25 罪
今日をこれまで、何回繰り返しただろう。
……ううん。
回数はわかってる。
〈記憶〉スキルは、私が忘れることを許さないから。
わざと、意識外に捨ててるだけ。
「舞、こっち」
舞の手を引っ張って、路地を駆け回る。
通行人や近くの交番にいる警官へ精神干渉して、逃げる時の邪魔にならないように調整しつつ、頭上から落ちてきた花瓶を、舞を抱き寄せて躱す。
今回で、999回目。
もう、同じ手を何回も何回も見てきたけど、その中でも危なかったのは2回。
大体の事故や事件なんて、全員が全員丁寧に、完璧に過ごしていれば起こらないから。
交通事故も、傷害事件も、火災も。
危なかった2回は、111回目の銃撃戦と、442回目のトラックが大量に向かってきた時。
街中にアサルトライフルぶっ放す奴がどこにいるんだよって感じだけど、これのおかげでほぼ向こうからの攻撃だってことがわかった。
トラックは、ほんとそのまま。
四方八方からトラックが突っ込んでくる。
初めて遭遇した時は焦ったけど、全部のトラックに乗ってる運転手を無理矢理動かして避けさせた。
ここまで続けてきて、試練のクリア条件が舞を守ることではないってことがほぼほぼ確定したと言っていいかな。
もしかしたら、1000回守り切るとかの可能性もなくはないけど。
どうしてないと思ったのかに関しては、それで私が成長したりしないから。
忍耐力と集中力くらいは上がるかもしれないけど、精神的に成長はしないと思う。
多分、リダは私に舞を諦めさせたいんだろうけど。
諦める気はない。
もう、離さないって決めたから。
通り魔の意識から私と舞を外して、反対方向に誘導し、遠ざける。
……そろそろ、今回も終わりかな。
14時を過ぎた事を確認し、今すぐ舞を殺せるものが近くにない事を確認してから立ち止まる。
次で、1000回目か。
「ねぇ、リダ。そろそろ諦めたら? 私を殺したいわけじゃないんでしょ?」
ずっと前から、視線を感じていた方向に目をやる。
私を殺すなら、とっくにやってるだろうし。
それに、成長を促しているところから、多分私たちに何かやって欲しいことがあるんじゃないかと思う。
「……ちょっと、甘く見てたよ」
その声と共に、私以外の時が止まった。
世界が灰色に染まり、舞や他の人やものが微動だにしなくなる。
なにもない場所から、空間を割ってリダが降りてきた。
「1回では無理でも、30回もやれば諦めてくれると思ったんだけどね」
そう言いながら、ゆっくりと歩いて近付いてくる。
何かするつもりなら不意をつけばいいだけだから、多分必要はないけど。
一応、いつでも動けるように警戒しておく。
「何が君をそこまで動かす力になってるのかな。良ければ教えて欲しいね」
後一歩進めば触れる距離で、そう質問してきた。
……なにが原動力か、か。
大切なものを守りたいから?
確かにそれもあると思う。
でも、それだけで進み続けられるほど、私は強くない。
それだけでここまで頑張ることが出来る程強かったのなら、私はお兄ちゃんを責めたりはしなかったと思う。
……うん、やっぱり。
「……私は、傲慢だから。私自身がやり通せるって思い上がってるんだ」
自分勝手に、自分の道を行く。
もう、失わない。
そう、決めたから。
「この罪も、全部私のもの。勝手に清算なんてさせない。お兄ちゃんをあれだけ傷付けておいて、綺麗さっぱりになんてしない」
リダの目を見る。
微笑みを浮かべているけど、目が全く笑っていない。
「私は、罪を背負って生きていくから」
「…………」
長い沈黙。
今は、認められなくてもいい。
いつか、認めさせればいいから。
そのまま睨みあっていると、リダが小さく息を吐く。
柔らかくなった表情で、口を開いた。
「……そっか。覚悟を決めたなら、それでいいよ」
リダは後ろを向いて、私に背を向ける。
「これで、試練達成とする」
小さく、しかし、聞こえるように。
そう呟いた。
「じゃあ、ボクは帰るよ」
数秒余韻に浸らせてから、そのまま帰ろうとする。
「待って」
「……何?」
腕を掴んで、それを止めた。
「一つだけ、質問させて」
「…………。質問権を使うってことかな」
「それでいい」
一つ、気になったこと。
リダの正体を知る上で、重要かもしれないこと。
「あなたが思う一番大きい罪って、何?」
そう聞くと、一度大きく息を吐いて。
耳を澄まさなければ聞こえないような、小さい声で。
そっと、呟いた。
「…………。世界を跨ぐこと、かな」
その言葉と共に、リダが消える。
……。
リダがいなくなり、役目を終えたことで、世界が崩れていく。
視界がガラスのように割れ、落ちていく。
舞。
守れなくて、ごめんね。
目を開くと、病院の一室に寝かされていた。
周りには、看護婦さん、清水さん、鈴ちゃん、愛結ちゃん、蓮弥君、両親。
「おはようございます、どのくらい寝てましたか?」
「おはよう、魔華ちゃん。……一週間よ」
思ったよりは、短い。
「あ、あんまり動いちゃだめ」
起きあがろうとすると、看護婦さんに止められた。
でも、怠さはあんまりないし、痛みもない。
「親御さんや愛結ちゃん、鈴音ちゃんが毎日マッサージしてくれてたの」
なるほど。
つまり、そこまで悪影響が出ていないのは皆のお陰らしい。
「ありがとう」
心から、感謝の言葉を伝える。
「そこまで深刻な症状は出ないと思うから、少しずつリハビリしていきましょう」
「はい」
「……お兄ちゃん」
それから、3日。
私の体はほとんど回復して、お兄ちゃんに会いにきた。
あの時結局、話せなかったから。
「魔華、無事でよかったよ」
お兄ちゃんは、笑顔で私を迎え入れた。
「ごめんなさい」
「何が、かな?」
「私、お兄ちゃんが轢かれた時、酷い事を沢山言った。お兄ちゃんが辛かったのはわかったはずなのに、全く考えず! 私が」
優しく、抱きしめられる。
「いいんだよ。魔華が責任を感じることはないさ。誰だって、誰かのせいにしたくなるものだよ」
「でも、私!」
「魔華は、謝ってくれたじゃないか」
「それだって、こんなに遅くなって!」
本当は、もっと早く来るべきだったのに。
「ううん。魔華は真っ先に謝ってくれたよ。……本当は、顔も見せて欲しかったけどね?」
私の頭を撫でながら、少しおちゃらけたような明るい雰囲気でそう言い、優しい声色で言葉を続ける。
「それにね、俺も思ってたんだ。俺じゃなくて、舞が生き残ればよかったのに……って」
「……」
「だからさ、自分を責めちゃダメだよ。色々大変だろうけど、自分を大切にしてね」
……自分を、大切に。
「……それでも納得出来ないなら……。俺のために、死なないで欲しいな」
そう言って、私に笑いかける。
「……約束、する。お兄ちゃんより先に、絶対死なない」
「……そっか。約束、破るなよ?」
冗談めかしながら、どこか嬉しそうに言葉を返す。
「ほら、どうせやることがあるんだろ? 俺のことはいいからさ、頑張りなよ」
「……うんっ!」




