凧揚
「たーこーたーこーあーがーれー」
今時凧揚げなんてありえないが、100円ショップやホームセンターではまだ売っている。
暇つぶしには割といい。凧揚げするためだけに走るのは中年には嫌だが今日はいい風が吹いていた。
「楽しいかキジちゃん」
「にゃ」
猫はだいぶ安定した。
これでどこに行っても大丈夫。
ワクチン代などは義兄に請求書送った。
徳香は意外と歌が上手い。
中世紀末に突如現れた伝説の歌手『タケシゴーダ・ジャイアーヌ』のように病に倒れた老人すら立ち上がる魂の熱唱が河川敷に響く。
普通に不審者。
昔は冬の遊びだった凧揚げだが、今は別に季節を問わず誰がやっていても珍しい。
「あっ。凧揚げ」
「珍しいな。澪」
「霧島、俺たちもやろうぜ」
「澪。お前ももう30なんだぞ……」
「たこだー」
「未来様は相変わらずですね」
「えー? 新堀。これは事業に大事なんだよ。気球によるネット通信網の次は凧とドローンによる緊急……」
「はいはい。妄想はそこまでにしてくださいませ。誰が出資しないといけないのか今一度お考えあそばせ」
「あ、出してくれるんだ」
「出しません! 今度という今度は出しません!」
なんか男か女かわからないのがそれぞれ一人づついるカップルと思しき二組が前者はスウェットパーカーと官僚みたいなスーツ姿、後者はラフなビジネススタイルとお嬢様みたいな服装で通りすぎていく。
あれ。でも前者は高峰さんちで見たぞ。
「おー! 澪元気かー」
「あっ。未来さん久しぶりー!」
「お兄様もお元気そうで。財務省はどうですか」
「こないだ襲撃されたわ。大変だった。唯の方は順調みたいじゃないか」
「お兄様がうちを継がないからです。
お母様は優秀な殿方をお待ちですよ」
「うげぇ……マドカさんにはうちは関わりなしでお願いしたい」
「日本家の魑魅魍魎どもにうちを渡す気ですか。いい加減にしてください」
エリートかよ。けっ。
関心をなくして不貞寝しながら徳香は凧を上げる。
ツンツン。
ん。
「キジトラちゃん元気?」
「この通り。たまにどこかに行こうとして必死で探す。『空から』」
双子の快活な方だ。
見た目だけならわからないのだが雰囲気があまりにも違うから普段ならわかる。
でもこの子の方が面倒なのである。
少なくとも徳香はこの子が見た目に反して繊細なのを知っている。
「わたしってなにか間違っているのかな」
上がる凧を無視して語り出す子供に徳香は糸を引いて答えとする。
「うちの人はものの声がわかるっていう変わり者ぞろい」
「ふーん。美香さんは色々ぶっ飛んでいるけど普通じゃん」
めちゃくちゃモテるけど。
還暦過ぎてあの美貌だから。あと胸。
さらに紺野商店はネット通販として存続しているので金持ちだ。少なくとも義息子の医院を二件分も建てる資金を出せる程度には。
しばし子供と凧揚げする。
香ちゃんには時々凧の糸を持たせる。
令和の小学生は図工の時間くらいしか凧に触れない。
「あんま遅くなるなよ」
「うん」
風が吹いて色々な匂いがする。
郷愁を誘う家庭の香り。
そういえば美香さん、この間のPHPの虚弱性関係で今は閉店休業らしい。
知人のスーパーハッカー()を呼ぶとかバカなこと言ってたっけ。
まぁニュース聞いた途端サーバーの電源引っこ抜いたらしいからあの人は豪快だと思う。
「たーこーたーこーあーがーれ」
完全に不審者。
ところで、人間型の物体が空を飛ぶというのは色々と無理がある。
空気より軽ければ飛べるかもしれないが安定飛行に向いた形を人体はしていない。
では変態した徳香はいかにして飛んでいるのか。
凧みたいに平面になって飛ぶ。
一応下から見たら普通に見える。
その飛行する姿、横から見たらヒラムシみたいで気持ち悪い。
賢明かつ博学な読者諸氏にとっては余談だろうが、磯の石の下や海底にすむ扁形動物有棒状体亜門ヒラムシ目(多岐腸目,Polycladida)の総称であるヒラムシは普段男女の区別なく、お互いのちんこをブッ刺しあうペニスフェンシングで文字通り雌雄を決し負けた方がメスになる。
世には負けられない戦いがある。
「だいたいさー。君が何を家族に言おうと人間そんなに変わらんと思うよ香ちゃん。周りは変って言うだろうけど君たち仲良しじゃん」
本人がいないのに独りごつ徳香。
自分も姉に電話してみようかな。
めっちゃウザいけど。
「あっ! ノリリちゃん!?
リョーマきゅんノリリおばさんだよ!?
え? でない?
おばさんと結婚するとか言ってたのに!
え? 『言わされてた』? ソンナコトナイヨー!」
姉よ。後半棒読みだぞ。
徳香から電話するのは珍しい。
恐竜の現物を見た恐竜少年や、デンチャを見た電車好き一歳児のように大興奮な姉を宥めすかして話をする。
「ところでノリリちゃん」
「何。姉さん」
「うちの大学にね。空飛ぶ銀色の巨大ヒラムシはいないかって連絡きているんだけど」
「凧です」
「たこ? 大阪はたこ焼き美味しいよね。今すぐ持ってきて。マッハで持ってきて」
「イヤ、ソウジャナクテ、凧揚ゲノ凧ジャナイカナー」
後半棒読みな徳香。
「たこかー。たこだよねー。中国では龍型の凧あげて騒動になったりするし。動画で見たっけ。……ノリリちゃんじゃないよね」
多分間違いなくきっとそう!
「えっとその……凧だよ! 間違いない!」
「推定15メートルから60メートル超えるのに?」
「凧以外にあり得ないじゃない姉さん!」
「なんか旅客機と並走して飛んだって報告も聞くけど。音速の壁に形が耐えられないから錐みたいな形になっていくと思うけど上から見たら人間の形に似ているって」
「絶対凧! ほら多分通信大手『こすもす』の実験機だよ知らないけど!」
「あそこは成層圏まで観光用商業気球出したり時々飛行許可出さずにやらかしてたからなー。社長は当時女子高生だったっけー」
姉が納得する程度にはかの会社は問題あるのだが、先日『ジェットで空飛ぶデロリアン』の動画をYoutubeにあげてバズっている。
最後は落ちて破壊されたが操縦者である社長の兄はなぜか無傷だったらしくそこもバズった。
「いえ、恐竜時代にタイムトラベルしてきた間に傷は治しました」
爆発炎上したのに傷ひとつなくジョークを飛ばすニヒルさも顔立ちも割と徳香の好みでドキっとした。坊主頭なのもいい。
あそこなら何やってもおかしくない。
地味に世界長者番付上位陣だし。
確か2017年の世界一も日本在住の無名の女子高生だったかも。
速攻で資産を篤志して消えたらしくその後の話を聞かない。
あの年は真夏の東京に雪が降ったり色々あったな。
最近日本人は頑張っているらしいけど徳香には関係ない。
彼女はサボる。
糸の切れた凧のようにふらふらと。
ヒラムシのようにうねうねと。
「あっ!? ノリリおばさん!」
「よっ! 少年元気かー!」
帰りしなに姉宅に寄り、背が伸びて逃げようとする甥っ子を捕縛してほっぺすりすり。
高校生には大迷惑。
姉の部屋には『謎の巨大ヒラムシ』のUMA写真が額付きで飾られていた。
やっぱバレてた。
本日の決め技:デスボイス
火事を消し止めあるいは足腰立たない老人を1メートルも飛び上がらせる魂の熱唱。
タケシゴーダ・ジャイアーヌという中世末の伝説の歌手が創始者とされる。
代償は「40歳ほどの女性。川原で猫を連れて一人凧揚げしひたすら歌っている」という不審者情報。
……今回巨大化なし!!
「財務省糾弾デモ過激化の顛末。若手官僚たちの奮闘と日本経済復興の兆し」「『こすもす』、国内スーパー大手新堀食品と業務提携。凧とドローンを用いた災害通信及び物流網構築に意欲。令和に川登り帆船復活か」




