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初投稿です。
よろしくお願いいたします。
我が国に使者が来やがりましたの。お隣の国、メルジール王国から。
国同士なんだから、使者くらい来るだろうですって?いいえ、とんでもない。わがブール王国の建国以来15年間、一度も来たことはございませんでしたのよ。
それなのに、突然使者がやってきた。それだけでもおかしなことですのに。
「そちらの王子様とうちのお姫様を婚約させたい」
用向きがこれですのよ?びっくりもびっくり、おかしな話でございましょう。
わたくしたちがおかしいと思うのは、今まで交渉がなかったからだけではございません。どう考えても国の格が違うからです。
もともとこの地域には、三つの国がございました。
メルジール王国。
ベイカ帝国。
そして、ナリモニア大公国です。
このうち、ナリモニアは今はもうございません。20年近く前、貴族たちの対立が原因で内部崩壊してしまったのです。硝子の鏡が割れて粉々になるように、ナリモニアは数多の小国に分裂いたしました。そのひとつが、ブール王国なのでございます。
これで納得いただけましたでしょう?メルジールからすれば、ブールなど国の乱れに乗じてできた新興の小勢力。おまけに領地は険しい山で、主要産業は林業と岩塩の採掘です。大国メルジールからしてみれば、わざわざ誼を通じるまでもない。ましてや、姫君の輿入れ先に選ばれるはずがないのです。
それでも、件の王子のお母上、賢明なる我が女王陛下は、使者に冷静に対応されました。なにゆえにそのような話を持ってきたのか。何か事情があるのかと、問いかけられたのです。
わたくしは侍女長である母とともに、謁見の間の壁際に立って見守っておりました。わたくし共だけではございません。城で働く者の多くが集まっております。我らの王子、アルフォンス殿下の縁組と聞けば、誰もが興味津々になるのも当然です。
え?そもそもおまえは誰だ?自己紹介もしないつもりか、ですって?本当ですわね、大変失礼いたしました。わたくしはルマンダ。商務卿を父に、侍女長を母に持つ侯爵令嬢でございます。
さて、メルジール王国の使者を迎えた謁見の間へと話を戻しましょう。
女王陛下に問われた使者は、意外にもぺらぺらと事情を話しました。こちらを侮っていたからかもしれませんし、あまりに馬鹿馬鹿しい事情だったために、やけっぱちになっていたのかもしれません。
「わがメルジール王国の王女殿下と婚約を結び、そののちに破棄していただきたいのです」
「これはおかしなことを言う。いったいなぜそのようなことをするのか」
「王女殿下のお心を満たすためでございます」
(((こいつは一体、何を言っていやがるのか?)))
謁見の間に集う皆の心が、一つになった瞬間でした。騎士団長である王配殿下も、宰相も、外務卿も、みな同じ顔をしております。当たり前です。だって控えめに言っても、ふざけているとしか思えませんもの。
それでも、さすがに女王陛下は微笑みを崩されませんでした。
「何か事情があるのじゃな。申してみよ」
「はは!」
使者は語ります。それは何とも言えない、おかしな話でございました。
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メルジールの国王陛下には、数人のお子様がおられます。その中でも三の姫君はたいそう見目麗しい方で、幼いころから皆に愛されておられました。特に祖父に当たる前の国王陛下は、この姫君をそれはそれは可愛がっておられたそうでございます。
それがよくなかったのでしょうか。愛らしい三の姫君は、次第にちょっと変わった娘に成長していったのです。
「わたくしは、この世界の主人公なの」
姫君がこんなことを口にされた時には、周囲は皆、笑って肯定いたしました。子供らしい戯れだと思ったからございます。
しかし、それを機に三の姫君の奇行が目立ち始めます。
例えば、二つ年下の妹姫とお茶会をしていた時。
「あなたはなぜ、わたくしの持ち物を欲しがらないの?どうして持ち物を盗ろうとしないの?」
当然ですが、妹姫は大変困惑されました。いったい姉君がどんな意図でそんなことをおっしゃるのか、まるで分らないのですから。しかし、妹姫は年の割にはしっかりした方でしたので、こうお答えになりました。
「必要なものは、お父様お母様や周りのものに相談すれば手に入ります。それになにもかも手当たり次第に欲しがるのは、わたくしは良くないことだと思っておりますの。ですから、お姉さまのお持ちのものは可愛らしいですが、欲しいとは思いません」
それを聞いた三の姫君は、なんだかとても不服そうでした。
また、別の時。姫君がだいぶ大きくなられてからのことですが、お仕えしていた若い護衛騎士が、結婚して親の領地を受け継ぐことになりました。婚約者の令嬢とともに、退任の挨拶に伺った時のことでございます。
姫君はこう、お言葉をかけられました。
「あなたが本当は誰を愛しているか、ちゃんと分かっています。でも、わたくしたちの間には身分の差がある。乗り越えようとすれば、自分たちも周りも傷つくでしょう。仕方のないことだと思って、どうかその方と幸せになってください」
騎士は腰を抜かすほど驚きました。だって姫君が突然、秘密の恋人かと誤解されるようなことをおっしゃったのですから。しかも婚約者の目の前で。
この出来事は、騎士の家と婚約者の家を巻き込んだ騒動に発展したそうですが、なんとか丸く収まりました。当然ながら、騎士と姫君の間には、誤解されるようなことなど何もなかったからです。
このようなことがいくつか続きますと、良くない噂が囁かれるようになります。さすがに娘を溺愛する現国王陛下も、このままではいけないと考えるようになられました。
「どうも三の姫は想像力が逞しすぎる。それが悪い方向へ働いているのではないか」
一番良いのは、三の姫君をどこかに縁付かせることだと、王様は思われました。伴侶を持ち子供が生まれれば、しっかりと現実を見るようになるのではないか、と。
しかし、ここで問題が起きました。三の姫君が、とんでもないことを言い始めたからです。
「一度、婚約破棄をされたい」
姫君が言うには、まず身分の高い男性と婚約をする。そしてその男性と婚約破棄をする。そののち、さらに身分の高い男性から求婚を受け、結婚する。そうすれば間違いなく自分は幸せになれるというのです。しかも、最初に婚約する男性は、銀髪に紫の瞳をした美丈夫でなければならないと主張いたします。
両親であるメルジール国王夫妻は呆然とされました。破棄する前提で婚約するなんて、聞いたことがありません。一般的な価値観から言えば、婚約破棄というのは責任がどちらにあるにせよ、両者ともに傷がついたとみなされます。そんな傷を、わざわざ娘に負わせたい親がいるでしょうか。
ご両親は、一生懸命に諭しました。そのようなことをしなくても、幸せになれる。それに、破棄前提の婚約をする男性にも、新たに婚約する男性にも、あまりにも失礼だと。
しかし、三の姫君は頑として聞き入れません。自分が婚約破棄されることは運命なのだ。運命に逆らえば自分ばかりでなくメルジール王国、いやいや世界そのものによくないことが起こるかもしれない。なぜか姫君は確信をもって主張なさるのです、
そうこうしているうちに、面倒な横やりが入ります。話を聞きつけた前の王様が、溺愛する孫娘の願いを聞き入れてやれと、口を出してきたのです。
大変に失礼なことではあるが。見返りに相応の利益を約束すれば、承諾する者もいるのではないか。前の王様は、そう主張なさったのでございます。
暫くの押し問答の末に、国王夫妻はしぶしぶ、婚約破棄を受け入れてくれる相手を探すことにいたしました。しかし、お相手探しは難航します。失礼だということばかりではございません。銀の髪に紫の瞳という条件が、まずもって難しいのです。しかも、姫君のお相手としておかしくない身分でなければならない。そんな都合の良い人物が、果たしているでしょうか。
該当者がいないことを理由に、三の姫君と前国王陛下を説得しようとしていた王様の目論見は、思いがけなく打ち砕かれてしまいます。
たった一人だけ、該当者がいたからです。
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使者の話に聞き入っていた皆の視線が、女王陛下とそのご家族に集まります。玉座に座り、渋い笑みを浮かべている女王陛下の瞳は紫。その傍らに大剣を手にして立っている無表情の大男、王配殿下の髪は銀。そして、その隣で微笑んでいるお二人の息子、麗しいアルフォンス殿下は銀の髪に紫の瞳です。
メルジールの使者が、話を締めくくります。
「もしお引き受けいただければ、今の通商関税を10年間半額にいたします。さらに、我が国が輸入する貴国産の木材と岩塩を、二割増しにいたしましょう。もちろん、ご協力くださる王子殿下の縁組も、我が国が責任をもってお世話させていただきます」
「ふうむ…」
女王陛下は、口元に扇子を当てて思案なさいます。室内に控えているわたくしたちの間にも、ひそひそというざわめきが広がりました。関税や輸入枠は、我が国の収支に大きく関わることです。無理もありません。
「少し考える時間が欲しい」
「もちろんでございます」
使者はまた返事を聞きに来ると告げて、そそくさと退出していきました。
その姿が消え、バタンと広間の扉が閉められます。ふうっと室内の空気が緩みました。
宰相が首を振り振り、口を開きます。
「まったく、あれは何だね。失礼な奴らだ」
「ほんとだよね~。侍女長さんよお、お貴族様っていうのは、みんなあんなに失礼なの」
「バカなことおっしゃらないでくださいな、外務卿。皆あんな輩だと思われるのは心外です」
わたくしも、こちらを軽んじる提案だと思います。しかしメルジールと争えるほど、今のブールは強い国ではありません。それに少ない産品を細々と売って金を稼いでいる現状を考えれば、メルジールの提案が魅力的であることも間違いはないのです。
ワイワイガヤガヤ。皆が勝手に話していたところに、ダン!と大きな音が響きます。強面の王配殿下が、持っていた大剣を床に叩きつけたのでございます。
「この件については、アルフォンスに一任する」
静まった部屋の中に、雷のように大きい王配殿下の声が響きます。女王陛下は、いつも通りの涼しげなお顔を、アルフォンス殿下に向けました。
「そなたもいずれこの国の王となる身です。よく考え、最善の道を選ぶように」
「もちろんです、母上」
アルフォンス殿下はニコリと微笑まれ、優雅に一礼なさいました。
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