5 実習授業
生徒二十五人と校舎の裏側へやってきた。
これから実習授業が始まる。
眼前には深い森が広がっているが、校舎との間には広いスペースがある。ここで実習をおこなうようだ。
ロゼッタ先生が授業の説明を始めた。
「では、これから実習を始めます。今日はダミーの魔物四体を相手にしてもらいます」
先生の背後には、四体の人型が立っていた。全身真っ黒で不気味な姿だ。
ダミーの魔物とは先生が魔法で作り出した存在で、実際にこんな魔物はいない。
大人の背丈ほどだが、まるでスライムを人の形に成形したように表面はつるつるだ。
防具もつけていないし、武器も持っていない。打撃や蹴りで攻撃してくるそうだ。
人を殺す前に動きを止めるが、怪我をさせることはある。授業とはいえ、注意が必要だ。
「四体も……」
「そんなにたくさん……」
生徒たちはざわついた。
「今日の実習は基本的になんでもありです。魔法はもちろん強化アイテムの使用も許可します。ただし、武器だけはこちらで用意したものから選んでください。みなさん、実戦のつもりで臨んでくださいね」
生徒が手をあげて質問した。
「先生、今日のダミーはどのくらいの強さですか?」
「腕力は五級と六級相当で、それぞれに異なります。知能は人間よりやや低く設定しています。今日はダンジョンで仲間とはぐれて一人になったところを、四体の魔物に遭遇したという想定です」
みんなは黙って先生の説明を聞いている。
「ちょっと強すぎないか……」
生徒の誰かが呟いた。
「ダミーの魔物から攻撃を受けてしまって、続行が不可能だと思った時点で私が止めます。質問がなければすぐに始めます」
ティアが手をあげた。
「Eランクの私たちには難しくありませんか?」
「ティアナさん。魔物と出会ったときに、あなたは相手にそう言うのですか?」
「いえ……」
「今日の実習は実践を想定したものです。全員にやってもらうつもりはありません。自信がない人は辞退していただいて構いません」
辞退できると知り、私はほっと胸を撫で下ろす。
だが、クラスの何人かは私に視線を向けていた。
完全に何かを期待している目だった。
一方でバジットは敵意を剥き出しにした目でこちらを睨んでいた。
最初に実習に臨んだのはDランクの男子生徒だった。
武器の中から鈍器であるメイスを選んでいた。金属製で先端には鋭い棘がある。
「そういう選択ですか。それでどう戦うのかを見せてもらいます。では、始め!」
先生の号令で、彼はダミーに突っ込んでいった。
「炎玉!、束縛の茨!」
走りながら、火の玉をダミーに飛ばす。
同時に、地面から伸びた茨が別のダミーの足を絡め取った。
一体の動きは封じたようだが、炎玉はダミーに弾き落とされた。
「炎玉が効かなかった!?」
おそらく魔法の威力が弱すぎたのだろう。ダミーはそのまま彼に向かってくる。
茨が絡まったダミーも引きちぎって歩いてくる。動きを止めることができたのは、ほんのわずかな時間だけだった。
すぐに彼は四体のダミーに囲まれてしまった。
懸命にメイスを振るうが、相手はダメージを受けた気配がない。
ダミーが振り上げた腕が叩きつけられた。
勢いよく彼は地面に転がる。別のダミーが馬乗りになった。
「そこまでです!」
ロゼッタ先生の声で、ダミーの魔物たちはぴたりと動きをとめた。
「あなたにそのメイスは重すぎますよ。動きが鈍くなってダミーに囲まれてしまいました」
生徒はがくりと肩を落としていた。
そのあと何人かの生徒が挑戦していた。
唯一、ダミーに善戦したのがバジットの取り巻きの一人、Cランクの男子生徒だった。しかし、彼にしても防御が精一杯でダミーを倒すまでには至らなかった。
「次は俺がやるよ」
自信満々に歩み出たのはバジットだった。
誰かが皮肉るように言った。
「あいつは強化アイテムを持っているからな……」
先生は開始の合図を出す。
「それでは、始め!」
バジットは武器を手にしていない。魔法だけで攻めるようだ。
「炎の嵐!」
四体のダミーが炎に包まれた。
「そうですね。集団魔法がいいでしょう」
ロゼッタ先生は頷いている。
バジットは四体の中央に飛び込んだ。自ら相手に囲まれにいったようなものだ。
「二重電撃!」
左右に広げた両手から雷が放たれた。
バリバリバリと激しい音を立てて、雷に包まれた二体のダミーが痙攣している。
だが、別の二体のダミーは自由に動けている。同時にバジットに襲いかかるが、身を捩ってかわしていた。
「あぶねえ!」
ダミーの拳は空を切るが、なおも襲いかかってくる。
「俺はこんなんでやられねえよ!!」
叫びながら呪文を詠唱する。
「神聖なる盾! 神聖なる防壁!」
バジットは防御魔法の二重がけで対応する。彼の正面には青白い半透明の盾が現れ、周囲はドーム状に膜が張られた。
「防御魔法は先に使いましょうね」
ロゼッタ先生は冷静に言う。
「防御魔法は念の為だ! なくてもいいんだよ! 一気にかたをつける! 炎の槍!」
バジットは炎の槍を四連続で唱えた。四本の槍がダミーを襲い、そのうち三本がそれぞれ別のダミーに命中する。
一体は肩を貫かれ、別のダミーは脚に刺さった。
心臓を射抜かれたダミーは、黒い霧になって消失した。死んだと判定されたダミーはこうして消えるようだ。
だが、一体は攻撃が外れていた。
防御壁の上からバジットに蹴りが入る。
「うぐっ」
魔法で防御しているとはいえ、ノーダメージという訳にはいかない。バジットはなんとか堪えて体勢を立て直す。
「クソッタレが! おら、おら、おら! 電撃! 火矢!」
三方向からの攻撃に苦戦しているようだった。
息を切らせながら、攻撃を避けつつ魔法を放っている。
その間にも何度か防御壁の上から相手の攻撃を食らっていた。
やがて、四体のダミー全てが消失した。
「こんなもんか……。ふうっ」
バジットは額の汗を拭う。
「さすがバジットさん」
「四体、全部倒すなんて」
取り巻きの二人が囃し立てた。
一方で、吐き捨てるように言う生徒もいた。
「あいつは高価なアイテムを使ってるだろ」
「まあ、Bランクなら当然だな」
ロゼッタ先生は固い表情でずっと見ていた。
バジットの戦いが終わっても特に何も言わなかった。
「他には、誰かいませんか?」
誰も手をあげるものはいない。それを見て、バジットが口を開いた。
「六級の戦いが見てみたいな」
まだ息が整っていないようで、呼吸が荒かった。
「なあ、みんな! 現役冒険者の力を見たくないか?」
バジットは生徒たちを煽るように声をあげた。
「見てみたいけどさ」
「バジットの後だからな」
生徒たちは苦笑するように言っていた。
ところがロゼット先生がこちらに顔を向ける。
「フィルさんどうですか?」
急に指名されて、声も出なかった。
ロゼッタ先生が私のそばに寄ってきて、そっと耳打ちをした。
「魔法なんて使えなくても、あなたなら楽勝でしょ? 実はボルザとエミルは私の教え子なの」
先生の顔を見上げると、片目を閉じて合図を送ってきた。
「通信魔法でボルザと話したの。あなたのことを熱心に語っていたわよ。すごい冒険者がいるって。騎士団長様から教えを受けたんでしょ?」
先生は私に向けてにこりと微笑んだ。
すごいかどうかはともかく、あのダミーに負ける気はしなかった。
先生は五級相当と言っていたが、警戒すべきは腕力だけだ。ちゃんと欠点も設定されている。それを見抜く実習なのだろう。
兄の教えに従えばなんの問題もなかった。
私は先生に問いかけた。
「実践を想定ということでいいんですよね」
ロゼッタ先生は頷く。私がこれから何をするのかをわかっている様子だ。
生徒たちからは一斉に歓声があがった。
先生はみんなに告げる。
「では、フィルさんには実況付きで戦ってもらいましょう。大丈夫ですか? フィルさん」
「はい」
そう言って、私は武器の中から長剣を選択した。
ダミーの魔物は六級相当と五級相当がまざっている。ただし、知能は低く、動きは鈍い。そしてみんなの戦いを見ていて弱点は分かっていた。人間と同じで正中線に急所があるはずだ。心臓か首を狙えばいい。
「では、始め!」
先生の合図で、私は剣を構えてまずは観察する。
「敵はすぐに襲ってくるわけではありません。距離を取って観察します。勝てないと分かったら逃げます」
「おいおい、逃げるなんてありかよ」
バジットが皮肉る。
「これは実践を想定しています。勝てると判断できてから戦います。逃げるのも大事なことです」
ダミーの魔物たちは私を認識し、こちらに駆け出してきた。
「敵を観察した結果、四体ともに動きが鈍いです。そして統率している個体がリーダーで五級相当でしょう。残りは多分六級相当。腕が細く、一番弱そうな個体がいます。みなさんの先程の戦いを見ていたので、勝てるとわかってはいたのですが」
私は向かってくるダミーから身を引いて、一定の距離を保つ。
「魔物は絶対に一体ずつ相手にします。ラベリングをして強い順に番号を振ります。リーダーが1、一番弱い個体が4。残りは2と3」
私は四体のダミーのうち、ダミー4だけを相手にできるように回り込む。
「セオリーとしては、リーダーを相手にしてはいけません。まず、弱い個体を殺しておきます。数を減らして相手の総合力を減らすことが重要です」
ダミー4の真横に迫った。
「このように反応が鈍いです。私でも簡単に死角に入れます」
ところが私の声に反応してしまい、ダミー4が腕を振り上げて殴ってきた。
横にステップして、ダミーの拳をかわす。
「しゃべっていなければ襲われていないのですが……。動きが鈍いだけではなく、視野も狭いです。死角に入るのは簡単です」
「視野の狭さがよく分かりましたね」
先生は頷いている。
「本来なら相手が反応する前に倒します。先生が解説しろとおっしゃるので……」
長剣でダミー4の心臓を貫く。ダミー4が消失した。
生徒の中からは「おお……」と感心するような声が出る。
このダミーはよくできている。強さだけではなく、心情なども再現しているようだ。
仲間がやられたことで、ダミーに動揺がみられた。
「一体のダミーが殺されたことで、統率力が乱れ始めました。この時点で勝ったようなものです。もう本来の強さを発揮できないでしょう。弱い順番に倒していきます」
すかさず、ダミー3の首をはねる。
「相手が立ち直る前に一気にかたをつけます。強さは敵の体格や動きの素早さ、おおよその体重や筋力を予想して判断しました」
ダミー2の腕を斬り落とし、逃げようと背を向けたところを背後から心臓を貫く。
「残り一体です。リーダーはすでに戦意を喪失しています。こうして簡単に後ろに回ることができます。私がどこにいるのかを把握すらできていません」
私はダミー1の背中側に回っていた。完全に視野の外だった。
「みなさんは先生の言葉に惑わされました。一部の能力が五級相当というだけで、実際はもっと弱い魔物でした。動きが鈍く、視野が大変狭いです」
「その通りですね」
ダミー1が振り返る前に剣で突き刺した。
黒い霧になって消失する。
呆然とした顔で見ていた生徒たちだったが、一気に歓声が上がった。
「魔法すら使ってないぞ!」
「余裕すぎんだろ! 六級冒険者なんて侮れねえじゃん!」
「実力を全く見せてないじゃんか! すげえ!」
「うおお! 衝撃を受けた! 実践を積んでいるとこれだけ違うんかよ!」
先生はみんなに向けて言った。
「魔物と遭遇しても、闇雲に突っ込むものじゃありません。一体ずつ相手にするのは基本中の基本ですよ。短時間で冷静に相手を観察し、戦略を組み立てます。授業で教えていたのですけどね」
生徒たちの歓声は鳴り止まない。
唯一、バジットだけは苦々しい顔をしていた。
くそったれが、と吐き捨てる。
「なにか特別なアイテムを使っていたんだ。六級にあんなことができるはずはない。絶対に化けの皮を剥がしてやる」
恨みのこもった目をこちらに向けていた。




