王都編17話 血飛沫の朝に
私達が部屋を出ると、屋敷内は使用人たちがバタバタと駆け回っているような状況であった。
彼らのほとんどが人造人間だから、非常時にもかかわらず無表情なのが何とも不気味だ。
私達が真っ先に向かったのは、ロキの部屋だ。
本当はクローラの部屋に行きたいところだったのだが、生憎彼女の部屋の位置は知らされていない。
人に聞けるような状況ではないので、とりあえず知っている人物に会うべきだと判断した。
「ロキ!」
私は先刻まで自分も寝ていたその部屋の扉を開け放つ。
そこには慌てた様子で上着の袖に腕を通すロキの姿があった。
「貴様達、すまない、今は相手にしていられない」
「わかっているさ。でも、付いて行っていいかな。状況が知りたい」
ロキは頷く。
間を置かず、私は連れの方へと向き直る。
「マイシィは私達と一緒に行こう。平民組は待機したほうがいいだろうから、エメダスティ、アロエたちをくれぐれも頼んだよ」
「う、うん。分かったよカンナちゃん」
指示を飛ばす私に、エメダスティは頷いた。
「ああ、一人だけ知らないのはかわいそうだし大切なことだから今言うけどさ。アロエは私の彼女だから、絶対に守れよ。お前ならできるはずだ」
「うん。頑張るよ」
エメダスティはアロエが私の彼女だという件には一切反応を見せなかった。
それだけ緊張していて、臨戦態勢に入っているということだろう。
彼はそれほど強いわけではないが、中々折れない。
彼ならば、きっと体を張って彼女たちを守ってくれるという確信があった。
だから、ひとまずは安心だ。
「待機するならこの部屋から出るな。たぶん広間にいるよりは安全だ。行くぞ、カンナ、マイシィ」
「ああ」
「はいっ!」
私達はロキの後について走り始めた。
向かうのは、家長の部屋だ。
──
─
屋敷の最上階。家長の部屋の中には、血を吐いて倒れ伏す、寝間着姿のジャンの姿があった。
苦しそうに喉を引っ掻いて、そのままの姿勢で絶命していた。
口元から飛沫のような形で血が飛び散っていた。
きっと血液混じりの泡を吹いて倒れ、その泡がはじけて、飛沫となり、痕跡として残ったのだ。
体を起こせば、おそらく泡で気管が詰まっているに違いない。
夫人はここにいない。
別の部屋で殺害されたのか。
人造人間ではない使用人が家長の近くを歩き回っているが、それはこれからどうして良いのか分からず、ただ狼狽えているからであった。
人造人間の使用人たちは対照的にテキパキと動き、既に保安隊と救命隊の到着を待つばかりとなっているようだった。
「魔法の痕跡はありません。念のため現場を保存しており、保安隊を待ちます」
執事のような格好の男が無機質に報告をする。
ロキはそうか、と短く返事をすると、まだジャンの側を離れようとしない他の使用人に、この部屋を立ち退くように命じた。
彼らは名残惜しそうにジャンの方を何度か振り返りながらも、渋々廊下へと出た。
「あの……家長様に、せめて毛布を」
「駄目です。現場を保存するのです」
この会話だけで、使用人が人間なのか人造人間なのかが分かってしまうな。
とにかく、人造人間は冷徹だった。
主君が亡くなったばかりだというのに。
冷徹だが、冷静。
こういう事態の時に頼りになるのは彼らのような存在だな。
「クローラ様はいずこに」
「一度こちらにお見えになりましたが、今はイブ殿と部屋に戻っております」
「夫人は?」
「家長様と、同じような状況です」
「……そうか」
ロキの眉間に深い皺が刻まれる。
彼は口元に手を当て、これからどうすべきか思案し始めた。
ロキは元々フェニコールの食客扱いらしく、正式な騎士であるイブとは違い、用心棒のような立場にある。
そのロキがいながら事件が起きてしまったのだから、彼にも責任が重くのしかかるだろう。
きっと他の復権派貴族から標的にされるに違いない。
だからせめて、今できることはやっておかなければ。
「ロキ、とりあえずクローラの所に行こうか」
「……ああ、そうだな」
私の提案をそのまま呑んだロキは、私達のことなどお構いなしに早足で歩き始めた。
私とマイシィは慌てて後に続く。
階段を降り、渡り廊下を通って別棟へ。
しばらく廊下を進んで、突き当りにその部屋はあった。
何も言われなくても、そこがクローラの部屋だと分かる。
扉越しに、廊下に響き渡るくらいに、彼女の泣き叫ぶ声が聞こえていたからだ。
「入ります」
初めから入室の許可を願うこともせず、ロキは扉を開けた。
ベッドに顔をうずめるようにして、クローラが泣いている。
その背中を優しく擦っているのは騎士であるイブだった。
「……」
部屋に入るなり、私はあたりを見回した。
なるほど、ここがクローラの部屋か。
レースのカーテンで覆われた天蓋付きのベッド、いかにもアンティークな鏡台。
それに合わせて作らせたであろう、真新しいアンティーク調の棚には、たくさんのぬいぐるみが置かれていた。
「あ」
私は見てはいけないものを発見してしまった。
ぬいぐるみに挟まれるようにして置かれていた古い写真立て。
そこに映っていたのは我が兄ニコルであった。
角度的に、たぶん隠し撮りだ。
やはり、クローラは兄の事を……。
人を愛するという心を得てしまった今の私には、クローラの想いの強さに心打たれるものがあった。
同時に“この写真はマイシィに見つかってはいけない”と直感し、こっそりと写真立てを伏せた状態で置き直した。
──しかし、他に怪しいものは無いか。私は、てっきり……。
「ねえカンナちゃん」
「うわぉ!?」
急に背後からマイシィに声をかけられて焦った。
まさか、写真は見られていないよな。
「さっきから、何かを探しているの?」
どうも、私の挙動を怪しんでおられたようだった。
この様子だと、写真には気付いてはいないみたいだが、朝の言い争いの余波か、私とマイシィの間にはまだ溝があるように感じられる。
ひょっとして、マイシィは私を犯人だと疑っている……のは考えすぎか。
「いや、もしかすると犯人に繋がる何かがあると思ってさ」
「なんでクローラ様の部屋に? 亡くなったのは家長様と奥様だし、それに、まだ自殺の可能性も……」
自殺の可能性。確かにその線はゼロではないよ。
だが、我々がいま最も考慮しなければならないのは敵が今この瞬間も私達の命を狙っている可能性だ。
だから警戒しているんだ。
「いいやマイシィ。今は緊急事態。とりあえずいろんな可能性を疑ってかかるべきだ。少なくとも、この部屋は出たほうがいい」
「どうして……」
私はマイシィの事を半ば無視するような形で、部屋の反対側にいたロキを大きな声で呼び止めた。
「ねえ! クローラ様を連れて、別の部屋に行こう! ここは危険かもしれない」
「──何か、思い当たる節があるんだな」
私は頷いた。
そしてロキは理由も聞かずにクローラの側で跪き、彼女の手を握った。
「クローラ様、ここは危険です。移動しましょう」
しかしクローラはその手を払いのけるようにして、叫んだ。
「うるさいうるさい!! 私のことなど、構わないで頂戴!! 出てって。みんな出ていけ!!」
肉親が死んだのだ。
クローラは朝からずっと、この調子なのだろう。
だがクローラの言葉に従うわけにはいかない。
私はイブの方へ目配せをした。
彼女は頷くことはなかったが、やるべきことは把握したようだ。
「クローラ様、失礼」
イブはクローラの小さな体を無理やり引き起こして抱きかかえた。
当然クローラは大暴れをし、滅多矢鱈と魔法をぶつけ始めた。
そのたびにイブとロキが魔法力場を拡散させて、効果が周りに及ばないようにするのだった。
「とりあえず、私の部屋だ」
「わかった」
ロキの一言で行き先が決まる。
アロエたちとも合流し、全員で固まって動いたほうがいいだろう。
廊下を走りながら、マイシィが尋ねてくる。
「ねえ、カンナちゃんどういうこと? なんであの部屋は危険なの?」
仕方がない。
後で皆の前で話すつもりだったが、先にマイシィには伝えておいた方がよさそうだ。
「毒が仕込まれている可能性があるからさ」
「ど、毒──」
家長は苦悶の表情のまま、口から血を吐いて倒れていた。
病気でなければ、典型的な毒物の症状に思える。
おそらく出血性の猛毒。呼吸が苦しそうでもあったから、神経毒も混ざっていたのかもしれないな。
夫人も似たような感じだというから、彼女も毒殺されたのだろう。
すると、フェニコールの家の者でクローラだけが無事なのはなんとも不自然に思える。
二人も同時に手を掛けたのであれば、残る一人にも暗殺の手が及んで不思議ではない。
想像するに、暗殺者はクローラには毒を盛ることが出来なかったんだ。
何故かと言えば。
「昨日の夜、クローラはどこで眠った?」
「それは、私達とは別の客間で……あっ」
その通り。
昨日の夜は、クローラが夜ふかし上等で一つの客間を整えさせ、女子全員を集めてガールズトーク大会を開いていたのだ。
そして彼女はそのまま客間で眠ってしまった。
自室にいなかったのだ。だから殺されずに済んだ。
さて、犯人の仕込んだ毒物がクローラには使用されなかったのだとしたら、その毒物はどうなっているか。
未使用なのだから、部屋に残されている可能性が高い。
そして、何かの拍子に毒が作用して、部屋にいる人間が死んでしまうかもしれない。
例えばそう、仕掛けに触れると瓶が倒れて毒が気化する、とかな。
「だから、あの部屋は危ないんだ。でもロキの部屋ならばとりあえずは大丈夫だと思う」
「昨晩お楽しみだった部屋だしねー。二人とも無事なんだから、確かに安全かなー」
うう、マイシィの言葉から棘が抜けないよぅ。
──
─
全員がロキの部屋に集まる。
とりあえず“私の世界”の住人達は全員が無事のようで何よりだ。
しかし考えなければならないことはたくさんある。
「落ち着かれましたか、クローラ様」
「……フンッ。落ち着けるはずがないではありませんか、そんなことわかっているでしょうカンナちゃん」
ん、クローラは落ち着いたようだな。
目の周りを真っ赤に腫らして、鼻水だって垂れ流しみたいになっているが話はできる状態になった。
「みんな、聞いてほしい」
私は全員に呼びかけた。
私には話しておかなければならないことがあった。
「今回の事件で私達は保安隊の取り調べを受けることになると思う。そして、多分私かアロエが疑われる」
え、と学生組がざわついた。
「クローラ様はイブ先輩とずっと一緒にいたし、マイシィはリリカとずっと一緒だった。だからアリバイがある以上、疑われることは少ないと思う。エメダスティとロキには一人きりの時間があったから、多分警戒されるだろうね。ただ、部屋を出ていないことが証明できれば解放されるだろう」
「あ、あの……ウチとカンナは」
アロエが恐る恐ると言った具合で手を挙げた。
「一人きりで、廊下に出た時間があっただろ。ロキの部屋に行く時にさ」
「うう……」
だから、私達は最後まで解放されない可能性がある。
残念だけど、修学旅行は保安隊の詰所にて終了になってしまうかもしれない。
「だから今のうちに、私から出せる情報は全部伝えておきたいんだ」
私は、美術館でニクスオット家の接触があったことを皆に説明した。
とはいえ、ここまでは事前に全員に伝えてあったことだ。
友人たちにはストレプト家からこちらへ来る際に、作戦説明の一環で話してあった。
また、この屋敷でロキにも情報を共有したから、クローラやイブにもちゃんと伝わっているはずだ。ロキは報・連・相はできる男だと信じている。
「皆に伝えていなかったのは、敵の攻撃方法だ」
「攻撃? え、攻撃されたの? 戦ったの!?」
めっちゃ心配してくれるじゃん。
いらぬ心配をさせると思って言わなかったんだよ、マイシィ。
言わなかったことが仇になってしまったかもしれないがな。
「敵は、毒魔法を使ってくる」
「毒魔法!? なんだそれは」
どうやら、ロキも知らなかったらしい。
私は美術館で起きた一連の出来事についてより詳しく説明した。
シアノ・ニクスオットに邂逅した事。
その際に声をかけたら、目の前に小さな水塊が現れた事。
すぐ後に兄の……なんとかが現れて、“それは毒魔法だ”と教えられた事。
「──って、ああああ!」
「どうした急に」
私は説明の最中に思い出した。あいつは、確かこう言っていたんだ。
「“フェニコール家には近づかないほうがいい、明日になればわかる”って──」
「……チ、それじゃあやっぱり」
敵は帝国派の可能性が非常に濃厚だ、ということだろうな。




