15 絶望的な帰還
ボルザとエミルは息を切らしている。
「はあ、はあ……。なんとかやったな」
「ふう……。フィル、すごいですね……」
エミルの声はか細く震えていた。
二人は満身創痍だ。
私は周囲を見回す。
「カイトさんたちがいない」
二人は、はっとして顔を見合わせる。
「テントもないぞ」
「どういうことですか」
私は目が覚めた時の状況を二人に話す。
怖いくらいに静かで、テントの外に出ると靄のかかったようなドームで覆われていた。
「もしかしたら、音と視界を遮断する魔法かもしれません」
エミルが説明する。
「今回のパーティは私とベジルが補助魔法の担当でした。私以外にはこんなことができるのはベジルだけです」
「なんのために?」
ボルザが尋ねる。
「わかりません。あまり使いみちのない魔法ですが、ドーム外で秘密裏になにかことを進めていたのでしょうか」
とりあえず移動しようということになり、荷物をまとめはじめる。
食料が入っている袋に魔物の血がついてしまったので袋から出して、別の袋に移そうとしていたところだった。
私がおかしなことに気がついた。
「食料の中身が……」
「どうした?」
ボルザが覗き込む。
食料だと思っていた麻袋の中身は石だった。
「急いで全部確認してみよう」
手分けしてすべての食料を確認する。この場に残されていた食料のすべてが中身は石や砂だった。いくら探しても、残された食料は見つからなかった。
「くそ。最初から俺達の帰りの食料はなかったんだ。はめられた。最初から用意なんてされていなかった。まずいぞ、ここから普通に帰還するだけでも五日はかかる。いや、三人だけだと倍の時間は必要だ」
「それより、私たち三人だけでダンジョンを抜けられるとはとうてい思えないわ」
エミルは暗い声を出す。
「とにかく早くこの場を離れたい。血の匂いでまた魔物が寄ってくる」
ボルザに促され、急いで荷物をまとめた。
「荷物は私が全部持つ。無傷なのは私だけだし」
二人はかなり怪我をしている。ボルザは足を引きずらなければ歩けないほどの深手だ。
「いったいどうしてこんなことに……」
泣きそうな声をエミルが漏らした。
私は荷物を抱えあげた。食料は全く残っていなかったし、野営道具だけだから荷物は少なかった。
ボルザを先頭に、開けたこの場所から細い道へと踏み出す。
道のすぐ両脇は深い崖になっている。落ちたら最後、助からない。崖の下はおそらく十二階層だ。
「ここを見て」
エミルの言葉に、暗がりにランタンを照らす。足元の道から崖の下へ続く、水の跡のようなものが見えた。
「何かが流れた跡か?」
「血液?」
目を凝らす。血液のような流れの跡はずっと下まで続いていた。
「誰かが落ちたんじゃ……」
「怖いこと言わないでよ、ボルザ」
二人の会話に私は考え込む。
「落とされたってことはない?」
私の言葉に、はっとしたようにボルザとエミルの視線が集まる。
「殺されたってことか?」
低い声のボルザ。
「魔物と戦って落ちたにしては血痕が少なくない?」
「まさか……。そんな……」
ボルザが考え込む。
「何か心当たりがあるの?」
エミルが尋ねる。
「俺達の帰りの食料がなかったってことは、最初から計画的だったんだ。ここまで来る過程でおおよその危険度はわかったわけだし、ここからは俺達がいなくても一気に抜けてしまえると思ったんだろう。そして四人のうち誰かが崖に落とされた……」
あたりを見回すと、私は見覚えのある剣を見つけた。
「この剣、カイトのものじゃない?」
二人もその剣を見る。確かにカイトのものだった。
落ちたのはカイトだろうか。
魔物との戦闘中に落ちたのか、あるいはあの三人の誰かに突き落とされたのか。さきほどの血液の跡はカイトのものである可能性が高かった。
私はボルザに聞いた。
「なんのためにこんなことをするの? 人数が多いほうが安全に帰還することができるし、危険を冒してまで人数を減らすことにどんな意味が?」
「報酬だよ」
ボルザの言葉に、エミルは俯く。彼女はボルザの説明を受けるまでもなく、その意味を理解したようだ。
ボルザが私に向けて説明する。
「今回の報酬は、危険度は高いが報酬は多い。一人あたり金貨二十枚だ。だけど、人数が半分になれば倍の額を受け取ることができる。寝ているあいだに俺達を魔物に襲わせようとしたんだ。それをカイトに見つかって、彼を殺した可能性もある」
「ひどい」
私の言葉にボルザは苦い顔をする。
「俺達だってすでに殺されたようなもんだ。手傷を負っている上に、食料がまったくない。魔物と戦いながら空腹で進むのは三日が限界だ。それでも、フィルがこんなに強いとは思わなかったから、それがいい誤算だったけど。だけどこのメンバーでは、とても地上まで戻れそうにない」
エミルも絶望を顔に浮かべていた。
「六人でも五日かかった行程よ。それが三人しかいなくて、おまけに地図はリーダーのネメシスしか持っていなかった。帰り道すらもわからない」
エミルの震える声に、私が力強くはっきりと答える。
「道なら私が覚えている」
「本当か」
ボルザの安堵する声。
エミルの顔が明るくなる。
ボルザとエミルの二人の顔にほっとする表情が浮かんだ。
「大丈夫。まかせて。記憶力はいいほうだから」
実際にここまで来る道のりは頭の中で地図化されている。通っていない脇道に関しても、流れてくる風や魔物の匂いや、ダンジョンの壁が放つ僅かな魔素などから感知している。
完全な地図ではないが、それでも来た道を戻る分にはなんの問題もないだろう。
「よし、とにかく歩きだそう」
ボルザの力強い声で、私たちは止めた足を動かし始めた。
だが、しばらくするとボルザが立ち止まる。
「こっちでいいんだよな」
「そうだね」
私は頷いて答える。
いいもなにも、ただ一本道を歩いてきただけだった。
道はさらに細くなっている。ここに来るまで分かれ道はなかった。先は薄暗くて見えない。
少し進むとまたボルザが立ち止まった。
「まさか」
ボルザは歩き出し、すぐにまた立ち止まる。
「道が崩されている」
帰るべき道はなかった。
歩いてきた道は途切れ、その先は深い断崖になっていた。とても降りて登れるような高さではなかった。
おそらくは魔法で攻撃したのであろう。道だけでなく壁や天井にも破壊の痕跡があった。
暗闇の先は視界すら届かない。当然、飛び越えることもできなかった。
「ひどい。わざと崩したんだわ。どうするの……」
エミルが悲痛な声を上げる。ボルザは何も言えないでいた。
「戻るしかない」
二人に向けて、私は気丈に声を張る。
「戻ってどうするの」
エミルは今にも泣き出しそうだった。




