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「此処の森に来るのも久しぶりだね」
「ん・・・思いでの森」
「あら、久しぶりって程でもないでしょ?」
「そこはほら、この前言ってた・・・」
「バイマト?」
「い、いやなんでもねぇ」
アルベルト達は砦の西側に広がる濃い森にやって来ていた。 前回、帝国から侵攻を受けた時にアルベルトとヴィクトリアが出会った場所であり、カルルクを除いて来ているメンバーもそう変わりは無い。
帝国の侵攻を退け王宮での何だかんだを経験したアルベルト達にとっては随分時間が経っている様に感じているようだが悠久の時を生きるカイヤにとっては大した時間には感じられていない。しかしこの前の肘鉄の痛みを忘れていないバイマトは言い掛けた言葉を飲み込む
「んで、この森に来て何するの?」
『ほっほっほ。今回はアルの訓練というよりカイヤにやって貰う事が有っての』
「カイヤにやって欲しい事?」
「あら今回は私の出番なの?」
『そうじゃ。セイレケ砦の弱点はこの森じゃからの』
左右を切り立った崖と濃い森に挟まれたセイレケ砦は前面は街道という事もあり軍隊が展開し易い地形だが、正面からしか侵攻できないと言う利点は非常に大きい
しかし、前回の帝国戦では森の中からの奇襲も仕掛けており帝国側もその点については記録しているだろう。 今迄は騎馬での戦闘に拘っている彼等がそこに目を付けることは無かったが、次回以降に作戦を変えてくる事が無いとは言えない
「そこで私の出番って訳ね」
『これだけ濃い森じゃ。 森の精霊も力を持っているじゃろうて』
「森の精霊?」
「森の精霊って言っても具体的に個を指す訳じゃないのよ。 森の中にはドライアドとかトレントみたいな樹の精霊、泉が有れば水の精霊だっているし沢山の精霊達が住んでいるのよ。 でもこれだけ大きくて濃い森だと纏め役というか力のある精霊が治めてる事が多いのよ」
「ふ~ん、そうなんだ。 じゃあその纏め役さんに会いに行くの?」
「まぁ普通はそんな事はできねぇんだけどな」
「カイヤなら大丈夫なの?」
「こう見えても森の民だし、会う事位はね」
会う事位と、ずいぶん謙遜した言い方だが、普段はアルベルトと一緒にいて森にいる事が無い上に、里を飛び出して冒険者をやっている変わり種とはいえ、れっきとした森の民であるのだから精霊との交渉役としてはピッタリだろう
『不帰の森とは言わん、少しだけ惑わしてくれれば十分じゃ』
「不帰の森?」
「エルフの大集落のある森の事だよ。エルフ達が張った大規模な精霊魔法で許可の無い奴等は森から帰って来れねぇって話だ」
「失礼ね、そこまで危険じゃないわよ。一部のバカが森で悪さをするから精霊が怒るのよ」
基本的にエルフ達は他種族との交流を嫌う。 その為、大集落が有る森には自らの許可した以外の者達が出入り出来ないよう大規模かつ強力な惑わしの結界が張られている。
とはいえ本来はカイヤが言う通り直接人に害を為す程の物では無いのだが精霊の力の強い森での行動を知らない者達はかなりキツイお叱りを受けるようだった
それが色々尾ひれが付いて不帰の森とまで言われているのだが、どちらにせよ精霊使いに使役される精霊達の力は強大な力を秘めている事に変わりはない
「流石にマーリンさんも精霊魔法の事は判らないでしょうから私に任せなさい」
『ん!?今は無理じゃが昔は儂も使えたぞ?」
「マーリンが精霊魔法を使ってたって言ってるよ」
「はい?そ、そんな訳ないでしょ。精霊使いは精霊と話せないと無理よ」
胸を反らしてドヤ顔だったカイヤにとってマーリンの言葉は驚愕の事実だったようだ。 確かに普通の人間で精霊と話す事の出来る者は殆どいない。 エルフやドワーフと言った妖精族に属する人達が扱える魔法と言うのが一般的な認識だ
『当時のエルフの知り合いに頼んでのう。精霊と契約させて貰ったのじゃよ』
「知り合いに頼んで、契約してたみたいだよ」
「は!?それこそ有り得ないわよ。 普通の人間と契約する精霊なんて・・・」
『ほっほっほ、儂が開発した【特殊天然植物活力液】の提供を条件にの』
「なんかすっごい肥料と引き換えだって」
「・・・ドライアドね。まぁあの子たちは特に気紛れだから」
『じゃがどうも性に合わんでな。 儂はやっぱりこう、バーンとかドカーンって感じの魔法の方が好みでの。まぁこの身体では契約も無効になっておるじゃろうからの』
マーリンと契約を結んでいたドライアドはかなり特殊な話ではあるが、気紛れな精霊達は自身が気に入った者や対価によっては力を貸してくれる事もある。 通常は魔力と引き換えにという事が多いのだが、マーリンの開発した【特殊天然植物活力液】の様な物でも対価となり得るらしい
「まぁいいわ。そんな特殊な話がそうそうある訳じゃないし森の精霊クラスになればそんな話は通じないに決まってるわ」
「ん・・・フラグ?」
「ああ、有り得るな。」
「ちょ、ちょっと!そんな事無いわよ。私の実力を見せてあげるわよ」
「うん、カイヤなら大丈夫だよ。僕、信じてるから」
「うう・・・やっぱりアルはいい子ね~」
一流の冒険者で魔法全般のエキスパートであるカイヤ。 しかし本来はエルフとして精霊使いの方が本職だ。 それがマーリンが開発した怪しげな薬で契約できましたと成ったら面目丸潰れであり彼女のエルフとしての沽券に係る話である
『ほっほっほ。まぁどんな方法でも契約できればそれで良いじゃろう』
「そう言うこった。 先に進もうぜ、流石に精霊様に会うまでは役に立つだろう?」
「失礼ね!私の力で契約まで出来るわよ!!」
がやがや騒ぎつつ足を進め森の中心へと向かうアルベルト達であった・・・




