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守護霊様は賢者様  作者: 桐谷鎭伍
第二章 幼年編~②
30/179

2-5

 

「たぁ!」


「おっと、大分鋭くなってきたな・・・だがまだ甘い!」



 パシーン!と乾いた音が響いてアルベルトが頭を押さえて蹲る



「ハッ!こりゃいいもんだな。思いっ切り叩いても怪我しないってのは安心だぜ」


「うう・・・怪我はしなくても結構痛いよ」


『ほっほっほ。 寸止めでは面白くないでの』



 バイマトが振るっているのは柔らかい木材を細く切って束ねたもので彼の力で攻撃しても怪我をしない様にマーリンが考えた物だった。 



「ほらほら、サッサと打ち込んで来い」


「もう!絶対当ててやるんだから!!」


「ん・・・男の子」


『そうじゃの、まぁ偶には良いじゃろて」



 普段は聞き分けの良い素直なアルベルトだが、バイマトとの模擬戦では男の子らしく負けず嫌いな処も発揮したりもする。 尤もバイマトがアルベルトに怪我をさせない様に木製の武器を使っているのに対してアルベルトの持つのは刃挽きしてあるとはいえ普通のショートソードだ。 これではバイマトにお前の剣など当たらないと言われている様な物だし、実際掠りもしないのだからアルベルトがムキになりのも仕方がない



「ほら、そこ!」


「あいたっ」


「攻撃する時にそこばっかり見てるから読まれるんだよ」


「くっそ~。これなら・・・って、いたっ!」


「だからって俺から目を逸らしてどうするんだよ!もっと全体を見るんだよ全体を!」


「うみゅ~・・・」



 アルベルトとバイマトはステータス上の差は殆ど無い。 敏捷性などはアルベルトの方が若干高いくらいなのだが実際に手合せすると正しく大人と子供の戦いになる。 



『まぁ実戦経験の差じゃのう』


「ん・・・盗賊退治は?」


『ステータスに差が有りすぎじゃ。あれでは訓練にも成らんじゃろうて』



 ヴィクトリアの言う通りアルベルトにも街道沿いに出る盗賊や魔物等の討伐の経験はあった。 しかしそれこそアルベルトのステータスであれば剣術など使わなくてもアッサリ倒せる程度の敵であって、バイマトの様に経験を積んでいる相手ではまるで歯が立たないのが現状であった


 一歳から剣を握っているとは言っても、まだ五歳の彼では一流の冒険者であるバイマトとの模擬戦では差が出るのが当たり前なのだ、しかし・・・



「これなら!!」


「おっと!、魔法は狡くないか?」


「使える物は何でも使えって言ってたもん」


「まぁ確かに言ったな。でも・・・」



 アルベルトの一撃を笑いを浮かべながらいなすバイマトの足元が急に隆起して鋭い槍となって彼を襲う。 同時に踏み込んだアルベルトの一撃はそれでもアッサリと弾かれてしまうのだった



「パシーン!」


「うう・・・地味に痛いよコレ」



 更に身体が泳いだ処に先程と同じく頭のてっぺんに一撃を受け景気のいい音と共にアルベルトは蹲る



「魔力を練ってから発動までがまだ遅いな。それに剣筋が正直すぎて狙ってる事が丸判りだぞ?」


「もっと威力のある魔法なら・・・」


「あら駄目よ、先ずは初級魔法を極めてからって約束でしょ。ほらお茶でも飲んで休憩しなさい」


「ありがとうカイヤ」


「サンキュー・・・って俺の分は!?」


「欲しければ自分でどうぞ?」



 アルベルトに冷たいお茶を差し出し景気のいい音をさせていた頭を冷たいお絞りで冷やすカイヤ。 しかしアルベルトに対する優しい視線とはまるで違う氷の様な視線がバイマトに突き刺さる。 どうやら模擬戦とはいえ容赦なくアルベルトの頭に打撃を加えたバイマトに相当お冠の様だった



「冷てぇ~な。しょうがないだろ訓練なんだから」


「ふん!もう少しやり方という物が有るでしょうが!!」


「おっと!そう怒るなって・・・」



 相変わらずの二人だが決して仲が悪い訳では無い。 例え氷の礫がバイマトを襲っていたとしてもそれは躱せると見込んでの物なのだ・・・たぶん



「でも、結構良い太刀筋だぜ?もう少し慣れてくりゃ十分戦えるぞ」


「うん、ありがとバイマト」


「ん・・・初級魔法?」


「そうね。アルなら中級でも十分扱えるんだけど・・・」


『ほっほっほ。まだまだ制御がなっておらんでの、もう少し訓練してからじゃ』



 基本的にアルベルトへの直接的な指導はバイマトやカイヤに任せているマーリンであったが、その方針や時期などは伝説の賢者である彼が担っていた。 特に魔法に関しては初級魔法に留めており、より上位の魔法を使わせる事は厳しく禁じていた



「ん・・・疑問」


「そうね~私も十分だと思うんだけど、こればっかりはね~。マーリンさんに考えがあるんでしょ?」


『魔法は初めが肝心じゃよ。大きく、強くと言うのは案外簡単じゃが小さく、弱くと言うのはなかなか難しいからの』



 マーリンが言うには強力な魔法を行使するのは魔力さえあれば然程難しくは無いという。 但しこれは伝説の賢者基準の話であって、上位魔法や大魔法を行使できるものなどそう多くは無い。 だが中級魔法程度ならばアルベルトの実力があれば特に問題ないとカイヤやヴィクトリアは考えていた



『そうじゃの、アル人差し指を立てて貰えんか?」


「うん、これでいい?」


『ファイア!』



 アルベルトが立てた指先にチロチロと小さい火が灯される。 それはアルベルトの爪より小さなものであった



「ちょっと!これって・・・」


「マーリンが出したファイアだよ?」


「いやそうじゃなくって!どうやったらこの小さな火にこんなに魔力が込められるのよ!?」


「ん・・・凄い」


『ほっほっほ。流石に此処までとは言わんがの』



 同じ大きさの炎を出す事はカイヤにも出来る。 しかしそれは魔力を絞って限界まで小さく発動させる事が出来るだけの事だ。 それはそれで高度な魔力制御の能力が求められるのだが、マーリンが行ったのはソレとは次元が違う話だ



「この魔力、フレイム・・・いえ、ヘルファイア級よ」


『ほっほっほ。これが出来るとな、あのセリフが言えるぞ!?』


「あのセリフって・・・」


「ん・・・お伽話?」


「ああ俺でも知ってるぞ、これはメラゾー「わー!バイマト駄目だよ!!」ラだ!って奴だろ?」


「ん・・・大人の事情」



 バイマトの危険なセリフは咄嗟に声を出したアルベルトのお蔭で辛うじて防がれる。 ある世界で勇者と魔王が戦った際に魔王が言ったとされるセリフだが、それは公の場で口に出す事を禁じられている物だった



「そんな事出来たって何の役に立つのよ!」


『ほっほっほ。男のロマン、という奴じゃな』


「ん・・・無駄」



 色々な事情に引っ掛る危険を犯してそんなセリフを言う場面が何処にあるのかは疑問だが、伝説の賢者(やり過ぎ賢者)には大事な事らしい・・・



『まぁ、冗談は置いておいて、これが出来ると出来ないのでは大魔法の消費魔力と威力が変るからの。』


「抑々、大魔法なんて個人で発動させるものじゃないけど・・・まぁいいわ、男のロマンなんて理由よりは大分マシね」


『ほっほっほ。要は小さな力で大きな効果を出す為の方策じゃよ、そうすれば個人で大魔法を使う事も不可能では無いぞ』



 大魔法クラスになれば通常は複数の魔法使いが魔方陣に魔力を注いでやっと発動するクラスの魔法だ。 魔方陣の準備やそれに必要な魔力量を考えれば個人で簡単に発動できるものでは無い。 その為アルベルトの魔法関係の家庭教師というだけでなく、エルフであり一流の魔法使いであるカイヤにしてみると納得はいかないものの男のロマンだとか訳の判らない物よりはマシな説明だったらしい。 



「小さな力で大きな効果・・・か。うん、バイマトもう少し付き合って」


「おっ!?まだ懲りねぇとは流石俺様の一番弟子だ!」


「へへ、バイマト。今度こそ当てるからね!」


「おう!やってみろ!!」



 カイヤのお蔭で体力も回復したのかアルベルトが意気込みも新たに剣を構えてバイマトと対峙する。 マーリンの話で何かしらの考えが浮かんだのか先程とは違って無暗に突っ込んではいかない



「ふふん。どっからでも良いんだぜ?」


「今度こそ!」



 剣を小脇に抱える様な小さな構えで突進するアルベルト。 大振りな攻撃では当たらない事を見越しての事だろうが、流石にそれではマーリンの話を短絡的に考えたに過ぎない。 しかもそれ位の工夫ではバイマトに剣を当てる事は出来ないだろう



「シッ!」


「おっと!」



 そのままバイマトに突っ込むと見せかけて、その目前で地を蹴って方向転換するアルベルト。 木製の剣で迎え撃つつもりだったバイマトはそれでもその変化に対応してすぐさま体を入れ替える



『ほう、ステータスで唯一勝っている敏捷性を活かした戦い方に変化させるようじゃの』


「ん・・・まだ足りない」


「まぁそうね。あれくらいの速さなら魔物でもいるわね」



 先程より一人増えた観客が冷静に状況を分析する。 アルベルトの敏捷性が早いとは言っても人では無い魔物、特に獣系の魔物ならばもっと素早い物もいるのだから百戦錬磨のバイマトならば十分に対応するだろう



「てい!」


「なんの!まだまだ!」



 だが、アルベルトは冷静に小さく剣を突き出しては直ぐに距離を取り再びバイマトの周りをまわり出す。 後方に廻りこむ程では無いにしても徐々に速さを増すアルベルトの動きにバイマトも防ぐのに手一杯で先程までの様に反撃する余裕までは無い



「とりゃ!」


「クッ!」



 更に速度を上げるアルベルト。 既にバイマトを中心にして移動する彼が巻き上げた砂塵が目に見える程の速度になっておりバイマトの余裕も徐々に消えていく



『ほっほっほ。なかなかじゃの』


「ええ、此処までスピードを上げれたのね」


「ん・・・でも威力はない」


「そうね。でもそれはまた別の方法もあるからね」



 アルベルトの動きがバイマトを翻弄できると言っても、彼が此処まで速度を上げれるのは剣を振りかぶったりという攻撃に必要な予備動作をも捨てて小さく剣を突き出す程度に絞っているから、という点を見過ごす訳にはいかない


 当然、攻撃の威力などは知れているし模擬戦で当てるだけならともかく、実際の戦いでは防具を抜ける程の攻撃力があるかは別の話だ。 当然、バイマトもそれが判っているのでアルベルトの剣に軽く木製の剣を当てる事でその攻撃を易々と捌いて行く



「ヘッ!そんなへなちょこな攻撃じゃいつまで経っても当たんねぇぞ!?」



 若干、息を荒くしているとはいえバイマトの体力はまだまだ十分であった。 普段は自身の身の丈ほどの大剣を振り回す彼にしてみれば木製の剣は何も持っていないに等しいのだ


 対してアルベルトはまだ五歳。 これだけの動きを維持していれば体力などドンドン減っていく事は目に見えている。 そんな事を賢いアルベルトが気付かない訳が無いのに愚直に同じ行動を繰り返す。



「もうそろそろ限界かしら?」


『ふむ、同じ動きが増えてきとるの』


「ん・・・疲れた?」



 いくら速いとはいえ、離れて観ている三人にはアルベルトの動きがハッキリと見て取れた。 至近距離のバイマトはそこまで判らなくても一流の冒険者である彼ならばいずれ気付くだろう



「考えは良かったが、追掛けっこは終りだ!」


「ファイア」



 同じ動きに目が慣れたのか三人の予想通りバイマトがアルベルトの動きを読み取って剣を大きく弾こうとした時にアルベルトが小さく魔法を発動する



「って、うわっちゃっちゃ!!」


「今度こそ貰った!!」



 アルベルトの攻撃の軌道を読み切っていたバイマトが剣を弾き飛ばそうとした処で発動したアルベルトの魔法が木製の剣を勢いよく燃え上がらせる。 今迄散々鉄製のショートソードを撃ち払っていたそれはささくれ立って火が付きやすい上に、細く束ねた木で出来てるという事もあって小さな炎でも良く燃えたのだ。 


 いきなり手に持つ剣が燃え上がりその熱で思わず手を離してしまったバイマトは隙だらけの姿をアルベルトの前に曝け出す。 そこに速度を維持したままのアルベルトが突っ込み勝負ありと思われた時・・・



「甘めぇ!フン!!!」


「うわっ!!」



 バイマトは咄嗟に身体を廻す事でアルベルトの剣を捌き泳いだ彼の身体に強烈な踏込と共に背中を使った体当たりの一撃を繰り出す。 体格差と鍛え上げられた体術は身体の泳いだアルベルトを容易く訓練場の壁まで吹き飛ばした 



「ちょっと!!何やってんのよ!!!!」


「あっ・・・つい?」


「つい?、じゃないわよ!!!」


「って、うわ!!やめろって魔法を放つな!!」



 吹き飛ばされたアルベルトの元へヴィクトリアとマーリンが向かう。 マーリンはアルベルトとの距離が離れたので強制的に移動しているのだが、その速度に負けない程の勢いでヴィクトリアも向かう



「あいててて・・・」


「ん・・・無事?」


「うん、何とか。マーリンの教えてくれた結界が間に合った」


『ほっほっほ。安心したぞ』



 どうやらマーリンが教え込んだ結界を壁にぶつかる寸前で発動できたお蔭で怪我は無かったようだが、衝撃までは吸収しきれず身体を擦りながら立ち上がるアルベルト



「今回は許さないんだから!!!」


「うわ、ごめんって。態とじゃないんだよ」


「待ちなさい!!」



 立ち上がったアルベルトが見た物は、容赦なく吹き荒れる氷雪の嵐がバイマトを動く事の出来ない氷像へと変えていく処だった



「わわっ!大丈夫だから!!カイヤほら僕大丈夫だから!!」


「五月蠅い!!こいつにはお仕置きが必要なのよ!!!」


「ん・・・夜叉がいる」


「五月蠅いって言われた・・・」


『ほっほっほ。君子危うきに近付かずじゃな。下手に近付くとトバッチリが来そうじゃ』



 アルベルトの言葉すらも否定するほどに激高したカイヤの姿にそっと距離を取る三人であった・・・


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