風呂
徳香は今年39歳。来年40歳。
今朝も「あんたももう若くないんだから」という親のメールを削除。
彼氏とかいたり家庭とかお金あったらやっているし。
とりあえずメイクはする。
一重を二重にするのはやめた。
眼鏡をかける。
お腹周りがゆるいのは昔からだから大丈夫。
ダイエットは明日やる。
その決意表明、はじめてはや約40年。
胸はそこそこあるしお尻だってあるし容姿にはそんなに不満はない。
Dもあったら邪魔だしたとえ運動不足と加齢で垂れ気味でも後ろはあまり気にならない。
服は制服があるから困らない。いつもは高校と短大のジャージがまだある。
会社からアプリの通知。
今日日なんでもアプリだ。
「VTOに同意してください」
ボランティア休暇と訳されるが別に故郷の熊本や母の実家がある石川の復興を手伝いたいだろうから別枠の有給をあげますというものではなく、単に調整休である。
同意しないと出勤したところで勝手に調整休にされる。もちろん無休で帰される。
ちなみにアプリ内では出勤予定扱いでも現場の上司判断で当日休みにされなおかつ「教える義務はない」と欠勤者がいても休みにされ出勤してきたのに調整休同意書の記入を求められる。いつか労基に訴えてやるとしてVTO通告があるだけでも今回はマシだと徳香は思う。前はなかったし。
よいしょと腰を上げて首の痛みに辟易。
ついでに今朝は両足こむら返りで悶絶。急に両足伸ばすの良くない。
「水飲みなさい。こむら返りには水飲むこと! あとカルシウムとマグネシウム!」
母の無駄に流麗な文字が書かれた付箋を剥がさないまま埃がついているDHAのサプリを飲み干して出勤……はしなくていいのか。「にしても昨日の深夜23時にVTO入れても寝ているわよ」と彼女は独りごちつつ。
「しゅわしゅわ!」
彼女はサイダーを飲み干し叫ぶ。
ダサいジャージが燐光を放ち、プリンになっている黒髪が揺らぐ。
ところどころにある白い線が消えて艶やかさを取り戻した黒髪は風もなく半ば浮き上がり銀色の輝きと共にその体を覆っていく。
胸の谷間に赤いラインが浮き上がりブルーの模様が乳房から腰元に向けて伸びる。
ーー「で、出光マークがなぜ股間にあるの」
「アレはアポロマーク。あんたのは日本石油さんのマークに似ているだけで偶然よ。私なんてお父さんから淫紋って笑われたから殴っ……もといデコピンしたもん」ーー
石川の女は時々巨大化できる子が生まれる。
母のいうデコピンは父にとっては全治六ヶ月の交通事故である。
あの典型的なもっこすは色々アレだが母に惚れたのは幸いなことだった。その点は今どきのわさもんと言える。
彼女はウエスト周りを見下ろす。
彼女視点ではいつもより遥かにくびれていて銀色に輝き割と艶めかしい。
ただしサイズ的な太さは変化前とは大違いだ。とりあえず屋久杉よりは太いのでは。屋久杉を徳香は見たことないけど多分きっとそうと彼女は思う。
ーー「お母さん! 修学旅行に行ったら巨大化した!?」
思い起こせば早30年近く前。小学生の至極まっともな訴えに母は平然と答えた。
「石川の女は時々大きくなるわ。私は162程度だけど170センチとか。私のおばさんなんて180あるのよ。やっぱりお魚が美味しいからかしら」
「大きくなるって違うわよ! 確かに私150あるけど!」
推定15メートルの大巨人に彼女はなっていた。こうなっては瑣末な幸運だがおねしょはごまかせた。
「でも、寝ていると制御できないからたまに大きくなっちゃうのよねー。あらあらノリリちゃんも思春期かしら」
「思春期とかどうでもいいからなんとかして!?」
「好きな人ができてコーフンするとねー。すっごく大きくなっちゃったりするのよ。私とお父さんのはじめての時とか……きゃ?!」
「なんでもいいから早くして!」
気づかず母とtelepathy。
その後文字通り飛んできた母によりなんとか元の姿に戻り友人達をごまかし、恋をすれば巨大化。エッチな動画を見て色々致して気を失う程度に疲れたら父親が黙って寝室に超大型クレーンで運ぶ。萌えアニメに興奮して築20年の自宅崩壊。などなどーー
……そうして今に至る。
「風呂でもいこう」
彼女の身体は燐光とともに浮き上がり、音速を容易く超えた。周囲で干されていた布団は吹っ飛んだ。
富山湾の一部。石川県は七尾湾。
風光明媚な能登半島を擁する観光の要地である。
今日この湾は沸騰した。
「じゅわー」
巨大な身体を横たえて彼女は背を伸ばす。
腕に戦闘機が当たった。海上保安庁の巡視船もあっぷあっぷ。
漁協のおじさんたちの抗議をBGMに彼女は眠る。
富山湾の波も彼女には些細なエクササイズだ。
「しゅわー」
彼女の幸せが物理的に光となって周囲に広がる。
「あ。ムカつくけど実家に帰って父さんに会ってこないと」
建築会社を継げ継げとうるさいのだ。
父のおかげであらゆる重機を習得したため短大の遺跡発掘部で大活躍できたが。
石川土産を手に彼女は浮き上がる。
「てやっ!」
こうして迷惑なおばさんは一日を過ごすのであった。
本日の決め技:カルマグネシウムビーム
生体小型粒子加速器を内蔵する右腕と左腕をクロスし、両腕から超高速でカルシウムとマグネシウムのビームをそれぞれ投射。
極小核爆発を起こし瞬間的に内部から沸騰した投射対象物は自らの内圧に耐えられず完全破壊される。
ビームと言っても巨大化した状態の徳香の腕の太さから単純計算したところ照射される距離は30センチに満たないものと思われる。
遠距離へ投射すると放射線被害で地球が滅ぶ。
代償は翌日のこむら返り。
2026年10月25日付 産栄新聞日曜版より
「富山湾。漁業資源回復。昨年比3000%。嬉しい悲鳴と漁業関係者」
「熊本市の復興支援、山田建設大活躍。新型16メートル人型ロボット『mAMi』に続き2体目『nORiLi』導入。詳細は企業秘密。新技術は仮称フィクサーフラッシュ。謎の装備仮称ディメンションスティックを社長が語る」




