21 雷神
「ここはなんのダンジョンだろうね」
船に揺られながら、近付いてきた目的地を見る。
ここは長崎県、端島。
長崎港の南西にある島で、軍艦島って言ったほうが伝わりやすいと思う。
最後のダンジョンはここ、軍艦島の端。
経験則上、別にその地域の特色がダンジョンに反映されてるってわけでもなさそうだったし、なんでもあるけどね。
海には魔物が出るけど、船を出せる理由は簡単。
魔物はほとんど海面まで上がってこないし、上がってきてもスピードが遅すぎて船に追いつけない。
攻撃自体もそこまで強くなくて、一撃で壊されるとか穴が開くとかは基本ないんだよね。
とは言っても、油断して海上で停泊とかすればいつの間にか群がられてたり、一撃で壊れなくても何回か攻撃を受ければ沈むし。
前より危険であることに変わりはないかな。
空で来ない理由なんだけど、実は愛結ちゃんが飛行機とかヘリが無理なのと、白愛結に海から行くのをお勧めされたから。
ここだけ空から行くなってことだったから一応従ったけど。
理由くらい説明してくれてもいいのに。
「今までになかったのだと……海中とか? 幽霊はあったし」
「海中ダンジョンとか初見殺しすぎない?」
蓮弥君の言葉に、そう返す。
水中は専用の準備大前提でしょ。
「今までの内容を鑑みるに、大丈夫だと思いたいですね」
多分、東京は異質だったんだと思う。
あのルイナは今でもまともに戦って勝てる気がしないけど、他はそうでもない。
長野のあのミミズだって、床を全力で踏みしめていけば、そこをボスが通った時にほんの少し土が盛り上がって位置を把握できた。
位置を把握できれば魔法なりでなんとかなると思うし、人が入れないくらいまで斬っていけば勝てないことはない気がする。
犠牲は出そうな気がするけど。
海外のクリアダンジョンも長野の方に近くて、ルイナみたいな話しかけてくる相手はいなかったし。
「……洞窟?」
渦に触れると、真っ暗な洞窟に居た。
長野や東京と違って、明るくない。
「一応持っておいてよかったね」
蓮弥君はそう言って、懐中電灯をつける。
周囲の把握は蓮弥君に任せて、鈴ちゃんと愛結ちゃんを起こす。
「愛結ちゃん起きて」
「ん……。すみません、毎回起こしていただいて……」
優しく揺すると、目を擦りながら起き上がる。
私と蓮弥君は睡眠無効があるけど、二人はないから仕方ない。
「鈴ちゃんも起きて」
鈴ちゃんは毎回寝起きが悪いから、少し強めに揺する。
起きるまでの間に、時間を確認。
異常なし。
周囲を見ると、黒い岩で構成された洞窟で、今のところ一本道。
奥に進むほど幅が狭くて、下にほんの少しずつ下がっていってる。
「……うわぁ」
それだけなら問題はなかったんだけど、奥に水が見えた。
これ、進むにつれて水の水位上がるんじゃないかな?
と言うか、敵が水の中にいそう。
幅が狭まってるのを見るに、敵は小さいと見ていいかな。
「んぁ、……おはようございます」
ダンジョンの中にある水って、純水なのかな。
普通なら洞窟内にある水なんて不純物混ざりまくってるような気がするけど、確実に同じとは限らないよね……。
まぁ、それを言ったら本当に水かも怪しいけど。
「鈴ちゃんおはよう」
起きた鈴ちゃんに情報を共有して、ルイナを召喚する。
「……なにをすればいいの?」
「風魔法で、私たちを浮かせられない?」
正直、あんまり濡れたく無いんだよね。
「まぁ、出来ない事はないけれど……それだけの為に呼んだの?」
「七割くらい?」
私がそう言うと、ルイナは深いため息をつく。
でも、この場合結構大事だと思う。
水が毒かもしれないし、水に浸かりながら進んだら中の魔物に気付けないまま奇襲されるかもしれないし。
「わかったわ。全員にかければいいのよね? 私もついて行った方がいいの?」
「あ、ちょっと待って。鈴ちゃん、一回あの水に雷撃波撃ってみてくれない?」
「了解です! 〈雷撃波〉」
雷神になって強化された雷撃波。
具体的には、飛距離と範囲、追撃の数。
あと正確な数値はわからないけど、威力も上がってる。
雷の波が広がっていき、少しすると見えなくなった。
この洞窟、だいぶ長い。
「……よし、行こうか」
「あ、僕にはかけなくていいよ」
「〈浮遊〉」
その途端、何かに引っ張られるような感覚がして、体が宙に浮く。
空間のちょうど中間くらいで止まって、それ以上浮かばなくなった。
……これ、動きにくいな。
「ルイナ、ちょっと入ってきてくれない?」
蓮弥君はそう言って、奥の水を指さす。
「流石に扱い酷くない!? てかあんたの命令なんて聞かないからっ!」
「死なないんだからさ、人柱になってくれてもいいと思うんだ」
笑顔でそう言い放つ蓮弥君に、ルイナは引いていた。
まぁ見た目だけならほぼただの美少女だし、割と批判されそうではある。
……いや、強さ的に見ても今の鈴ちゃんなら勝てない事はなさそうかな?
でも流石に一人じゃ厳しいかも。
「嫌よ! 痛いものは痛いんだもの!」
「やっぱいいや。さっさといくよ」
「え?」
急に切り替えた蓮弥君に呆気に取られるルイナを見つつ、奥に進み始める。
浮遊状態で移動する感覚としては、泳ぐのに近いかな。
蓮弥君は靴が濡れることを厭わず、私たちと同程度のスピードで進んでいく。
進み始めてから少しすると、水位が蓮弥君の膝辺りまで上がってきた。
少し歩きにくそうだけど、まだ問題ないかな。
それより、さっきから水晶玉がちょくちょく浮かんでたりしてて、それを回収するのに手間取ってる。
鈴ちゃんの雷撃波で倒せちゃったんだろうね。
「……なんか、ダンジョン感ないね」
「たまに水晶玉が落ちてるただの海岸洞窟みたいな」
実際、今までのほとんどのダンジョンと違って明かりがなくても明るかったりはしないし、これなら入り口さえ目を瞑れば普通の洞窟かな。
まぁ、普通の洞窟なんて入った事ないけどさ……。
結局、ボス部屋まで魔物と遭遇する事はなかった。
ボス部屋前の看板は『これボス』。
『これ』って……。
「準備はいい?」
「うん」
蓮弥君の確認に頷き、扉を開けてもらう。
扉が開くと同時に、水が流れてきた。
向こうのほうが水位が高いらしい。
「……亀? だよね」
中に入ると扉閉まり、部屋の壁に取り付けられたパイプのような管から水が流れ始めた。
今の水位は蓮弥君の腰くらいで、動きにくいけど動けなくはないくらい。
部屋の中央に鎮座した魔物は、灰色の殻のようなものに包まれていて、中身は確認できない。
ただ、側面に見える範囲で一つずつ穴が空いていることから、恐らく貝ではないと思われる。
「……これ、早く倒さないと溺れるやつかな」
「かもね。鈴ちゃん、お願い」
「はいっ!」
既に部屋から流れ出た分は補充されたと思うけど、水の勢いが衰えていない。
多分、ボスが耐久してギミックが殺しに来るダンジョンだったのかな……。
「〈神の制裁〉」
その瞬間、部屋を眩い光が包む。
同時に、凄まじい雷鳴。
数秒待ってから、目を開く。
すると、中央には割れて中身が見えるようになった焼け焦げた殻と、中に詰まった黒焦げの肉が残っているのみ。
水の放出も止まり、これでこのダンジョンもクリア。
鈴ちゃんの雷帝が雷神になったことで使えるようになった神の制裁だけど、これが強すぎるんだよね。
ボスですら基本一撃で、相性が悪くなければ鈴ちゃん一人で問題ない。
流石、神の武器と言われる雷だよね。
デメリットは、味方も巻き込むところと……範囲が広すぎて使いづらいところかな。
あとは、鈴ちゃんの負担が結構大きかったりする。
1日一……二回が限度。
「これで、日本は全解放ですね!」
「なんと言うか……呆気ない終わり方ね」
「被害がない事はいい事だよ」
ルイナにそう言いつつも、私も少し思う。
……でも、これでももっと強くなれって言われてるんだよね。
鈴ちゃんだけじゃなく、私たちも同じくらい強くならないといけないのかなぁ。
それとも、システム的な事じゃないのかな。
ここを出たら、何か進展があればいいけど。