26話
ペガサスでの空の散歩も終え、地上へ戻ってきた時、馬鹿はすっかりフラフラ状態で一人では歩けない程だった。
全くこの馬鹿どんだけだよ。てか何でペガサス乗ろうと思ったんだ?
「全くしょうがないやつだな」
ショタの奴も呆れ顔だな。そりゃそうか。スラパイの方が俄然元気だし、寧ろもっと乗り回したいって感じだ。
とは言え、顔も青いしあんまりにも具合が悪そうだから、大事を取って休ませておこうって話になった。馬鹿の身体を犬とスラパイが左右から支える形で移動していく。
自分では上手く歩けないぐらいにふらっふらだな。大丈夫かアレ?
てか、このまま看病で終わるのもマジ勘弁だな。スラパイと犬に任せてあたしは適当にやってっかな。
でもこの辺りの事よくはしらねぇしなぁ。
「ところでそなた――マリヤはこの後はどうするつもりかな?」
おっと、ちゃっかり呼び方変えてきたな。まぁ固っ苦しいのより全然いいけど。
「実は特に予定は決めていなかったので……ただあの人の具合も気になりますし」
「なに、婦人が付いてくれているのだ。その内良くもなるだろう。まぁどうしてもと言うなら別だが、そうでないのなら私が街を案内しょうと思うのだが如何かな?」
おっと。こりゃ誘いか? まぁ丁度いいっちゃいいかな。具合が気になるなんて嘘っぱちだし、街を回るにも判らないことだらけだったからね。
それに好意を持ってくれてるならこっちは断る理由もない。ペガサスとかいい物もってるしなぁこいつ。見た目が餓鬼ってのがちょっと気になるけど。
「そう言って頂けると光栄に思いますが、ペガサスにまで乗せて頂き、更に侯爵殿下自ら案内して頂けるだなんて、ご迷惑ではありませんか?」
「何をいう。私の方から言い出している事だ。迷惑な筈がないであろう。うむ、では決まりだな。馬車はすぐにでも用意させよう」
ショタは早速とばかりにメイドと執事に何かを伝え、それでは後で、と一旦別れた。流石にこの格好じゃ出歩けないしね。
メイドに連れられながらあたしは着替えを済ますため部屋に戻ることにする。
◇◆◇
とりあえず無難なドレスに着替えておこうと思って色々物色した。流石に宴のドレスは派手すぎだし、だからって馬車に乗ってきた時の格好は地味すぎだしね。
まぁケバくならない程度に胸を強調したのでいいかな。ペガサスに乗ってたときの感じからして、あのショタ、おっぱい星人ぽいし。見た目餓鬼の癖に。
て、外からなんかノックされたな? もしかしてショタが迎えにきたんかね? まぁとりあえず返事する。そしたらドアを開けて見知らぬ顔の奴が入ってきた。
格好を見てもメイドや執事とは明らかに違うな。腰に剣を吊るしてるし。
「何か私に――」
「貴様に一つだけ言っておきたいことがあってな」
あたしが何か? と聞こうとしたら、随分偉そうに言葉を重ねてきたな。髪は黒くて短めな見た目少年っぽいやつだ。ショタほど幼くはないけど。
……てかてめぇに貴様呼ばわりされる覚えはねぇんだけど。
「言っておきたいというと……?」
一応疑問符で返しておく。
「チヨダーク侯爵殿下のご行為を変に勘違いされても困るからな。殿下はあくまで懇意にしているメルセルク卿の妾だから、優しくされておるのだ。でなければ貴様のような下品な女、相手にされるわけがないからな」
初めて話す奴ではあるけど、とりあえずこいつがあたしに喧嘩を売っているというのは、0.000003秒で判った。
「お言葉を返すようですが、その懇意にしている方に下品なというのは如何なものでしょうか?」
「下品な物を下品と言って何が悪い。大体ペガサスに乗らさせて頂いている際も、貴様はその下品で醜悪な駄肉を、殿下の高貴で崇高な頭顱に擦り付ける等という無礼な振る舞いをして見せてたがな。貴様はそれで誘惑しようなどと姑息な考えであったかもしれぬが、本来であればあのような下劣で低劣で愚劣な所為、不敬と言われても仕方のない事なのだぞ! 殿下の優麗な御心によって許されているにすぎないのだ。あぁお労しや、あのような不遜たる所為、殿下にとってどれほど苦痛であったことか――」
いや、明らかにその優麗なショタは感触を楽しんでたけどな。デレってただろあれ。結構頭もすり動かしてたし。
「とにかく貴様等、所詮は殿下の親しくされている伯爵に付いてきた、ただのオマケに過ぎないことを自覚することだな。判ったらとっとと着替えを済ませろ。貴様ごときがチヨダーク侯爵殿下を待たせるなど無礼極まりないのだからな。それと、その下品な駄肉を晒す格好はどうかと思うぞ。全く貴様の格好一つで伯爵の品位が疑われる事もわからんのか? 貴様は頭の中身もお花畑か? まぁいい。とにかくさっさとしろ」
………………何か勝手に色々好き勝手言った挙句、出て行っちゃったけどね。
うん、随分な言われ方だったなぁあたし。あはは。
まぁ気にしてないけどね。あんな言われ方ぐらい。これまでも雌豚やらなんやら言われた事はあるし。
でもまぁ、あれだよね。
とりあえず犬に暗殺の一つでも頼んでおこうかしらっと――。
◇◆◇
着替えを終えたからメイドの案内で外に出る。直前に駄肉やら下品やらとケチが付いたからね。
仕方ないから再度吟味して、逆に更に胸を強調させる格好で来てやった。
誰が隠すかば~かってなもんだ。
で、メイドに案内された先でショタが馬車を用意して待っていた。やたらと豪華な馬車だね。
ちなみにそこにはさっき部屋に来た野郎もいた。まぁやっぱりねって感じはある。このショタの周りにはずっとこんなのが大勢目を光らせてたからね。
馬鹿の専属騎士である犬みたいなものなんだろ。護衛ってやつ? ショタの方針かは判らないけど、目立たないようにしてはいたみたいだね。
まぁあたしは隠しててもそんなの判っちゃうんだけど、流石に街に繰り出すとなると隠れる事もないみたいだね~。
どうやら馬で堂々と付いてくるみたいだよ。
「ご苦労様です」
敢えて余裕の笑みで、あの野郎に挨拶した。間隔を置いて他にも何人かいるね。一応そっちにも頭を下げておく。て、ひとりめちゃめちゃあたしの胸ガン見してっけど。
てかソレ以外もチラチラ見てて、あの野郎に睨まれてるな。おお、怖い怖い。何コイツ結構偉い方なの? まぁどうでもいいけどコイツの見る目がないのは確かだな。何が駄肉だば~か。その駄肉に男どもは興味津々だっつの。
「さぁマリヤ、どうぞお先に」
ショタのエスコートであたしが馬車に乗りこむ。ちょっとあの野郎に視線を向けたらなんか嫌悪感丸出しなのな。
眉間にめっちゃ皺よってるよ。
しっかしなんでこんなにコイツ敵意剥き出しなんだ? まぁいっけど。
ユニコーンの引っ張る馬車に乗ってからは、とりあえず他愛もない話をショタとする。
何せとりあえず街に出るまでが長いからね。ショタの敷地広すぎるだろマジで。
で、恐らく迷惑な駄肉であろうあたしの胸をチラチラみてんなショタ。興味持ちすぎだろ、何が不敬だ全く。
「あ、あのごめんなさい……このような格好はチヨダーク侯爵殿下にご案内頂くのに相応しくなかったでしょうか? 不愉快に感じられたなら申し訳ありません」
ちょっと肩を落として、うつむき加減に言ってみる。
「何を言うか。マリヤのその、その美しさがより際立っておるぞ。不愉快になど感じる筈がない」
「そう言って頂けると少し安心しました。駄肉と称されるこのようなものをお披露目するのは少々躊躇われたのですが――」
「駄肉? 何を馬鹿な。一体誰がそのような無礼な事を」
「いえ。誰と言うわけでもないのですが……」
と言いつつ、窓の外からこっちを監視し続けるあの野郎を横目でチラ見する。
「……成る程な。全く仕方のないやつだ。いや済まなかったな。後でキツく言っておかなければ」
「いえそんな! 私は気にしておりませんわ。殿下の事をご心配なされての所為だと思います。それだけ臣下の皆様に慕われ、信頼されている証ですわね」
まぁそんな事一々気にしてらんないってのは確かだけど、何もするなとは言ってないからね。部下の不手際ぐらいしっかりしつけとけよっと。
「ふむ。いやマリヤは心が広いな。外面だけでなく内面も美しい。そのような女性はそうはいないであろう」
異世界男子は基本的に見る目がないのな。あたしが言うのもなんだけど。
「しかしレイダンにも困ったものだ。なぜか私の側による女性にだけはキツイところがあってな。騎士としてはいい腕をしておるし、部下からの信頼も厚いのだが」
ふ~ん。あいつレイダンっていうのか。てか、やっぱそれなりの地位なんだな。でもそれってただこのショタへの忠義が厚いってだけで済む話か? てか、もしかしてソッチ系? だとしたら敵意むき出しにしてるのも判る気がするけど。
まぁいいけどね。アイツがBL野郎だったとしてもあたしには関係ないし。
……とは言え、じ~っと窓の外から睨みつけるように見てくるのは流石にウザいけどね――




