閑話 始祖の一族の少女
かつて創造神は混沌に支配されていた世界に自らの血肉を与え秩序と安定を齎した。 そして自らの姿を模した神々を生み出し世界の発展と繁栄を願い今も天上界から我らを見守っている
創世記にはそう記されておりこの世界の全ては神々が創り出した物だとされている。
信仰は力であり神々は奇跡をもって人々の畏敬を集め世界の秩序を守るべく力を揮う。
しかし、ある者は気付いてしまう。 秩序を守る神々は何故秩序を乱し悲劇を生む魔物達を生み出したのか、何故戦争を繰り返す人々を諌めないのかと・・・
魔物は混沌の神が生み出した悪しき存在だと言う人もいる。 また争いは人々が成長する為の試練だと説く宗教家もいるだろう・・・
だが神々が真に万能な存在であれば、決して悪しき存在を造り出さないだろうし、成長を促す試練に悲劇を付きまとわせる事は無い筈だ。
世界の理は完璧では無いのだ・・・
ではその理を超える事が出来ないのだろうかと・・・
そう気付いた天才はある一族を生み出す。 理を超え進化した彼は自ら編み出した秘術で真祖と言われる三人を生み出した。 その三人は眷属と子孫を生み出し数は少ないものの一族と言える規模へと成長していった
ヴァンパイアと呼ばれる世界の理を超えた者達。 始祖から始まり真祖へと、そして更に子孫へと受け継がれる能力は世界に存在するどんな種族とも違う特別な物。 しかし遡れば全て三人の真祖へと繋がるのだ
一方で真祖たちを生み出した始祖は自らも子孫を生み出した。 それは長い悠久の時を生きる彼でも困難な事であった。 力ある彼を受け入れる事が出来る女性が居なかったのだ、しかし数々の困難を乗り越え彼は自らの能力を受け継ぐ者達を生み出す事に成功した
始祖の血を引く者達は数は少なかったがその能力と影響力で始祖の一族と呼ばれていた。 しかしその希少性故に出会う事は殆ど無い伝説、いやお伽話の存在であった
「姫様。こちらが伝説とされる非常に珍しい虹彩蝶です」
「ん・・・綺麗」
「姫様。今日は蓬莱山の山頂に咲くと言う珍しい花をお持ちしました」
「ん・・・面白い形」
「いやいや、姫様にはこれが一番でございます」
「「って、酒はまだ早いだろ!」」
そんな訳で久しぶりの始祖の一族直系の孫として誕生したヴィクトリアはそれこそ蝶よ花よと大切に育てられた。 三人の真祖、ダーレー 、バイアリー 、ゴドルフィンは世界中に散らばる珍しい物を取り寄せヴィクトリアの歓心得る為に正しく東奔西走してその笑顔の為に持てる全ての力を込めていたのだ
「姫様!採れたての果物ですどうぞ召し上がってください」
「ん・・・ありがとう」
「姫様、今年生まれた赤子でございます。どうかその祝福を!」
「ん・・・元気に育て!」
「ひめちゃま、わたしもおおきくなったら、ひめちゃまみたいになりゅの!」
「ん・・・待ってる♪」
三人の真祖だけでは無くヴァンパイア一族全てに愛され幸せな日々を送るヴィクトリア。 一族の隠れ里を歩けば手の空いた者がみな語り掛けてくるのだった。 しかしみなに愛される彼女は同時に悲しい予言の子でもあった
「ヴィクトリアよ予言の日は近い。お主には生まれた時から運命られた使命を果たさねばならない」
「ん・・・」
始祖の直系の子供である父親は事ある毎にそれをヴィクトリアに語り、使命の重要性を彼女に説くのだった。 しかし予言自体は非常に曖昧な物で、それがいつなのか?どんな内容なのかと言った事は伝わっていない。 伝わっているのは泉水の畔で出会う人族の少年の事、そして彼が世界の理から外れたヴァンパイア達を救うであろうと言う事だけだった
その予言の為に彼女はいつかこの里を出て行かなければならないのだ。 それが余計に周囲の者達の同情を誘い大切にされるのであった
「ん・・・自分でやる」
「いけません。姫様は大事な使命があるのですから雑事は私共にお任せください」
ヴィクトリア付きの侍女はそう言って彼女にスプーンよりも重たい物を持たせることをしなかった。 それどころか放っておけばそれさえも持たせずに「あ~んして」状態で給仕しようとする過保護な女性だった
だが、一族の皆が同情しその使命の過酷さを嘆く一方で、ヴィクトリア自身は泉水の畔で出会う少年の事を非常に楽しみにしていたのであった。
なに不自由ない生活を送り皆の愛情を一身に受けている自覚はある。 しかしそれはヴィクトリアが使命を背負った運命の少女という事、そしてそれをヴィクトリア一人に任せねばならないと言う周囲の罪悪感の裏返しであった。 なので何処かでヴィクトリアは息が詰まる様な閉塞感を感じていた
しかし彼女は泉の畔で出会うと言う少年を、お伽話で悲劇のお姫様を救う王子の様に、この暖かく優しい、しかし耐えきれない閉塞感から自分を救ってくれる運命の相手の様に感じていたのだ
だが、ただ守られているのならば今と変わりは無い。 ヴィクトリアは悲劇のお姫様では無いのだ、自分の身は自分で守る王子様と並んで前に進む姫になりたかった
「ん・・・こう?」
彼女は就寝前に隠れて修行を開始する。 片手に教本を持ちながら型を繰り返し身に着けていく。 残念ながら戦う為の武器は彼女の周りには無かった。 部屋の清掃まで完璧な侍女の眼から隠し通せる自信が無かったのだ。 その為ヴィクトリアの頼りは隠れて手に入れた教本≪ゴブリンでも判る格闘技の基礎~初級編≫だけであった
「ドゴォーン!!」
「ひ、姫様!!ご無事ですか!!!」
「ん・・・ね、寝ぼけただけ」
「・・・何か隠してませんか?」
「ん・・・気のせい」
しかし彼女の始祖の一族としての能力は使命に備えてなのか祖父に匹敵する力を持っていた為、初級編の教本であってもその身に着けた力はとてつもない物だった。 十分に距離が有ったにも関わらず拳風だけで壁に大穴を開けてしまいジト目で問い詰めるお付きの侍女を誤魔化したりしながら彼女の修行は続いた。
最終的に真祖達三人を利用して手に入れた最高難度の教本≪これならできるオーガも一撃格闘術~上級編≫をマスターしたのは旅立ちの日が近付いた頃だった
「ヴィクトリア我が最愛の娘よ。遂にこの日が来てしまった」
「ん・・・元気出して」
「って、相変わらず無表情なのだな・・・だが、そこが可愛い!流石はわが娘だ!!!」
旅立ちの日、誰憚ることなく大粒の涙を流しながら嘆く父親をクールに流すヴィクトリア。 年頃の娘が感じる父親への忌避感も有ったであろうが、この場合は父親の娘大好きオーラが強すぎる為に誰も同情はしてくれなかった
「予言の日は近い。定められた場所で運命の相手を待つが良い。」
「はい、お爺様。行ってまいります」
「すまんなヴィクトリアよ。儂のせいでこんな事に・・・」
「ん・・・楽しみ」
「そうか・・・」
始祖であり全てのヴァンパイア達の生みの親でもある祖父に対しては流石のヴィクトリアもいつもの口調という訳にはいかなかった。 しかし孫に対する申し訳の無さを滲ませる彼に素の言葉で返し笑顔を見せると祖父も安心したかのようにそっと呟いた
☆△☆△
辿り着いた予言の泉水はとても神秘的な場所だった。 木々の間から射す光が泉水を照らし魔物も現れる濃い森だと言うのにその周りは静けさと平和な空気が流れていた
肉食の動物の獲物になるだろう草食動物が水辺で休み、小鳥たちは木々の枝で羽を休めている。 この場所には普通の世界にある生存競争は欠片も存在していなかった
ただただ静かな時が流れるのみ・・・そんな雰囲気の漂う場所であった
泉水の畔に聳え立つ大樹の元に腰を下ろしたヴィクトリアは周りを見渡し想像の世界へと旅立つ。 この場にいれば運命の相手が迎えに来てくれる
それは少女にとって非常に甘い出来事に思えていた。 幸せではあったが閉塞感に包まれた生活を送っていたヴィクトリアは予言の中に現れる少年の事をずっと考えてきた。 それは恋にも似た感情であったのだが、この事を誰にも打ち明けた事の無いヴィクトリアにはこの感情が恋だという事には気付いていなかった
どんな顔をしているのだろう?髪の色は何色だろう?会ったら何を話そう!?優しい人だと良いな・・・予言に対し悲観的だった里の者とは違いヴィクトリアにあるのは期待感だけであった
しかし、約束の日はなかなか来なかった。 世界の理を超えたヴァンパイア族は食料が無くても周囲の魔力を取り込み生存できる究極生物であった。 その為生命の危機には至らなくとも精神はそうはいかない
精神の疲弊は迎えに来る王子様を想像するだけでは長い年月を耐えられなかった。 運命の時を待ち焦がれたヴィクトリアの意識は消え去りそうな程に希薄になりつつあった
「大丈夫かい?しっかりして!」
どれ程の期間が過ぎたのだろう・・・声と共に優しく顔を撫でられてゆっくりと意識が覚醒されていくヴィクトリアの見た少年の顔はキラキラとした光に包まれハッキリと見えなかった
「ん・・・主様?」
長い年月は初恋を既に愛へと変わる位に彼女の中で成長していた。 希薄になっていく意識の中でそれだけがヴィクトリアの支えであったのだ
無意識のままに少年の指から魔力を吸い上げ自らの魔力と混ぜ合わせ還元していく。 ヴァンパイアに伝わる古よりの契約の儀式・・・
これによりヴィクトリアは力の一部を少年へと渡し、しかし契約という絶対の絆を手に入れる事が出来る。 夜の力を削り昼の力を得る、そして少年が死すまでヴィクトリアも死ぬことは無い契約
代償は自らの魔力の譲渡と永遠の愛という契約はお互いの事を知らぬまま、ヴィクトリアの妄想の中で育った愛情だけで成立したのだった
だが、ヴィクトリアに後悔は無かった。 共に暮らす内に想像通りの優しさと勇気を持った彼はヴィクトリアが横にいる事を受け止めてくれた。 運命の子、予言の子と言った里にいた時の様な扱いでは無くヴィクトリア本人を認め傍にいてくれる彼にヴィクトリアは満足だった
少年の周りには様々な人々がいた。 彼に仕える人々、マーリンと言う不思議な、しかし力のある存在もいた。 婚約者だという少女も新たに近くにいたが、ヴィクトリアは少年の傍に居れれば満足であった
彼等と過ごすのは楽しかったし気持ちいの良い人々だったけど少年に比べればその存在は小さなものだった
ある日少年はつらい選択を迫られる。 成長し責任ある立場へと付いた少年は護るべき者達の為に非情な選択を迫られたのだ。 少年は周囲の者に相談せず自らの考えだけで行動を起こす
当然ヴィクトリアは彼に付いて行く。 他の者の事はヴィクトリアにはあまり関係の無い事だった。 その為少年が黙っているので彼女も誰かに話すことは無かった
彼の望みを叶える為に眷属とヴァンパイア達を呼びよせたヴィクトリアは敵陣を少年と共に突き進む。 彼女にとって少年を脅かす敵は滅する対象でしか無く、目につく者達に何ら感情は動かなかった
しかし敵にすら情けを掛ける優しすぎる少年は、その能力の高さを発揮しきれずに剣に迷いの色を浮かべながら、それでも歯を喰いしばって戦い続ける
「主さま・・・いいえアル、責任を果たしなさい。苦しければ私が支えましょう、でも逃げる事は出来ないのよ」
少年・・・アルベルトの名を初めて呼びながら彼女は彼に決断を迫る。 行動したのは彼自身だ。 その決意は上に立つ物がいつかはしなければならない種類のものだ。 始祖の一族と言うヴァンパイアを統べる存在の中で育った彼女だからこそ理解できる、自らの主が何時かは乗り越えなければいけない類のものだった
彼女の言葉にアルベルトは決意を胸に敵兵の中を突き進む。 そしてようやく異変に気が付いた仲間たちが彼に追いついた頃には戦いは趨勢を決していた
「馬鹿野郎!何の為に俺達がいると思ってんだ!俺達はお前の矛であり盾だ。立ち塞がる障害を排除するために存在するんだ。何故それが判らねぇ!」
「殿下・・・私も同じ想いです。親しい誰かが傷付くのは嫌です。だからこそ護る為に武器を取り、そしてその為に己を鍛えているのです。当然その対象には殿下も入っております」
「そう言う事よ。貴方に護って貰う、それは良いわ。でもその結果で貴方が傷付いたら私達の想いはどうなるのよ。いい加減に目を覚ましなさい!甘い事ばかりじゃ無いのよ、このバカベルト!」
彼等は厳しくも温かい言葉をアルベルトに投げ掛け思いの丈をぶつけていく。 しかしそれは彼自身を心配したからこその言葉でありアルベルトにもそれは判っていただろう
「「「「『我々が共に歩きます』」」」」
思いの丈をぶつけ合い、アルベルトと仲間たちの絆も深まった。
こうしてヴィクトリアの望みはその仲間を得ると共にかなう事になった。
救われるだけの姫では無く横に並んで歩く事の出来るお姫様は王子様の横に引っ付きながら共に進んで行くのだった・・・
なんか難産でした・・・
本編よりも難しい・・・書きたい事は沢山あるのにうまく纏められないもどかしさが募る閑話になってしまいました
もう一話、三人の元家庭教師たちの話を挟んで第三章へと向かいます
神国との色々とアルベルトの立志伝が始まり、そんな章を目指します!って、あくまでも予定ですけどね
読んで頂いて有難う御座います




