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王都編18話 トリシラベラレール

「どうして、もっと早くにその事を言ってくれなかったのよ……!」


 クローラが、涙目で私に訴える。

 彼女の怒りもごもっともだ。

 昨晩のうちに何かが起きる事を事前に知っていれば、未来は違ったのかもしれないのだから。

 彼女の両親は健在であったのかもしれないのだから。


 私達は今、ロキの部屋で輪になって話し合いをしている。

 クローラだけが椅子に座り、後の連中は立ち姿勢のままだ。

  椅子の上のクローラは、顔は正面を向いたまま、やや上目遣いで睨んでくる。


「申し訳ございません。私の落ち度です」


 私は素直に謝る。

 が、まさかあの台詞が暗殺事件を意味しているなんて、終わってからでないと気付かないだろうから、私は悪くない。はず。


「また貴女(あなた)は心にもない謝罪をするのね」

「クローラ様」


 毒づくクローラを(いさ)めたのはイブだった。

 彼女が氷の(ごと)き視線でクローラを射抜くと、クローラは威圧を受けてわずかに背を()()らせた。


「な、なんですの」


 イブは円陣から抜け出ると、クローラの椅子の元に膝をついて、彼女を見上げる。

 見上げると言っても、椅子に座るクローラと片膝をつくイブの目線はほとんど同じ高さであり、その差はごく(わず)かなのだが。


「クローラ様、ジャン様もフロル様もお亡くなりになった今、貴女が正式なフェニコール家の当主です。貴女がしっかりしていないと、本家は断絶されてしまいます」

「そ、そうね。そうでしたわね。……ああ、私がしっかりしないと」


 クローラは頭を抱えた。


 本来であれば成人と共に自分に譲渡されるはずだった当主の座。

 ジャンの家長っぷりが評価されて、後回しにされていた派閥の顔役。

 その役がこんな形で回って来るとは彼女も思わなかっただろう。


 そして有事であるからこそ、クローラがうまく立ち回らなければ四大貴族の一画が崩れてしまう。

 ここはそういう局面だ。


「良いですか。ここで帝国派に押されては、きっと復権派からも見放されます。あるいは、側系統の、同じフェニコール家の者からも排斥(はいせき)されるやもしれません」


 イブの言葉に、さらに顔を覆うクローラ。

 彼女は悩んでいるのではない。迷っているのではない。

 ただ、気持ちに整理を付けるのに時間がかかっているだけだ。


「……だれか、私の(ほほ)を叩いて頂戴」


 不意に、クローラがとんでもない発言をした。

 流石(さすが)のイブも、ええっ、とたじろぐ。平民格は、言わずもがなだ。


 それでは私がその役目を負いましょうか、と一歩前に出て言おうとしたら、全く同じタイミングでクローラの元に歩み出した人物がいた。マイシィだった。


「私で良いですか、クローラ様」

「ええ、構わないわマイシィちゃん。思いっきりやっ──」


 バッシイイイイン!! というものすごい音と共にクローラが椅子から転げ落ちた。


 マイシィの渾身のビンタである。

 私も今朝方食らったからな、アレの痛さは分かるよ。


 それにしてもマイシィさん。

 あのぅ、やりすぎではないでしょうか?


 椅子から落ちたクローラは、イブに支えられながらよろよろと起き上がった。

 彼女の頬は真っ赤になっていたけども、その表情は、先ほどまでの彼女とは全く違っていた。

 目に、光が戻ってきた。


「ありがとう、マイシィちゃん。気合、入りましたわ!」


 マイシィは言葉の代わりに最敬礼の姿勢を取った。

 彼女はちゃんと立場をわきまえているのだ。


 いやはや、だというのに最上位貴族をためらいもなく叩けるなど恐れ入りましたよ。

 きっと、クローラの意図をちゃんと汲み取ったからこそなんだろうけどさ。


「まずは、そうね。情報共有よ!」

「「「はっ」」」


──


 すぐさま、私達は仮想敵・ニクスオット家について情報共有を始めた。

 と言っても私から話せるのは美術館での彼らの様子くらいなものだったが。

 私達はニクスオット家の本家のメンバーの顔と名前を覚えさせられた。


 私に接触してきた同学年の男の名前はスルガ。

 昨年末の魔闘大会でぶっちぎりの優勝をした男で、風を用いた魔法が得意らしい。

 ロキの見立てでは、強さは私と同格か、やや下くらい。

 

 妹のシアノは毒魔法の使い手であるが、対外的にはオールマイティに魔法を使いこなせると喧伝されている。

 魔法力場生成の速度が史上最速であるらしく、故に岩石魔法のように物体を持ち上げて射出する系統が桁違いに強いそうだ。

 魔法だけのレベルを見ればイブよりも強い。

 ただし体術その他を加味すればロキよりも劣る可能性が高いというが、毒魔法のみ未知数。


 二人の魔法力の高さは、母親の能力値を受け継いだかららしい。


 という訳で母親もまた要警戒対象だ。

 名前をマイコという。

 どことなく、名前から日本人的な響きを感じる。まさか……な。

 実際謎の多い人物で、異なる容姿の人物が“マイコ”として紹介されることがるのだという。


 そして、派閥のトップに君臨するのはテトラ・ロード・ニクスオット。

 自らを皇帝の血脈を持つ者だとし、魔法国の王は仮初の統治者であると主張するその男は、身内同士の壮絶な内紛の末に生き残った、これまた強い魔法力の持ち主だと言う。


 なるほど。帝国派の力が強く、かつ少数なのは、内ゲバで殺し合って淘汰され、血を研ぎ澄まして来たからなのだな。


 この本家四人だが、全員の容姿は恐ろしく整っている。

 なんだか、非常によく出来た人形が生きているような印象。


 そして母親も含めた全員が青い髪なのだという。

 ただし、先ほども述べたように母親の姿に関しては疑問点も多い。

 もしも母親が青い髪を持っているのだとすれば、彼女自身がニクスオットの血縁ということになる。

 ひょっとして近親相姦か。凄い世界だ。


 その他、帝国派にはニクスオット傍系の縁者たちが多数いるので注意すべきだと言われた。

 どの家系も骨肉の争いに勝ち残って来たヤバい連中なんだろうな。


「近頃、ニクスオットの連中がセラトプシアの港であまり柄の良くない連中と一緒にいたという噂があったんだ。奴ら、どうも裏の組織と繋がっているらしい」


 ロキが言うには、どうもヤクザやマフィアのような連中と帝国派が結びついて何かを企んでいるのだとか。

 一応、裏組織には“マフィア”と訳語を当てておくことにする。


「ロキ先輩、マフィアとの繋がりと今回の暗殺は関係があるのでしょうか」

「いや、そこまでは分からん。分からんが、タイミング的には関係を疑ったほうが良いだろうな」

「我々としても、帝国派の動きを追っていたのだが、まさかこんなことになるとはな」


 イブも悔しそうである。

 悔しそうだし、心なしか気分が悪そうだ。


「イブ先輩、どうかしましたか」


 私が声をかけるが、イブは平気だとしか言わなかった。

 彼女はフェニコールの騎士だから、やはり主君の死に思うところがあるのだろうな。


「イブ、気分が悪いのであればベッドで休んだらどうかしら。ロキのベッドですが……」


 クローラは何故だか私の方を半目で見てきた。

 うん、そうだよ。

 昨日私とロキが絡み合っていた場所だよ。何か?


「いいえ、大丈夫です。気を遣わせて申し訳ありません」


 イブはそう言って固辞するのであった。

 え、私のせいでベッドが嫌なんじゃないよね? え、私のせい?


***


 イブだけじゃなく平民組からも気分の悪くなる者が出てきたので、一旦水でも飲んで落ち着こうかとなったところに、いよいよ保安隊が屋敷に現れた。


 保安隊は、日本でいうところの警察組織である。

 警察と少し違うのは、治安維持のため武装をしている点だろうか。

 一般人に対する魔法の使用も常時許可が下りているので、下手に絡むと集団戦術で逆にやられる。

 何気に怖い存在だ。


 保安隊は私達の待機する部屋に来るなり、私達を駐屯所に連行していった。

 個別に事情を聴くためのようだが、ここで全員がバラバラにされてしまったので不安で仕方がなかった。

 もし保安隊の中に帝国派の間者(スパイ)が紛れていたら、ここでジ・エンドだからだ。


 幸いにして杞憂(きゆう)のようで、駐屯所には全員が無事にたどり着けたようだった。

 顔を合わせることは叶わなかったが、複数人の保安隊員が全員の無事を保証してくれたから、きっと大丈夫だ。


「あ、私達実は修学旅行中なのですが、学校に連絡ってできますか」

「事情はクローラ様に聞いています。その時点で早馬を出したから安心してください」


 流石保安隊、動きが速い。


 しかし、当初私が危うんでいた通り、私とアロエ、それからエメダスティとロキも長期にわたり拘束をされることになった。


 エメダスティは本当に部屋を一歩も出なかったため、逆に“部屋にいた”と証明できる者が一人もいなくなってしまったらしいのだ。

 またロキが部屋にいた事実を認めているのは私とアロエだったから、私達の疑いが晴れるまではロキも疑われ、解放されなかったようだ。


 そうして約一週間、私達は顔を合わすこともできず、駐屯所の中で過ごすことになった。


──


 そうして、ようやく外に出られた時には修学旅行の日程は残り半分足らずとなっていた。

 私達が不在の中、同級生は王都を自由に散策したり、あるいは古都や湖に向かうオプションツアーを楽しんでいたりと旅行を満喫していたに違いない。


「なんだか、すごく疲れたよ」

「だるいわーマジだるいわー」

「ああ。エメダスティも、アロエも、私が巻き込んだようなものだ。本当にごめん」


 私は二人に再度謝罪した。

 こんなことになるなら、マイシィと二人だけで来ればよかった。

 いや、そうしたらきっとアロエの事を今でも愛玩人形扱いしているクズ女のままだったろうな。


「でもさ、これって疑いが晴れた訳じゃないんだよね? 保安隊のお姉さん、証拠が無いから釈放って言ってたけど」


 そう、エメダスティの言う通りなのだ。

 結局、犯行に繋がる証拠は何も出ず、故に解放されたというだけの事なのだ。


 私達の疑いが晴れないということは、同様に敵の情報も残っていないということだ。

 私はクローラの部屋に毒に関する仕掛けが無いかを再三保安隊に尋ねたが、捜査中の事は教えられないの一点張りだった。

 けど、あの様子じゃあ何もなかったんだろうな。


「敵はクローラ様以外の二人を狙った。彼女を残しておく意味は何だ? フェニコールの当主を()げ替えることが第一目的なのだろうか」


 私のつぶやきに、ロキが反応する。


「──そうなると、同じ復権派内の内部抗争の可能性もあるな」

「うわ、それ一番嫌なヤツ」


 しかし可能性として排除できないのが現実だ。

 そうでなくとも、この事件がきっかけで復権派内が乱れるのは疑いようもない。

 若き当主をリーダーに()えてやっていけるのか、不安に思う貴族は多いだろう。

 ただでさえクローラ派として復権派の中でも浮いた存在だった訳だから、反発は必至。


 なるほど、帝国派が仮想敵とすると、復権派内の混乱を演出するためにあえてクローラを残したとも考えられるわけか。よく出来ている。


「一番嫌なのは、国王派が黒幕だった場合だろう。そうなれば、私とカンナは結婚どころではない」


 一番温厚と言われる国王派が……そんなまさかとも言い切れないのが貴族社会の悲しいところなのよね。

 復権派と帝国派が勝手に潰しあってくれれば、結果として国王派の勝利だ。


 しかしマイシィを巻き込む可能性があったことから、少なくともストレプト家は関与していないことはわかる。そこだけは安心材料だ。


「とりあえず私達は修学旅行に戻ろう。今後の事はクローラ様と、出来ればストレプト家とも相談の上で決めたい」

「そうだな、それが良い。カンナ、くれぐれも気をつけろよ」


 ロキはそう言うと、口籠(くちごも)るような微妙な声で小さく「アロエと、エメダスティもな」と付け加えるのだった。

 はは、私の地獄耳にはバッチリ聴こえているぞよ。

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