて話し始める。
「バーレスさん、あなたのやったことは悪いことではないんですよ。」
「ただ……。」
「罪に対する罰が重すぎます。」
「あなたが叩きのめした連中から、医療費の請求が届いてます。」
「……すまない。だが、ああまでしないと殺し合いに……。」
「酔っ払いの喧嘩でそこまでなりません。」
「……ですよね。」
こうしてバーレスもまた、ザービの3時間レッスンを受けることになった。
しかし、喧嘩が起きない日はなく、その度にローレンスの胃薬の消費量は増えるばかりであった。
セリアがローレンスの机の上に異様に分厚い報告書をドンっとおく。
「これ、2週間分のアラミスさんへの苦情をまとめたものです。」
「え……。私の目には300ページ以上はありそうなのですが。」
「私は残業代を請求します。」
「私は胃薬を請求します。」
「胃薬なら、もうテーブルの上です。」
サッと服用するローレンス。
「内容はなんですか。あの人、そんな危険な人とは思いませんでした。」
「いえ、内容自体は危険ではありません。ただ……めんどくさいです。」
「中身見ればわかります。」
パラパラと報告書に目をやるローレンス。そこには『この世界のスラム街の特徴とその対処法に関する提言』『盗賊をやめさせるための具体的手法とそのリスク』『世界の歪みと王国の歪み、その本質について』『モンスターに自我はあるか〜序論〜』こういった類のタイトルばかりが目につく。
「これを……、彼、どうしたのです?」
「王城へ持ち込んだそうです。王様に直訴すると言って聞かず……。」
「こうなったわけですか。」
「はぁ……。」
「方向は間違ってないのですが、やり方が間違ってますね。」
「私もそう思います。」
「やれやれ、アラミスさんを呼んでください。」
数分して、アラミスが入室する。
「アラミスさん!」
「あなた、やりすぎです。」
「?」
「俺は普通に過ごしてるだけだが?何かあったか?」
「王城から怒りの文書と報告書が届いてます。」
ローレンス、バインダーをトントンと叩く。
「これ、あなたがやったことまとめです。」
「いや、世界に問題があれば、その責任は上のものが取るべきだ。」
「だから、王様に直訴しようとしただけだ。定義上、最適解のはずだが?」
「まずは私に相談してください。」
「構わないが、3日ぐらい徹夜する覚悟、あるか?」
「え?」
「セリア君、この人は理性の皮を被った凶器です。」
「はい。」
「ザービさんに報告と指導するよう伝えておいてください。」
「かしこまりました。」
その後、当然のごとくザービの3時間レッスンを受けたが……。
定義は何か。前提おかしくないか。位相がズレている等の反論にあい、ザービがローレンスに相談するという珍事が起きたことは決して偶然ではなかった。
後日……。書棚を見つめてローレンスがボソリ。
「緋水案件、多いですね。特にアラミスさん。」
「これは増築しないといけませんね。」
「費用は……緋水に請求しますか。」
「セリア君、ザービさんをお連れください。」
少しして、ザービが申し訳なさそうに入ってくる。
「助けてください!」
「どどどうしました、ザービさん!」
「アラミスさんに指導しているんですが、毎回、定義がとか前提がとかで全然話進まなくて。」
「私の頭のほうが混乱しちゃって、お説教できないんです。」
セリア、胃薬を差し出す。そしてローレンスは何事もなかったかのように、服用する。
「わかりました。」
「アラミスさんには哲学を禁止するよう、私から言っておきます。」
「ただ……緋水には書棚の増強費用を請求したいですね。」
「それは……仕方ないですね。」
後日、ローレンスに何故か呼ばれたアラミス。
「アラミスさん、あなたはしばらく哲学の禁止令を出します。」
「拒否権はありません。」
「待て。」
(な、なんか嫌な予感が……。)
「まず、哲学の定義が曖昧だ。どこの学派のことを指す?」
「はっ?」
「次に、禁止令というがな、どこからが大丈夫でどこからが禁止なのか、閾値を聞きたい。」
「え、ええ……。」
「そしてギルマスはギルドメンバーに対して、言論の自由を奪う権利があるのかも確認したい。」
「そ、それは……。」
こういった問答が5時間続いた末。
ローレンスが折れた。
「私の負けです。」
「?」
「初めから勝負なんてしてないが?」
アラミス、ギルドの席にて。
「最近、なんかギルマスによく呼ばれるけど、特に何も問題起きてないし、放置でいいな。」
緋水一同。
「そういうところだよ!!」




