復讐編03話 エックス
古都プレシオス。
王都レクスより北東に位置する、巨大な湖のほとりに築かれた古城を中心とする街である。
我がハドロス領から王都へ陸路で向かう際には古都の端をかすめ通ることになるが、中心街まで出てきたのは今回が初めてである。
なんというか、古都というカテゴリーの印象とは真逆で、そこは陽気な街であった。
毎年の迎ノ週に魔闘大会が開かれるせいか、真新しい建物が多く並び、観光客向けの土産物店や食べ歩きのできる軽食販売店が目立つ。
王都とは異なる意味で観光の街、という印象だ。
湖の環境を利用しているのか、マリンスポーツ(湖だからレイクというツッコミは野暮だぜ)の店も多い。
風を受けながら波に乗る、ウインドサーフィンのようなスポーツが流行っているのか、所々でサーフグッズを抱えて歩いている人もいる。
なかなかに楽しそうな街である。
「アロエ……大会が終わったら湖で遊ばないか!?」
「いいよ。ってか、カンナの場合ウチの水着が見たいだけでしょ」
「水着を見たいんじゃない、水着を脱がせたいんだ!」
「えっち」
じゃれ合いながら街を歩く私達は、ある意味で目立っていたかもしれない。
女の子同士の恋愛を認める気風はこの国にはあまり無いのだ。
一方で歴史的にみると男性同士の恋愛はアリ、らしいのが解せないところだ。
「ねえカンナ。見て見て、めっさたくさんの飛空艇!」
「おお、間近で見ると大きいなぁ。げ、あっちのやつドラゴンが船ひいてるし」
目の前に広がるのは色とりどりの飛空艇が駐機する光景だ。
魔闘大会の本戦、全国闘技会の会場とあって、ありとあらゆる交通手段が用いられていることの証だ。
「あれってどういう仕組みで宙に浮いてるんだっけ」
「授業で習ったろ、中に空気より軽いガスが詰まってて、それで飛べるんだ」
大きなラグビーボール状の風船に軽い気体が封じられており、空中へと浮かび上がることが出来る仕組みは、前世の頃の世界にあった飛行船とほとんど同じ。
とはいえその飛行船なるものは、子供の頃に動画サイトで見たことがある程度で実物を拝んだことはない。
なので今まさに目の前に広がる光景は私の二度の人生の中でもやけに真新しく映るのだった。
「おい、あっち見てみようぜ」
私はアロエの手を引き、無数に屋台が並ぶ大通りへとやってきた。
通りの入り口に柵があり、馬車や魔動車は迂回するように掲示されていた。
「歩行者天国……!」
「なにそれ、歩いてたら死んじゃうの?」
アロエの若干的外れな解釈はひとまずスルーして、どの屋台で何を買おうかと吟味を始めた。
何も考えずに羽を伸ばしてお祭りを楽しめるのは良いな。
魔法学校入学以来、久しく感じていなかった感覚だ。
思い返せば入学時より、私は常に何かと戦っていたようにも思える。
はじめはクローラ一派と。
それからマイシィを陥れた真犯人と。
そして、実際に戦闘になったわけではないが、領内での稲作に反発する敵対勢力。
それから現在進行形で帝国派貴族。
つらいことも多かったけど、なかなかに充実した半生ではないだろうか。
今更“前の世界に戻れます”なんて言われても、私はこの世界を選んでしまうだろうくらいには満足している。
「あ! あれ、タコヤキじゃない?」
アロエが指を差すのでふと見て見ると、確かにタコヤキを売っている露店があった。
あのタコヤキ……つまりたこ焼きのレシピは私がマイシィに伝え、マイシィが普及させたものだ。
こっちの世界のタコは割とグロテスクな見た目故に毛嫌いする人が多かったものの、ハドロス領内で名物化したことにより魔法国中での食材としての地位は上昇傾向にある。
「一つ食っていくか」
「うん」
露天商に声をかけ、一セット分を購入する。
日本の物よりも二回りほど大きくてソースのかかっていないタコヤキは、日本の物と同じように口の中をやけどしそうになるほど熱々だった。
「あっつ!? は、はふはふ……くひのなははわけうぅ」
「あはは! ウケるんだけど! ちゃんと冷まさないからだよーっと、熱ッ!? はふはふ」
アロエと二人ではふはふしながら食べるタコヤキは、絶品だった。
ある意味では私とマイシィの子供みたいな存在。
彼女とは袂を分かってしまったけど、私達の子供がこうやって料理として広まってくれるのは感慨深いものだ。
「ねえ、今度はあれ食べようよ!」
私の手を引くアロエ。
彼女との楽しい古都デートの時間は、まだしばらく続きそうだ。
──
─
一日が経過して、古都二日目の夜。
開会式の熱狂はいまだ冷めやらず、大通りにはいまだに煌々と灯りが灯っている。
ガス灯、提灯、ろうそく、魔石。
ありとあらゆる照明手法によって街は明るく照らし出され、少し小高い場所から見れば、町全体が世界から隔絶されて別の時間軸を生きているよう。
しかし、灯台下暗しとはよく言ったもので、裏通りや街はずれは中心街とは対照的に闇が覆う。
光に目が慣れてしまった人間にとって、そこは、暗黒に染め上げられた異空間に他ならない。
また、祭りの影響で、地方から人が集まって来るばかりか夜を通して動き回る人間が多いせいで、裏の人間がこそこそと活動するには絶好の場所となっていた。
「アロエ」
「……なに、カンナ」
「自分だとやりづらいから、やって」
「……もう、しょうがないなぁ」
私は丘の上にある宿の二階から下界を見下ろしつつ、アロエに頼んで長かった銀髪を頭部から取り外してもらった。
「あれ、取って」
「うん」
アロエからネットを受け取ると、残っていた髪の毛をまとめてネットの内側に格納。
続いて茶髪を頭にセットし、固定する。
既に化粧は済ませてあるが、念のため仮面をつけていこう。
「ウィッグとエクステ、作っておいて良かったね」
「ああ。染髪の手間が省けてちょうどいいや」
そう、カツラだ。
銀髪の方は編み込み式の付け毛と言った感じで、茶髪の方は完全に被るタイプ。
“カンナ・ノイドは銀の長髪”と印象付けることで、変装後の私を同一人物だと認識させないようにする工夫である。
「銀髪の方は、ウチが少し手直ししておくね」
私は頷くと、宿の窓枠に足をかけた。
今夜は、とある人物と会合の予定である。
それは、王都にてたまたま相手取った客に紛れていた中央貴族の一画、国王派の重鎮である。
「じゃあ、行ってくる」
「はっ。行ってらっしゃいませ、カナデ様」
私は夜闇に紛れ、カナデとしての行動を開始した。
二階から飛び降りると、魔法力場を生成し、空中で数段のジャンプをしつつ近くの茂みへと降り立った。
力場生成に慣れてくると、下手に風を混ぜ込んで風魔法として扱うよりも精神力のロスが少ないように感じる。
着地の際も、空気に弾力を持たせるイメージでふわりと降り立つことが出来た。
音も消せるので便利である。
さて、ここからは多少走る。
目指すは湖のほとりにあるコテージだ。
──
─
明かりもついていないような木造の古臭いコテージ。
中に入るなり、私は光魔法で廊下を照らした。
外観の古臭さとはうって変わり、中はこざっぱりとしていて清掃も行き届いている。
最近まで誰かが使用していたような雰囲気がそこかしこに漂っている。
「おいでくださいましたか、カナデ様」
廊下の先に、太った体格の男性がいた。
白いシャツにオーバーオール姿はどう見ても庶民的だが、素材に汚れ一つなく、明らかに綺麗に手入れされすぎている様はどこかコスプレを思わせるものであった。
加えて貴族風に整えられたひげが、この男の正体を物語ってしまっている。
「おじさまは変装がヘタ、ですね」
「ふぉふぉふぉ、左様にございますか? 吾輩は似合っていると思うのですがね」
「なんていうかー、尊大な感じが隠せていないんだよねー」
私は仮面を外し、男を真正面から見据えた。
「ほう、やはり貴女は美しい……! 是非とも吾輩の妻に」
「はいはい、そういうのはいーから。さっさと本題に行こうよ、おじさま♡」
そう言うと、私は彼の腕にピタリと身を寄せた。
そして上目遣いに、かつ目を細めて少しだけ妖艶な顔をして、言った。
「まずはどうします? プレイから先にするか、お話し合いからにするか」
「ふぉふぉふぉ、ではプレイから──と言いたいところですがね」
男は、やや真剣な面持ちになると、私の耳元で声を潜めながら言った。
「“エス”から報告です。やはり、王都からこちらへ帝国派の人造人間集団が移動してきていると」
「使い捨ての暗殺部隊、でしたっけ。ふぅん、一体誰を狙っているのやら」
私は闇の中で、にやりと笑う。
帝国派も考えることは同じなのかもしれない。
祭りで盛り上がる街の中は、要人が隙を見せる絶好の場でもある。
暗殺にはもってこいだ。
「魔闘大会には吾輩の父も観戦に加わりますので、対象は父か、あるいは吾輩自身かと」
「え、じゃあおじさまの側にいたら、危ないのかな」
「ふぉふぉ、安心してくだされ。このコテージの周りには吾輩の騎士たちを控えさせております。あやつらも迂闊には手を出せませぬ」
そういう油断が命取りになるのだとこの男に小一時間説教してやりたいところだが、時間がもったいないので今はよそう。
つーか、騎士を潜ませておくってことは、この男は今日プレイする気はないのだ。
残念、お小遣い稼ぎはまたの機会だな。
「それから、人造人間集団を束ねるリーダーはビアンカ・カリームという女で、かのロキト・プロヴェニアを暗殺した張本人と言われています」
ロキの名前が出てくるとは思わなかったので、私は少し動揺し、眉を動かしてしまった。
いけないいけない。
今の私はカナデであり、カンナではないのだから。
今話している男は国王派の貴族ではあるけども、私の正体を明かすほどの仲ではない。
いずれはバレてしまうだろうけども、なるべくなら正体を伏せたままにしておきたい。
と、いうわけで、表情を変えるのは我慢しなければ。
──笑い出したい気持ちをも、押し殺さなければ。
私がこの街に来ているというタイミングでロキの仇も同じ街に来ているという状況は、まるで神により“奴を殺せ”と指図されているかのようだ。
もう、運命が私を導いているとしか思えないね。
「最後にこの吾輩“エックス”より、貴女様にプレゼントでございます」
そう言って、彼は私に一枚の紙を渡した。
そこには紙を埋め尽くすようにびっしりと、個人名と住所が表にまとめられていた。
まったく見覚えのない名前ばかりだが、これは一体なんだというのだろうか。
「《カナデ推しコミュニティ》の中でも、役立ちそうなスキルの持ち主や駒としての活躍が見込めるものをリストにしてみました。これを差し上げますので、ふぉふぉ、如何様にお使いいただいても結構でございますぞ」
そう言うと彼は私から腕をそっと離すと、私の正面に回って跪いた。
その姿勢で、恍惚とした表情で私を見上げる。
「吾輩は、はじめて貴女様にお会いして天国へ導いてくださったあの日から、貴女様の信徒にございます。貴女様のお役に立てるのであれば、なんでもお申し付けください」
この男。
王都でマッサージの客として一晩を共にしただけの男だが、まさかここまで有能だとは。
国王派の重鎮とは聞いているが、ひょっとすると、私が考えているよりも上の立場にあるのではないだろうか。
「おじさまの、名前を聞いてもいーかな」
こいつの名前は覚えておくべきだと判断した。
私の王都圏における活動を支えてくれる超重要人物だ。
しかし、私の要求に対しては意外にも、男は拒否をするのだった。
「ふぉふぉふぉ。私は“エックス”です。貴女様にとっては、ただのエックスで良いはずですぞ。それに──吾輩たちはいずれ表の世界でも巡り合うのです。名など名乗らなくても、いずれ」
なかなかに含みのある言い方だが、しかし確信めいたものがあった。
まるで私の正体などとうにお見通しで、昼の世界でも会う予定がある、と言わんばかりの態度だ。
いや、実際にそうなのだろう。
こちらは化粧しているとはいえ顔を見せているわけだしな。
それでもなお私達の匿名性を維持しようとしている事は、逆に信用ができる。
距離感というのをわきまえている感じがするからだ。
表の世界では私はいち辺境貴族に過ぎず、一方でこの男は中央貴族の、おそらくトップクラス。
名を明かしあうことになれば、媚びへつらうのは私の方になるだろう。
彼はそれも嫌なのかもしれない。
「あはは、面白いおじさま♡ カナデはおじさまの事、大好きだよ!」
そう言って、私は跪く男に覆い被さるようにして飛びつき、腕を回した。
それから、耳元で囁く。
「形だけでもやることをやっておかないと、逆に勘ぐられるかもね。おじさまは娼婦を抱くために、お忍びでこんなところまで来たの。裏のコネクションのためではなく、ね」
途端、男は私の顔を真正面から見られるように体勢を変え、そして同時に下衆な笑みを浮かべた。
幾重にも覆っていた化けの皮を押し破って性欲が顔を覗かせた、ように見える。
下心が人間の面をして現れたような、そんな表情。
「ふぉふぉふぉ、そうでなくては。ささ、奥にベッドとシャワールームがありましてな。ゆっくり休みながら、夜を通じて語らいましょうぞ。ふぉっふぉっふぉ」
彼は立ち上がると私に手を差し出して体を支え、優しくエスコートを開始した。
私は彼に手を引かれ、奥の部屋へ。
体を許す気はないが、彼には精一杯のサービスをしてあげよう。
今後も色々と活躍してもらわなければ、だからね。




