入学編最終話 転生者として
七ノ月に入り、私は二年に進級した。
十二ノ月の事件後の半年はあっという間だった気がする。
私は相変わらず美しいし、マイシィは相変わらず可愛いし、エメダスティは丸いし、兄は目が怖いし、アロエは「ウケる」が口癖だし、リリカはいろんな男子と良い感じになってはくっつくことなく別れるのを繰り返しているのだ。
マイシィと兄は友達以上恋人未満といったところで落ち着いている。
年の差もあるし、事件から日が浅いこともあってか、お互いに遠慮している様子。
ところが二人の態度は顔に大きな文字で「好き」と書き殴っているかのようにあからさまであり、正式に恋人になるのも時間の問題だと思う。
エメダスティは、私に臆することが少なくなったように思う。今では軽口も叩けるくらいの間柄だ。
しかし一向に告白はしてこないので肩書きに変化は今のところない。たぶん今後もない。
私はというと、少々複雑なことになっている。
まず、アロエとは人目に付かないところでチュッチュしまくる関係になった。
恋人関係ではないが、それなりに性に興味を抱きはじめる年齢だから、割と人に言えないところまで進んでしまっている。
彼女と一緒にいると、私の中の男性の部分が疼いてしまうのだからしょうがないよね。
それから、ロキ。
彼は私に好意を寄せている、とクローラが言っていたが、実のところまだ確定はしていない。
最近、夜伽の時まで私の話をするのでウンザリしているとクローラがよく愚痴ってくるも、ロキからの直接のアクションは無い。
では私に全く恋心がないのかというと、それも怪しい。
とかく最近の彼は距離感がおかしいのだ。
あれだけ平民格だと罵倒していたのに、今では向こうから教室まで様子を見に来る。
そのくせちょっと目が合った程度でわざとらしく顔を背けるのだ。
ここまで来ると可愛いを通り越して鬱陶しい。
「……あのさ、ロキ先輩」
放課後に、廊下を歩くロキを見かけたので呼び止めてみた。
「お、おう。なんだね、私に用かね」
妙にお堅い態度に溜息を吐きながら、私は彼の目を覗き込むようにして尋ねた。
「聞きたいことあるんだけど」
「なんだ、魔法のことか?」
「そうじゃなくてさ。恋愛の話。先輩って……私のこと好きなの?」
もう、オブラートに包むのはやめて、直接聞いてみる。
好きな女子にいきなりこんなこと聞かれたら赤面しちゃうよね、きっと。
「なんだ、そのことか」
予想に反し、ロキは顔を赤らめるでもなく、あっけらかんとした様子を見せた。
こういう、時々期待した反応を引き出せないのがこの男の厄介なところだ。
「実際、私はお前のことが気になってはいるんだ」
「Oh……」
まさかの直球ですよ神。
さっきの私の意趣返しだろうか。
「いや、まて。早とちりをするな。私が言いたいことはまだある」
ロキはこのタイミングで慌て始め、あたふたとしている。
私はちょっとからかってみたくなったが我慢。本題を進めよう。
「言いたいことっていうのは?」
ロキは咳払いをしたあと、腕を組んで話を始めた。
「お前と戦ったあと、医務室で話をしたくらいからお前のことが気になっている。いいや、はっきり言おう。お前に惹かれている」
堂々とした発言は、エメダスティに少しは見習ってほしいところだ。
「だがそれは、魔法の才能を認めたから気になるのか、それとも女性として気になっているのかが、実のところ私にもわからないのだ。お前はまだ幼いし、私も恋愛経験がまったくないからな」
「マイシィを口説き落とそうとしたりクローラ様と夜な夜なエロいことをしている男がよく言いますね」
私の台詞に困ったという感じで、沈黙を返事の代わりにするロキ。
どんな言葉で取り繕っても言い訳にしか聞こえないことを彼はよく分かっているのだ。
一方で私もこんなことを言っといてなんだが、ロキの事情などは大体察しがついている。
これがいわゆる貴族社会というやつなのだ。
自分の心情を抜きにして、打算と策略のために性まで利用する。
好きでもない相手でも良家の娘であれば家柄の為に抱き、幼い少女だとしても派閥のために婚姻関係を結ぼうとする。
ロキは、元来、貴族の嫌な部分を形にしたような男だ。
「……私がお前に惹かれるのも、貴族的な打算の上での感情なのだろうか」
ロキよ、どうした急に。
「お前が欲しい、カンナ。だがこの気持ちの正体がわからない以上、お前に手を出すのは不誠実ではないか……ここしばらくはそればかりを考えてしまうんだ」
実際に手を出してきたらロリコン疑惑が確定するし、とは口に出しては言えない。
ま、これもひとえに私が美しすぎるのがいけないのだ。
純粋な貴族青年を惑わせてしまう罪深い私。いやだわ。
しかし、あの嫌味だったロキが完全なる純情青年へと変貌しているのは驚きだ。
“不誠実ではないか”だって。
そんなものを気にするような男だったか?
「お前は何者だ? カンナ。どうして私の心に入ってくる。どうして心の中に居座り続ける」
きっと、ロキが私に対して恋に近い感情を抱いているのは間違いない。
そして私も、この男にならば抱かれても良いと考えている。
中央貴族の子息、派閥の切り札。こんな好物件は他にないだろう。
そう、私も打算的なのだ。私に気を使うことはない。
手に入れればいいじゃないか。私は誠実だとか、純潔だとかを気にするような人間ではないのだから。
──だけど。
私にはロキの気持ちもよく分かるのだ。
今まで策謀で動いてきた人間が、真に情愛に触れた時のあの感じ。私が今、ロキに抱いている気持ち。
私は、私の秘密を明かさずに、彼のものになることは出来ない。そう思えるのだ。
ハハッ、笑えるだろう、サイコパスが他人の心情を推し量っているんだぜ。
そういう事をしないのがサイコパスなのではないのか。
「私の中身が、いや私の魂が男性だって言ったら、ロキ先輩はどう思いますか」
「どういう事だ」
「私、前世を覚えているんですよ。思い出した、が正確なところかもしれないけど」
「それが、男性だと?」
「そう。しかも、異世界人ですよ。何人もの人を騙くらかして何人もの女を抱いて、最期には殺人まで犯した狂った男です、俺は」
これが私の秘密。
カンナ・ノイドとして過ごしてきた十年余りよりも三倍も長い時間、俺は大浅 奏夜だったんだ。
そんな女を、誰が愛せるものか。いや、愛せない。
私が本当にロキト・プロヴェニアを手に入れたいならこんな事は打ち明けるべきではなかった。
黙っていれば絶対にわからない事実なのだから。
はあ、どうして話そうと思ったのだろう。
全然論理的じゃない。
でも、彼には全部を受け入れてほしいと思ったんだ。
本当に情けなくて、笑える。
「にわかには信じられないが、それがお前ならば、私は……」
ああ、嫌われたよ。
馬鹿だなぁカンナ・ノイド。
私を信じるなら、私が“異常者である男性”である事実を受け入れなければならず、私の言葉を信じなくても、それはそれで“急におかしな事を言い出す狂った女”だという認識になる。
どちらにしても拒絶されるに決まっている。
「お前は誰だ」
「へ?」
「今のお前は何者かと聞いている」
私は、俺は、どっちだ?
この世界の自分は、カンナ・ノイド。ハドロス領マイア地区の地区長ランタン・ノイドの娘であり魔法学校の一年生。
……そう言い切って、良いのか?
果たして前の自分を切り捨てることが私にできるのか。
言い淀んでいると、ロキはため息混じりに表情を緩めた。
そして私の両肩に手を置いて、凛々しい表情でこう言った。
「今は答えられなくても良い。お前が答えを出せないなら、答えを出せないお前をまるごと受け止められるように私が努力しよう」
やだなにこのイケメン。
もう、心が男でも女でもどっちでも良いや。抱いて!
──でも、ね。
「ロキ先輩……。分かりました、私も努力します。この世界においての私は何であるのかを、頑張って見極めます」
これが私の答え。つまるところ、保留だ。
でも、今のロキとの距離感は好きだ。
だから、しばらくはつかず離れず、この絶妙な距離感を保とうと思う。
だからこその保留である。
ロキは「そうか」と一言呟いた後、私の方へ手を差し出してきた。
この手は取るべきだな。
二人の新しい関係が始まる証だ。
「行くぞ。今日は、雷魔法と他系統魔法の応用を教えてやる」
「──はい! よろしくお願いします、ロキ先輩!」
私は満面の笑みで彼に手を引かれ、訓練場へと向かう。
少し歪な師弟、これが今の私たちの関係だ。
──
─
そうやって青春を過ごすうち、あっという間に季節は巡る。
巡り巡って、卒業の季節がやってきた。
のって、それはもちろんクローラ達八年生のだ。
結局私とロキは師弟関係のままで、進展はあまり無かった。
一度だけからかって頬にキスをした程度だ。
肉体関係など勿論ない。
一方で周りからは公認カップルのように扱われていて、我が父がロキに挨拶に行くほどだった。
復権派の筆頭格相手に、仮にも国王派のストレプト家と交友関係のあるノイド家が接触するなど、中央の連中が知ったら騒ぎになるので、勿論お忍びで。
ロキは父を丁重にもてなした。
そこにはかつて辺境貴族を平民格だと切り捨てた男の姿は無かった。彼は、随分と丸くなった。
そして別れの時が来る。
卒業と同時に、クローラ一派は王都へ帰ることになったからだ。
「ぐろおぉぉらざまぁぁ、寂じぃですぅぅ」
マイシィはクローラの豊かな胸元に顔をうずめて泣きじゃくっている。
対立派閥とは思えない親密っぷりだ。
一年前の出来事は一体なんだったのだろうかと思えるくらい、微笑ましい光景だ。
泣いているマイシィの側にはイブも立っていて、マイシィの頭を撫でつけていた。
イブはいつの間にかマイシィに魔法を教える立場になっていた。
優しい眼差しでマイシィを見つめるその表情は、以前と比べると少し女性らしさを増したように思う。それでもなお美男子属性は保ったままだ。
「マイシィちゃん。貴女が卒業したら、王都に遊びにいらっしゃいな。もちろん、ストレプトだとバレないように変装してね」
「……はいっ! 絶対、ぜったい伺います。それまでどうか、どうかお達者でぇぇぇ」
そう言ってまた泣き始めるマイシィ。可愛いなぁ。
「カンナ」
私の方にも声をかける者がいた。
「なぁに、ロキ」
もう、“先輩”は付けなくなっていた。
「お前も、卒業したら王都に来い。その時、お前の気持ちが変わっていなければ──いいや、この先を言うのはまだよそう。とにかく、いつかまた会おう。約束だ」
「うん、約束」
そう言って、私は小指を立てた。
ロキは、私のことを不思議そうに見つめる。
「お前の世界では、これが約束のポーズなのか」
「約束をする二人が、小指を絡ませておまじないを言うんだ。そうしたら、その約束は果たすべきものになるの」
「なるほどね」
そう言ってロキは私と小指を絡めた。
「指切り拳万、嘘吐いたら針千本飲ます」
「なんだその恐ろしいまじないは」
わざわざこちらの言葉に翻訳して唱えてやったらロキが怯えていた。
知らないだろうがロキよ。日本語でまじないというのは「呪い」と書くんだぜ。本当に恐ろしいモノなんだぜ。
(浮気はしても、避妊は絶対ね。クローラ様孕ませたら私の居場所がなくなる)
(う゛っ……分かっているさ。お前も浮気はアロエとだけにしておけ)
何を言うか。アロエは浮気じゃなくて本気だ。
そんな一時の関係みたいに言わないでくれ。
無言でジト目を作って抗議すると、ロキはかっかと笑っていた。
「さあ。イブ、ロキ。そろそろ式典の時間ですわ。参りましょう、最後の大舞台よ」
クローラは講堂の方へと歩き始める。
貴族の令嬢らしく胸を張って、実に堂々とした歩みだ。
卒業生代表として、この学校での──否、おそらくハドロス領内での最後の演説の時間だ。
一年経っても身長は伸びなかったけど、その分胸が育っている。
胸を張ると、それがよく目立つ。
みんな彼女の姿に見惚れるに違いない。
私にもその肉を少し分けろと声を大にして言いたい。まあ、それはいいや。
生徒の中には復権派の貴族が代表演説をすることに不満を抱く者も一定数いる。
だが今のクローラを見たら度肝を抜かすに違いないのだ。
貴族として完成したクローラに、“その他大勢”は必ずや感服するはずだ。
果たして、その日のクローラの演説は新聞沙汰になるほどの衝撃を魔法国にもたらした。
復権派であるはずの彼女は身分に関係なく魔法を学び続ける学生たちを励まし、鼓舞し、そして正式に中央貴族の派閥の解体を目指すことを宣言した。
続いて“貴族とは平民を守るもの。そしてその平民たちも学校という学びの場において日々研鑽しているからこそ、我々貴族はより強くあらねばならない”と持論を展開し、最後には再び、そんな貴族に負けないくらい皆が頑張って国を盛り立てていくようにと締めくくった。
彼女の意見をそのまま聞き入れるならば、それは全員に努力を強制する言葉に他ならない。
けれど、彼女の放つ圧倒的自信に裏打ちされた覇気は、彼女の言葉に息を吞むほどの美しさと威厳を与えた。
その結果、講堂内の多くの者が感涙し、その演説内容は領内に瞬く間に広がったのだ。
「すごい……かっこよかったね、クローラ様」
「次は、君が前に立つんだよマイシィ」
そう、魔法学校においてクローラの時代は終わった。
次に生徒たちを牽引すべきはマイシィ・ストレプトだ。
彼女が学校の顔になる。それが貴族令嬢としての宿命だ。
「うんっ! 私もクローラ様に負けないくらいに、頑張らなきゃ、だね!」
マイシィは全く臆することなく勝ち気な表情を浮かべた。
願わくば、彼女の側でずっと支えてあげたいと思う。
私の前世は恐ろしい犯罪者で、私自身もその気質を抱えている。
犯した罪と、十字架を背負っている。
だけど、この世界ではせめて──平穏無事に過ごしたい。
そして大切な“私の世界”を守っていきたいと切に願う。
美園。お前は、今の私を見たらどう思うかな。
自分を嵌めて人殺しまでさせて、最後には命まで奪ったこの私が、平和に生きていこうとするのを滑稽に思うだろうか。それとも、口汚く罵倒するだろうか。
どちらでも構わないが、私は私の思うように生きるよ。この世界の一員として。
春は過ぎて、また夏が来る。
命が謳歌する新しい季節に、私は一歩踏み出した。
第一章・入学編 END
▶▶▶ To be continued.
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