表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/14

09 蒼の放浪者 2


「あなた達!! 避難は済みましたよ。何をしているのです? 大規模魔術なり、戦術範囲級なり、戦術特化級なり使えばいいではないですか!? 何を決めあぐねて居るのです!?」


 蒼の放浪者に近付いてきた青白い光は、後ろに二体のオオカミを引き連れ、そのうちの一体の背に乗ったエルザが停滞するリーリナ達に問う。


「……!? エルザさん!?」


 まさか避難したはずの人物が戻って来るとは思ってもみなかった蒼の放浪者の者達は、みな驚くも、自らの役割を果たしながら、エルザに最も近かったリーリナが問うた。


「どうして? 避難したはずじゃ……エルザさんあちらで何かあったのですか?」


 避難させたはずの村人たちの事を心配するも、あちらでの異常は感知していないリーリナは、何かあったと緊張を顔に走らせた。

 リーリナの言葉にエルザは、眉間にしわを寄せ――


「……ミズハ君を見ていませんか?」


「ミズハ君? クウちゃんの弟君かな?」


「ええ、そうです。どうやら、オオカミに乗らなかったのか、それとも何処かで落ちたのか、分かりませんが、第二食料庫に着いた時には、居ませんでした。

 こちらに戻る時も注意して探しましたが、見つける事は出来ませんでした。ですからコチラにと、期待してきたのですが……その様子だと知らないようですね」


「はい、私たちはアレから、すぐに戦闘に入ったので……見ていません」


「そうですか……分かりました。

 それでは、取り敢えず非難が完了したことは伝えましたから、後は貴方達の好きにしてください。ッですが、ギルド出張所は吹き飛ばさないでください。今から私が入りますから」


「今からですか?」


 リーリナは、少し逡巡(しゅんじゅん)する。

 此れから行う攻撃範囲には、……入らないと思うが、それでも万が一の事を考えると、多少は不安になる。

 そんな不安が顔に浮かんだのか、リーリナの細長い眉の尻が少し下がる。

 それを見たエルザは、安心させるように、「大丈夫ですよ。ギルドの地下には倉庫があります。私一人だけでなく十人くらいな十分収容できます。ですから、安心してください。それに、貴方達も知っているでしょう? 都市のギルドの規模を」


 そう聞かれ、リーリナは納得する。

 冒険者ギルド・リッカヒタチは、基本的にギルド職員の安全を第一に考える。

 冒険者が契約による雇われなのに対し、ギルド職員は明確なギルドの職員であり、終身雇用なのだ。

 職員の損亡はギルドの損失。

 職員に万が一の事があれば、その責任はギルドの長であるギルド長に飛び火し、家族に対しての補償と言った類の保証が重くのしかかる。

 ならばこそ、この様な辺境の村に派遣される職員に対する補償と手当ては厚い。

 その上に、この様な辺境に派遣される職員は、個としての強さも求められる。

 安全のためにシェルターも用意され、最低でも一月は籠れるだけの食料と飲料――そして娯楽が用意されている。

 その上、娯楽内容は、派遣される前に予めリスト化して申告しておくと、大抵は用意して貰える。

 その事を昔、エルザから聞いてたのを思い出し、リーリエの顔には納得の色が浮かぶ。

 どれ程の耐久力をギルドの用意したシェルターが持っているかは知らないが、エルザが言う以上は問題ない。と納得するしかない。

 単純に耐久力があるのか、それとも地下深くに設置されているのか、興味はあるが今は、後だ。


「分りました。それではエルザさん。多少、騒音がしますが、お願いします」


 リーリナは、そこまで言って何かを思い出したのか、エルザに振り返り、「エルザさん……一テラの試験プレートを一つ壊します。いいですか?」


 リーリナのその一言に、エルザは一瞬、手を止めるも、「いいも何も、もう作戦は立てているのですね?」、年の計れない美しい顔に、数舜、険しく皴を寄せるも、仕方がないと、諦めたようだ。


 「はい、もうそろそろ、マーカスの大楯の修復が完了しますから、その後は、すぐにでも……」


 エルザは、少し考えこむと、「一テラプレートの識別番号を作戦決行前に教えてください。いいですか? これは必ずですよ」


 念を押す、エルザにリーリナは感謝の意を、軽く頭を下げる事で伝える。



 ◇ ◇ ◇ ◇



 時折、部屋全体を揺るがす程の振動と音が聞えるが、その様な事は、何処吹く風と。

 気にする様子の無い小さな影が、魔術の明かりにの灯りの下、楽しげに揺らいでいる。

 小さな影は、鼻歌交じりに細長い線、少し長い線、さらに短い線と、影の形をころころと変化させている。


 「ふふふ、エルザさんに、こんな趣味があったなんて……」


 冒険者ギルド・ロート村出張所の床下に存在する、避難所兼倉庫の床に胡坐をかいて座る小さな影の正体は、行方不明の筈のミズハだ。

 小さな体を楽し気に揺らすミズハの周りには、きっちりと種類別に整理して並べられた武具と魔動機、そして魔道具の数々が等間隔に所狭しと置かれていた。

 並べられたそれらをミズハは、眺めながら、「これは……駄目、合わない。槍先は決まったから……でも柄が、持ち手が合わない……もう少し見た目が……」


 駄目だと、合わないと言うミズハの表情は、決して言葉通りの表情はしておらず、むしろ理想の槍が見つからないことに、うれしげでもある。

 そんなミズハの膝の上には、非常に大きくな本が乗せられている。

 十歳の子供のミズハと比べてではなく、大人と比べても大きいと言える本だ。

 本は、百科事典程の大きさがあるが、百科辞典ような重厚さや丁寧な装訂は無く、どちらかと言えばページ数の多い料理紹介本や商品案内のカタログ本と言った見た目をしている。

 その証に、本の表紙にはビニール製の少し厚手のブックカバーが掛けられ表紙の内容がよく見える。

 表紙は、安っぽいと言ってしまっては何だが、よくあるプリント印刷された写真と文字の並んだ構成になっている。

 表紙には、大きく『天瞳歴二百四十四年度版・無機型・魔導武器販売一覧本』と書かれ、間違いなく商品販売のカタログ本だと、分かる。

 槍から目を離したミズハは、厚いページ数を誇る『無機型・魔導武器カタログ』を開き、ページを二、三枚(めく)り始めた。

 ページを捲るごとにミズハの手は早くなり、独り言の数も少なくなる。

 カタログ本の十ページ程まで読み進めるとミズハは、夢中になり、一心不乱にページを読み進めた。

 『天瞳歴二百四十四度版・無機型・魔導武器カタログ』の表紙の中には、人か書いたとは思えない歪みも何もない機械的な文字が広がっていた。文字には活版印刷のように活字ごとの僅かな歪みも見受けられない。

 何よりページを構成する紙には、インジェクトプリンターに使用する光沢紙の様な光沢があり、少し光を反射していた。

 ミズハは、床に並べた武器と見比べ、自分が使うのならどの武器が良いか、槍の刃と持ち手の組み合わせはどれが良いかと、想像を膨らませながら、本を読み進める。使う使わないは別にして、だ。

 ミズハは、ただこうして、冒険者ギルド出張所の隠し部屋の石床に、エルザの個人所有と思われる武器と魔動機、そして魔道具の数々を床に敷いた風呂敷の上に、自らのコレクションであるかのように、綺麗に等間隔で並べて眺めるだけで、満足している。

 膝の上に乗せた『無機型・魔導武器カタログ』の開かれた頁には、手に持つエルザのコレクションの内の一つと思われる槍の説明が乗ったページが開かれている。

 小さな指で、文字をなぞりながら読み進めるミズハの顔には、ニヤニヤと頬を緩ませた締まりのない純粋な表情が浮かんでいるが、ただ、それだけだ。

 手に持つ槍や、床に敷きならべた武器を手に、あの穢され、汚染体となった巨大なオオカミと戦おうという気はない。

 さすがのミズハも、アレに勝てるとは思っていない。

 たまたま避難した先に、興味の引かれる武具と魔動機、魔導具の数々が置いてあり、避難して手持ち無沙汰になる中、暇つぶしにと、無断ではあるが、こうして気に入った武具を保管された棚から取り出して、『無機型・魔導武器カタログ』と、照らし合わせながら妄想を膨らまし、暇をつぶしている。

 ミズハの眺めるカタログのページには、精巧に描かれた武具の()と解説が付き、眺めるだけで時間を忘れ楽しめる内容となっていて、ミズハは、絶賛、脳内ショッピングに勤しんでいる。

 床に並べられた刀剣類や武具の数々は、本に描かれた説明通りの性能を持つなら、とてもでは無いが、この様な辺境の村の冒険者ギルド出張所に、在っていい類のものではない。

 本の説明によれば、ミズハの持つ槍は名を【青海波・平三角造り素槍】と言う。

 外見は、その名の通り、槍先が三角柱の刀身と先端が三角錐で構成された造りの刃を持つ平三角造りの槍だ。

 穂先の刃文は、重なり合う川の流れを数本の線で表したような刃文・簾刃になっているが、通常の刃文の様な地肌に浮かぶ色は鉄の鈍色では無い。

 浮かぶ色は、焼刃の後である線ごとに異なる濃淡の深い海の青を基調とした波紋が、槍穂には浮かんでいる。

 柄は通常の槍とは異なり、円形では無く楕円形となっており、三角柱の槍穂の角と楕円の才松園の一つが一致するような造りとなっている。

 カタログの説明によると、この槍穂に接触した対象の熱を、”奪う”と書かれ、説明文の下の方には注意を引く為か赤い蛍光色で、こう書かれている。


「【使用上の注意】

 この槍の槍穂を素手で触らないでください。

 槍穂に組み込まれた術式の熱吸収原理は、通常の冷却作用とは異なります。

 この忠告に従わず槍穂に接触した場合、当製品に問題がない限り、”故意”、”不注意問わず”、お客様の責任となり、当ギルド・シモツキに責任の一切は無いものとします。

 尚、製品上の問題点及び改善等ございましたら、お気軽に当ギルドへご一報ください。

 参照になりました、ご意見に関しましては、金一封も考えております。

 ギルド・シモツキは、お客様のご意見によって成り立っており、ギルド職員一同、お客様のご意見を、心待ちにしております」


 カタログの説明文の最後にわざわざ書かなくてもと、思わなくも無いが、訴える人間に対する対策としては、致し方が無いのだろう。裁判対策は重要だ。

 だが、この内容では、いささか甘いと言わざるを得ず。裁判になれば負ける気もするが、ミズハは気にしていない。

 そもそも子供に裁判は、縁遠く理解もしていないのだろう。


「……直接触るのは、危険」


 四十センチ前後の穂先を持つ中身槍の穂先に伸ばそうと考えていた手を、引っ込めるとミズハは、思案する。

 十秒ほどで、何か思い付いたらしく、二メートル前後の柄を持ち、エルザのベットに青白い波紋を持つ穂先を向け……えいっ、とベットの上に無造作に置かれたエルザの下に付ける下着を突っついた。

 槍穂が接触した明るい緑色の薔薇のレースがあしらわれたエルザの下着は、一瞬で柔軟性を失い、見る見るうちに下着の周囲に存在する大気中の水分と結合し、夏場に冷凍庫に放り込んだ下着に似た状態になった。

 槍穂で少し押さえてみるとそのまま下着は、シャリッと言う音とともに、クシュッと押し潰れ、さらに槍穂が接触したことで、完全に凍結しパリパリになりオゾンのような臭いが漂い始めた。


「……どうしよう、エルザさんの下着。それに、ちょっと臭いが漂ってる……はっ、アイスをこぼそう!! そうしたらこのエルザさんの匂いも……誤魔化せる!! 扇ぐもの……扇ぐものっと」 


 そう決めるや否や、ミズハは勢いよく立ち上がり、部屋の中を見回して、漂うオゾン臭に似た臭いを拡散させ誤魔化すべく、扇げるモノを探し始めた。


「それほどまでに臭いがきついのであれば、消臭魔道具を使ったください。

 そこの棚の三番目の引き出しの中にあります。それに、槍を持ったままだと危ないでしょう? 私が代わりに持ちましょうか、ミズハ君?」


 槍を肩に担いだミズハの背中に、布団を引き剥がされた真冬の朝の寒気にも似た背筋を震わすゾッと、する声が掛かる。


「あぁぁ……」


 気の抜けた……喉の奥から破裂し損ねた風船から漏れ出たような力の抜ける呼吸音が、まだ未発達のミズハの声帯から漏れ出した。


「……」


 ミズハの後ろに立つ人物は、何処までも澄んだ秋空のように穏やかな雰囲気を纏い、優しくこちらを気遣う声を掛けてくれた。だが、秋空とは厳しい冬の到来を示す前触れに過ぎない。

 だから、ミズハは覚悟を決め、勇気ある一言を放つ。


「ミザル、イワザル、キカザル」



 ◇ ◇ ◇ ◇



 「9……7……4……完了した!!」


 マーカスは大声で大楯が完全修復したことを、周囲に知らせ、裏面に有線接続された数本の魔導線を、勢いよく後方へと放り投げた。

 たわみながら地面へと落ちた魔導線の束は、マーカスの足元に隙間を作り、動線を確保する。

 大楯の修復完了を告げるマーカスの大声が響き渡ると、巨大なオオカミに攻撃を受け続け大きく凹み歪んだ大楯は、もう、そこには存在せず、あるのは、新品同様の見た目をした大楯だ。ただし、先程とは異なる点が一つ。

 それは、大楯の表面を五センチほどの厚さで覆う青い半透明の結晶だ。

 結晶は、大楯の表面に一辺が五センチほどの板チョコの様な台形のブロックを形成し、表面を埋め尽くしており、時折リーリエとゼシキの攻勢の光を反射した。

 形成された結晶の中には、〈リプロ―ジョン〉の発動状況と似た赤では無く緑に発光する線が複数伸びている。

 伸びた線は、大きく分けて二種類。

 大楯の中央・赤い円から伸びた線と、大楯の縁から伸びた線の二種類だ。

 線は、二種類一組となってブロック一つ一つに接続され、プリント基板導線が繋ぐ集積回路の様相を呈している。

 結晶を間近でよく見ることが出来れば、ブロック一つ一つに大楯の中央と縁以外にも、ブロックの真下からも中央と縁と同様の赤と緑の二種類の線が格子状に繋がり、一ブロック当たり四本以上の線が繋がった複雑な構造となってい事が分かる。


「……こちらは準備が出来た。いつでも攻撃可能だ」


 そう宣言したマーカスの声は、今から攻勢を仕掛ける者の声とは思えぬほどに、感情の起伏が少なく何処までも澄んだ凪ぐことすら忘れた湖の様な静寂を纏っている。

 少し傾斜を付け大楯を地面に食い込ませたマーカスは、前傾姿勢を取り、踏ん張りの利く態勢となると、静かに額を大楯の裏面に――押し当てる。

 その姿は、信じる何かに祈りを捧げる敬虔な信徒の様であり、精神を統一せしめんとする修験者の如き姿とも、見て取れる。

 十秒ほどの時が立ち、マーカスは、光を遮っていた目蓋をゆっくりと開いた。

 内に溜まった熱気を吐き出す様に、息を深く息を吐き、両腕を大きく広げ、大楯の左右の取っ手を握り、締め直す。

 左足を体へと引き付けながら、右足を伸ばし、地面を踏み締め、大楯に少しもたれ掛かった前傾姿勢となり、大楯を支える。

 最早、そこにはマーカスと言う一個人は、存在しない。

 存在するのは、人として感情を精神の深みへと沈め、刹那の命令を待つだけの――固定砲台だ。


 「……もう出来たのか……アレ(無念無心)は自力だと難しいからな」


 スキルのサポート無しに、精神の深みへと足を踏み入れたマーカスを横目に、そんな感想を漏らしたゼシキの耳に、空気を震わす振動の波が届く。


「…………番号!?」



 ◇ ◇ ◇ ◇



 エルザは目の前には、床にペタリという擬音が似合う座り方をしたミズハの姿があった。

 ミズハは、今年度版の『無機型・魔導武器カタログ』を膝の上に乗せ、先日届いたばかりのエルザの武器コレクション一つとなった槍とカタログを見比べ嬉しそうに独り言を、つぶやいている。

 無断侵入を叱るべきか、それとも人の物を勝手に触っている事を叱るべきか、決めかねているとミズハは何かを思いついたのが興奮した口調でさらに何かをつぶやき始めたので、エルザは、もう少し観察する事にした。


(それにしても、あの汚染体のせいですね。

 見られても問題は無いのですが、こうも、あの程度で、扉が破られると言うの問題です。

 ですが、まぁ……この子が無事だっただけ良しとしましょう)


 そんなエルザの気持ちも知らずにミズハは、思い付いたことを行動に移した。

 自ら土壇場に立つことになる発言とも知らず、この槍の所有者が後ろにいる事にも気が付かずに……


「……ちょっと臭う? エルザさんの下着」


 都市部のギルドと違い、辺境のギルド出張所にある娯楽は少ない。

 そんな少ない娯楽の内の一つが、こうして月に一度のお給金が入るたびに、カタログと睨めっこして何を買おうか悩み、一週間ごとに一つ届く様に四つ選んだ商品だ。

 結果、使えないものを購入したと、後で後悔するといった散財の流れになる事もあるのだが、娯楽としてはそれなりに楽しめ、精神の安定にも貢献している。

 そうして、悩み購入した先日届いたばかりの個人カスタム仕様の【青海波・三角平造り・素槍】と、誰に見せるでもなく、似合うかどうか迷いながらも購入を決めた、上下の少し頑張った下着一式。

 辺境での数少ない娯楽は、より楽しい娯楽を知るものを苦しませ苛ませる。

 今回の配送は運悪く、二つ同時に届いてしまった。一つだけ開ければよかったのだろうがエルザは、届いたばかりの商品を二つとも、開けてしまった。

 その上に、誰もみないと槍は壁に立て掛け、下着は別途の放り投げたままにした。それがいけなかったのか、ミズハがいけなかったのか、ミズハはどちらも使用し、片方を駄目にした。

 エルザの目の前で、おそらく元には、もう、戻らないであろう未使用の下着が、異臭を放ちながら変化してゆく様を、見守る事しか出来なかった。様子を見ると選択した時点で失敗だったという事だろう。

 可愛がっているミズハが、こうして楽しみにしていた娯楽の一つを駄目にしてしまった事は、もう仕方がない。

 無断侵入は、この状況では仕方がなく、楽しみにしていた商品を駄目にしたことも、許せる許容範囲内だ――だが、この「ちょっと臭う? エルザさんの下着」発言だけは、許容範囲外だ。

 雰囲気の変化か、それとも空気の流れが変化したことで、人の気配を感じ取ったのか、ミズハは私に気が付いた。


「ミザル、イワザル、キカザル」


 そう発言すると、ピタリと口を閉じた貝の様に静かになった。

 ミズハが、()()()で何かを言った事は分かったが、その意味までは分からない。

 ただ、それでも、(猿が三匹? これは何を示しているのです?)

 本来なら、ここでお仕置きの一つでも、お説教の一つでもしたいのだが、今はその余裕がない。


 ――だから、エルザは端的に済ませる事にした。


「……ミズハ君、この槍は好きにしても構いませんが、槍穂には、直接触っては、いけませんよ? この子を持ってください。私は少し準備がありますから……いいですね?」


 こくこく、とミズハは頷くと、エルザの槍を大切に抱きかかえた。


(……見つかった。お説教は確定かな……)


 そんなミズハの心配を他所に、エルザはミズハの目の前を通り過ぎると、白を基調に表面に金、緑、赤、黒の正方形の線を幾何学模様を配した大きな斧頭を持つ戦斧(バルディッシュ)が、保管されているガラス張りの棚の隣に置かれたクローゼットに手を掛ける。


「!! あっ、……エルザさん!!」


 エルザは、ミズハの目の前でクローゼットの扉を開くと、ギルド支給のロングドレス状のワンピースに似た制服を脱ぎ始めた。

 抵抗なくすぅぅぅと、エルザの体の線に沿ってギルド支給の制服であるワンピースが床に落ち、とぐろを巻く。

 ワンピースの下には、もう一枚薄い一体型の服を着ているのだが、あくまで薄く体の線を隠すには至っておらず、むしろ中途半端な隠し具合が、より鮮明に体の線を強調していると言える。

 制服を脱いだ彼女の肢体は、普段のゆったりとした着こなしの制服姿からは想像も出来ない、大ぶりの梨ほどの大きさの山が二つ、抑圧から解放されゆったりと三度ほど揺れると、落ち着きを取り戻した。

 

 物心の付く前から、託児所的に彼女に預けられた事のあるミズハは、粗相をするたびにエルザの膝の上に乗せられ、泣きながらお説教を受けた記憶がある――つい最近もあった様な気もするが――大抵、お説教の後には、抱きかかえられながらあやされるのだが、そのお陰でエルザの体付に関する大体の想像がミズハには付いていた。

 が、やはりこうして服越しとは言え、直視するには恥ずかしいものがある。

 ミズハは、今年で十歳になる。こうも大胆に着替えられると、見てもいいのやら目を背けるべきなのか、迷ってしまう。

 そんなミズハの迷いなど知ってか知らずか、エルザはもう一枚の服も脱ぎ、床に積雪のような重なりを作る。

 下着姿になったエルザは、重なり山を形作るギルド支給の制服を跨ぎ、器用に足の指に引っ掛けると――普段ミズハがしたならば確実に、注意する行為を――大着にもミズハへと蹴り放る。


「わっぁ!?」


「ミズハ君、適当なハンガーにかけておいてください」


 そう言うと、エルザは、クローゼットを物色し始めた。

 二枚の制服を脱いだエルザの下着姿は、お世辞にも可愛いとも美しいとも判別の付かない、下着なのかすら判別の付かない微妙な衣類を身に着けていた。

 エルザの身に着けている下着らしき衣類は、厚さが一ミリほどの青いゴム質のシートを下着の形に合わせて切り取った見た目をしている。

 ゴム質の下着には、下着にあって然るべき機能を果たすものが、幾つか無い。

 本来、下に付けるはずの下着をずり落ちないように固定するための横紐が無く、胸を保護するはずのブラジャーには、胸を支えるための肩紐も胸とブラジャーが横にずれるのを防ぐためのベルトも無く、直角になっている下着の角には、三角形の緑色の光が灯っている。

 エルザの首にも、下着と同じような長方形のシートが巻き付けられ、チョーカーのようにも見える。が、シートの角にも下着と同様の緑色の光が灯っている。

 ミズハが、エルザの下着姿に見とれていると、


「ミズハ君。私の体なら昔、よく見ていたでしょう?

 今更、そのようにまじまじと見つめてどうするのです、ミズハ君がお歳なのはわかりますが……まぁ、いいでしょう。

 取り敢えず、見ながらでもいいので、早く私の服を掛けてください。いいですね?

 私だからいいものを、他の女性の体を、その様にじろじろと見てはいけませんよ。捕まりますよ」


 ミズハは、そう言われ慌てて両腕に抱えた、エルザの服をハンガーに掛け、適当に近くの壁のでっぱりに引っ掛けた。

 エルザの身に着ける変わった形状の下着は余分な紐が無く、彼女の美しい肢体をより鮮明に表現し、体の凹凸をはっきりとミズハに見せつける。

 その上、青いゴム質の下着は、表面の曲線に合わせるように赤と白の薄っすらと光る線が走ることで、より体のラインを強調されて見える。

 女性に興味を持つ年頃になったミズハですら、性的な情よりも、彼女の肢体の醸し出す肉体美を自然と――美しい、そう感じとれるほどに、常人離れした”美”と言う言葉の体現が其処にはあった。

 光の三原色を、帳合い良く混ぜ合わせた健康的な白い肌。

 己が分相応(身長と体重に沿った)に、程良く付いた脂質は、女性らしさを控えめに主張するも、シート状の下着が張り付く、その胸だけは、シートとの間に僅かな段差を作り、

自らを大いに主張する。

 健康的な白さと優美なほっそりとした指を持つ腕は、女性的な柔らかな質感を持つも、うっすらとした線が走り、一定量の筋肉の付いた鍛えられた腕だと分かる。

 脚に至っては、脂質の多さが、その張りを生んでいるのか、それとも筋肉の多さが、その、ももの太さを形作っているのか分からない、つまりに詰まった肉感的な張りのある姿を、現している。

 その太く張りのある魅惑的な力強い足を統制する臀部は、張りはあるが筋肉質を主張するようなものでは無く、瑞々しいうちに詰まった柔らかさによるものだと、顕著な主張を紐の無い肌に張り付くシート状の下着と出来立ての持ちのような肌の作り出す谷が教えてくれる。

 全体的な総合は、総じて女性的でありながらも、自らにかまけ、甘やかし過ぎない、強靭さと柔軟さの併せ持つ――稀有な造形美を生み出している。

 あまりにも、あまりにもエルザの肢体は端正であり優美であり、その造形美は、成長の過程による自然な歪み(アシンメトリー)すらなく――完成されきっている。

 人の手による創作物では無く、彼女の肢体。それは、まるで、――神の造物であるかの如く、完成されていた。

 もっと見てみていたい。という思いもあるものの、足に掛ける重みが変化するだびに、変化するの臀構(でんこう)が産み落とす谷の陰に、気恥ずかしさが勝り見ていられなくなったミズハは、思わずエルザを呼ぶ。


「エ、エルザさんっ、この後は、どうするの?」


「少し待っていてくださいミズハ君。まだ、少し時間が掛かりますから……ふふふふふ、もう少し見ていても構いませんよ?」


 ミズハに背を向けたまま、顔をだけを振り返らせたエルザの横顔には、薄らとした影と微笑が浮かんでいた。

 明かに、からかわれている事は、分かっているのだが、「もう少し見ていても構いませんよ?」と、言う言葉にミズハはどぎまぎしながらも、エルザの言葉を本気にしてもいいものかとミズハは、悩む。


(……これは、確か……何処かで聞いたことのある――罠。どこだったかな~。……駄目だ、思い出せない。でも、確か……そう、踏み絵! 踏み絵だ!! ……それとも、押すな、押すなは、押しましょう。だったかな~。う~ん、確かどっちの結末も、熱かった気がする……うん)


 胡坐(あぐら)をかいて床に座ったミズハは、(くるぶし)の上に禅定印を結ぶように手を置くも、指は組み合わせており、少し上を向きながら、う~んっと唸り始めた。

 深く悩み始めた時に、ミズハがよく見せる姿を取り始めたことに、くすくすと声も無く気持ちよくエルザは笑うと、再びクローゼットへ手を伸ばす。

 クローゼットの中に掛けられた衣服は、どう見ても普段着る様な服では無い。

 掛けられていた服は、大きく分けて五種類あり、それぞれ見た目が分かりやすく異なっている。

 一つ目は、エルザが身に着けている下着と似た素材の服が色違いに数着。

 その服は一言で言えば、シート状の全身骨格標本だろう。

 ハンガー吊るされたソレは、服と言うにはあまりにも隙間の多い構造をしている。

 その服は、一本の太く長い線と、その線の左右から伸びた複数の長さと幅の異なる少し小振りの線によって形作られている。

 線はどれも、エルザの下着と同じように、平たいゴム質のシートで構成され、長方形を基本としていた。

 この服を一言で言うと、平たいシート状の全身骨格だろう。

 無数の平たいシートの内の四本からは、細い五本のシートが伸び、指に合わせている事が分かる。

 残りの服は、かなり解り易い見た目をしている。少なくとも強化外骨格の概念を知るものなら、判別は難しくないだろう。

 エルザのクローゼットに吊るされた残りの服は、機械式もあれば、部位ごとの張り付け電圧や薬物投与による強化タイプの電位差投与収縮式や、有機型人工筋肉外骨格式、単純なボトムアップ式の強化服、繊維張力式と言った類が掛けられている。

 エルザはそのうちの一つ、シート状の骨格標本に似た服を手に取り、先端のT字状になった部分を自らの後頭部に当て、T字状のシートの両端を左手の人差し指と親指で押さえながらシートの角で光る赤い三角形の上に、親指を一秒ほど置いた。

 すると、赤く発光していた三角形の光は、緑光へと変色すると同時に、無数に伸びたほかのシートが独りでに動き出した。

 平たい紐状のシートは、まるで生き物のように一瞬大きく広がり、真っ直ぐに伸びたかと思うと、一気にエルザの肢体へと巻き付く様に、張り付いた。

 一本の長いシートが脊椎に沿って尾骶骨まで波打ちながら張り付き、左右に伸びた線が肩から腕に手に、そして指に張り付く。

 肩より下から伸びるシートは、肋骨の重なり沿って張り付き、エルザの胸を持ち上げ、軽く揺らす。

 肩からの辺りから伸びる別の二本のシートは、肩甲骨を通り、首の左右からY字状に鎖骨を保護しながら胸骨の上に張り付き、胸の谷間に収まる。

 腰から伸る八本のシートの内の四本は、体の前面へと腸骨稜に沿って伸びる。

 二本は骨に沿って足の指一本一本に張り付き、残りの二本は、足の付け根に沿って股下の辺りから一本の線になって、背面に回り込み、お尻の割れ目臀裂を通って恥骨の辺りに張り付いた。

 背面に残る四本のシートの内の二本は、臀部を包み込むように伸び、お尻の重なりである臀構を引き上げる様に張り付くと、そのままお尻から大腿骨に沿って足の裏側に張り付き、踵まで伸びる。

 残りの分岐した二本のシートは、先に前面から伸び張り付いたシートの上に重なり、尾骨の辺りでY字を形成した。

 形成されたY字の分岐点で一つに重なったシートは、そのまま臀裂を通り前へと回り込み、足の付け根から腸骨稜に沿って一周すると、再び背面に戻りY字の分岐点に重なる。

 全てのシートが骨に沿って体に張り付くと、エルザは指と手足を軽く動かし、シートの装着具合を確認する。


「ミズハ君、少し手伝ってください」


 腰の辺りにある僅かな張り付きの歪み気付いたエルザは、軽く笑みを浮かべ、ミズハに頼む。


「……エルザさんも……変質者」


「……変質者ですか? それでは、これからはミズハ君に対しては変質者らしく対応しましょう」


 そう答えるエルザの表情は、ずるく先程のからかう笑みとは異なり、真剣な眼差しでミズハを見詰めると、すぐにクローゼットに向き直り、他の準備を整え始めた。


「!!」


 急な態度の変化に、置いてきぼりになっている感じもするが、取り敢えずミズハはエルザが真剣であることを理解し、彼女の指示に素直に従う事にした。


 正直、エルザの見た目は、恥ずかしい。まだ、水着の概念がそれ程浸透していないせいか、ある種の下着にも見える彼女の姿にミズハは、頬を朱に染めながら目をそらしつつも薄っすらと横目で、脊椎に沿ってお尻の裂け目に伸びるシートの歪みを、摘まんで正す。

 ミズハの頭の中には、恥ずかしいと思える姿のエルザに、そのまま外に出たら犯罪だと、伝えるべきか身内の恥をどう阻止すべきかと、考えを巡らし始めたことが顔に出たのかエルザは、指に張り付く細い幅のシートの張り付き具合を、手を開閉させながら、「ミズハ君、いい言葉を教えてあげましょう――口は禍の元、です」と、ミズハに振り向きながら、そう言った。

 何処かで聞いたことのある言葉にミズハは、は~いと、適当に返事を返すころには、彼女の姿にも慣れ、むしろ身内の恥ずかしい姿に、悩み始めた。

 ミズハへと振り向いたエルザは、新たにクローゼットの中から取り出した足元まで丈のある外套を、大きく回転させて羽織ると、前面のファスナーを閉める。

 彼女の羽織る丈の長い外套は、白、紺、赤、緑色を基調とした滑らかな絹の様な肌触りの生地で裁縫されており、前面の腰の辺りで左右に開く仕様となっている。

 外套と着込んだエルザは、ハーネスに似た装着具を外套の上に装着した。

 ハーネスに似た装着具には、所々に形の異なる硬質なポーチが取り付けられ、蒼の放浪者のリーリエやゼシキの装備に似ている。

 ギルド制服を脱いでから約二分で、装備を整えたエルザは外へと続く階段へと足を掛け――


「ミズハ君、私は少し外へ出ますが、ミズハ君は此処に居てくださいね」


 ――出ていった。



 ◇ ◇ ◇ ◇



 リーリナは、回収できないであろう一テラのプレート型・魔力バッテリーの番号を聞こうと口を開くも――止めた。

 この戦闘音の中で、離れた所にいるゼシキに声を掛けたところで、届くとは思えなかったからだ。

 ましてや、リーリナは汚染体から一番距離の離れた場所であるギルドの前にいるのだ。

 リーリナは、懐の中から小さな白と赤を基調としたメガホンの様な筒を取り出した。

 筒は真ん中の辺りから赤と白に色分けされ、色分けされた中間から、緩やかな角度のくびれが両端に向け発生している。両端の口は、メガホンほど大きな直径は無く、かろうじて円錐になっている事が分かる程度の角度で、筒の開きと角度は、砂時計のように均等になっている。

 リーリナは、筒の赤い口をゼシキに向け、話しかける。


「……番号、番号、よしっ!!」


 〈収束誘導点〉に使用する一テラプレート型・魔力バッテリーの番号を記憶したゼシキは、即座にリーリナに向き直ると、少し常人から見れば気持ち悪いと感じる速さで口を動かし、番号を知らせた。


「Nの65742っと、数字が大きいかな?」


 ゼシキから伝えられた数字を読唇で判別し、数字の大きさに疑問を持つも――


「Nの65742ですね。確認しました」


 そう急に、近くから声が聞こえリーリナは驚いたものの、すぐに気を取り直し、声のする方へと振り向いた。

 そこには、普段のギルドの制服とは異なる戦装束とも言うべき姿に身を包んだエルザが立っていた。

 彼女は右手には、白を基調に、色違いの正方形の幾何学模様のあしらわれた大きな斧頭を持つ戦斧(バルディッシュ)が握られ、斧の表面の白は正方形の幾何学模様を揺らす事無く、磁性流体のように蠢いた。

 左手には、黒と基調に、色違いの円間の幾何学模様のあしらわれた、通常のタワーシールドの幅を半分にした大きさの盾を持ち、この楯も戦斧と同様に、表面の黒が幾何学模様を揺らす事無く、磁性流体のように蠢いていた。



 ◇ ◇ ◇ ◇



「ひぃぃッ!!」


 頭上を数キロはある石畳を構築していたはずの石材が無数に通過するのを、しゃがむことで回避するゼシキの耳には、鈍い風切り音が染み渡る。


「リーリエッ、張力を変える!!」


 飛んでくる石材を、〈衝撃特化弾(エアースラッグ)〉で片っ端から撃ち落とすリーリエの後ろに退避したゼシキは、短く言葉足らずに援護を頼んだ。


「いくつッ!?」


 前を向いたまま叫ぶように、変更する弦の張力を聞き返すリーリエ。


「680ッ!!」


 その一言に、前方の巨大なオオカミへと顔を向け、砲撃の如き魔術行使を行ったまま、「大弓が壊れるわよ!!」と、聞き返す。


「ああ、だが、アレの皮膚を貫通するには、それしかない!!」


 弓使いが、自らの弓を放棄する。という選択をした以上、リーリエには、これに反対する気はない。どの道、これで決められなければ、終わったも同然だ。


「分ったわ。でも、私も術式を変更するから、次に援護を頂戴!!」


 そう言うが早いか、リーリエは杖を右脇に挟み込んで片手持ちに切り替えると、空いた左手で腰に付けたポーチをゼシキへ放り投げる。


「これで援護して!!」


 リーリエは右脇に挟んだ杖を片手で保持したまま、対空砲じみた音と破壊を展開する愛杖(あいじょう)の生み出す――女性人気の高い魔道具を作る事で有名なギルド・ハズキ製のオーダーメイド武器【ホウセンカ】――反動を右脇と片手で制御するという芸当を披露しながら、右手で杖に二つある機械的ギミックの内の一つを操作する。

 操作するのは、杖の前に付けられた四段術式ダイヤルシリンダーだ。

 杖を脇に短く挟み持つことで、暴れ馬の如くブレる〈衝撃特化弾(エアースラッグ)〉の反動を片腕で制御し、右手の親指でダイヤルシリンダーを回転させ、目的の術式に合わせてゆく。


(こうも反動が強いんじゃ……もうッ!!)


 だが、ここでリーリエは気づいていなければならないことが一つあった。が、彼女は気が付いていない。

 カチッ、カチッ、カチッ、カチッ、カチッと、六連装シリンダーが約二十秒ごとに回転しては、次の円柱型・魔力充填地を杖と一直線に並ぶよう接続し、魔力を前方の術式ダイヤルへと送り込む。

 その、最後の一つが接続されてから、既に約十五秒以上経過している事にリーリエは気付いていない――


(くッ、やっぱりお金をケチって手動式のみにするんじゃなくて、音声認識も組み込んでおくべきだったわ。後悔後先に立たず、お金より命。なんて今月のギルド格言……よく言ったものねッ!!)


 愚痴をこぼしながらも親指を四段術式ダイヤルシリンダーの上で滑らせるリーリエは、杖から伝わってくる振動が変化したことに気が付いた。


(ん!? しまった……)


 そう思うが否やリーリエは即座に、後ろのゼシキへ叫ぶ。


「リーボルバーリロォードッ!!」


 六連装回転シリンダーの六つの円柱の筒の中に、装填されていた円柱型魔力バッテリーが、自らに与えられた役目を終え、リーリエの手により、シリンダーごと排出される。


 「まずい」――蒼の放浪者の誰もが、そう考えた。


 絶え間ない弾幕をもって、圧倒的な体躯、魔力、筋力、耐久力、一定分野における知力、といった総合的能力において人を遥かに上回る力を持つ魔物へと獣から変化した稀有な存在である巨大なオオカミの汚染体を動けないように、反撃されないように、その場に縫い留め、一方的に攻撃する。

 其処に戦いという言葉は必要なく、(ほまれ)も何も無い――ただの、卑怯な集団での一方的な”狐狩り”を行っていたと言うのに、肝心の縫い留める火力が二つとも、途切れたのだ。


 ――戦いが始まってから十分近くもの間、鳴り続けていた轟音が止み、人工的な音は消え、複数の獣の唸り声のみが暗闇に響き渡る。



 ◇ ◇ ◇ ◇



 ――まだ、続いているのですね。


 『彼は、彼女は』、目の前で繰り広げられている戦いを、何度目になるか分からない表層意識の覚醒により、見ていた。

 抱く感想は、他人事のようでもあった。事実、『彼に、彼女に』とっては最早、他人事なのだろう。

 受ける衝撃も、光も、音も、熱も――もう慣れた。慣れてしまった。

 意識が目覚め焦点を結んだところで、体の自由は無い。

 自らの体でありながら、自らの意思とは異なる動きをする体。

 その体を撃ち据える、彼らにも、もう特に思う事も無い。

 痛みは無く、恐怖も無く、ただ煩わしい――それだけであり、それだけだ。

 むしろ、一方向から的確に攻撃し、私を縫い付ける手際は、称賛にすら値する。

 一方的な攻撃は確かに煩わしく、頭にも来るだろう。

 だが、彼らは、私と比べ――圧倒的の劣るのだ。

 そんな小さき者達の戦術は見事の一言に尽きる。

 こうして、再び意識が霞の中から抜け出ることが出来たのも、彼らの戦いを見るためだったのかもしれない。

 そんな達観にも似た感情が、『彼の、彼女の』中に生まれ始めた時、突如辺りが静寂に包まれる。


 あぁ、未熟。戦いの中で熱くなり過ぎたのですね。


 彼の彼女の少し先で、杖だろうか? 彼の彼女の知る形状の杖と少し違った見た目と機構を持った杖を脇に構えた女性が、僅かに魔力を感じる魔道具らしき筒を交換しているのが見える。


 そんなモノに頼っているから、そうなるのですよ? 魔力は自力が前提です。


 『彼は、彼女は』、よく今の言葉と似た意味の言葉を言っていた友を思い出す。

 たぶん、何度か思い出しているはずだ。ただ、『彼は、彼女は』、その事を覚えていない――が、それだけだ。

 彼女の未熟さを、少し注意しようと前脚を動かした瞬間、衝撃が走る。


 ――やればできるじゃないですか。


 『彼の、彼女の』目の前には、六連装シリンダーが未装填の杖先を、こちらに向る彼女の姿があった。

 杖先の蕾からは蜃気楼の如き揺らめきと共に、先程と同じ魔術が轟音と共に射ち出されていた。



 ◇ ◇ ◇ ◇



「久しぶりに、これをやったわよっ!!」


 そう後ろにいるゼシキに怒鳴るリーリエは、後ろ手に腰へと手を伸ばす。

 リーリエから受け取ったポーチを、手にしたまま固まっているゼシキは、何かを思い出したかのように一時停止から、動き出す。


(相も変わらず、莫大な魔力量だな。始めから魔力をケチらずに、生体魔力も使えばいいじゃないか……なんて言ったら、魔力放出を受けるな、今じゃなくて後で……)


 マジックローダー


 魔力行使を主とした職業。

 術式の展開速度と魔術の発動速度、応用性ともに魔力職最高とされる職業。

 欠点として、消費魔力量の多さと、術式の起動をローダー――術式を刻んだ魔動機――に頼る以上、装備量の多さが発動可能な魔術の多さと対応力、そして強さに繋がる。

 それ故に、マジックローダーは、魔力系統の職業にも関わらず装備重量は重くなる傾向がある。


 それが、リーリエの職業だ。

 六連装回転シリンダーを地面に放り出し、腰に装着している大き目のポーチ――十リットルほどは入りそうな――から、長さ十センチほどの棒を数珠つなぎにした、給弾ベルトにも似た見た目の魔動機の接続端子を、空になった六連装回転シリンダーの装填口に、差し込み――


「あーもうッ!! 少しは静かにしなさいよっ!!」


 〈衝撃特化弾(エアースラッグ)〉の発射によって、上下左右あらゆる方向にブレる杖に文句を言いながら、力任せに強く脇に挟み込んだ杖を右手一本で制御しようと――しきれずに、カチャカチャと、腹立たしい音を立てている接続端子と六連装回転シリンダーの装填口に、リーリエは力任せに魔導機の接続端子の先端を差し込み、”ガンッ”と叩く。


「ゼシキッ!! いっくわよ――!!」


 リーリナの殺気(ヤルキ)に満ちた声が、闇夜に響き渡る。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ