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王都編01話 11次元の世界

 気が付いたら、(まぶ)しすぎる暗黒の世界にいた。

 渦巻く混沌、逆巻く整然。

 眼下を溶けた溶岩のような泥が流れる。

 あの大河は、“時間”そのものだ。


 あの女は、大河を見ると精神が擦り切れると言っていたな。

 なるべく見ないようにしたいが、どうしても視界の隅に入ってしまうから厄介だ。


 この場所は、知っている。

 今回で来るのは三回目か。

 いや、二回目はきっと夢の中だから、カウントには入らないな。


 しかし大河の存在が証明している。ここは本物の空間だ。


「やっほー♪ こんにちは、カンナ・ノイドさん♡」


 声の方に振り向くと──振り向く首は無いのだけれど──、見覚えのある女がいた。

 黒い髪に黒い両瞳、黒い頭頂眼。

 白い裸体には、黒い紋様が刻まれている。

 乳首と唇が赤みがかっているだけで、全体的に黒っぽいモノクロの女。


「──黒の魔女、だったか?」

「おおー! すごいねぇ☆ よく覚えていたもんだヨ★」


 黒の魔女は大げさに拍手をして喜ぶ素振(そぶ)りを見せた。

 口角は上がっているが、(まぶた)はピクリとも動かず、目は死んだままだ。

 瞳の奥まで漆黒に塗りつぶされている。


 こいつを見るのは何年ぶりだ?

 私が死ぬ前だから、少なくとも十八年以上は経っているだろう。

 魔女の見た目は変わっていないように見えるから、こいつにとってはついさっきの出来事だったのかもしれない。


「キミにとっては二十年くらいの時間が経過したはずだよ、カンナ・ノイド。……いいや」


 黒の魔女はにやりと笑う。

 一瞬、頬まで口が裂けたのかと思ったほど不気味な笑みだ。


大浅 奏夜(おおあさ そうや)さん、だっけー?」


 私はため息をついた。


「どっちでもいいよ。どちらも私だ」


 現世の私と、前世の俺。

 どちらも私の人格を形成する重要なパーツであり、切りはなすことができないものだ。

 二重人格とはまた違う。

 ()()()()()()()()()()()()()()だ。


 今の私は体が女だからか、かつての俺よりは感受性が高く、感情的だ。

 そしてかつての俺は男だったからか、より打算的で、今の私よりも自堕落(じだらく)だった。

 そのあたりの違いはあれど、大浅 奏夜の延長線上にカンナ・ノイドがいるのは間違いない。


「そぉいえば話し方が奏夜クンに寄ってきたね♪ 一年生の頃のキミは、もうちょっと女の子らしかったはずだよ☆」


 そうだろうか。あまり気にしたことはなかったな。

 つーか、一年生って、一体何年前の話をしてるんだよ。

 そりゃあ成長に従って色々なところが変わるさ。

 胸はほんのちょっぴり成長が遅いものの、腰つきや体のラインは完全に少女から女性に切り替わった。

 人は成長しているんだ。身体だってそうなのだから、口調が変わったって不思議じゃないだろう。


 だがこんな話をしに、わざわざ私をこの空間に招き入れたわけではあるまい。


「……黒の魔女さんさ、用件があるんだろ? でなければこうやって接触してこないはずだ」

「んふふー★ さっすがー♡ 冴えわたってるねぇ。でも、もうちょっとおしゃべりに付き合ってくれてもいいじゃないか♪」

「時間がない。さっさと済ませろ」

「……ふぅん。そこまで言うなら仕方がないかぁ☆」


 この空間にいられる時間は、決して長くないのだ。

 言いたいことがあるなら早く言ってくれないと、気を抜いた瞬間に意識が溶けてしまいそうだ。


 黒の魔女はいきなり目の前まで移動したかと思うと、私の唇にそっと人差し指を()わせた。


「キミさぁ、最近ちょっとたるんでるんじゃないのぉ?」

「……は?」


 何を失礼な。

 私はちゃんと勉強もしているし、テストの成績だってそこそこ良いし、魔法だって飛びぬけて上手なんだぞ。

 修行だってしっかりやっている。

 全然たるんでなんかいない。


 ──はっ! まさか、たるんでいるというのは頬っぺたのお肉か!?

 胸の成長率が悪いから、たくさん食べたのが裏目に出たのだろうか。


「ああ、あの時のとがっていた奏夜クンはもういないんだねぇ」


 心なしか、黒の魔女が悲しそうだった。


「何が言いたい」


 黒の魔女は腰に手を当てて、上目遣いに私を(にら)んだ。

 既に私の身長は彼女を追い抜いてしまったらしい。

 体が存在しない空間なのに、何故身長の差異が分かるのかと問われても困るが、わかるものはわかるとしか言いようがない。

 ここはそういう場所だと理解するほかない。


 魔女は言った。


「キミ、力を抑えているでしょ」

「……」

「あは★ 図星って顔してる♡ だってさー、ここ最近はテストでも魔法でも一番を取らないじゃないか。常にだれかの陰に隠れているような印象を受けるよ」


 だからどうしたっていうんだ。

 そんなのは、私の勝手じゃないか。


 私は学んだのだ。

 私が悪目立ちすることで妙な事件に巻き込まれるという事を。


 一年生の時の出来事がその最たるものだ。

 私が美しすぎたばかりに、ストーカーじみた男が暴走して、マイシィまで巻き込んだ。

 ……あれはマイシィ自身が魅力的だったせいでもあるのだけど。


 とにかく私はあれ以来目立たないよう、目立たないようにと隠れて生きてきた。

 その方が何か起きたときに自身が動きやすいからね。


「つーまーらーなーい! せっかくボクがキミの人生を覗いて楽しんでいたというのにさ。何もアクションを起こしてくれないんじゃ意味がない!」

「そう文句を言わんでくれよ。夜の大運動会くらいは楽しめたんじゃないか?」


 黒の魔女の瞳の奥が少し光ったように感じた。

 やっぱりコイツ、この手の話題になると興味関心を抱くらしい。

 変態じゃないか。いつも裸だしな。


 ってことは、だ。

 私とアロエのお互いの欲望を剥き出しにしたあの夜も、久々に会ったロキに純潔を捧げたあの昼下がりも、全部見られていたというわけだな。

 やれやれだわ。


「それくらいしか楽しめる要素が無いんだからしょうがないよね♪ キミよりもよほどマイシィ・ストレプトの方がストイックな人生を送っているよ。あの子の奮闘は見ていて飽きないなぁ♡」


 確かにマイシィは三年位前から何やらマイア地区のために積極的な活動を始めている。

 地元新聞社を(なか)ば脅迫して枠を安値で買い取り、自分の書いた記事を月イチでせっせと投稿している。

 また各地を飛び回って色々なところに人脈を広げているらしい。良いことだ。


「で・も・さぁ☆ このやり方って、どちらかというとキミがやりそうなことだよね。コネを作りまわって口車に乗せて人を操って破滅させる。マイシィは破滅まで追い込むようなことはしない子だけど、ベクトルを変えたらキミそのものだ★」


 その通りだ。だって、その知恵を与えたのは私だからだ。


「そうか。キミ、自分が動きたくないからって彼女を使っているのか♪」

「ん。そうだよ。マイシィに少し入れ知恵をしたら、あとは勝手に動いてくれるんだから、私は陰に潜んでいたっていいじゃないか。その方が楽だしね」


 黒の魔女は不満げな表情を見せた。

 たぶん、そういう顔を作っているだけで何も思っちゃいないのだろうけど。


「キミさ、忘れてないよね。キミには大事な使命があるんだよ」


 え、と? なんだっけ、ソレ。

 大事な使命なんて与えられていたか?


「ボクの家族を、皆殺しにすることだよ♡」


 ああ、そんなことも言われていたっけ。

 私がこいつの家族を殺したおかげでこいつは魔女に成ったという事らしい。


 だけどそれだって今から焦って動くこともないんじゃないか。

 時の流れには逆らえない。

 成り行きできっとそうなるのだ。

 だから黒の魔女が文句を言うのは筋違いであり、私がどんな行動を取ろうが本筋に影響はないはずだ。


 そんなことは魔女にとって百も承知だろうから、彼女の言わんとしているのは、おそらくもっと単純なこと。

 単に刺激が欲しいというだけなのだろう。


「そのうちな」


 私がそう言うと、魔女は無表情に戻った。

 どんな顔をしていたって無感情に見える女なので、今更表情を失ったところでどうということはない。無は無のままだ。


 私が予想だにしなかったのは、台詞まで無になってしまったことだ。

 しばらく沈黙が続く。

 自由に動くこともできず、なるべく周りの情報をシャットアウトしないと意識も保てないようなこの場所で、沈黙はきつい。

 せめてなにか音をくれ。


 たまらず私は魔女に話しかけることになった。


「あ、あのさ」

「なんだい? ボクに質問かい☆」

「ひ、ヒントとかないの……いつ頃にお前の家族を殺すとかさ」


 黒の魔女は無表情のままだ。


「知らない」

「え、知らない?」


 黒の魔女は困ったような表情を浮かべる。

 いつも通り、心にもないことを無理やり表現しているような感じかと思いきや、本当に何かを思案しているようだ。

 珍しく、その瞳に狼狽(ろうばい)が混じる。


 そうか、彼女自身が何も覚えていないんだ。

 どうして自分が魔女になったのか、それを覚えていないからこそ、私の人生を覗き見ているんじゃないだろうか。

 彼女の中にあるのは、「私が家族を殺した」という情報だけ。

 いつ、どこで、何があったのかはいくら思い出そうとしても浮かばないのだ。


 そうなると、魔女ってなんなんだ?

 こんな空間に私を呼べるくらいだから、全知全能とまではいかなくても神の亜種のようなものかと思っていた。

 だが彼女は、それにしては弱すぎる。

 知恵も知識もなく、破綻した人格だけがそこにあるのだ。


「なあ、ここは何? 魔女って何だよ」

「ここは11次元の世界だよ★」


 こういう質問にはすぐ答えるのな。


「この世にはね、3次元空間が折り重なるようにみっつ存在しているんだ。キミの元いた世界、キミの今いる世界。そしてもう一つ」

「それが、この空間か?」


 黒の魔女はチッチ、と指を振った。どうやら違うらしい。


「美園さんが殺したあの二人がいるだろう? 彼らが転生した世界だ♪ これで3✕3で合計9次元さ。そこに時間という1次元を足して、10次元。それら全てを俯瞰して観測できるのが、この場所なんだよ」

「よくわかんないけど、なんとなくわかった」


 考えてもよくわからないということが、わかった。


「それにしても、あいつら生きていたのか」


 魔女は笑う。


「いいや。キミが死んだように、彼らも死んで生まれ変わったのさ。キミとは違う世界、キミとは違う時間にね♡」

「そりゃ良かった。今更奴等に会ったとしても、お互い気まずいだけだしな」


 殺した側と、殺された側。

 いくら今の私が真っ当に生きているからと言って、それは彼らにとっては関係のない話。

 無用なトラブルになるくらいなら、会わないに越したことはない。


 しかし、あのバスにいた人間が転生しているのか。


 じゃあ、《彼女》は?


 あの子は、どこに──。

 私はなんとなく、目の前の魔女の目の奥を(のぞ)き込んだ。

 コイツはなにか知っているに違いない。

 《彼女》がどうなったのか、今何処にいるのか。


 待てよ、ひょっとしてコイツが、コイツ自身が──、


「み   の────あ れ」


 そしてここで、私は自分の意識が揺らぎはじめるのを知覚した。時間切れ、だ。

 なんてこった、肝心なことが聞けない……! なんとか持ちこたえようと必死で()える。その感覚は、眠気のあまりに船を()ぐあの感じによく似ている。


「おやぁ? まだ説明は終わってないよ?」


 ここで、黒の魔女は私の存在がこの空間から弾かれようとしていることに気がついたようだ。彼女はいやらしい笑みを浮かべた。


「時間切れ……かな。続きはねぇ、また今度話すよぉ☆」

「つ……ぎ……は、い   だ 」

「ボクの気が向いたら、だねー★ あ、できれば今度は奏夜クンの姿で来てよ♪」


 どう   し


「女同士だと楽しめないじゃないかァ。折角(せっかく)ここでは裸なんだからさ」


 お ま


「次はいちゃいちゃしながら話そうよ♡ ふふふ」


 やっ ぱ 

 へ   たい




───

──



「うわあああああ!」


 私は飛び起きた。

 なんだ、何が起きた。

 ベッドの中が汗でベチャベチャになっている。

 寒気もする、吐き気もだ。

 頭が割れるように痛む。

 脳みそがぐちゃぐちゃに混ぜられているようだ。

 視界が回る、耳鳴りがやまな──


「う──ぉえぇぇええ!」


 駄目だ、我慢できずに吐いてしまった。

 止まらない。

 胃液まで吐いたのに、止まらない。


 どうしてこうなった。眠る前に、私は何をしていた。

 ああ、違う。

 きっと、無茶しすぎたのだ。

 “あの場所”に、長く留まった代償。

 魂が焼ききれんとするのを押し殺して我慢したツケ。


「くっそ、あの場所って何のことだよ! ウッ……」


 もう自分が何を考えているのか、何を言っているのか分からなくなってきた。

 もう、ぐちゃぐちゃだ。


「ちょっと!? 大丈夫なのカンナ!」


 背中を(さす)る暖かな感触。柔らかい手付き。

 私はそれに心地良さを感じながら、なおも吐き続けた。

 胃の中に吐くものが何も無いから、ひたすらに嘔吐(えづ)くだけだが、体の中身を全部出すまで、この気持ち悪さは続くように思われた。


「いま治癒魔法かけるから、少し(こら)えて!」


 私を心配する声。声の方に目を向けると、そこには重力のままに揺れる、巨大な双丘があった。

 決して手のひらでは収まらないような、柔らかく、温かな果実。

 眠る前にさんざんいじめ倒した物だ。


 そう、おっぱいだ。

 おっぱいが、おっぱいが話しかけてくるぞ……!


「もう! 何を口走ってんの、ウケるんだけど。いやウケてる場合じゃないんだった」


 おっぱいは私の背中を懸命にさすりながら、同時に治癒魔法をかけてくれた。

 魔法が効く(たぐい)のものかは全くもって不透明だが、その優しさが嬉しかった。


「ありがとう、おっぱい」

「ウチはおっぱいじゃねえええ!!」


 アロエに思いっきり引っ叩かれた。

 それと同時に正気に戻り、気持ち悪さが一気に引いた。


 やっぱりおっぱいは偉大(いだい)だと、私は思った。

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