吸血鬼の女王
部屋を退出したアドレアはその足で同じ階の一室に入った。
勢いを殺さずそのまま室内に居た人物に大声を浴びせる。
「爺!あの女が生きているだなんて聞いてないわよ!どうなっているの!?」
「お嬢様?はて?爺やには誰の事についてのお話なのか……。あの方に呼ばれた事は存じ上げておりますが、何かございましたか?是非詳細をお聞かせくださいませ」
アドレアにじいと呼ばれる燕尾服がよく似合う好々爺風の男性は見た目通りアドレアの執事で、そんな彼に諭されたアドレアは正論でカウンターされた事で少し冷静さを取り戻したのか、一旦ソファに座る。
それに合わせて流れる様な所作で紅茶とお茶請けを目の前に提供する爺やは、これまた流れる様な所作で対面のソファに腰掛けた。
普通の執事と雇い主の関係であればあり得ない行動だが、アドレアはいつも通りの日常なのか特に気にせず紅茶をひと口飲み、結論を先に述べた。
「ウピルが生きているわ、しかも解呪されてる」
アドレアの言葉に爺やはピクリと反応をする。
さすが執事というべきか、彼女の様に冷静さを欠く事はない。
人生経験やウピルとの関係性も関わってきそうだが、そんな事より、と爺やの思考は沼に潜っていく。
アドレアは爺やが他者への気遣いより自身の思考を完全に優先させるのが珍しいらしく、紅茶を優雅に飲みながら観察していた。
暫く観察していると思考がまとまったのか爺やが顔を上げる。
「おや?わたくしめの考え事を待ってくれていたのですかな?」
「えぇ、珍しかったからね。お陰でワタクシも落ち着けましたわ。それで?考えがまとまったのであれば吐き出しなさい」
「ほほほ、それでは憶測も混じっているので正確さは欠けますが、それでもよろしければお伝えしましょう」
「それでいいわ」
「畏まりました。しかしその前に一点確認させていただけますか?」
「なによ」
「なぜアドレアお嬢様がウピル様の事をご存知なのですかな?当時まだお嬢様は自我も無い赤子だったと記憶しておりますが?」
爺やの言葉にアドレアは少し考える素振りをしてあっけらかんと応える。
「叔父様を脅して聞いたわ。あの女の事すべてね。それと女王であるワタクシに隠し事は許さないわよ」
「ほほほ、これはこれは。ご立派に成長されて爺やは感涙してしまいそうです」
「そういうのいいから、早く話して!」
「ほほほ、畏まりました。では既知のお話もあるかと思いますが、年寄りの昔話に付き合ってくだされ」
「紅茶おかわり」
「ほほほ」
おかわりの紅茶を注いだ爺やはソファに腰をおろすと昔話を始めた。
昔々、60年程前ある吸血鬼族の国に双子の可愛らしい女の子達が生まれた。
ひとりは両親によく似た檳榔子黒色の髪に真紅の瞳を宿した赤子。
もうひとりは先の子にすべての色を奪われたかの様な白髪に白い瞳の赤子。
これを吸血鬼族の中では【色落ち】と呼ばれていた。
数百年単位で起きるこの双子の色落ち現象。
通常は双子でも能力や才能、力などはある程度平等に分けられるが今回の様なケースだと色落ちは通常に生まれてくる片割れに文字通りすべてを奪われてしまう。
なのでウピルは生まれた段階で既に潜在能力含め、通常の吸血鬼族より優秀であった。
さらにウピルの両親は国王と王妃、つまりウピルは王族だったので皆の期待値は想像以上に大きかった。
しかし現実はそこまで甘くなかった。
過去を紐解いても双子はどちらも長生きした記録が無かった。
それを物語る様に色落ちの子、ルーピルは一歳の誕生日を迎える前に亡くなった。
ウピルも一歳を迎える頃には力が増大し過ぎて器が耐えられなくなってきていた。
ただ繰り返してきた歴史があったからこそ、この状況に対応策があり、それが吸血鬼族が得意とする呪術であった。
まだ幼く呪術に対して抵抗力が低いウピルに呪いを掛ける事は容易だった。
ウピルに掛けた呪いは今では禁呪になっているが、効果は単純で[弱体化][固定][成長阻害]だ。
副作用で[記憶障害]も起きて幼児退行気味になってしまったが、器の崩壊だけは回避できた。
そこまで話して自分とアドレアの紅茶が無くなっていたので爺やがおかわりを注ぎ、お茶請けを足した。
会話が途切れたタイミングでアドレアが口を開く。
「という事はあの女はまだ継承権があるっていうの?」
「左様でございます。恐れながら申し上げますが、誰もウピル様を廃棄などしておりません。詳しくお伝えすると、ウピル様が8歳の時に国王様が身罷られた事と翌年アドレアお嬢様がお生まれになった時、王妃様も身罷られた事でウピル様は9歳で女王として即位しておりましたよ。ただご年齢がご年齢だったので形だけで、政などは我々で行っておりましたが」
「ワタクシの事はいいわよ。じゃあなんであの女を捨てたの?」
「それはそれは、畏れ多い事でございますな。捨てたなどと、勘違いでございます。そうですね……色々とご不幸が重なった結果だと言わざるを得ませんが、ウピル様が10歳の誕生日の日、忽然と姿を消してしまわれたのです。当時は国総出での捜索をしましたが、現在に至るまで何一つ手掛かりが無かったのですが……」
爺やはそこで話を切ると目を細めながら窓の外を眺める。
それだけで爺やがどれほど待ち望んだ事なのか深く痛感させられるがアドレアは別の感情が湧き上がっていた。
(今さら現れて継承権が残ってるですって!?ワタクシが今まで一族の為にどれだけ身を削ったと思ってますの!!許せない。ワタクシの邪魔をする存在をワタクシは絶対許さない。女王はワタクシよ!)
昏く濁った感情は内だけにドロドロと蓄積し、外に漏れ出る事は無かった。
故に爺やもそんなアドレアの感情に気付く事なく話を続ける。
「しかし解呪されたとなると問題がございますな。最近解呪されたのであれば暫く大丈夫ですが、時間が経っているとなると力の増大に再び器が耐えきれなる可能性がありますのですぐにでもお迎えにあがらなくては!」
後半早口になった爺やに若干呆れつつ、アドレアも勝手に自滅する相手に自ら手を下す必要は感じないので、先ずは会ってみてどうするか決めようと思っているので爺やの案を採用する。
ついでに先程陛下に呼ばれた際のアドレア側吸血鬼族の行動の確約を取った事を伝えた。
「ではわたくしめはお迎えの準備をしてまいります」
「えぇ、分かったわ。ワタクシも準備して出るわ」
「畏まりました。それでは後程お迎えにあがります。失礼いたします」
爺やが退出してひとり残された室内でアドレアは窓際に近付き、外を眺める。
どこまでも続く森、獣の鳴き声とどこか遠くから響く轟音に目を細めながら思案に耽る。




