ヒトの思い
(俺はこの前シルバー級冒険者に昇格した『盃の集い』のリーダーのサムだ。夜通し飲んでいたら、突然地鳴りがして冒険者ギルドに情報を取りに行った。暫くすると副ギルドマスターであるサーシャさん達に招集されて説明を受けている。あとその人物のひとりに、誰もが驚いている。もちろん俺もその中のひとりだ)
サムの言葉通り、目の前の人物は普段は会う事も無く、気軽に会う事もできない存在で、そんな彼女が作戦説明をしている。
この街の人なら誰でも知っている生ける伝説の様な人物。
オリハルコン級冒険者最速昇格のレコードホルダーを持つエルフ族であり、現在はリンドブルム魔法学院の学院長をしているスクルプトーリス・ルベリオス。
そんな人物が中堅とは言え、冒険者の自分達に何の用だと初めは全員が警戒していた。
だが副ギルドマスターのサーシャの切迫詰まった説明と態度で緊急指名依頼だというのは理解した。
そして2人、いやギルドマスター含めた3人の緊急依頼はとある魔物の討伐だと言う事だ。
自分達も体験した先程の地鳴り、更に数時間後に発生した大規模魔法の様な魔力波動と落下物と関連があるらしい。
緊急依頼が数時間後に出発だった事もあり、話が終わる前に準備に冒険者ギルドを飛び出そうとする者も居たが、ルベリオスがストップを掛け、今回使用する武器その他諸々の準備は不要とのことで、実際に参加者には魔道具や魔剣が配られ、移動は転移魔道具で送ると言われ、異次元の対応に全員顎が落ちる程驚いていた。
「ついさっきの話なのに未だに信じられねえ………」
サムの仲間でタンクのドワーフ、ドルドがボヤくと全員が頷くが、その全員の視線は手に持つ武器に落ち、すべてが現実だと引き戻される。
「こんな魔剣や魔道具、俺達じゃどんなに足掻いても買えねえよ」
「ひとつひとつが金貨500枚はくだらねえ。そんなお宝級のモノをポンッと全員分に貸与するなんてな。俺等は今からどんなバケモノと戦うんだ?」
サムの言葉にドルドが鍛治師目線でざっくり金額査定すると、今から向かい戦う存在に身震いする。
全員が押し黙るが、その中のひとりが気丈に振る舞う。
「だ、大丈夫だって!ルベリオス様も言ってただろ?基本私達は遠距離から魔剣や魔道具を撃ち続けるだけだって!」
「クルード、確かに戦闘はルベリオス様が1人でやると仰っていたからなぁ。しかし俺達は姿を隠されてバレる事はない、と」
斥候のクルードの言葉にサムも言葉を繋いだが、魔法士のルイスが乾いた笑いを飛ばしながら同意する。
「ははは……説明を聞いたけど、僕の頭では原理までは理解できなかったけどね」
「確か、空間をルベリオス様の魔力で満たす事で空間魔法で隠れている俺達が相手に感知される事はないってやつか?」
「そう、それ。魔力は通常放ったその瞬間から霧散、周囲に拡散して溶け合ってしまう。それを霧散した状態で空間を指定して自分の魔力を固定しておくのも意味不明だし空間魔法で隠れている僕等を包みこんで感知されないってのも意味不明だよ。魔法は同属性でも互いに干渉し合って、全く感知されないなんて事はあり得ない」
普段は大人しいルイスが、先程のルベリオスの説明に納得できないのか早口でその現象がいかにおかしいのかを仲間に説明した。
サム達はルイスが何を言ってるのか殆ど理解できなかったが、それでも最後の言葉に反応する。
「で、でもよ、お前は混合魔法は使えるよな?アレは他属性の混合じゃないのか?」
「そう!そうなんだよ!なぜ混合魔法はうまく作用するのか!それはね、簡単に言うと相性が良いからだね!」
「あ、相性?」
「そうだよ!例えば、火と風、水と土とかね。ただこれはあくまで習得難易度の話でしかない。ある程度基礎魔法の素養があれば基本全属性の如何なる組み合わせの混合魔法も理論的には可能なんだよ!」
「そ、そうなのか?じゃあ何がおかしいんだよ、理論的にできるのなら天才には可能なんじゃねえのか?」
ルイスの熱量に付いてこれない仲間達は困惑しながら結局何が問題かが分からず問い掛ける。
「天才が可能とか、これはそんな問題じゃないんだよ!凄く簡単に言うと、基本混合魔法は体内で他属性の魔力を練り合わせ、混ざったのを確認してから放出するんだけど、ルベリオス様は擬似的な空間すべてを自分と認識すること!つまり実戦で言えば、一対一で戦っていると思っていたけど、いつの間にか包囲されてるんだよ!」
「お、おう。そりゃ、やべえな」
「そろそろルベリオス様から合図が来るかもしれねえからな、俺達も移動しようぜ」
結局よく分からなかった仲間だったが、ルイスが更に熱量上げて話し始める前にドルドが断ち切った。
全員で周囲を見るとチラホラと移動が始まったので、サム達も合わせて移動を開始した。
その後すぐに合図の魔道具が発光した事で、全員転移の魔道具の周囲に集まった。
時限式だったのか、どういう原理かは不明だがサーシャの掛け声に反応した魔道具が全員を転移させた。
光が収まるとそこは森だった場所に飛んだようだ。
周囲を観察すると、ここでの惨劇が読み取れるくらいには地肌が剥き出し、木々は根本から炭化していたり発火していたりと地獄の様相を呈していた。
そんな中、少し離れた所では今でも魔法戦が行われていた。
サーシャの指示で、ルベリオスと魔物であるキマイラを包囲する様に展開する。
目の前で行われている戦闘に誰もが息を呑み、呼吸が浅くなる。
それは当然『盃の集い』のメンバー全員も同じだった。
「お、おい、なんだこれ……」
「コイツを、討伐?可能なのか……?」
「これがキマイラ……?こんな魔物が、存在しているなんて」
「なんて高度な魔法戦なんだ……」
「確かにバレてねえ、のか?」
驚愕する面々、高度な魔法戦、キマイラという魔物の存在、様々だが、それ以上に皆を絶望たらしめるのは、目の前で奮戦する伝説の冒険者である元オリハルコン級のルベリオスの消耗っぷりであった。
肩で息をして、身体中至る所に擦過傷、切創、火傷、場所によっては肉が抉れて削り取られている。
事前の作戦内容に冒険者が参戦するのはルベリオスのタイミングが出された時という事もあり、全員初めは我慢していたものの、ミスリル級冒険者などはサーシャに詰め寄り早期参戦する意思を示すが、彼女が首を縦に振る事はなかった。
サーシャとしても姉であるルベリオスが目の前で殺されようとしているのだから気が気じゃないが、出発前に彼女に言い含められていた。
『私がどんな状態になろうと絶対私が出すタイミングで攻撃しなさい!先走らないで!絶対よ?』
サーシャが唇を噛み締める。
歯痒い状態が続いたが、遂にその時が訪れた。
突如キマイラが飽きた雰囲気を滲ませながら『終わりだ、死ね』とボソリと呟いた。
その瞬間先程と比較にならない魔力密度の魔法が50門展開した。
全員の何度目かになる驚愕の表情を置き去りにルベリオスへ闇魔法の槍が飛んでいく。
誰かが悲痛に叫んだ。
しかし結果はルベリオスが展開した見知らぬ魔道具によってキマイラの魔法が虹の槍となりて、30門が反転してキマイラを貫いた。
全員これで死んだと安堵した瞬間、ルベリオスの大声が響くと同時に彼女の空間魔法が砕ける。
「総員攻撃開始ッ!!!」
一瞬面食らった冒険者達も全員が中堅以上であるため、即座に臨戦態勢となり作戦通り、練り上げていた魔法や用意された魔剣、魔道具を全力でキマイラに向けて放った。
「は、はは、これで金貨300枚は破格だな!」
誰かが笑いながら発した。
反撃される事なく、手にした事のない魔剣、魔道具を思う存分使用できる環境に、毒の様に楽観的な雰囲気が侵蝕し始める。
それに引き寄せられる様に、ひとり、またひとりと笑い出す。
「ハハハハハ!こんな普段はお目に掛かれねえ、最高な魔道具を使うだけの楽な仕事、俺達は運が良いぜ!」
「この依頼終わったら魔剣もくれねえかなぁ」
「あのキマイラの素材もくれねえかなぁ」
「伝説上の魔物だからな。キマイラスレイヤーってかぁ」
「ガハハ!俺等も英雄の仲間入りか!」
魔力ポーションも潤沢に支給されていて、尽きる事の無い万能感は徐々に己の思考を鈍らせ、正常な判断を下す人間がひとり、またひとりと消えていく。
今では戸惑いながらもミスリル級冒険者達ですら、この依頼の失敗を想像しておらず、金貨300枚の使い道を考えてしまっている。
それほど圧倒的に見える状況。
しかしその中でもサーシャは、自らの喉元に突き付けられている死神の鎌が一向に消えなかった。
どれだけ攻撃しても、姿は見えずとも、あのキマイラ、リオンが死ぬ想像がどうしてもできなかった。
その証拠に、全方位から攻撃されているにも関わらず反撃すらせず、既に死んでるのかと思いきやリオンの威圧感は衰える事なく、何なら徐々に上昇している気もする。
そんな圧迫感がサーシャを蝕んでいくと、この場で唯一同じ感情だったのか、切羽詰まった念話が届く。
(サーシャ!!私の側に来て!!やっぱりこの程度じゃリオン君は殺せない!!)
(わ、分かった!。キマイラの正体がリオンさんだと知らないから、冒険者達の皆さんが徐々におかしくなってる!)
(放っておきなさい)
念話が来たタイミングで既に察していたのか、返事をした時には動き出しており、すぐに合流した。
冒険者は非情にも突き放したが、構ってる時間も無いので後回しにする事にした。
冒険者なので何か起きたら頑張って自衛してもらう事にした。
阿吽の呼吸の様に回復ポーションをルベリオスに渡すと魔力を練り始める。
サーシャは久しぶりに行使する魔法だったため、より集中して魔力を練っていると、突然ルベリオスが手を握って謝罪きた。
「サーシャ、ごめんね」
「なんで姉さんが謝るのよ。誰のせいでもない」
一瞬驚いたサーシャだが、すぐに握り返し首を横に振る。
そう、この戦いは誰のせいでもない。
人族と魔物は相容れない存在。
殺し、殺される、いつまでいってもこの関係は変わらないはず。
しかし、と。
言葉では否定したものの、サーシャはリオンが街に来て、今日までの振る舞いを思い出すと悲しげにルベリオスを見つめ、口を開く。
「本当にこの道しか無かった?」
色々あった。
もちろん魔物らしく理不尽な行動や倫理観、強引な所も多かった様に思うが、前提として意思疎通が取れる存在なのだ。
人族だって罪を犯し、人の所業とは思えない行いをする。
言葉が理解できても言葉が通じない人族も多く、そんな存在でも法の縛りを受け、気軽に殺す事はできない。
しかし今目の前にいる意思疎通可能な存在は、魔物であるというだけで、現在恐ろしい威力の武器や魔法によって命を削り取られている。
胸が締め付けられる。
更に彼は人族の仲間と暮らし、学院にまで通い、ヒトの生活圏に溶け込んでいた。
気付いたらルベリオスが目元を拭ってくれている。
無意識に涙を流していたサーシャは気恥ずかしそうに慌てたが、ルベリオスが優しく諭す。
「サーシャは優しい子ね。アナタが悲しむのは自由だけれど、責任を負う必要はないわ。色々あった分岐の中で私がこの道を選んだ。どう思われても、すべて私が背負うわ。これが終わった後、好きなだけ話しましょ。だがら今は早く終わりにしてあげましょう」
「………分かった」
思考が乱れながらも魔力を練り上げていたサーシャは表面上は覚悟を決めたのか、ルベリオスの魔力を合わせながら融合していく。
ここで周囲で酔いしれていた数人が、ルベリオス達の高密度な魔力融合に気付き戦慄していた。
「お、おいあれ、魔力融合、か?」
「しかも2人で、だと!?可能なのか?そんなこと」
「あの魔力密度、詠唱もしてないが儀式魔法レベルを2人でッ!?」
「というかそこまでするって、今俺達あのキマイラに攻撃してるけど、効いてねえってことか?」
「い、いや、全く効いてないわけじゃない、けど。死ぬ気配が、ないな」
一部魔力融合で興奮し、一部冷静に状況分析する中、ルベリオス達はやっと準備ができたのかリオンに向かって雷の破城槌を撃ち下ろした。
「「第九階梯魔法ケラヴノス・クリオス!!!!」」




