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「ふわぁ~・・・空気が違うね」
「ん・・・澄んでる」
「流石に俺でもこれは判るぞ」
『ふむ、やはりこの森の主は相当の力を秘めとるようじゃの』
カイヤの案内で森の中心へと足を進めたアルベルト達は空気が一変したのに気付く。 アルベルトとヴィクトリアが出会った空間も神秘的な泉の畔であったが、それとは違う心地いい清浄な空気が満ちた場所だった
目の前にある大樹が日の光を遮り、しかし木漏れ日が辺りを照らす空間。小さな湧水がチロチロと流れる音と小鳥の囀る声が優しく響く中、カイヤが真剣な表情で足を進める
「この森を統べし精霊よ。その力に縋り生きる我らの声を聞き届けたまえ」
「ん・・・魔力?」
『言霊、という奴じゃの。言葉に魔力を乗せて発する事で力を与えておるのじゃよ』
カイヤが放つ言葉は通常の詠唱とは違い特殊な方法で声に魔力を乗せている。 精霊使いならではの技術だが、同じ事をしたからと言って人が行ったのでは精霊に届く物では無い。 やはりそれには資質や加護が無ければ精霊は聞き届けてくれないのだ
「・・・出てこねぇな」
「クッ! 森を統べし精霊よ!!我が言の葉を聞き届けたまえ」
バイマトの呟きにカイヤが再び魔力を乗せた言葉を紡ぐ。 先程よりも魔力が籠っている事をこの場のメンバーならば理解できるが精霊が姿を現す様子はまるで無い
『ふむ、予想よりも力のある精霊の様じゃの』
「ん・・・力が足りない?」
「そうなの?力の強い精霊さんだと答えてくれないの?」
『精霊が具現化するにも力がいるでの。ましてや上位の精霊ともなれば具現化するのにも大量の魔力が必要なんじゃよ、契約できれば自身の魔力を使ってくれるがの』
精霊達は普段住んでいる妖精界と呼ばれる世界に生きている。 その世界で生きている彼等はこの世界に具現化する際には大量の魔力を必要とする。 それは力を持った精霊になるほど消費魔力が大きくなり呼び出す際には術者の魔力でそれを補わなければならないのだ
一度契約してしまえば精霊自身が自らの魔力を使ってくれる事もあるが、態々縁も所縁もない者にその力を使う事は無いとされている
「やっぱ無理みてぇだな」
『まぁ入り口側の樹精霊に頼むだけでも十分かもしれんしの』
「い、いいえ。まだよ!!」
普段は使わない杖を取り出したカイヤ。 媒介である杖を使う事で更なる魔力を乗せた言霊を発するつもりのようだが、彼女の魔力操作の技術から考えれば多少効率が上がる程度でそこまでの効果は見込めないだろう
しかし、あそこまで大見得を切った以上は呼び出す事すら出来ませんでしたでは彼女のプライドが許さない。 それが判っているバイマトやマーリンは黙って見つめる事にする
「ふ~ん、精霊さんって呼び出すだけでも難しいんだね」
「ん・・・大変」
『ほっほっほ、儂等とは違う理屈で生きとるからの。アルも何かの役に立つかもしれんからジックリ観とくのじゃぞ』
「うん、判った。僕てっきり精霊さんって呼んだら来てくれると思ってたよ」
「まぁそんな簡単にはいかねぇみたいだな」
無邪気なアルベルトの言葉にバイマトも苦笑を漏らす。 低位の精霊位ならばカイヤが呼べば直ぐに答えてくれるだろうが上位精霊ともなればそう簡単にはいかない。
森に愛されるエルフであるカイヤが脂汗を流しながら言葉に魔力を込めている様子からもそれが判る
「でもいつも簡単に来てくれるけどな~」
『む!アル、今何と言った?』
「うん、マーリンとかヴィクとか他の人が傍に居ると出てこないけど一人の夜とか呼ぶと直ぐ来てくれるよ?」
「ん・・・知らなかった」
衝撃の事実を簡単に言うアルベルト。 普段はマーリンがアルベルトの傍を離れる事など殆ど無い。最近やっと壁の向こう程度ならば離れる事が出来る様になった為、親離れでは無いが五歳を迎えたアルベルトにも一人の時間というのも作る様にはしていた
しかし夜は夜でヴィクトリアが一緒に寝るのでアルベルト一人の時間と言うのはかなり少なく、精霊と戯れているなど誰も知らない事だった
「・・・アル、試しに呼んでみろよ」
「え~でもカイヤが頑張ってるのに」
「ん・・・試し」
「そうだよ。カイヤもあれ以上はキツイと思うぜ?」
少し離れた所で相変わらず脂汗を流しているカイヤには聞こえない声でボソボソとバイマトがアルベルトに促す。
「んじゃ、あくまでも試しにだよ。」
「おう、カイヤには聞こえない様にな」
「ん・・・ダメ元」
「精霊さ~ん遊ぼうよ」
まるで親に隠れて悪戯する子供たちが悪巧みを相談するかのように小声で話し込む三人。 別にカイヤに隠してという訳では無いが、脂汗を流して普段のクールな感じを捨ててまで頑張っている姿を見るとあまり大ぴらには出来ない。 そのままのトーンでコッソリとアルベルトが気軽に友達を呼ぶように話しかけると・・・
『や~っと、呼んでくれたのね。 今日は何して遊ぶ?お話だけでも私は全然良いわよ~♪』
「ああ・・・う、うん久しぶりだね」
「って、呼んだら出て来るのって・・・」
「う、うん・・・この人」
『もう、アルちゃんったら!この間、名前教えたじゃない~!!」
「「名前まで!?」」
精霊が名前、この場合は真名と呼んだ方が良いだろう。諱とも呼ばれるそれを精霊が他の存在に教えるという事は単純な契約以上の事を示す。 それは通常の精霊使いが精霊を使役する以上、つまり完全にアルベルトの支配下に入った事を示す物だった
アルベルトの頭上を漂うマーリンを押し退ける様に後ろからアルベルトを包み込む様に抱きしめる精霊。 その姿は細身の女性の姿をしており、ゆったりとした布が巻きつく様に身体を覆っていた。 薄い緑色の長髪は背に流され所々小さな新芽の様な葉っぱの様になっている事から樹精霊の様にも見えるがその存在感は樹精霊で収まる物では無かった
アルベルト達の少し先で懸命に呼びかけていた同じ髪色のエルフが振り向く。 それはギッギギギとでも擬音が付きそうなくらいゆっくりとした物だったが、その瞳の迫力はアルベルトが震え上がるに十分なものだった
「・・・なんで?」
「い、いや試しにちょっと呼んでみたら・・・」
「・・・名前?」
「い、いや・・・そのこの間会った時に名前教えてくれたんだよね」
ヴィクトリアと似た言葉少ない話し方で語り掛けてくるカイヤ。 声を荒げるでも無く物静かな話し方ではあったがヴィクトリアには無い迫力が乗せられている
「そ、そう言えばサニラから食料を狩って来てくれって頼まれてたんだった」
「ん・・・手伝う」
「ちょ!狡いよ。元々バイマトが言い出したんじゃないか!!」
「・・・説明?」
普段は後ろに流している髪が脂汗にしっとり濡れて額に張り付いた状態のままゆっくりと近づく姿はレイスやスピリットの様な幽体系の魔物が醸し出す根源的な恐怖を纏いアルベルトの精神を削っていく
「い、いや・・・まさかこの森の精霊さんだって知らなかったんだって」
『もう!だから名前で呼んでって言ってるじゃないの~』
「ちょっとカリュアーは黙ってて!」
「ふ~ん、カリュアーって言うの・・・よろしくね」
『そうよ、よろしくね。 あっ!さっきから呼んでたの貴女だったのね、ごめんね~私もうアルちゃんに全て捧げちゃったから呼ばれても答えられないの~』
「ええ・・・名前まで与えてたらそうでしょうね。フフフ・・・私バカみたいね」
幽鬼の様なカイヤの迫力に徐々に後に下がるアルベルト。 カイヤの言う通り既に誰かと契約を結んでいれば精霊はその声に応える事は無い。 魔力の上書きによって呼び出す事も出来なくはないがカリュアーの様にアルベルトの支配下になってしまえばそれすらも出来なくなるのだからカイヤの苦労は全くの無駄骨である
「い、いや、そ、そんな事無いよ。 えっと、ほら言霊の使い方とか勉強になったよ!」
『あら~、アルちゃんなら言霊なんて無くても誰でも呼べるわよ?』
「え!?そうなの?って、そうじゃなくて!!」
「ふ~ん言霊も要らないんだ・・・」
「わ~カイヤごめんって。怖い、怖すぎるよ!!マーリン助けて!!!」
『そう言えばアルのステータスには精霊の加護が在ったの。ほっほっほ、忘れとったわい』
薄緑の髪を額に張り付け迫るカイヤの姿にトラウマ級の衝撃を受けたアルベルト。一方の賢者は呑気に彼のステータスを思い出しながら朗らかに笑って誤魔化すのだった・・・




