彼女が誰かの未来を変えた日、俺の人生も決まった
今回は一馬と皐月カップルが出ます。
語り部は一馬目線です。
皆さん、お久しぶりです。
直人の親友の一馬です。
人材採用支援の会社で営業をやっています。
今回は俺が主役ですので、お楽しみください。
今日は自社主催の合同企業説明会。
どうしても不安で、少しソワソワしてしまう。
目線の先には、担当している企業のブース。
(……運送系、やっぱ厳しいよな)
人手不足。
担当している会社は、人の良い社長さんで定着率も悪くない。
それでも、業界自体が就活生から敬遠されがちだ。
メディアで報道されたサービス残業のイメージもあるのかもしれない。
いい会社もあるんだけどな、と少しだけ思う。
(今日も様子を見て、必要ならヒアリングして――)
そう思っていた、そのときだった。
会場の一角に、妙な人だかりができている。
「……なんだあれ」
ざわざわとした熱気。
まるで人気ラーメン店の行列だ。
(確か担当外だけど、同じ運送業だったはず……)
少し近づいて、目を凝らす。
――そして、固まった。
「……は?」
そこにいたのは、
皐月だった。
スーツ姿で、学生たちに囲まれている。
笑顔で、落ち着いた声で、ひとりひとりに丁寧に応えていた。
しかも、女子学生が多い。
宝塚の男役の推し活みたいな空気だ。
(しまった……皐月の会社も来てたのか。完全に盲点だった)
それにしても――
(スーツ姿の皐月、新鮮だな……)
思わず見入る。
(これがギャップ萌えってやつか……)
危うく鼻の下が伸びそうになり、慌てて引き締めた。
「運送って、男性の仕事って思われがちなんですけど」
皐月が、やわらかく笑う。
「女性のお客様も多いので、“女性ドライバーで安心した”って言ってもらえることもあるんですよ」
少しだけ目を細める。
「そういう時に、やっててよかったなって思います」
その言葉に、学生たちの表情が変わる。
「……なんか、想像と違いました」
「正直、もっと大変そうって思ってて」
「でも、ちゃんと人の役に立ってる仕事なんですね」
うんうん、と頷きながら、皐月は続ける。
「大変なこともありますけど、その分、ちゃんと返ってくる仕事だと思います」
その一言で、空気がふっと柔らいだ。
「ちょっと他の会社も見てみようか」
「うん、運送もありかも」
学生たちは自然に散っていく。
――そして、その流れのまま。
俺の担当している運送会社のブースへと足を向けた。
「……」
(ああいう“人”を見せるだけで、業界の見え方が変わるのか……)
胸の奥で、何かがすっと繋がる。
(推し社員……前に出す採用……)
思考が、仕事の方向へ滑り出す。
(これ、企画にできるな)
気づけば、少しだけ口元が緩んでいた。
休憩スペース。
缶コーヒーを買って戻ると、皐月が壁にもたれて一息ついていた。
「お疲れ」
「あ、一馬。来てたんだ」
いつもの調子に戻っている。
さっきまでの“看板社員”とは別人みたいだ。
一馬は缶コーヒーを差し出す。
「さすが皐月だな」
「え?」
「女子人気すごかったな……ちょっと妬ける」
一瞬、ぽかんとして。
次の瞬間、皐月が顔を赤くする。
「み、見られてたか……」
(すぐ照れるとこ、可愛いな)
そう思いながら、口に出すのは別の言葉。
「俺の担当の企業にも、人が流れてきたよ。ありがとう」
皐月はふっと目を細めた。
「私は別に。でも、きっかけは何でもいいと思うよ」
缶コーヒーを一口。
「今働いてる子たちも、最初はそんな感じだったし」
「……そうなのか?」
「うん。でも気づくんだよね。やりがいとか、自分に合ってることとか」
遠くを見るような目。
「最近の子、けっこうたくましいよ」
「……そっか」
一馬もコーヒーを一口飲む。
(ああいうふうに、人を動かせるのか)
さっきの光景が、頭に残っている。
(俺も――)
そこまで考えて、ふっと笑った。
(……いや、まずは企画だな)
――そう思った、はずだった。
でも。
視界の端で、皐月が笑っている。
さっきまで学生に向けていた笑顔とは違う、
少し力の抜けた、いつもの顔。
(……ああ)
胸の奥が、じわっと熱くなる。
(皐月といると、知らない景色ばっかり見えるな)
ふと、思い出す。
直人がキャンプのとき言っていた言葉。
――澪さんといると、世界が広がるんだよ。
(……これか)
ストンと腑に落ちる。
気づいた瞬間には、もう止まらなかった。
「皐月」
「ん?」
顔を上げた皐月に、
一馬はそのまま言った。
「俺たち、結婚しよう」
「……は?」
時間が止まる。
「皐月はさ、俺の世界を広げてくれるし、ちゃんと一緒に歩いてくれるだろ」
言葉が止まらない。
「皐月となら、たぶん結婚生活も楽しいに決まってる」
「ちょ、ちょっと待って――」
「……あ」
我に返る。
「しまった!もっとちゃんとしたタイミングで言うつもりだったのに!」
頭を抱える。
「サプライズとか色々考えてたのに、今、気持ちがそのまま出て――」
「ははっ……」
皐月が吹き出した。
肩を震わせて、しばらく笑ってから。
顔を上げる。
――とびきりの笑顔だった。
「一馬らしいな」
「……」
「うん、いいよ」
少しだけ照れながら、でもまっすぐに。
「私も、あんたとの結婚生活、楽しそうな気がする」
「……ほんとか?」
「うん」
頷く。
「たぶん、毎日飽きないよ」
「……それ、褒めてる?」
「褒めてる」
くすっと笑う。
その顔を見て、
一馬もようやく力が抜けた。
(……やばいな)
胸が、うるさい。
(これ、ほんとに結婚する流れだな)
缶コーヒーを一口飲む。
さっきより、少しだけ甘く感じた。




