復讐編04話 ファッ〇だぜ
「ふぁあああ、ねむ」
「起きたか、アロエ」
宿屋の二階の窓辺の側に椅子を置き、朝日を眺めていると、ベッドでアロエの起き出す声が聞こえてきた。
私は朝の街並みから視線を逸らすことはないが、衣擦れの音からアロエが近くまでやってきたことを知覚した。
「起きてたの?」
「うん? いや、おじさまのところで少し寝て、さっき戻ってきたんだ」
私の言ったことに、アロエは軽い嫉妬心を覗かせる。
椅子に腰掛ける私の後ろから抱きつくように腕を回してきた。
「寝た、の?」
この感じだと、寝た、の意味を捉え違えている可能性があるので訂正しておく。
エックスのおじさまは本当に紳士であった。
味方の中に裏切り者がいると仮定し、念のため喘ぎ声を出すフリはしたものの、結局のところ情報提供だけにとどまった。
多大なる恩を感じる一方で、後で何を要求されるのか恐ろしくなるほどだ。
「眠かったから、少しな。結局何もしてないよ。少し気になる情報を貰っただけだ」
「どんな情報?」
疑似性行為のあと、エックスがポツリと話した内容。
それは、ある意味で最初に貰った刺客の情報よりも気になるものであった。
「クローラの継母、フロル・フェニコールの遺体を、帝国派が掻っ攫っていったらしい」
「フロル様の……」
時系列的には私が保安隊に拘束されている頃だろうか。
葬儀の後、火葬場でフロルの死体を入れ替えた痕跡があった、らしい。
らしいというのは、明確な証拠はそれこそ灰になってしまっているからだ。
「どうもクローラがフロルの気に入っていたネックレスを、副葬品として棺に入れたらしいんだ。ところが火葬後に遺骨を集める際には痕跡すら無くなっていた。棺を入れ替えたのでは、と噂になっているんだって」
「帝国派にフロル様の遺体を回収するメリットはあるのかな。ほら、こういう時って誰に一番利益があるかで推測できるって言うっしょ」
「それが、考えたけどわかんないんだよな」
しかし私はこうも思う。
こうした些細な情報が、きっと本質へつながる重要な伏線なのだと。
謎が謎として感じられるのは、この“些細”を集めて行かないと真実は見えてこないからだ。
別に私は探偵じゃないから、真相がどうであれ、敵を滅ぼすだけなんだがな。
「ニクスオットの誰かを捕まえて、本人に問いただしてみればわかることさ」
「そんなことできるの?」
「それな」
私は今、迷いの中にいる。
私の究極の目標は、帝国派を皆殺しにすること。
しかし、私が今やろうとしているのは、事故を装ってスルガあるいはシアノを殺害することだ。
これでは理想通りとは言えない。
下手をすれば、残るニクスオットの遺族から報復されかねない。それでは駄目なのだ。
では、一番気持ちいい結果とはなんだろうか。
一つ、シズオカ マイコに接触し、真意を問いただす。
一つ、ニクスオット家を一族郎党皆殺しにし、残滓をも残さない。
一つ、貴族間抗争を完全に決着させて、将来に遺恨を残さない。
そして最後に一つ。
マイシィと仲直りする。これができたらパーフェクトである。
「ま、とりあえず今日の試合で勝ち上がることだけ考えるよ」
「ハドロス領唯一の選手なんだから、下手な結果は残せないしね」
「うッ……そうだった」
普通は地方大会の上位三名が代表として全国入りするのだが、私の対戦相手は皆重傷を負ってしまったからな。
一人は準決勝を不戦勝したけど代表は棄権したし。
私が地元の期待を背負っているんだ、よーし優勝目指して頑張るゾォ、めんどくせー。
「そもそも私は魔闘大会なんぞに興味はなかったんだ。なんで地元の看板背負って戦わなきゃならんのだ」
「スルガ・ニクスオットに呼ばれたから?」
「それだ。そうなんだよ。あいつめ、何を考えてこの私をご指名なんだよ。母親の指示か? マザコン野郎が」
「あは、カンナってば毒吐きすぎ! ウケる! ……ところでまざこんって何?」
くそ、あいつの目的はなんだ。
それさえわかってしまえば、帝国派打倒の足掛かりにはなりそうなのに。
「あ」
ひとつ、思いついた。
スルガ・ニクスオットのプライドの高さを利用して、あえてそれを逆撫でしてやるというのはどうだろう。
相手を怒らせれば、こちらのペースに持ち込みやすくもなるし、一石二鳥だ。
今日は冴えているぞ、私。
「決ーめた!」
私は椅子から立ち上がり、シャワー室の方へ向かった。
アロエも欠伸をしながら私に付いてくる。
「ふああ。……決めたって、何を」
私は服を脱ぎながら、アロエに対して悪戯な笑みを投げかけた。
「ふふふ、内緒! あー、あのさ、着替え持ってきて。それからエクステの準備お願いね」
「……な、なんか嫌な予感しかしないんですけど」
私はアロエを無視して、魔石に刻まれた炎魔法の術式を起動し、シャワーの栓を捻った。
程よい湯温になるまで少しの間待機してから、頭から湯を浴びた。
今のうちに、夜の残り香を全部流しきらなくては。
昼間の私と夜の私で切り替えをしっかりとしなければ、いずれ綻びが生まれてしまうような気がする。
頭の天辺から長い前髪、細い首筋、ささやかに主張する小さな胸元、滑らかにカーブを描く腰のライン、しなやかに伸びる手足の先端まで満遍なく丁寧に、洗剤を使い、洗い流していく。
シャワーを止める。髪の先端から雫が滴る。
バスタオルを首にかけると、私は鏡の中の濡れ髪の少女と視線を絡ませた。
──良いか、俺。ここから先は誤りが許されない。
一瞬たりとも気を抜いたら駄目だ。
私はこくりと頷いて、シャワー室を後にした。
エクステで髪を長髪状態にして、地味なワンピースに着替える。
どうせ試合前には闘技服へと着替えさせられるから、脱ぎ着しやすい格好にしたのだ。
さあ、試合本番だ。
私はアロエにハグとキスをして、宿の部屋を出た。
窓から出たわけじゃないぞ。
そんな野蛮なこと、私がするはずがないじゃないか。
──
─
鋼鉄とコンクリで建造された、おそらく軍事基地と同程度には堅牢そうなスタジアム。
魔法国の人口の少なさからか、サイズは日本のなんとかドームより二回り以上小さいが、それでもこの国においては巨大建築であることに変わりはない。何千人もの人が集まっても、なんとか着席できるだろう。
私が関係者用スペースに足を踏み入れた時には、既に数多くの選手が集まっていた。
私がその場に現れた瞬間、全員の視線がこちらへ向くのがわかった。
今朝の新聞には、私の存在が優勝候補として大きく記載されていたから、皆警戒しているのだろう。
そんな中、私に近づいてくる者が二名。
その二人が歩くのに合わせて、モーセが大海を割るが如く人垣が二つに裂けた。
皆が距離を置いたのは、通行者が青い髪をした、若い男女だったからだ。
「やあやあ、久しぶりじゃァないか。カンナ・ノイド」
「やあ。会いたかったぞ、スルガ・ニクスオット」
会いたかった、の部分でスルガの頬が少し引き攣った気がする。
本当に数ミクロン動いたか動かないかの違いでしかないが、空気感でなんとなくわかった。
「あの手紙の真意を聞かせてもらうぞ」
私がそう言うと、スルガは僅かばかりに怪訝そうな表情を見せるもすぐににやりとした笑みに変わった。
ヤツはまるで舞台上の大根役者のように大げさな動きで私に手を差し出してくる。
「真意ってェ、キミに会いたい、それじゃァだめなのかい?」
「チッ……人を毒殺しようとしといて、どの口がそんなことを言うんだ」
私は言いながら、スルガの手を払いのけた。
すると奴は、今度は口元を手で隠しながらくっくと笑う。
どこまでも嫌味な態度であるが、不思議と初対面の頃に感じた強者感は薄れているように感じる。
「あんな大した量でもない毒でェ、キミが死ぬ訳はないじゃァないか。あれはただの脅しさ。キミのォ、恋人へのね」
「だが胎の子は死んだぞ」
私は自分の下腹部に手を当てて、スルガを睨んだ。
瞬間、ヤツから笑みが消えて、真顔になる。
「待て。……子供がいたのかい」
私が無言で睨み続けたのを肯定の意味と捉えたのか、ヤツはわざとらしいほど悲しい表情を作り、胸に手を当て頭を下げた。
「それはすまないことをしたよ。そうかァ、子供がいたのかァ。いやね、ボクはキミが誰を愛そうが誰と子を成そうが興味はないんだよォ。ボクの子孫を一人でも多く産んでくれるならァ、あとはキミの好きにさせるつもりだったんだ。いやァ、子供に罪はないのにねェ。申し訳なく思うよォ」
スルガはそう言うと、飛んでいる虫に目線を奪われている最中であった妹のシアノを呼び寄せ、頭を下げさせるのだった。
「ん、ごめんなさい。姉上こうほ」
「姉上候補て……」
まったく、この兄妹はどこまでもズレている。
私は呆れてしまってもう起こる気にもなれなかった。
許す気はハナから毛頭ないのだがね。
「まあ、死んだ奴の話はもういいや。それより、シズオカ マイコは今日、来ているのか」
その名前を口にすると、スルガは再び気味悪く口角をあげて、目を細めるのだった。
「シズオカ マイコ……その様子だと、本当にあの名前にピンと来たんだねェ! ハハッ、これは面白いことになってきたよォ!」
スルガは仰々しく手を叩いて大笑いを始めた。
おいおい、もう既に周りの選手たちがドン引きしているぞ。
何か得体の知れないものを目の前にしたような反応が、私達を波源にして伝播していく光景、こっちの方が私には面白くて笑えてしまうよ。
あっはっは。あー、笑えねぇ。
「そうだ、キミがボクに勝てたらァ、母上に会わせてあげるよォ。ほら、僕たちが憎いんだろォ? 復讐を遂げる好機だよォ、これは!」
両手を広げ、めちゃくちゃな挑発をするスルガ。
一方の私はそんな馬鹿げた態度を鼻で笑い飛ばして言うのだ。
「──ハンッ、当たり前だろ。恨んでいるのも、お前に勝つのも、当然のことだ」
「……なに?」
不機嫌そうになるスルガを無視して、私は壁際の方へと歩き始めた。
そのまま壁面にもたれかかると、スルガ達の方へ向き直り、右手の親指、人差し指、小指を立てて掲げて見せた。
この国において、そのジェスチャーの意味するところはつまり、
「ファッ○、だぜ」
めちゃくちゃな挑発にはめちゃくちゃな挑発で返すのだ。
おおよそ貴族令嬢には似つかわしくない、俗っぽい煽り方で、な。
スルガはしばらく私の方を黙って睨みつけていた。
シアノは大あくびをしながら兄の袖を引っ張っている。
対照的な反応だが、私にはシアノの方が怖く見える。
「兄上、いこう」
「……あァ、そうだね」
その後、二人は何やらひそひそと耳打ちをしながら人垣を割って私から距離を取るように移動していった。
私が思うのはただ一つ。
「どうか、シアノと先に当たるようなことは有りませんように」
私の計画は、スルガと先に戦う方が理想的なのだ。
***
「あの人、つよくなってるよ。わらわのどくぎり、ぜんぶふきながしてた」
「……他の連中が気付かずに吸ったからァ、これでいいのさ。あとはカンナ・ノイドだけ何とかすれば、ボクたちの勝ちだよ」
「うん、わらわがんばるね。がんばって姉上こうほを──」
「──どれいに、するね」




