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30 ダンジョン潜入計画

 私達は『昼の和み亭』で今後の相談をすることにした。


 超絶級冒険者が相手となると、私達にできることはない。できるのは、それこそダンジョン封鎖の手伝いくらいだが、気になるのはボルザとエミルのことだ。


 どうしようか――。


 二人を迎えに行きたいとは、とても口に出せる雰囲気ではなかった。


「大丈夫。手がないわけじゃないですよ――」


 私の心配を悟っているかのようにフレア様が話す。


「まずボルザさんたちを脱出させたあとで、ダンジョンを崩落させるのです。希少鉱石が眠るダンジョンを潰すのは惜しいですが、敵国の超絶級冒険者と引き換えなら釣り合いが取れるでしょう。問題は国や冒険者組合が納得するかですね。なにしろ、金額に換算したらかなりの損失となりますから」


 それを聞いて私は手持ちの聖金貨をテーブルに広げる。


 ばらばらと六枚の青白い金貨が散らばった。


「あの、これでは足りませんでしょうか?」


 フレア様はそれを見て、くすくすと笑う。


「あらあら、こんな大金。でもちょっと足りないわね。なにしろダンジョンは広いから。これはしまっておいてね」


 優しくフレア様は微笑む。


「しかし、どうやってダンジョンを崩落させるのでしょう? 人間わざではないですよね」


 ライラさんがフレア様に反論した。


「フレイルお姉様に頼むことになりますね」


「いや、超絶級冒険者とはいえ、さすがに無理でしょう」


「相手がリッチのような魔物を利用してくるのです。こちらも同じ手を使います」


「そんな魔物がいるのでしょうか?」


 ライラさんが首をひねる。


「ほら、すぐ近くにいるじゃないですか。封印された古龍エインシェント・ドラゴンですよ。あの龍を利用するのです。いまは封じられて眠っていますが、叩き起こしてやりましょうよ。超絶級のお姉様ならできるはずです」


 私は少し考えてから、思ったことを口にする。


「あの、兄に色々教わっていて。こういうときは相手の立場からものを考えると教わりました。もし、私が敵国の超絶級冒険者なら、そんな危ない魔物は先に始末すると思うんです」


「あら、フィルさんは古龍がすでに倒されているとお考え?」


「はい。そんな気がします」


「古龍を倒すためには、その前に封印を解いて古龍を解放するわけです。巨大なその姿、山をも轟かせる咆哮です。誰にも気づかれずに倒すためには、出現とほぼ同時に殺してしまわないとなりません。そんなことができるとしたら、私達の想像をかなり超える力をお持ちです」


 これにはライラさんも同意する。


「そうですね。古龍が出現したら私達が気づくはずですよね。大丈夫、古龍は生きていると思うぞ、フィル」


「なるほど。私の考えは浅はかでした。すいません」


「とりあえず、ダンジョンへ向かったパーティを探すかどうかを決めなくてはなりませんね。もしダンジョンへ入るとなると、確実にネガルタとかいう冒険者の怒りを買うでしょうから」


「誰にも気づかれずにダンジョンへ入ることはできませんか?」


 私が尋ねると、これにはライラさんが答えてくれた。


「大規模ダンジョンはその大きさから、入り口が七箇所あると言われているんだ。だが、実は他にもあって、途中の階層で行き止まりになっている誰も使わない入り口がある。そういった場所は封鎖されないかもな」


「なるほど、そうですか」


 私は少し考えこみ、ある提案をする。


「でしたら、そこへ入ってから、先へ行けるかもしれません。ダンジョンには時々、脇が崖になっている道がありますよね。ロープを垂らせば下へ降りられるはずです」


「道なき道を行くってわけか。理論的には可能だけど、ちょっと無理がある。一つには時間がかかるということ。もう一つには地図がないからボルザたちに出会える保証がないってことだ」


「地図なら大丈夫かと思います。このあいだ入ったときに道をほとんど暗記しています」


「本当か? フィルの頭脳はとんでもないな」


「あらあら、フィルさん。さすがわたくしの妹ね。頭脳明晰だなんて、姉として誇りに思うわ」


 フレア様まで感心してくれる。


「だけど、覚えているのは通ってきた道だろ? これから行くのはまだ誰も通っていない道だぞ」


「私はただ道を覚えてきただけじゃありません。崖の下から上を見上げて、その道も覚えていますし、歩いてきた場所が空間的にどの位置にいるかまで覚えています。立体的にダンジョンの構造を把握してきました。通ったことのない道であっても、空間的な位置がわかれば問題がないはずです」


 とんでもないな、とライラさんは苦笑する。


「じゃあ、次は時間の問題だな。階層間の高さはかなりある。建物でいったら十階分はあるんだ。ロープを垂らして降りるのも一苦労だ」


 これは、飛び降りれば済む話ではないだろうか、と思ってしまうのだが。ダンジョンの暗闇が問題だった。


「山にいる時、私は崖を飛び降りて遊んでいたのですが、ダンジョンだと暗くて怖いですね」


「そんなことをしていたのか。あはは。フィルはお転婆だな。ダンジョンの断崖はとても飛び降りることができる高さじゃないぞ」


 建物の七、八階くらいの高さならなんともないと思う。でも真っ暗な中の十階分の高さは少し怖い。


「ボルザたちが十三階層に到達するには五日ほどかかる。それまでに追いつけばいいのだろうけど、ちょっときついな」


「いえ、ライラさん。もう一日か二日ほど早いかもしれません」


 私は彼らの道程を推測しながら答える。


「どういうことだ?」


 ライラさんが尋ねる。


「もし、私達が帰ってきた経路をボルザとエミルも覚えていたら最短で十三階層に到達することができます。しかも、魔物を倒しながら通ってきた道はまだ新しい魔物が生まれていないかもしれません」


「まいったな。こうしているあいだにもどんどんと先に進んでいるってことか」


 私とライラさんの会話を聞いていたフレア様が、感心するように頷いている。


「フィルさんは思っていたより考え方もしっかりしていますし、実力もありそうね。どうしてまだ七級なのかしら」


「私は冒険者になって十日も経っていないんです」


「あらそうなの。でしたら今回の件が終わったらわたくしが六級に推薦いたしますわ」


「ありがとうございます」


「まあ、実力をこの目で見させていただいてからですが。妹とはいえ、そこは譲れません」


「もちろんです」


 私は頷く。


 そんな私に優しく微笑んでから、フレア様が話をまとめ始める。


「フィルさん、ライラさん。では結論を出しましょうか。ダンジョンに潜入するのか否か。ネガルタはすでに十三階層へ向かっていることでしょう。あの超絶級冒険者を出し抜いて、先にボルザさんたちのパーティまで到達できるかどうか。不安はありますが、行く覚悟はおありですか?」


「ちょっと待って下さい。私やフィルはともかくフレア先生も行かれるおつもりですか?」


 ライラさんが大きな声を出した。


「もちろんです」


「いや、フレア先生が行かれるのはまずいと思います。特級冒険者が命令違反とは」


「わたくしも上を目指す者の一人です。特級の壁を超えたいと常々思っているのですよ。それにネガルタという冒険者にはあまりいい印象がないのです」


「そうなのですか?」


「ええ。超絶級冒険者は四人おりますが、その中でも姉が最も格下で第四位です。この順番は何年も変わっていません。ネガルタは、格下として姉を軽く扱っているようなのです」


「なるほど」


「では三人で決を採りますね。ダンジョンへ向かう者は」


 すっと手を挙げるフレア様。遅れてライラさんが手を挙げる。


 二人は私に視線を向ける。


 手を挙げない私にフレア様は困った顔をした。


「困ったわね。フィルさんが行かないと道がわからないわ」


 困惑する二人に向けて、ぼそりと呟くように声を出す。


「私は……一人で行こうと思っていました」


「それは無謀だ。フィル」


「そうですよ」


「お二人に迷惑をかけることになるのではないでしょうか?」


 顔を上げながら、おずおずと尋ねる。


「フィルの周りでは事件が起こりすぎるからな。慣れたよ」


「それに姉に迷惑をかけるのが妹というものですよ。わたくしを頼ってくださいませ」


 二人は私に優しい言葉を掛けてくれる。


 私も静かに手を挙げた。頭を下げながらお願いする。


「では、よろしくお願いいたします」




   ***




 話の区切りがつくのを待っていたのか、『昼の和み亭』の店員ミーナが明るく声をかけてきた。


「はい、はーい。これは当店からのサービスですよー。なんか深刻そうな話をしていますからー」


 山盛りの揚げ物を出してきた。肉を油で揚げたものらしかった。


「すぐそこの岩山に登った人からの提供です。なんでも空から龍の腕が降ってきたとかなんとか」


 フレア様がぴくりと反応する。頬が少し引きつっていた。


「龍の……腕が……。空から……」


「いやー。鮮度も抜群でしたが、切断面も見事なもので。こう、骨まですぱっと斬るのは料理人でもなかなか難しいと思うのですよ。いまどきの冒険者って凄いんですねえー」


 ミーナはからからと笑う。


「その腕って……どれくらいの大きさだったのかしら?」


 フレア様の顔が歪んでいた。ライラさんまで変な顔をしている。


「うーん、相当大きかったですよ。なにせ十件の店で肉を分けましたから。指一本でこのくらい太いんですよ」


 そう言って、ミーナさんは腕で輪を作った。「それに、このお肉、すごく美味しいんです」と明るく話しかけてくるが、どういうわけかフレア様とライラさんの耳には届いていないようだった。


 フレア様は、はあ、と深くため息をつく。


「さて、ライラさん。ちょっと計画を練り直しましょうか」


「ええ、フレア先生。そうしましょう」


 フレア様もライラさんも、宙を見つめたまま、疲れきった顔をしていた。




   ***




 このあとも侃々諤々《かんかんがくがく》の議論は長く続いた。


 二人はなぜだか、古龍が死んだものと確信したようだ。


 なぜわかったのだろうかと首をひねりながら、私はミーナさんが出してくれた揚げ物を頬張る。


 とにかくダンジョンを崩落させる作戦は撤回された。


 そもそも古龍を操ることは簡単なことではないし、ダンジョンを崩落させるなんてことは現実的ではなかったのだ。


 それでもダンジョンに潜入し、ボルザたちの救出に向かうことだけは決定した。


 いざとなれば、敵国の超絶級とネガルタとの一騎打ちに対してフレア様が加勢することでなんとかなるのではないかという、楽観的な結論に至った。


 かなり不安が残るが、急いで準備をしてダンジョンの入り口へと向かうことにした。


 すでに日は落ち、外は真っ暗になっていた。



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