復讐編05話 第一試合
『只今より、第一試合を行います。ハドロス領代表、カンナ・ノイド!』
名を呼ばれ、会場内が喝采に包まれると、私は一歩前に出てお辞儀をした。
支給された闘技服にはスカートがなく、かつてイブがそうしていたように、スカートの端をつまみ上げる素振りだけして膝を折り、頭を下げる。
一層拍手の音が大きくなったのを感じて私は満足し、姿勢を元に戻した。
それにしても、地方大会の時もそうだが、この体に張り付くような衣装はボディラインが丸わかりでエロいな。
撮影機で私を一生懸命に撮影する男性陣が多いのも頷ける。
一応上からジャケットだとかスカートを履くことは認められているものの、着込むとそれなりに暑いんだよな。
まあ、野郎どものオカズになるのは癪だが仕方ないだろう。
『続いてキャマラス領代表──』
名前は、聞かなかった。
どうせすぐにやられる存在だ。覚えておく必要もない。
現れたのは、背が低く、細身な体格の少女だった。
赤みがかった金髪を短く刈り上げていて、胸もリリカ並みに小さいので一見すると男子に見えなくもない。
が、顔立ちは非常に可愛らしく、髪型さえ工夫すればマイシィクラスにはなるのではなかろうか、という具合。
細身とはいえ、かなり引き締まった身体には筋肉が浮き出て見えるから、鍛え上げられて余分な物を削ぎ落とした状態だと見て取れる。
体術に優れるタイプだろうか。
『それでは、ルールの確認をします。勝利条件は相手が行動不能になるか、有効打と認められる攻撃を三本先取した場合です。以下、禁止事項です。頭、首、胴体部への刺突及び斬撃を行うこと。頭部及び心臓部を強く殴打する攻撃、審判が制止したのにも関わらず攻撃を行うこと。以上は禁止ですので厳守でお願いします』
なお、故意に行った行動ではなく、偶発的に禁止事項に触れることになった場合は罪にはならない。
試合には負けるけどな。
私は試合相手の顔を見た。
自信に満ちた表情。眼光鋭く、薄く笑みを顔に貼り付けている。
構えを見るに、やはり武術家だ。
魔法一辺倒ではなく、体術に魔法を織り交ぜる形で戦うというロキと同じタイプ。
いや、もっと極端で魔法は補助程度に留まり、武術特化で闘うのかもしれない。
『それでは間もなく試合開始です!』
拍手喝采は大きく膨らみ、やがてゆっくりと静寂がそれに覆いかぶさっていく。
緊張感が高まっていく会場。
私はその中でただ一人、全く別のことを考えていた。
──はい、皆さんが静かになるまで三分かかりましたー。
「はじめっ!!」
主審の号令で、試合が開始される。
ワッという歓声の中、私は何もせず突っ立っていた。
相手が警戒しつつもジリジリと距離を詰めてくる。猪突猛進型ではないようで、かなりの慎重派だ。
なぁんだ、突っ込んできてくれればもう試合は終わっていたのにな。
私は魔法で闘技場の床の石板を引き剥がし、持ち上げた。
厚さ二十センチ、縦横三メートル四方の巨大な石のタイルである。
もし相手が愚かにも突っ込んできた場合は、目の前に突如として壁となった石板が現れることになり、衝突してジ・エンドの予定だったのだ。
「いっけぇえええ!」
私は石板を相手に向かって射出した。
巨大な石材の塊が地面と並行に飛んでいくのだ。
当たればひとたまりもないだろう。
「ふふ、カンナ・ノイド! その程度なのッ!」
相手は受けるでも避けるでもなく、石板の上に跳び乗った。
横回避しても軌道を変えられるし、下に潜り込んで避けた場合はそのまま下敷きになるリスクがあるから、最適解を選んだといえる。
「はあああああああッ!」
相手はなんと、その石板の上を駆けた。
一歩二歩と、射出方向に逆らうようにして走り、そのまま跳躍した。
彼女の拳に炎が宿る。
闘技服を着ていると自分の体に魔法を作用させるのがやや困難になるにも関わらず、彼女の拳の炎はメラメラとその勢いを強めていく。
しかし私は冷静に、次の手を実行するのみ。
正直、跳躍して石板を超えてくることは想定内だ。
「氷柱」
私は迎撃のため、氷魔法を展開した。
跳躍後の軌道変更は容易ではない。
それこそ自分の体を吹き飛ばすくらいの風魔法でもなければ。
だから私は、その軌道上に氷の棘を置いておくだけでいい。
あまり尖らせると規定違反になる可能性があるので、実際にはコブといった具合だが、──その分大量の氷塊を用意しておけば良いだけのことだ。
「こんな、ものぉぉッ!」
敵は、まるで地団駄を踏むように──と言うと不恰好かもしれないが、落下に合わせて足技を繰り出し、氷の柱をぶち抜いて地面へと降り立つ。
「う゛ッ!?」
下腹部に鈍い痛み。
衝撃が体表だけに留まらず、内臓を抜けて奥へ背中へと浸透していくイメージ。
下から掬い上げるようにして渾身の蹴りが飛んできたのだ。
相手の着地からわずかコンマ数秒後。
考えてから対処していたのでは間に合わないくらいの瞬息。
だが、かろうじて大丈夫だ。
咄嗟の判断で氷の防御壁を張らなかったら、腹部に強烈な踵が食い込んでいて、行動不能になっていたかもしれなかったがな。
私は相手の間合いにいるのは危険と判断して、彼女の構えの逆、右サイド方向へ跳び退こうと試みた。
しかし、先を見越した相手に歩法と拳の動きで牽制され、回避は諦めざるを得なくなる。
それはまさに相手の術中であり、今度は正面からの接近戦へともつれ込んだ。
こうなれば、武の心得のある方がやはり強い。
素手であれば顔面攻撃も反則にならないだろうからと、相手も積極的に顎を狙ってくる。
だがそれは“虚”であり“実”でもある。
実際には顎だけを狙っているのではなく、全身どこに打撃を受けてもおかしくない状況なのだ。
一発一発が私の動きを誘発するためのフェイントであるのと同時に、少しでも隙を見せればそのまま撃ち抜いてくるという必殺の一撃でもあるわけだ。
うーん、なんていうか。
「めんど、くせえええええ!!」
私はもうどうでもよくなって、全方位に向けて炎を噴出させた。
指向性を持たないため、これには相手も距離を取って回避するしかあるまい。
「チッ」
舌打ちしながら後方へと退く相手選手。
その額には尋常でないほどの汗がにじんでいた。
「ハァ……ハァ……あれ、なん、で」
相手選手も、自分自身が予想外に弱っていることに気が付いたようだ。
手で汗を拭っているが、後から後からどんどん噴き出してくるのでキリがない。
少しふらついてもいるので、眩暈を起こしているのかもしれないな。
この反応、私の魔法の作用ではない。
──きっと、毒が回り始めているのだろう。
控え室で、シアノがこっそり撒いていた霧状の物質。
やはり、あれは毒だったのだ。
おそらく遅効性、しかも激しい運動をした時にようやく全身に回るくらいの微弱な量。
毒の症状は確実に出ている。
しかし、倒れるほどでもない。
あれくらいならば、“試合で疲労が溜まった”と勘違いしても致し方ないと思う。
きっちりと計算されたトラップである。
なるほどね。
毒の効果はなんとなく見えてきた。
だから、もう様子見なんかしないで、決めにかかってもいいよね。
「雷雲よ、吸い上げろ」
呪文を唱えながら、私は神に感謝した。
第一試合という大会全体の印象付けに最も効果の高い場に出られたこと、そしてスルガと当たるのが準決勝という最高のタイミングであること。
さらに、シアノと私が戦闘になることはおそらく無いということ。
すべて、私に味方してくれている気がする。
やはり、私が“魔女”の家族を皆殺しにするまでは、私はずっと“勝ち確”状態でいられるのではなかろうか。
ふふ、ならば思う存分にやってやろう。
スルガとの準決勝までずっと、派手な魅せ技で勝ち進んでやる。
私という存在の印象を、観衆たちの心に焼き付けるのだ。
それがスルガのプライドを引き裂く為の、最大の布石となる。
私の身体から幾筋もの光が走る。
音を立てながら、半径五メートル圏内を焼き尽くさん勢いで迸る。
観客のどよめき。
不勉強な者には到底理解できない自然現象の一つ、雷の権化が目の前に現れたからだ。
「渦を巻いてその体に電荷を満たせ」
電熱のあまりに空気が熱膨張し、破裂する。
バシンと乾いたその音は、スタジアム中に反響し、やがて落雷の後のゴロゴロとした音に変わる。
相手選手が怯み、後ろへ下がる。
一方の私は余裕の態度で相手選手の方へと歩いて行った。
接近タイプの敵ならば、私に近づくことはもうできない。
近づいた瞬間に感電死するのは明らかだからだ。
さあ、使わせてもらうよ、ロキ。
お前の、魂の技を。
「 雷 鳴 裂 光 ! 」
刹那、ステージ上を閃光が駆け抜けた。
ありとあらゆるものを焼き尽くさんとする悪魔の光が紫の残像を引いて暴れまわった。
相手選手は恐れ慄き、場外へと逃げ出していた。
……が逃げきれず、閃光の餌食となって気を失った。
元々は演舞用の技であり、また、闘技服により魔法力場が散らされるので致命傷には至らないはず。
それでも相手選手は雷の前に倒れ伏し、誰がどう見ても戦闘不能である。
『す、ものすごい音と光でしたが選手は大丈夫でしょうか! ……あっと、判定は──有効です! 違反ではありません、有効判定です! 勝者、カンナ・ノイド!』
大歓声に包まれながら、私は一礼の後にステージを降りた。
私はこうして、難なく第一試合を終えた。
──
─
一試合目で大技を見せたからだろう。
残りの試合では相手型は誰しもが接近戦を嫌がった。
皆遠距離からちまちまとした攻撃を繰り返し、電撃を通さないよう壁を作りながら逃げ惑うだけ。
案外、全国闘技会というのもレベルが低い。
私が強くなりすぎただけかもしれないが。
「お疲れさま、カンナ」
「ん、多少な」
宿に帰るなり、ベッドに倒れ込む。どっと疲れが押し寄せてきた。
思いの外、気を張っていたのかもしれないな。
「明日はいよいよ準決勝と決勝だね」
アロエが私の背中に手を当てて、治癒魔法を使いながら労ってくれた。
私はうつ伏せのまま、アロエの言葉を訂正する。
「決勝には出ないぞ」
「……へ?」
私は体を捻ってアロエの顔を見て、再び繰り返すのだった。
「だから、決勝には出ないんだって」
「……」
……?
「……はぁ!?」




