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08 蒼の放浪者


 エルザの誘導のもと、オオカミの背に乗った村人たちが遠ざかる後姿を見送ると、


 「さてっと、ここからかな」


 そう言って、巨大なオオカミに向き直るリーリナに、「ええ、そうね。こっちも準備は整ったわ。そっちは?」っと、壁にもたれ掛かり呼吸を整えているマーカスとゼシキに問いかけるリーリエ。


「ああ、問題ない。幸いにも球系はタップリあるからな」


 手をひらひらと振りながら少し緩んだ態度で、マーカスは答えた。

 そこに蒼の放浪者のリーダーとして気を張った顔は無く、程良く気の抜けた顔があり、むしろこちらが普段の顔なのだろう。


「俺も、大丈夫だ。まぁ、出発前でよかった。回復球も強化球も余裕があるのは助かる」


 二人は、腰に付けた縦長の箱型ポーチから、透明な膜に包まれた緑色の液体の入った直径二センチほどの球を取り出すと、口に含み咀嚼(そしゃく)した。


「ふ~生き返る~」


「ああ、まったくだ」


 マーカスもゼシキも口の端に付いた微かに緑色に光る液体を鎧の袖で拭うと、手足を適当に動かして体の動きを確認した。


「……でも、味はいまいちかな」


「まぁ、そうよね。でも、味付きを買ったらお金がかかるわ」


 リーリナもリーリエもマーカスやゼシキと同じような球体を口に含み、まるでサプリメントやプロテインに対する感想に似た感想を言いながら、もぐもぐとグミを食むように咀嚼している。

 リーリナ達が口に含んでいるのは、大きさこそ同じだが色が異なる赤と青の二色の球体だ。

 赤は魔力回復球、青は身体強化球と呼ばれる類の非常食に似た食べ物だ――ある種のサプリメントに似ている。

 その他にも、四人はスカーフェイスたち、オオカミたちが牽制してくれている隙に、色と効果の異なるゼラチン形成液体球を口に放り込んでいく。

 十秒足らずで準備を整えた、彼らの表情は明るく、気力に満ちている。


「さぁ、二ラウンド目と行こうかッ!!」



 ◇ ◇ ◇ ◇



 月明りも星明りも分厚い雲に覆い隠され、”一寸先は闇”、そんな言葉が似合う漆黒の夜闇を、青白い鬼火に導かれ周囲の景色に目もくれず走る陰が複数。

 どの影も背に、揺れる山形の影を持ち、突風の様に暗闇を掛けて行く。


「皆さん、もう少しですよ」


 風のように走るオオカミの魔物の背に乗り、叫ぶでも無く大きな声で話すでも無い、静かな声で話すエルザの声は、オオカミの体に当たり渦巻く風音に邪魔される事無く、村人たちの耳に自然と溶け込んでゆく。

 冷静な声色が、村人たちを冷静にさせ、目立った混乱も無く、彼らはロート村第二食料庫へと辿り着いた。


「それでは皆さん。中に入ったら家族単位で集まって人数を確認してください。

 それが終わったら、武器を手に立て協力して警戒してください。

 後は……私が二十分経っても戻ってこなければ、そうですね……この子たちと共に、最寄りのローランダリヤ・ロール都市へ向かってください。既にあちらのギルドには連絡を入れていますから問題はありません。ですが、あくまで助けを求めるのは、普段皆さんが見ている冒険者ギルド・ロート村出張所の看板に描かれている紋章の冒険者ギルドです。間違わないでください」


 少し強く念押しするエルザに、村人たちはたじろいだ。


 「エルザさんは、どうするのですか?」


 「私はこの子を連れて、一旦ギルドへ戻ります」


 「「「「!!」」」」


 村人たちの眉尻が下がり顔に複雑な心配の色が浮かぶ。

 エルザの身を心配する気持ちと、あの戦いの中に彼女が戻っても、という思い。

 そして、もう一つ――この場において最も強い力(武力)を持ち、信頼も知識もある彼女が、この場から離れる事に対する不安だ。


 「エルザさん……気を付けて行ってください」


 「ええ、ありがとうクウそれじゃぁ――」


 姉のように慕うエルザとの一時の別れの挨拶に水を差す声が掛かる。


 「父さん……ミズハが居ない」


 第二食料庫の二階へと繋がる階段から降りてきたソラは顔を蒼白に染めながら、父アキヨミに耳打ちした。


 「まさか、またいたずらじゃ……」


 ただでさえ色白の顔を、さらに蒼白に染めるアキヨミは横目で詰めの様子を窺う。


 「父さん、こんな時には流石に、あの子も……」


 息子の一押しに、父アキヨミ顔をしかめ……


 「……母さん、あの子がいない――――」


 「!? ミズハ! ミズハ! どこなの!? 何処なのミズハ!? ……クウ。あの子がいないわ」


 今この場で出せる声の最大の声量で、行方の知れない息子を呼ぶもすぐに、最後に手を引いていたのが娘のクウだと思い出し娘を呼ぶ。シーナの声には、怒りと同時に焦りも含まれていた。


 「「!!」」


 雪駄を踏むような静かな声で呼ばれたクウは、一瞬、母の声色に肩を震わせるも、すぐに内容を思い出し母シーナと同じ様に怒りに震え……。


 「……ミィ~ズゥ~ハァ~~~~」


 歯を噛み締め鳴らす音が聞え、怒りを露わにするクウにエルザは苦笑し――


 「ふふふ、必ず戻って来ないと駄目な理由が出来ましたね」


 「はい、エルザさん」


 目を少し伏せ気味にクウは答えた。

 あの危険地帯に戻るだけでなく、人探しまで含まれるとなるとその危険度は大きく増す、それが分かっているからだ。


 「あの子が帰ったら、しっかりとお説教してくださいシーナ」


 二人の口調には、同じ思い出を共有する懐かし友人同士にしか分からないニュアンスが含まれているのだろう。

 エルザもシーナも軽く苦笑を浮かべ、微笑み合った。

 エルザは美しく整った顔に微笑の皴を作り、シーナは闊達(かったつ)とした魅力的な明るい顔に浮かび始めた皴を少し強く浮かばせて……。


 「ええ、ありがとうエルザ。あなたも無事に帰ってきてね」


 古い友人に別れとも取れる挨拶をしながら、愚かな息子を頼むシーナの顔には、少し複雑な表情が浮かんでいた。


 「あなたも来てください」


 そう近くに居たオオカミに声を掛けたエルザの雰囲気は

 声を掛けられたオオカミは、「ばぁう」、と思いの外、可愛らしく一鳴きすると、エルザの乗るオオカミの後についてゆく。


 「あぁッ、もうッ!! あの子は~……エルザさぁ~ん返ってきたら一緒にお仕置きしましょうね~」


 敵味方の識別がある程度、はっきりとしたお陰で生まれた、ある種の安心感がクウに大きな声で重々しい雰囲気を纏うエルザに声を掛ける勇気を与えたのだ。

 エルザは前を向いたまま、軽く手を振り闇夜に溶けていった。



 ◇ ◇ ◇ ◇



 「ふふふふふ」


 ニタニタと、時折含み笑いをこぼしながら目の前に並ぶ武器を手に取り、子供には似つかわしくない表情を浮かべるミズハの姿があった。


 「あいつなら、刀を手にするんだろうな~それも、重ねの厚い太刀を……ふふふふふ」


 ミズハは自らの話した言葉の内容の異常性に気付いていない。

 ()()()とは、この世界に居ない筈の人物であり、最早、生きているのかすら分らない数少ない友人だ。

 ただ、ミズハにとっては、『輪廻の輪を超え』、『世界の境界を越え』、『質量保存』、に導かれて尚、大切な友と共有した強い思い出に近い状況になる度に、こうして本来、思い出す筈のない、()()()()()の記憶が意識の表層に無意識に上り、大切な思い出を口ずさむ。


 ミズハは、目の前に並ぶ武器の数々をこの危険な状況にありながら手に取り眺めている。


 「あの巨大なオオカミには感謝しないと……」


 巨大なオオカミの飛ばしてきた石やレンガ、木片と言った瓦礫の投射物のおかげで、普段はギルドの奥の部屋の床に隠されたていた地下へ跳ね扉をミズハは、発見したのだ。

 運がいいのか悪いのかは判別しがたいが、アレの投射物は跳ね扉の鍵を程良い状態に破壊した。人目を引き付けるぐらいに……。

 そのお陰でミズハは引き寄せられるように、地下の部屋へと降りて来られたのだ。

 ミズハが跳ね扉を上げると、すぐに魔術的な橙の暖色系に近い光が灯り、地下室を照らす。

 地下室の中は広く、十メートル四方の立方体の様な部屋が広がっている。

 そこには、ベット、洋服箪笥、簡易調理器場、浴室、化粧棚、本棚、複数の大きな両開きのガラス戸の箪笥、中には武具や日常に必要な様々な道具、魔動機、魔道具の類が仕舞われ、おそらく似たような物が入っていると思われる段ボールが所狭しと置かれ、積み上げられていた。

 そこは地下室と言うよりも、土蔵の中の秘密基地のような印象を受ける上に、秘密基地どころか生活感まである。

 段ボールの上には食べかけの解けていない怪しげな三段重ねのアイス――何故か全て鮮やかな空色で、茶色いクッキーの様な粒が付くと言う仕様のアイスだ――、ベットの上には、下着と本が数冊、そして日記らしき丁寧な装丁の本が一冊無造作に置かれていた。

 そもそもミズハは、破壊されたギルドの奥の部屋の床に、チラリと見えた、跳ね扉の輪の取っ手に目聡く(めざとく)気付き、次に気が付いた時には、みんなと一緒に乗るはずだったオオカミの背に乗り損ね(から降り)、そのまま置いてきぼりを食らい……今に至るのだ。

 ソレならそうと、ミズハはこうして蒼の放浪者の者の面々の邪魔にならないように、隠れていようと跳ね扉を解放したのだ。

 もちろんカギは風前の灯火とは言え、まだ辛うじて生きていた。

 振動が起こるたびに苦しんでいるように揺れる円環の取っ手が哀れでならず、ミズハは……今に至り隠れているのだ――そのはずだ。


「ぅわぁ、この槍、シンプルで良い作槍だ。

 あっ、こっちの槍は意匠と実用性が!

 これはぁ、持ち手と槍先の長さがちょうど、いいなぁぁ! 最高だ!! ひゃっほ~い」


 ……隠れているのだ。


 そんなミズハに、蒼の放浪者の者たちも、オオカミたちも気付かない。


 もちろん――巨大なオオカミも。


 当然だ。今は敵も味方もお互いに、目の前の対象に手一杯なのだ。



 ◇ ◇ ◇ ◇



 蒼の放浪者の者達の士気は、高い。

 それも非常に高いと言える。

 ある日、突然いなくなった古い友に、この様な危機的な状況下で出会ったのだ。

 絶妙と言う言葉が最も合う、このタイミングで出会った。 まるで、天の采配とも思える状況に、気分が高揚しない筈がない。

 にっちもさっちも及ばない、死を覚悟せざるを得ない状況での助け……それは、まるで、英雄譚に描かれる物語の主人公の様ですらある――だからこそ、彼らは、


「みんな、ギルド正面を十二時に設定。魔力は自前も動員。魔力バッテリーは一テラを使用。

 ――問題は?」


「無いわ。強いて挙げるならスカーたちとの連携が心配よ」


「……スカー行けるか?」


「アッゥゥゥォォォォォオオオオオオオオン」


 スカーの遠吠えに合わせ、他のオオカミたちも吠える。

 気骨漲り(きこつみなぎり)覇気も闘志も十分。

 いつでもいけると、訴える遠吠えに、先に散った仲間への優しさと、これから散るであろう仲間への憂いが含まれる。

 それを理解しているのかしていないのか、見詰める巨大なオオカミは、唸るでも無く吠えるでもなく、ただ――無言を貫いた。

 その(さま)は、まるで……まるで自らが望んだ状況だと、そう言わんばかりに睥睨(へいげい)する。

 大きく深い青を湛えた瞳には、深い紫色の靄が僅かに点在し、瞳の中を泳ぐかのように揺蕩うが、その事に気付く者はこの状況下には……居ない。

 だが、汚染体となった巨大なオオカミの、その目には、周り全てが敵だ。正しきは己だと。

 堂々たる立ち姿は、如実に語る。

 その思いが、見て取れてしまったのだ。蒼の放浪者とスカーたちオオカミには……最早、かろうじて残っていると信じていた理性を取り戻すことは、不可能だと理解した。

 戦って、弱らせれば何とかという思いは、打ち砕かれたのだ。助けたいと願った対象によって……


「マーカス、俺たちは特に気を付けないとな」


「ああ、角度には注意しないと危険だな」


「誤って倉庫ごと巻き込んでしまっては意味が無からな。九時の方向を……」


「いや、ゼシキは、その方向でもいいが。私は、”固定”を使う」


「”固定”……〈リプロ―ジョン〉よりは、制御し易いだろうが……汚染体を倒した後は、村中に謝り行脚かぁ」


「”固定”? ……それなら、戦術も変えないといけないわよ。

 リーリナ、皆に、魔力線を繋いだ状態のまま、術式行使は可能?」


「……多少荒っぽくはなるけれど……可能かな。でも、吐かない保証は出来かねるかな」


 リーリエは、そう聞きながら杖の前方に設置されているプレート装填口に、一テラのプレート型・魔力バッテリーを一つ装填する。


「リーリエ、此れも使ってくれ」


「俺もだ」


 マーカスとゼシキは、リーリエに自分たちの持つ一テラのプレート型・魔力バッテリーの内の一つを渡した。

 そして、もう一枚のテラプレートはリーリナに渡す。


「ありがたくもらっておくかな」


「私もありがとう」


「二人とも大喰らいだからな」


「全くだ。食費も魔力も衣服代も」


「当たり前かな」


「当たり前でしょ」


 女性なのだから当たり前だ、と言わんばかりの口調で二人して口を揃えて言う。

 蒼の放浪者の兄弟姉妹の内、二人は女性。

 マーカスとゼシキのどちらが兄か弟かは、さておき、彼女たち二人は、こういう時(買い物)に限って、姉だと妹だと主張するが故に、彼女たちの装備は女性らしさや女の子らしさの漂う意匠の凝らされた戦闘に支障のない範疇の見た目をしている。


 軽口を叩き合いながらも四人揃った事で、先程以上の士気を漲らせる(みなぎらせる)彼らは、これから自分たちの行おうとしている戦術の規模を理解していない。

 自分たちが、最高位冒険者次席たるクラス・ペタ二ウムだという自覚が足りていない行為を――


 ――少し話はズレるが、往々にして能力を持つ者は変わり者とされる。

 そして結果を出したものを天才と呼び、可も無く不可もない者を奇人変人と呼ぶ。

 ただ、その誰も彼もが、すべからく――奇人変人である。

 地球人なら誰もが一度くらいは、子供向けの偉人の伝記本を読んだことがあるだろう。

 だが、そうして立派に描かれた偉人の(まこと)の歴史を、記録を、少し調べて()れば解るだろう。

 彼らは皆――すべからく奇人であり、変人だという事に気付くはずだ。

 詰まる所、結果を出せば天才、そうでなければ奇人変人と呼ばれるのだ。

 ――ただ、それでも、歴史は一度たりとも一般市民(凡人常人)によって変えられたことは無く。

 歴史を変え、ありとあらゆる分野において、転換点を迎える礎を築いたのは――天才や非凡と呼ばれる能力を持つ者(奇人変人)だ。

 彼ら、蒼の放浪者の者たちも自分たちが、その『天才非凡』、『奇人変人』、であることに気が付いていない。


 ――だからこそ彼らは、自らの作戦を行動に移すのだ。


 本来なら、『非凡天才』、『奇人変人』の奇行(偉業)に待ったを掛け、その奇行(偉業)が真っ当かどうか、危険性を判断する、フェイルセイフたる凡人(真っ当に物事を考える)(事が可能な精神と知能)(を持つ者)が必要なのだが――此処には居ない。

 そして、才能はさらなる才能という壁が立ち塞がった時、その真価が問われるのだ。

 ただ、問題として、立ち塞がる才能という壁を超えるに必要なのは――より質の高い才能か、それとも独創性か、発展性か、はたまた視点を変えた全く別の転換点を見出す事なのか、いずれにせよ――忘れてはならない。


 ――才能とやらは……人のみが持つに非ず。


 彼ら兄弟姉妹の背は語る。


 ――我々は蒼の放浪者なのだと。


 年月にして十を迎えた幼い日に、彼らは両親を亡くした。 ただ、それ以降、彼らの暮らし向きが苦しくなる、という事は無く。

 ロート村には、彼らが大きくなれるまで十分な食料も生活用品もあり、また、それらを支援する制度も整っていた。

 これは、この辺りが動物や魔物の多い地域であり、都市からも離れた場所であるという点。

 それに何よりも、冒険者ギルド・ロート村出張所が寺子屋に似た役割を果たし、教育の場の提供しているという点。

 そして、村の創設にも関わった冒険者ギルド・ロート村出張所が、村の創設期に、そのように相互扶助制度を作り、数十年という時間を掛けて、それが当たり前だと、この村の者なら誰もが考えるように教育し続けた結果だ。

 ただ、彼ら蒼の放浪者の兄弟姉妹は、さして不自由なく村人として生きていくことよりも、まだ両親が存命のころに語っていた、冒険者となり世界を旅してみたいという夢を追う事にしたのだ。


 ――両親が無くなった、あの日。


 ――自分たちの力だけで、生きていこうと決めた、あの日。


 兼ねてから、エルザより聞かされていた一つ物語。

 両親を亡くし、落ち込んでいた彼らを勇気付けた物語を。

 旅に出ると決めるきっかけになった物語を。

 冒険者になると決めた、あの物語を……思い出していた。


 ――一人の放浪騎士と一匹の狼の物語を……。


 人間種のみならず、亜人種、獣人種、総合して人類種とされる様々な問題を抱える種族間において、老若男女問わず人気のある物語。

 子供の寝物語として聞かせる英雄の物語。

 人類種に分類される者なら、種族問わず、決して悪く語られることの無い英雄譚。

 ただし、物語の主人公は、今より、二百年と少し前の人物だと言うのに、その名は、記録に残っておらず。

 残っているのは、不正確な容姿と一匹の狼の魔物を連れていたこと――そして、偉大な功績のみだ。

 彼らの放浪の軌跡は、語る国、語る地域、語る人種、語る種族によって大きく異なり、一つに纏まった物語として語る語り部は、存在しない。

 唯一、全ての物語の中で、共通する内容がある。

 それは、彼らの姿が歴史の表舞台から姿を消すことになった物語。

 その物語以降、彼らが歴史の表舞台に立った正式な記録も人々の記憶にも無い。あるのは、眉唾な物語のみという。


 ――終わりの旅路。


 そう呼ばれる物語のさわりは、皆同じた。


 地平線を埋め尽くさんばかりの数万という大軍勢。

 数多の種族からなる汚染体の群体は、カッチェカームラン大平原に集う。

 異なる系統、異なる種族の一挙手一投足が相乗を生み、奏でられるは心軋ます不協和音。

 目的は、人口八百万人を擁するローラン・タータリヤ王国・王都アーヴァンダリヤ。

 その王都の真下に広がる潤沢な魔力の流れる地脈そのもの。

 王都に住まう八百万の生物など、メインディッシュの前の前菜。

 それら、全てを喰らおう集い集まった、唸る意味も、喰らう理由すら忘れた汚染体の群。

 立ち塞がるは、意匠凝らされし白銀の鎧身に纏う騎士。

 下肢覆うは、風にたなびく群青の外套。

 右手に携えしは、中道走りし鈍色の大剣。

 左手に携えしは、星明り集め鍛えられし、小さき安定者の大楯。

 隣に立つは、清流の如く、たなびく群青の長毛持ちし、大狼。

 鶏は鳴かず。夜明けを告げるのは、地平線に沿った一筋の光。

 長く伸びた二筋の影は動く、陽炎の如き揺らめきを纏う穢れへと。

 ――蛮勇此処に極まれり。

 誰もが彼らの死を想像する、が。

 穢れの群へ飛び込むや否や、瞬く間に、飛び散るは穢れ。

 始めは臆し尻込みしていた王も、騎士も、民も、汚染体の群体に飛び込むや否や、瞬く間に、汚染体を切り捨て、押し潰し、食いちぎる、彼らの獅子奮迅の戦いぶりに奮い立ち、城門を解放すると一人と一匹の後を追いかけた。彼らを死なせてはならないと。彼らだけにいい格好はさせない。

 戦いは一週間も続いたとされ、その内の最後の二日は、彼らのみが戦っていたとも言われている。

 そして、七日目である最後の一日に、彼らは汚染体を統べるナニかを倒した――と、此処までの内容が多くの人々によって語られ、数多の本に描かれた、おおよその共通点だ。

 この後、彼らは、戦いの末に果てたとも、戦いに勝った後、傷を癒す為に、友と共に何処かへ去ったとも、または、再び放浪の旅へと旅立ったとも、そして――汚染体になったとも、言われている。


 彼ら、蒼の放浪者のも兄弟姉妹は皆、その物語が好きなのだ。どのような終わり方の物語でも。

 だからこそ、冒険者になろうと決めた時に、便宜的に彼ら放浪騎士が呼ばれていた呼び名――放浪騎士の名称から冒険者のチーム名を決めたのだ。

 蒼の称号は、クラス・ペタニウムに至った時、冒険者ギルド・リッカヒタチより、色を名乗る事を許された。

 高い功績を紡いだ冒険者のみに、与えられる色の内の一色・蒼を選び、授けられたのだ。


 今、ここに、掛けていた歯車が揃い、蒼の放浪者は――完成する。

 横に立つは、左目に傷を持つオオカミと、その一族。

 立ち塞がるは、彼らオオカミの元、群長(むれおさ)にして、強大な力持つ汚染体。

 後ろに控えるは、成す術なく恐怖に怯え震える村人。

 不謹慎かもしれないが、これ以上、望むべくもない最高の状況が、彼らの頬にしわを与え、自然な笑みを零れ落ちさせる。


 だからこそ、彼らは――名乗りを上げる。


 「「「「我らは……我が名は……放浪者。蒼の放浪者なり。 いざ押してまいる!!」」」」


 ――ウォォォォォオオオオオンン

   ――ウォオンウォォンウォオオン

     ――ンウゥゥゥウウォォォオオオオオン



 ◇ ◇ ◇ ◇



 目の前で、名乗りの口上を上げる彼らと似た名乗りを、()()()()()()()


 彼らの周りで、名乗りに呼応する形で遠吠えを行うオオカミたち、その立ち位置は確か――私の立ち位置だったはずだ。


 ワタシの立ち位置? わたしの? 私の?


 歪んだ視界と意識が点と点を結ぶ線の様に焦点を結ぶ。

 轟爆の衝撃よりも、閃光の衝撃よりも、尚、強い痛みが()を焦がし、激しい痛みが雷鳴のように暴れ狂う。

 ただ、それでも『彼は、彼女は』考える事を止めない。

 もうたくさんだと、思い出せないのはもういいと。

 彼は彼女は真っ直ぐな瞳を彼らへと向け、足を開き地を掴む。


 彼らと対峙して今、初めて、『彼は、彼女は』、声を出す――


 「ヴぁがなナはァアア、どぅヺぶる。だぼうるぅぅぅウウ……どぅヺぶる!!」


 「「!!!!」」


 食いしばった歯の隙間から漏れ出る、感情を押し殺した悲しみの呻きであろう声をオオカミは漏らす。

 長い群青色の毛に覆われた尾は後ろ足の間に収まるも、その瞳には強い意志が満ち、引けぬ意志が宿っている。


 ――彼らは、今から親を……殺すのだ。


 ――種も知能も関係ない。この場には――戦士(モノノフ)しかいない。


 ――だから、答えるのだ。


 私、も……()()()()()――


 もう何度上げたか分からない咆哮では無い。

 はっきりと自らの意思で、咆哮を上げる。

 溜まった熱気を吐き出すために、降ろし所の無い憤怒を押し込められたこの身を、魂の牢獄から精神を解き放ちたいと……。


 ゥウヴォォォォォオオオオオオオ――



 ◇ ◇ ◇ ◇



 槍のように構えた杖から、〈衝撃特化弾(エアースラッグ)〉が機関砲のような音と共に連続して放たれる。

 リーリエの魔術に合わせ、ゼシキは、〈衝撃特化弾(エアースラッグ)〉が通過したことで生まれた一時的な真空の道に矢を射ち込んでいく。

 〈衝撃特化弾(エアースラッグ)〉の通過した道には、ゼシキの放つ矢の進行を邪魔する物質は、魔力も純粋性物質も共に限りなく低く、放たれた矢はいとも簡単に、音速を突破し初速と終速の差無く、目標へと到達する。


 「……」


 「……」


 機関砲から対空砲へと様相を変化させ始めた暴れ狂う杖を、渾身一突きを放つ槍の如く地面を踏み締めて御し、〈衝撃特化弾(エアースラッグ)〉を放ち続けるリーリエと、少し前の光景を巻き戻し映像のように、再現し続けるゼシキは、お互いに無言であり、群体の如く機械の様な的確な動きを見せる。


 ――二人の目的は二つ。


 一つは、汚染体が纏う高密度の魔力を剥がす事。


 二つ目の目的は、時間稼ぎ。


 視認しづらい攻撃が、巨大なオオカミの頭部に集中する。

 魔力を有した指向性の衝撃波が、巨大なオオカミの纏う魔力と激しく接触し、起こりうる魔力を有した物理現象(魔導現象)を、幾つもの事象を発生させた。

 光、熱、電気、氷結、空間間(くうかんかん)物質生成、そして――重力変動を……。

 様々な現象へ変換された魔力は、最も変換されやすい現象として、連続して発生する鋭い閃光を生み出し、観る者の瞳を鋭く突きさした。

 明確な質量を伴い始めた閃光は数多の線となり、渦巻くと、変動する重力の波に乗り収束し、加速する。

 密度が足らねば魔力があるのだと、周囲の物質を魔力の有無などの歯牙にも掛けない絶対値(光子)が微細な傷付けていく。

 それらの現象、全てが――質量の足らない重力によるものだと誰が思おうか……。

 発生した現象は、巨大なオオカミに惹かれる様に纏わりつき、体表を纏う魔力を削り減衰させ続けている。

 ただ、魔力による変換は、通常の物理法則とは異なる反応を示す。

 故に、此処からは――純粋性物理学の分野では無く、魔導魔力力学の分野であり、どちらも、この世の在り様を解き明かす術である。

 それら全ては、複雑怪奇な法の行使であり、それも、人が定めし法では無く――世界が定めた法の領分。


 巨大なオオカミの体表付近で発生した現象は、魔力が空間中に溶け込む、魔力の自然減衰作用が起こる時間を与えてはくれない。

 自然減衰するよりも早く収束した魔力は濃密であり――無色透明だ。

 方向性を持たない魔力は、魔力の性質に素直な反応示す。

 空間中に漂う物質、全てに反応したがる反物質の様に、節操無く、あらゆる物質と結合しようとする。

 そこに敵味方の概念は無く、渦巻く魔力は、汚染体であろうと、巨大なオオカミであろうと、他の誰であろうと、区別はしない。

 そこに存在するのは――ただのエネルギーなのだから。


 ――だからこそ……。



 ◇ ◇ ◇ ◇



 滅多打ち、その言葉以外が決して合うことの無い光景を、横並びの黒子の上に乗る淡い紫の瞳に移すリーリナ。

 本来無色であるはずの〈衝撃特化弾(エアースラッグ)〉が生み出す、魔力現象の光。

 そこに燃料を投下する様に〈属性矢(エレメンタルアロー)〉を打ち込んでゆくゼシキ。

 二人は無言で、情けという感情も、容赦という感情も知らない機械のように、淡々と幻想的な輝きと轟音を作り続けている。

 そんな二人を尻目に、リーリナは、両腕を伸ばし、まるで死期の迫ったパイプオルガンの奏者の如く、生命の灯火を燃やし尽してでも、最後の曲を弾き切ろうとするかのような、激しさと繊細さを同時に住まわせる指捌きで、何かを演奏するリーリナも、また――無言だ。

 この場に、魔力を直接視認することの出来る者が居れば、リーリナの指が何を演奏しているのか、ハッキリと分かった事だろう。

 彼女の指が弾くのは決して鍵盤のような軽いものでは無い。

 軽く伸ばし、拡げられた指先からから伸びるのは、普通の目を脳では認識できない七色に輝く魔力の線だ。

 より、正確に言えば、見る者の位置と光の角度。

 そして観る者の認識の仕方によって、見え方が変化する無色透明を基本とした低純度の魔力の線だ。

 それらが糸の様に伸び、三人と二十二体のオオカミへと繋がっている。

 その光景は、幻想的という一言に尽きる。ただ、その一言だけで言い表すには、余りにも勿体無い。

 光り輝く七色の線は、一瞬足りとも同じ色を浮かべることは無く、常に変化し続けるその様は、波と波とがぶつかり、形作られる青海波の様であり、伸びる線一本一本がリーリナ一人に集まる様は、さながら光り輝く根を張る木か、それとも、二十五の生命を操る人形遣い(マリオネッター)か……何方にしろ、幻想的な美しい絵画の如き世界が広がっている事に違いはない。

 もし、この絵に題名を着けるなら――”信頼と信用”と、呼ぶべきだろう。

 三人と二十二体のオオカミの体表の表面に繋がれた魔力の線は、対象の表面を生き物のように滑べり、危険が迫った対象には、繋がった魔力の線を張り詰め緊張させる事で、危険を知らせ、迫りくる攻撃を不可避と判断された対象は、攻撃範囲から距離を取らせるべく、繋げた魔力の線を強く引き緊急回避を行わせる。まさに人形遣いそのものだ。

 だが、人形遣い(マリオネッター)は支援のみの職業ではなく、リーリナ自身その様な支援のみに徹する性分では無い。


 パァンッ!!


 突如乾いた音が響く。


 リーリナは、決して大きいと宣言できない自らの胸の前で両手を打ち合わせ、大きな乾いた音を響かせたのだ。

 乾いた音を響かせた彼女は、両手の五指を綺麗に指先まで伸ばし、揃え合わせると、右手の指先から伸びている十三本の魔力線を全てを左手へと移す。

 後に残るのは、手持ち無沙汰となった右手だ。

 リーリナは暇になった右手の指を曲げ、黒板を引っ掻く悪戯っ子のように、指の形を第二関節から曲げ、鷲掴みに似た形にし――


 「〈鎌喰ラウ蛇〉!!」


 大声で叫び周りに周知させたリーリナの右手五指の指先には、直径一センチほどの魔力線が誕生した。

 誕生した魔力線は、一度の瞬きの間に長さを急速に変化させ闇夜に消えた。


 「はぁぁぁぁぁァァァアアアアアッッッッふッ!!」


 今や、前に伸ばした左腕で指先から伸びた二十五本もの魔力線を制御するリーリナは、片手を伸ばしバランスを取る槍投げの選手の如く、左腕を前へと伸ばし右足を後ろへと弧を描く様に引き、左半身になる。

 右腕を腰よりも下へと下げ、気迫と共に上弦の月から下弦の月へと弧を描きながら、右後ろ足で地を蹴り、体側を左前から右前へと入れ替え、大腿筋と背筋を総動員し、全身運動で前方へと――巨大なオオカミへと振り下ろす。

 

 ――ッフィィィィィィィィィイイイイイイイイイイイイ


 捌き切れない水量に悲鳴を上げる発電機の様な、思わず耳を塞ぎたくなる金切り音が闇夜に響き渡る。

 マーカス、ゼシキ、リーリエに動じる様子はない。が、オオカミたちは別だ。

 薄氷を踏む綱渡りに僅かな怯えが生じる。

 生じた怯えを見逃してくれるほど、相手は甘くない。

 例え、対空砲の如き、魔術と人力の砲火に曝されていたとしても――アレは動く。

 自然界において、あまり聞くことの無い異音が尻尾を下げるオオカミを作り、軽自動車の車高より大きな口を作る。

 怯えたオオカミは、一体では無い。

 汚染された巨大なオオカミの右側面、リーリナの行動を巨体の陰に入ったことで、見ることの出来なかったオオカミたちだ。

 移動しようにも筋肉を少し動かすだけで飛んでくる衝撃に足を縫われて尚、汚染された巨大なオオカミは、その大きな首と頭を動かした。

 甘噛みでも無く、食べる為でも無く、殺す為に、牙を剥く……忘却の露へと消えた、自らの子らに。



 ◇ ◇ ◇ ◇



 リーリエとゼシキの奏でる轟音は、途切れ途切れの異質さを奏でているが、まだ理解の外では無い。

 問題なのは、今もまだ響き渡る怪音であり、ふた息と短く吸う間に、怪音は距離を詰め迫りくるのが分かる事だ。

 耳を澄ませば怪音が一つでは無く複数だと気づくだろう。 重なり合う怪音は、相乗効果を生み、此方に近付くにつれ、物理的な重みとなり、震わす大気の圧力は、精神的なのか肉体的なのか気にならない程に、重みを増す。

 もう限界だと、悲鳴を上げる発電機の如き怪音は、音階を上げ迫りくる己の存在を主張する。


 フゥィィィィイイイイイイイィ……ィィ……ィ……ふゅぅぅ……――主張は唐突に下げられる。


 あれ程までに、騒音を撒き散らし喚き散らし、訴えてるべき主張があるのだと、耳をつんざく怪音であったと言うのに、それらが嘘であったかのように、今やマーカス達の発する音しか聞こえてこない。

 それもかなりの轟音ではあるが、あの主張に比べれば、可愛いものだ。

 だか、それでも間違いなく気配は存在し、重圧も消えていない。

 怪音が消えた直後、リーリナの背後、地表より五十メートル程の高さに、尾引く鈍く赤い光が五つ出現した。

 突如現れた五つの光は、眩い赤い光と共に、音も無く無言で弧を描き、突き進む。

 その様子は、一見先程の怪音とは無関係にも思えるが、瞬き一つする合間に、古めかしい映写機が映し出すコマ割りの大きな映像のように距離を詰め、迫りくるその様は、恐怖と圧力以外の何物でもなく、この光は紛れもなくアノの怪音、其の物であり、正体なのだと、音が聞えずとも納得させる。

 だが、此れは、五感による判断では無い。それでは遅すぎるのだ。

 これは、人のみならず、一定以上の知能を有する存在なら持っている感覚概念であり、ある種の器官による働きだ――第六感という種を解き明かしてしまえば、なんてことの無い機能。だが、使いこなせれば、外ではなく内に作用する強力極まりない力となり、その応用性は多岐に渡る……そんな感覚概念だ。

 刻一刻と、姿を変え距離を縮める赤い光の移動距離は、一秒という時で測るには大きすぎ、変化する距離に合わせ、光は自らの色を変化させた。

 始めは鈍い赤から薄い赤、次に黄色掛かった赤から橙色、黄色、薄黄色、薄緑、緑、青、天色、白縹(しろはなだ)、そして、今や白より白い、純白へと至る。

 眩いの純光の後ろには、同色の尾が髪のように長く棚引いている。

 長く光る尾を棚引かせ、弧を描き落下する白光のその様は、圧縮断熱によって焼き削られ、命を散らす隕石の様にも見える。

 事実、純光より棚引く尾の周囲には、純光の核を形成しているであろう無数の欠片が舞い散り、棚引く尾の作り出す対流によって、渦巻きながら熱に焼かれ淡紅色(たんこうしょく)の輝きを生み出す様は……何処と無く散りゆく桜の如く、儚さすら感じる。



 ◇ ◇ ◇ ◇



 「~~~~!! キャンッ!! ――キャキャァンッ!! ッキャウゥゥゥゥゥ……」


 夜闇を引き裂く悲鳴が、突如、響き渡る。

 ただ、その悲鳴は、人では無く獣の泣き声に近い。

 それもイヌ科の動物が、恐怖と痛み、苦痛を訴える時の、悲痛な悲鳴だ。

 響き渡る悲鳴は一匹では無く、数匹の悲鳴が重なり合い、より悲痛さを増している。

 周囲の騒音と比べれば非常低い音量だが、悲鳴は何故か、騒音をものともせず、岩に染み渡る蝉の声のように、抵抗無く中耳を揺らす。

 オオカミが空を飛んでいる、悲痛な悲鳴の上がった方角へ視線を向けた者なら、誰もがそう思った事だろう。

 現にオオカミたちの体は、緩やかな曲線や鋭い曲線を描きながら高度もまばらに、汚染された巨大なオオカミの頭部を含めた全高よりも十メートルは高い位置を、()()()()()

 空を飛んだオオカミたちが居た筈の場所には、巨大な咢が無理くりに伸ばした首と共に、地面を平らげ顎先で削った痕跡が残っていた。

 間一髪、オオカミたちは空を飛ぶことで、自らの生んだ怯えの隙を、回避したのだ。

 ただ、当のオオカミたちの表情は優れない。

 それは、別種族である人間にも、はっきりと判る程に、怯えと苦痛、そして、恐怖に歪んでいる。

 そう、オオカミたちは新たな精神的苦痛と、肉体的苦痛に直面しているのだ。

 当然、オオカミたちが、こうして宙を舞うのは彼らの意思では無い。

 宙を舞う七匹のオオカミたちの目を、一目見ればわかる。

 その瞳には、「どうして?」、「何が?」、「え!? なんだわん?」と、そう訴える眼差しが、見て取れるだろう。

 それに何より、宙を舞うオオカミたちの体勢は、お世辞にも安定した空力姿勢をとっているとも、飛行に適した体形をしているとも言えない。

 あるオオカミは、夜闇の中でも星明りに照らされ、群青色の美しい神秘的な輝きを纏った群青色の長い毛をなびかせる尻尾が、弦を張ったバイオリンの弦のように、ピンっと、伸びている。

 まるで、尻尾だけを誰かに後ろから引っ張られているかのような姿勢だ。それもかなり強い力で、だ。

 少なくとも、その姿勢で宙を舞うオオカミたちが数体。

 また、別のオオカミたちは、首の付け根の背の辺りから、くの字のように折り曲がった姿勢で、宙を舞っている。

 その姿は、無理やり散歩に連れ出されそうになり散歩に行きたくない、と四つ足で立つことすら拒否した犬かのようでもあり、散歩から帰りたくない、まだ散歩したいと訴える犬のようでもある。

 将又、もう疲れた、歩きたくない、動きたくない、と飼い主の引っ張るリードに対して、歩くことを拒否し、抱っこしてくれと、四肢を地べたに放り出して寝転がる犬のようにも見える。

 だが、実際はそんな可愛らしい者は無い。

 尻尾の付け根に、胴体の体重を全て預け飛ぶ者。

 首に縄を掛けられたような状態の中、首一つで体重を支え飛行する者。

 彼らの飛ぶ姿は、大まかに分類すると、この二者に分けられる。勿論、他にも奇抜な飛行技術を見せる(勇者)もいる。が、そのすべての者たちが、これは自らの意思では無い、と瞳と悲鳴が誰にと無く、訴える。

 動物が大好きな集団で無くとも、何か思う処があってもおかしくない。そんな光景が、燦然と輝く五つの純光の通り道で行われている。


 (……仕舞った。このままじゃ、攻撃軸線に空中で……ランデブーかな)


 リーリナは、自らの攻撃〈鎌喰ラウ蛇〉の予備動作の最中に、オオカミたちに迫る汚染された、彼らの元・長の咢に気が付き、彼ら(親子)を悲嘆な末路から救おうと、勢いに乗り始めた〈鎌喰ラウ蛇〉の予備動作を、そのまま有効活用した。

 真っ直ぐ前に伸ばしバランスを主に取っていた左手を、体の向きが左半身から、左足を素早く後ろへと弧を描く様に引きながら右半身へと転身した際の回転の力を利用し、狼たちに接続している魔力線のみを張り詰めさせ、空中へと引っ張り上げ回避させると同時に、残りの危険でない者達に接続してある魔力線を大きく緩め、たわますことで遊びを作り、回避中のオオカミたちの魔力線に巻き込まれない様に制御したのだ。

 あまりにも短い時間の出来事だ。

 本来、生物は考えてから実行に移すまで、一定のタイムラグを要する。

 人なら、指を動かすと考えた場合、常人を対象に約0,7秒前後。

 鍛えた者なら、約0,4秒前後まで縮められる可能性がある。

 これは、電気信号の問題というよりも、脳の情報処理速度と神経、筋肉の収縮の問題だ。

 此処では、信用性の問題で認知神経科学における自由意志の問題は、置いて置くが、それにしても、リーリナの反応速度は……速過ぎるのだ。異常と言っても過言ではない。

 オオカミたちに迫る危険を視認してから、脳が認識し反応し判断し神経細胞が命令を伝達し筋肉を動かすまでの速度が、どれ程、遅く見積もっても、0,1秒と誤差が無いのだ。

 つまり――リーリナは、認識した瞬間には……もう動いていた、という事だ。

 これは、電気信号による作用では無く、魔力によるものと考えられているが、実際には違う。

 電気信号でも無く、魔力による作用でも無く、魔素と呼ばれる物質の働きによるものであり、量子力学おけるEPR結合に似た作用によるものだ。

 これは、意思を持つ全ての存在が等しく有する物質であり……■■■■■■■■■。

 そして、魔素は、魔力以上に、認識する術が少なく、その上に、魔素という物質そのものを知る者は少ない。

 それに何よりも、魔素、其の物の性質が、意思を有する存在に対しての、LD50(半数致死)万分の一以下の劇薬であると同時に、特効薬とも成りうる……拒絶する事も、否定する事も、拒否する事も出来ない、必須要素なのだ。

 そして、再び、リーリナは判断を下す。

 オオカミたちが攻撃軸線に引っ掛かったと認識した瞬間、刹那よりも小さく、六徳よりも小さく、虚空へと至ろうかという速度で……。


 悲痛な悲鳴と共に空を飛ぶ彼ら(オオカミたち)の現在はと言うと、重力に従い自由落下の最中だ。

 いや、だったと言うべきだ。

 絶賛飛行中のオオカミたちは、再び強い力で引っ張られた。

 だが、今度は、悲痛な悲鳴は上がらない。

 オオカミたちが自らの身に起こっている事を理解しているからではない。

 痛いと、苦痛に歪んだ悲鳴を上げるよりも早くに、空中に浮かぶ彼らは、進行方向へとさらなる加速を得――「ドンッ!!」と、まだ建って居る半壊した建物に着弾した。

 あるものは綺麗に建物内部に突入し、あるものは建物の外壁に突き刺さり、尻尾だけが外に見えている。

 また、あるものは、頭隠して尻隠さずを体現している。

 だが、前足や後ろ脚、尻尾が自ら揺れている事から、生存が確認できるが、その目は、潤み何かを訴えている。が、リーリナには、そんな彼らに答える余裕はない。

 左半身から右半身へと転換した半身の勢いを殺さず、さらに全身の筋肉を一斉に動かし、地面に跡が残るほどの加速を得て、下がる。


 「ふぅゥゥゥゥゥ……すぅうう……はァアアアッ!!」


 四メートル程後方へと下がった瞬間、喉の奥から唸るように深くから吐き出していた息をリーリナはまだ肺に一定の酸素がある内に止め、無呼吸状態による筋肉の硬直、ヴァルサルヴァ効果を利用し一時的な筋肉の出力を向上させる。

 だが、それではまだ足りぬと、喉の奥から、径の大きな風洞をや洞窟から抜ける風の如き、重々しい声を吐き出し、鷲掴みに広げた右手の指を、空間でも引き裂こうとするかのように、力任せに後方へと振り払った。

 右手の指先から伸びた径の大きな魔力線は、急速に引かれた事で、導いてきた()()の進路を急激に変換させた。



 ◇ ◇ ◇ ◇



 純白へと至った光は、瞬く間に速度を増し、輝きを増し、無言で、目標へと(巨大なオオカミへと)重圧を引き連れ、一気に駆け抜ける。

 たが、目標である巨大なオオカミまでの距離は約五十メートル。

 足りないどころか十メートル近くも、足り過ぎている。

 だからこそリーリナは叫ぶのだ。

 甲高い声では無く、喉の奥底から、腹の奥底から、深く暗い深淵の澱みの中から、此方を覗き見る視線にも似た異質さを伴って、聞く者の心を軋ませる。

 ただの練武修めし武芸者の覇声を持って――これで終わりだと宣言(叫ぶ)する。


 彗星の如き五つの純光は、汚染された巨大なオオカミの頭上を音も無く、音速を以上で通過する。

 純光は、そのままの速度で地表にぶつかるかに思われたが、リーリナの覇声に従い、地表にぶつかる直前で、一斉に急激な方向転換を見せる。

 音が発生しないのは、純光を構成する核を包み込む魔力故だが、物理を蔑ろにした強大な力の付けは、純粋な物理に襲い掛かる。

 五つの純光は、その身に纏う魔力を容赦なく振るい、周囲の貧弱な純粋性物理物質を、分子を押し退ける。

 足蹴にされた物質の速度は、純光の通過した速度と同様であり、純粋性物質を多く含む大気と純粋性物質で構成された大地が、純光の代わりと言わんばかりに、悲鳴を上げる。

 そこにあるのは、ただの純粋な物理現象だ。

 超音速戦闘機よりもはるかに速い、圧縮断熱すら起こして突き進む五つの純光の余波は、大地を大型の掘削機で削ったかのような痕跡を残す。土を構成する様々な元素が瞬間的に莫大な圧力を受け、大地を形作る土は左右に逃げる暇もなく自らを変化させる。

 後に残された純光の軌跡は、星明りに照らされ、宝石の如く輝く結晶構造体の道が出来ていた。


 五つの純光は、自らの通り道の元素を変換させながら直進し、目標たる汚染された巨大なオオカミへと――


 「〈鎌喰ラウ蛇〉ッィ!!!!〉


 リーリナは、〈鎌喰ラウ蛇〉が着弾するほんの僅かな手前で、右半身の腰よりも後ろへと下げた右手の五指を、曲げる。

 リーリナの行使した〈鎌喰ラウ蛇〉は、一定質量と密度の物質を使用者からある程度の距離を離して設置し、後は魔力線を用い攻撃に使用する物質に高度と速度を与え、衛星のスイングバイ航法のように、リーリナが中心点となり魔力線から繋がった物質を、対象に直接、叩き付ける技術だ。

 通常は、ここまでの速度と急激な方向転換を前提に使用する者はいない。

 この〈鎌喰ラウ蛇〉は、リーリナがオリジナルとなる技術〈流星誘導単体降下〉を改造した運用方法で、元々は、上空に一定質量を持つ物質を術式で構築し、直径の大きな魔力線に接続し、魔力線を両手で掴み、剣のように振り下ろす技だ。

 つまり、速度以上に質量の大きさと、構築した質量を誘導する事に焦点を向けた技術なのだ。

 それをリーリナは、改造し新たに独自性を与えたのだ。

 〈鎌喰ラウ蛇〉は、急激な方向転換を行う事で、急速反転による攻撃軌道の先読みのしづらさ、急激な反転による速度の急速上昇、鞭のように振るい初速を得る事で高い加速度と即効性を得られ、発光という副次効果で見る対象の目を眩ませ、速度による圧迫感と言った精神的効果を得た。

 ただし、自らを中心点とするという事は、体に絶大な負荷が掛かるという事でもある。

 一言で言えば、バケツ一杯の水をこぼさないように、腕の力だけで立てに回転させると、支えている腕の付け根と、腕が付いている体は、発生したバケツに掛かる遠心力に負けないように、全身で踏ん張る様な感じだ。

 ただ、ここで問題となるのは、リーリナは、両手で魔力線を握っているのではなく、片手に接続しているのだ。

 それも指一つ一つに直径一センチほどの魔力線を繋げ、〈流星誘導単体降下〉の派生技である、〈鎌喰ラウ蛇〉を使用したのだ……

 いくら魔力を巡らし、纏い、全身を強化した上に、魔力作用によって純粋性物理現象の影響が少ないとは言え、リーリナの指一本当たりに掛かる力は、約140キロ。反転時に掛かる力は速度にもよるが、今回は473キロ前後になる。

 常人なら指が千切れていても、何らおかしくない数字だ。 現にリリーナは、指を抑え痛みを我慢している。

 人が最も使い慣れた部位である指は、器用であり、指の健の強度も筋肉の出力も曲げるという行為に向いている。

 ……が、これほどの負荷に耐えれるようには、通常は出来ていない。

 にもかかわらずリーリナに、この様なことが出来たのは、ひとえに魔力の作用によるものだ。

 動植物が魔力を体内で生成し、体外に存在する空気中の魔力を取り込み、巡らし、纏うという行為を続ける事で、生物としての根本を急速に変化させ、最終的に魔物へと至る様に、人もまた、魔力を生成し、取り込み、巡らし、纏う事で魔物と同じように、人という生物の根本から変化し……魔者となるのだ。

 それがリーリナがもつ、この異常な筋肉の出力、耐久力、そして……認識力の正体だ。

 魔力を使用する者達は、既にある種の進化を、大かれ少なかれ遺伝子レベルで起こした存在と言える。



 ◇ ◇ ◇ ◇



 オオカミたちは、その鋭い知覚と聴覚で、自らの頭上から迫りくる閃光と異質な怪音に気付いている。

 始めに聞こえていた甲高い怪音が、今は静音に近い音量まで下がっただけで、怪音自体が消えていないことも、分かっている。

 だが、司令塔が指示を出さない以上、自らに出来る範囲の役目をこなすだけなのだと――理解している。

 先程仲間が宙を悲痛な叫び声と共に飛んでいったことも、その叫び声の中に含まれる、心配は無いという、微かな響きも、彼らは知っている。

 それに何よりも、……自分ちの長が万が一にでも、人を喰らうような事態になる事だけは避けなければならない。

 例え、同族たる、この身を食らわれようとも、それだけは避けなければならないのだと……畜生の身で在りながら彼らは――理解している。


 ――()()()思い出を、約束を破らせてはイケナイ……


 それが――彼ら(オオカミたちの)の総意だ。

 自らの身よりも、命よりも……


 覚悟を決めているオオカミたちは、あの白い光が自分たちに当たった処で威力が弱まるなどと露にも思っていない。

 だからこそ、戦い続けているのだ。この身が飛び散ろうとも構わないと。むしろ、それで、自らの血飛沫が血煙となり、長の目を眩ましてくれればとすら考えている。

 言葉を持たぬ畜生の身で在りながら――彼らはモノノフなのだ。


 汚染された群長まで、十メートル……七メートル……五メートル……三メートル……


 そこで彼らは、自らの体を荒く引く力を受け気付く、ああ、これは、さっき仲間が体験した経験だと……。


 「キャンッ!!」「キャキャンッッ!!」「キャンキャンっ!!」


 再び、どこかの団体が飛んできそうな声を上げながら、オオカミたちは、先に飛んでいった仲間たちと同じ、二十メートル程の高さの空中散歩を経験する。


 だか、オオカミたちはすぐに黙る事になる。先程まで自分たちの居た所を、純白に輝く光が通り過ぎ巨大なオオカミ()に着弾する様を見てしまったからだ。


 純光の輝きは苛烈の一言に尽きる。

 まだ辛うじて立っていた建物の殆どが、衝突の衝撃により倒壊し、広場の中央に位置していた噴水の水が辺り一面を濡らす。

 純光が地面すれすれに通過した痕跡である結晶構造の道は、水を浴びた事できしむ音を上げ、飛び散る。

 飛び散った破片は空高く舞い。上からは星明りを受け、下からは純光やリーリエとゼシキの放つ魔術と術式の光を受け、七色に輝いて場違いな幻想を作り上げていた。

 僅かな速度と位置の違いが、着弾点をずらし、より凄惨な光景を目に焼き付ける。

 五つの純光は順に、右前脚の付け根に一つ、右脇腹に続けて一つ、残り三つの純光は、右半身に背負った臀部まで、刃長を持つ大剣に当たり、金属と金属をぶつけ合わせた甲高い轟音を響かせ、不発となった。


 ――ヴォォォアアアアアアアアア……ギュィイイィィィイイイイイアアアアアアァァァァぁぁぁぁッ…………


 連続した着弾と同時に、巨大なオオカミの体は、左へと大きく揺らぐ。

 怪音よりも純光の衝突音よりも、さらに人を不安にさせる苦痛に満ちた呻き声を上げた巨大なオオカミに着弾した純光の接触部分は、大きく抉れ剥き出しになった筋線維に皮膚、真皮の瑞々しい鮮やかな色が見て取れる。

 そして何よりも、白に所々を薄い朱と濃い朱で彩られた骨が見えている。


 左側頭部付近に纏う魔力を集中させ過ぎたせいで、他の武器に纏う魔力の密度が低くなったが故に起こった結果だ。それ以外にも、彼ら、蒼の放浪者の者達の使用する魔力がテラ級に変更され、攻撃に使用する魔力の密度が増したからだ。 そのおかげで、汚染体の纏う魔力を突破し、巨体に巡らした魔力をも超える事が可能となったのだ。


 ――ヴォ、ヴォ、ヴォ、ヴォ、ヴォ


    ――シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ


 彼らには情けが無いのか? と疑いたくなるほどの攻撃を与えても、蒼の放浪者の手は止る事は無い。

 リーリエとゼシキの反対方向からの衝撃は絶え間なく、攻撃は巨大なオオカミの体がそれ以上、左へと傾くことを許さない。

 汚染体となった巨大なオオカミの体は、右へ左へと大きく傾くも、すぐに左へと傾き直し正中線を強制的に保つ。


 ――ウットウシイィィィィイイイイイイイ――


 『彼は、彼女は』、体を傷付けられた事よりも、何よりも、左半身に背負った大剣を攻撃された事実に怒りを覚えた。

 その怒りは肉が抉れ、骨が見え、削れる程の傷の痛みより、なお強く、『彼の、彼女の』意識を覚醒へと導いた。


 「押しているぞ!!」


 マーカスは誰よりも大きな声で状況を叫ぶ。

 他の兄弟姉妹とオオカミたちが戦う中、マーカス一人だけが、今のところ戦いに参加していないからだ。

 先程の怪我が癒えていない訳では無い。

 マーカスの構える二枚一組となった一枚の大楯は、心なしか先程よりも全体の歪みが少なくなっているように見える。

 実際、表面の歪みは時間の経過と共に平らになりつつあり、あと数十秒もすれば、歪みは無くなるだろう。

 だからこそ、マーカスは皆が傷付き戦う中、耐え忍び、リーリナの攻撃〈鎌喰ラウ蛇〉に、一点突破力や変則性では劣るものの、範囲、命中率、持続性、において勝る攻撃の準備に取り掛かっていた。

 大楯の裏面の三重ダイヤルを回転させ、文字を合わせる。プレート型・魔力バッテリーメガクラスを排出。

 試験用一テラプレートと入れ替え、さらに、一テラの魔力バッテリー・ボックス型を地面に置いた状態で有線接続する。

 一テラの魔力バッテリー・ボックス型を、四つロープで巻き付けて固定し、自らの体にも三メートル程の長さのロープを巻き付け固定する。


 「これで……よしっと」


 マーカスは、腰に巻き付けた縄の結び目が、しっかりと締まっていることを音で確認すると、大楯の裏面に表示されている魔力残量を示す緑色のケージの隣を指で押した。

 マーカスの指が触れた部分に、アラビア数字が表示され、数が減少している事から、カウントしている事が分かる。


 「27……24……20……」


 マーカスは、ちらちらと減る数字へと目を向ける。


 「15……12……9……」


 減りゆく数字が10を切りマーカスは、「ゼシキ!! リーリエ!!」と、呼びかけ注意を引く。


 「なぁーにッ!?」


 此処に来て初めて口を開いたリーリエは、耳が聞こえにくくなっているのか、自らの放つ”魔術”の発した音に負けないように、〈衝撃特化弾(エアースラッグ)〉の軸線がぶれないよう前を向いたまま、大声で聞き返した。


 「……! ……? …………!? ……??」


 ゼシキも何かを聞いていだが、リーリエと違って〈怯エ震エル赤〉の体勢中は、大きな声を出すことが難しく、小声になる。

 リーリエは、「ゼシキも同じよ~」と、ゼシキの代わりに伝える。


 「完全修復まで、10を切った!! 〈受動型・反応爆破(リプロ―ジョン)結晶(クリスタル)〉を使う!! 反応感度は最大にセットした!!」


 端的に事実のみを話すマーカス。


 「「!!」」


 マーカスの伝達内容に、リーリエもゼシキも少し驚くも、すぐに同意する。


 「高強度〈収束(コンバージェンス)誘導点(マークポイント)〉を使うぞ!!」


 大声で仲間に聞こえるよう報告するゼシキの言葉には、既に決定した事項である事を窺わせる、焦りの声色が含まれている。


 「先にか!?」


 「ああ、先にだ!! 奴の背に直接打ち込む!!」


 「「「!!!!」」」


 「待ってほしいかな。直接打ち込んだ場合は、あちら側の魔力干渉が強くなるわ。それにアレに直接?」


 肉が抉れ骨が見える程の大怪我と言っても過言でない傷を受けたはずの汚染体(巨大なオオカミ)の傷は、既に瑞々しい膜に包まれた真皮まで再生し、再び猛威を振るい始めている汚染体の姿を見て聞き返す。


 「ああ、だから、信号強度のために、例の一テラプレートを丸々一つ使わせてくれ!」


 「「「!?」」」


 借り物の魔力充填プレートを、それも最新型の一テラ・プレートを壊れる事を前提に使用するなど、いくらこの状況とは言え、簡単に判断できない。

 それにゼシキが使用すると宣言した術式は、一テラの魔力量を使用しなければ発動しない術式では無い。

 ギガ・クラスの魔力量でも問題なく発動できる。が、術式〈収束誘導点〉は、設定された同じ魔力周波数を持つ対象同士を磁石のように引き付ける効果がある。

 ただし、魔力信号は周囲の魔力の影響を受けやすいく、発生させる誘導用の魔力周波数信号の強度が高くなければ、大気中に漂う魔力によって信号が阻害され、同じ魔力周波数を持つ対象の誘導が上手くいかなくなる事がある。だからこそ、高い信号強度を得るには、エネルギー源である魔力の秒間消費量が大きければ大きい程、信号強度も強くなり、誘導範囲も広くなる。


 「あなた達!!」


 少し決めあぐねている三人に闇夜より青白い光が現れ、口を利く――


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