46話
2014/09/19 修正版と差し替えました
今夜は綺麗な満月が空に昇った。そのせいか、あたしとしては妙に雰囲気が合っている気がしてならなかった。
目の前には大剣を構えた犬がいた。その眼は本気で、ちょっと油断したら問答無用で一刀両断にでもされそうだ。
だけど、それでいいと思った。あたしもそれぐらいでないと、何も知ることが出来ないしね。
あたしはひとつ遠吠えを上げてみた。映画とかであったから何となくやってみたけど、うわぁ、結構気持ちいいし、いい音なってるわ。
すると犬があたしに向かって跳ねるように駆けて来て、近づいた瞬間一閃。幅広の刃を横に振るう。
でもあたしは、刃が身体に触れる寸前、両足に力を込めて跳躍した。わお! すげぇすげぇ、一瞬にして犬の身体が小さくなっていく。
この狼の姿になったのは、マセコの一件いらい久しぶりだ。中々機会もなかったしね。
しかも全力を試すのは初めてかも。
でも、これ高さどれくらいかな? 木の天辺ちかくまでは飛べたけど、これで十メートルぐらいはあるって話だったしね。
さてっと。とりあえずあたしは湧き上がるような浮遊感を楽しみつつ、落下してすぐ樹木を蹴り、別の木へと飛んで移動する。
そんな事を何度も繰り返し、枝についた葉をガサガサと揺らしながら、縦横無尽に飛び回りながら段々と高度を下げていく。
ふと下を見ると犬はあたしを目で追おうとやっきになってるみたいだった。
でもあたしの動きを捉えきれてないように感じる。
そして犬の斜め後方側の大木に飛び移ったあたしは、そこから更に幹を蹴って、正しく四肢を地につける狼の如く体勢で一気に犬の足下に移動した。
犬は振り返り大剣を頭の上に構えたけど――おっそ~~い。その顎にはあたしの振り上げた爪が肉薄していた。
「むぅ。ま、参りました」
おぉ~犬があっさり負けを認めたよ。やっぱりこの身体は、中々凄いって事なんだろうね。
「いやはや全く。タダでさえマリヤ様は……アレな感じですのに、その上そのような力を手にされては到底敵いそうにありませんな」
ため息混じりに犬が言うんだけど。
「犬。アレってどういう意味だい?」
狼の顔で犬を睨みつけてやる。
「あ、いや、その、じんが……か、神の使いとまで言われる御方ですからな! マリヤ様は!」
こいつ、絶対いま人外って言おうとしただろ。
「おい、犬、ちょっとコッチ来てみな。あたしがこれで咥えてやる」
牙の生えそろった口を開けて犬に見せた。
「か、勘弁して下さい! 千切れちゃいますよ!」
「いいじゃん。一本ぐらい別に千切れても」
「一本しかありませんから!」
別にいいじゃん。減るもんじゃあるまいし。あ、減るか。
さて。とりあえず変身した状態の力も判ったしっと。
あたしはその場に直立し、あるイメージを脳裏に浮かべた。
んだけどね。上手くいかなかったね。で、犬はどこか不思議そうな目であたしを見ていた。
急に黙ってしまったから不思議に思ったかもしれないね。
「マリヤ様どうかされましたか?」
「うん? あぁちょっと試してみたんだけど駄目みたいだなって」
「試した?」
犬が疑問符の付いた言葉を投げかけてくる。
「そう。この状態でも中身が出せるのかなって。でも駄目みたい。変身しちゃうと使えないみたいなんだよね」
あたしが右手を差し上げながら言うと、犬は納得を示したように頷いた。
まぁでもやっぱ確認しておいてよかった。いざというとき……まぁそんな事が今後もあるかは判らないけど、教会の事もあったしね。
何かのために力のことは知っておいた方がいいだろうし。
さて、とりあえず知りたいことは全て試したし、あたしは変身を解くことにする。意識を集中させると、伸び上がった毛髪はシュルシュルと体内に吸い込まれるように縮んでいって、顎が引込み、牙も元の綺麗な歯に戻っていく。
時間にしたら本当一瞬の事なんだけど、やっぱ感覚的には奇妙な感じだ。
で、元の姿にもどったあたしを、犬が恍惚とした表情で眺めてくる。
「犬。ちょい見過ぎじゃないかい?」
「あ、いや、すみません。ただ月明かりに照らされるマリヤ様の肢体は……美しすぎます」
あたしの裸なんて今更だよなぁとは思うけど。月明かりにか、まぁ悪い気はしないかな。
変身する前には着ている物は全て脱いでおいたから、犬の後ろの大木の近くに畳んでおいてある。
変身して毛が付いてしまっても嫌だったからね。それに肉体的にもちょっとたくましくなるから、破れても嫌だし。
あたしは一度おもいっきり伸びをする。犬はあたしを見続けているね。まぁ助平な感じでもないけど。
見惚れてるってとこか。まぁ当然だね。あたし綺麗だし。
さて、それじゃあそろそろ戻った方がいいだろうし、着替えようかなと思ったんだけど。
「マ、マリヤ様、その……」
犬があたしを前にして何かを言おうとしてるんだけどね。てか視線が完全に胸に向いてるし、よくみると股間が膨らんでる。
なんだ、結局そっちは反応してんのかよ。
「何?」
あたしは呆れながら腕を組んで問いかける。
「その、折角ですので。いや屋敷だとまた色々気をつかいますし!」
……言いたいことはよくわかったけどねぇ。全く。
「犬、お手」
「ワン!」
「おまわり」
「ワンワンワン!」
必死だな。
「脱衣」
「クロスワウン!」
早! 瞬きしてる間に全裸ってどんだけだよ! てかどうやったんだ!?
「ハッ、ハッ、ハゥ、ハゥン」
キモ! まぁでもそこまでなったらしょうがないねぇ。
「じゃあとっとと済ますよ」
「ワオン!」
じゃあ、はいはいっと。
「ワオォオオォオオオン~~~~~~!」
犬は満月に向かって盛大に遠吠えを上げ、そして果てた。
さてっと、さっさと着替えちゃうかなっと――
◇◆◇
「あ、マリヤ様お帰りなさいなの」
屋敷に戻ると、例のロリパイが深々と頭を下げながら挨拶してきた。
あの件以来、この娘のあたしを見る目も随分と変わった気がする。
神の使いってのが効いてるのかね?
で、その背中に隠れるようにしながらモジオがモジモジしている。
このモジオに関しては終始こんな感じだから、いつも何を考えてるかはよくわからないけど、あたしが微笑むと、顔を赤面させてるあたり、まぁ悪くは思われてないんだろうね。
「マリヤ様お帰りなさいませ。夕食のご準備、整っておりますので」
「判りました。すぐに参ります」
メイド長がやってきてそう教えてくれたから、あたしは部屋に戻って着替えを済まして食堂に向かう。
いつもより食材も多かったせいか夕食の時間は遅めだ。外も暗いし、だから今日は大分灯りを多く使ってる印象だね。
テーブルに並べられた食事は……かなり多いね。まぁ鹿みたいのとか丸い豚とか結構な量があったからね。
むしろよくこれだけこの時間で料理できたよ。てか後ろで並んでるメイドが少し疲れた顔してる。でもメイド長はケロッとしてるね。流石だわ。
「夕食を君たちも一緒にどうかな? これだけの量があっては私達だけでは少々食べきれないしね」
馬鹿が後ろで立ち並ぶメイド達にそんなことを言った。まぁ確かに多いしね。残すのも勿体無いかなっと。
「いえ、さすがにそう言うわけには――」
とメイドを代表してかメイド長が断りをいれるけど。いいじゃん。こう言ってんだから。
「いやいや遠慮なんていらないよ。残してしまったほうが勿体無いわけだし。さぁ座り給え」
「そこまで言われてはお断りするのは返って失礼に当たりますね。それではご好意に甘えさせて頂きます」
そう言ってメイド長が他のメイドを促した。全員の表情が急に明るくなる。そういえばメイドはいつもは食事は全ての仕事が片付いてからだったな。
それにしても、全員が席につくと結構賑やかになるね。馬鹿も遠慮がいらないし気兼ねなくと言ってるから、結構和気あいあいって感じになった。
「マリヤ様。こちらなど如何でしょうか? 私も腕を振るいましたので」
そう言ってメイド長が皿に何かを盛りつけてわたしてくれた。んだけど……触手じゃん! え、コレ! マジかよ! 何? 嫌がらせ!
と一瞬思ったけど、メイド長のにこやかな顔は明らかに好意によるものだね。
実はあまり数が取れるものでなくて、わりと珍しいんだってさ。
いや、でもいくら珍しくてもこの見た目は……素揚げにしたって、せめて触手切っとけよ。
「それはそのまま齧り付くのが一番美味しいのですよ」
……ここまで言うって事はメイド長も食ったことがあるって事か。一体どういう生活してたんだ? 冒険者ってのはそういう者なのか。
とはいえ、あたしは基本食わず嫌いをしないタイプだからね。仕方ない、エイ! と触手に齧り付く。
うわっ、なんかがジュワッと溢れてきて――てこれは。
「あ、美味しい」
「良かったですわ! 気に入っていただけたのですね」
メイド長が声から音符でも出てきそうな感じに喜んでみせた。
あぁでも意外と旨いな。見た目ほどしつこくないし、う~ん白身っぽいかな。サクサクいけるね。
でも周りのメイドは少しほっとした表情になってる。これは私が食べてる分しか数がないからね。
きっと他の連中は食べたくないと思ってたんだろうね。見た目からして仕方ないと思うけど。
「ア、アレックス。これは君が食べ給え」
「え! 私がですか!」
あぁ馬鹿が犬にトカゲみたいのと蛇を押し付けてるね。やっぱ見た目グロテスクなのが嫌厭されるのはどこも一緒だね。
まぁグロテスクな方が上手いとも言うけど。
「マリヤさ、マリヤ、こちらも美味しいですわよ」
今度はスラパイが皿に、あの豚や鹿みたいのの肉を切り分けて渡してくれた。
は、いいんだけどなんかドロッとしたものが掛かってるけどこれって。
「ウフッ。これ、意外と料理に合うんですの」
そう言って見せてくれたのはあのローションだ。いや、まぁ鍋に隠し味で使ったことはあるけど、まさかソース代わりに使うとはね。
で、食べてみるけど、あぁ確かにいける。でもなんだろうこの感覚……まぁうまけりゃいっかぁ。
「クラウンも好き嫌いは駄目なの! しっかり食べるなの!」
あの姉弟はロリパイがしっかりお姉ちゃんしてんだな。まぁモジオが見た目にはちょっと頼りないからね。
て、モジオがなんかローション付きの肉を食べるあたしをボ~っとした表情でみてるね。
……いや。流石にそこに興味を持つのはまだ早いだろう。五歳なんだろう? あたし的にもちょっとないねぇ。まぁ理由がなきゃ何かすることはないけど。
まぁそんな感じで賑やかだった夕食も、時間が経つに連れ大分落ち着いた。
流石に人数も増えたから、皿の上の食事も殆ど食べつくされたね。
あたしもお腹がいっぱいだよ。ちょっと食べ過ぎたぐらいかも。
元々あまり太らない体質な上、あのドングリに頼んだ事もあるから、身体のラインが崩れる心配はないだろうけど、一応はまた今度、犬と手合わせでもしとこうかな。
シェイプアップに丁度いいし。
さて。夕食も終わったし一旦部屋にでも戻ろうかなっと。どうせまた後で馬鹿やスラパイが求めてくるだろうし。
まぁそれこそ食後の運動って感じだけど。
うん。それで、まぁ廊下を歩いてるわけだけどね。なんだろうね。何かが付いてくるんだなこれが。
で、角を曲がって少し歩いたとこで振り返る。と、サッと隠れてみせるけど……いや、うん金色のツインテール。片側がプランプランはみ出てるし。
「ロ、ロリンちゃん、何か御用かしら?」
ツインテールがビクッ! て跳ねた。
「よ、よく判ったなの」
わからいでか。
てかその背後にはやっぱりモジオの姿もある。この姉弟基本いつも一緒だな。仲いいね。
で、まぁ仕方ないからあたしから彼女に近づいていって、再度、私に何か? と笑顔で聞いてみる。
そしたら、なんかロリパイもロリパイでモジモジしだしたね。姉弟そろってモジモジされると妙にウザい。
「あ、あの……」
多分いまあたしすっごい苦笑い浮かべてるんだろうなぁ。
「――なの!」
うん? 何か最初のほうが聞こえなかったけど。で、あたしがなんともいえない顔してると、再度ロリパイが口を開いた。
「わたし、マリヤ様が憧れなの!」
……はぁ? 何だろうね突然――




