24 過去
「ここ……は?」
目を開く。
見慣れた自分の家。
でも、少し違和感がある。
見覚えはあるけど、何か……違うような気がする。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
その声に、勢いよく振り向く。
そこに立っていたのは、もう会えないと思っていた——
——妹の、舞だった。
私の家は、五人家族である。
両親と、お兄ちゃん、私。
そして、舞。
でも、どうして?
会えるはずがない。
「お姉ちゃん、本当にどうしたの? ぼーっとして」
「あ、う、ううん。なんでもない。舞こそどうしたの?」
思考を一度切って、観察する。
……記憶の中の舞と、見た目が変わらない?
「これからお兄ちゃんと買い物行ってくるけど、何か欲しいものある?」
「いや……大丈夫」
「わかった。じゃあ行ってくるけど……具合悪いなら、ちゃんと寝なよ?」
少し心配そうに、私の顔を覗き込んでくる。
……あ。
「……ねぇ、今って何年の何月何日?」
「お姉ちゃん、本当に大丈夫? 変だよ?」
「答えて」
「……2014年の、8月4日だけど……」
私の体が固まる。
それは、私の誕生日。
そして。
「……もういい? 心配だから、ちゃんと寝てね? それじゃあ、行ってくるから」
「待ってっ!」
舞の腕を掴む。
「お姉ちゃん?」
「行かないで……お願い、行っちゃだめ……」
——舞が、死んだ日だった。
……記憶が戻ってきた。
思考が、追いついてきた。
これは、私に課せられた試練なんだろう。
でも、何をすればいいの?
舞を救えばいいの?
2014年の、私の誕生日。
この日、舞とお兄ちゃんが私の誕生日プレゼントを買いに外出した結果、信号無視をした上流階級の人間によって二人が轢かれた。
舞は即死、お兄ちゃんは意識不明、左足切断右足左腕骨折の重傷。
犯人は二人を轢いたにも関わらず、その場からすぐに立ち去った。いわゆる、轢き逃げ。
犯人は特定されたが捕まらず、私の両親を圧力によって黙らせた。
事件は揉み消され、ニュースからもすぐに消え。
世間から、忘れられていった。
忘れられていくはずだった。
私がいなければ。
私が、白き蜘蛛と呼ばれるような事をしたきっかけ。
私が、権力者や犯罪を憎むようになったきっかけ。
それまで私は、この力をほとんど使ってこなかった。
身に余る力だと思っていたし、制御できる気がしなかったから。
でも、どうしても許せなかった。
私から、大切なものを奪っていって、のうのうと生きている奴が。
私は自分のためだけに、この力を使った。
それからは毎日のように吐いたし、常に頭痛や喀血に悩まされることになったけど、全く後悔していない。
私は人をたくさん殺した。
命を奪っていなくても、殺した人間はたくさんいた。
でも、私の犯した罪はそれだけじゃない。
私は、お兄ちゃんを責めた。
意識が回復し、一番辛いであろう、お兄ちゃんを。
お兄ちゃんは被害者だってことも、辛いはずだってこと、わかってたはずなのに。
私達を安心させるために作った笑顔を、勘違いして。
『妹が死んでるのに、何をヘラヘラしてるの!?』
『あんたが死んで、舞が生き残ってくれた方がよかった!』
そんな、心ない言葉を吐いて。
舞の友達や、両親と一緒に責めて。
暴言はどんどんエスカレートして、苛烈になって行った。
歯止めが効かなかった。
冷静になれなかった。
お兄ちゃんの表情をちゃんと見ればわかったはずなのに。
自分たちが間違ってることに、気が付けなかった。
……私は、犯罪が嫌いだ。
だって、私から大切なものを奪っていくから。
私は、多勢で個人を攻撃する行為が嫌いだ。
だって、歯止めが効かないから。
自分が悪いと思う行為であっても、自分で気が付けないから。
「今日は、一緒に居て……」
舞を抱きしめる。
もしこれが幻影や夢だったとしても、あんな姿、もう見たくない。
「お姉ちゃん……?」
困ったように眉を寄せる舞は、心配そうに私を見るだけで、抵抗はしないでくれている。
少なくても、今日1日は外に出さない。
お兄ちゃんには、買い物を中止してもらう旨の連絡をする。
一緒にゲームで遊んだり、舞から学校での話を聞いて暇を潰し、時間が過ぎるのを待つ。
事故があったのは昼頃。
正確な時間はわからないけど、14時よりも前。
今は11時だから、そこまで遠くない。
精神干渉も使って、全力で舞を守る。
「……舞、ちょっと待っててね」
舞を部屋に残して、玄関に移動する。
「ねぇ、強盗さん」
ナイフを持った、覆面の大男。
普通に殺し合ったらまず勝てないだろうけど、私が普通に殺り合うわけがない。
「私、今手加減する余裕ないので」
精神を縛り上げる。
「さっさと壊れてしね」
——破魂。
大男は苦しむ声をあげ、心臓あたりを抑えながら床を転がり回る。
……もう一人いるのか。
どうせこいつはもう動けないだろうし、放置でいい。
外へ出て、窓から侵入しようとしているもう一人の強盗を捕らえる。
物理的にではなく、精神干渉で。
家から放り出し、舞の元に戻る。
本来、この強盗達は家にこなかった。
これが舞達が買い物に行かなかったから起こったのか、それとも舞を殺したい試練側の攻撃なのか。
考えてもわからないけど。
どちらにせよ、もう殺させないから。
強盗達を退けてから、三時間。
事故が起こった時間を確実に過ぎた。
「……よかった」
安心して、力を抜く。
そんな私を、嘲笑うように。
突然、耳鳴りがする。
耳鳴りは大きくなっていき、何も聞こえなくなる。
意識が遠のく。
視界が白に染まる。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
その声に、振り向く。
そこにいたのは、舞。
買い物に行くための準備を終えた状態の、舞だった。
「……ねえ、舞」
「なに?」
「今日、何年何月何日の何時何分?」
違って欲しいと思いつつ。
そう、問う。
「え、どうしたの?」
「いいから、答えて」
「2014年の8月4日、9時……48分、だよ」
……。
どうやら、少なくとも守るだけだとダメらしい。
「舞、買い物、私も着いて行っていい?」
たとえ試練の意図と違ったとしても。
絶対に、何度でも守り切ってみせるから。




