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あれから数か月が過ぎました。
結局、アルフォンス殿下はこの失礼な申し出をお受けになりました。そして何度もメルジール王国から使者がやってきて、ブールと詳細をつめます。
三の姫君としては、正式に婚約を結んだあとにいろいろ辛い目にあい、婚約を破棄するという筋書きをお望みなのだそうです。ですが、それでは正式な国同士の契約になりますし、簡単に破棄できるものでもございません。それに何より、ブール王国により迷惑をかけることになる。メルジール王国側はそう言って、三の姫君を説得してくださったそうです。
そうして婚約破棄ではなく、婚約前に辞退するという方法をとることになりました。あくまで姫君のための余興なので、正式な文書は交わさず他国にも漏らさないと決まったそうでございます。
王家の皆様や重臣たちがそのような協議を行っている間、城勤めの者の間でも、いろいろ考えることがございました。
「滞在いただくお部屋って、どうすればいいんですか?」
「食事は?」
「そもそもお世話は誰がするんですか?メルジールからついてくる侍女に、任せればいいんでしょうか」
次と質問が飛び出し、家令や料理長が困り顔で思案しております。
普通に考えれば、城に滞在するお客様ですもの、できる限りのおもてなしをするでしょう。でも、三の姫君は婚約破棄されたいという、変わった願いをもってやってくる方。至れり尽くせりで歓待される婚約破棄って、あるのでしょうか。
「だからって水ぶっかけたり、カビの生えた食事を出したり、ぼろ毛布一枚で空き部屋に放り込んでおくなんて、できないだろう」
「そうだよねえ。病気になっちまうよ。そんなことになったら、メルジールから何を言われるか分かったもんじゃない」
「よく分かんねえけど、婚約破棄さえできれば満足なんじゃねえのか?城で虐められたいとか、そういう希望は言ってないんだろう?」
皆で話し合った結果、なるべく礼儀正しく接するという方向でまとまりました。いくら先方の希望だとしても、どの程度まで失礼が許されるのか分かりません。度を越してメルジールの不興を買うことになっても、責任が取れませんもの。
衣食住に関しては、精いっぱいのおもてなしを。冷遇はアルフォンス殿下にお任せいたします。という作戦です。
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ついにブール王国アルフォンス王子の婚約者候補として、メルジール王国第三王女カーリー殿下がいらっしゃる日がやってまいりました。
アルフォンス王子に女王ご夫妻、大臣たち、それに役職のある使用人が、お出迎えのために城の前に勢揃いしております。
何の因果でしょうか。わたくしは、アルフォンス殿下の隣に立っております。重要な役が与えられてしまったからでございます。
「悪役令嬢」
それが、わたくしに与えられた役割でした。どうもカーリー殿下の妄想、いえ、空想では、見目麗しい婚約者に溺愛する幼馴染の令嬢がいる設定らしいのです。要するに、婚約する二人の間をいろいろと邪魔する役回りです。
…よくわかりませんが、恋のスパイスがあるほうが盛り上がる、ということでしょうか。
問題は、アルフォンス殿下にはそのような方はいらっしゃらない、ということです。するとわたくしの母が、とんでもないことを言い出しました。
「ルマンダが適任です」
「お母さま、何を言いやがりますの?わたくしにそのような大役、務まるわけがございません」
「でもあなたはアルフォンス殿下と幼馴染ですし、一応侯爵令嬢です。何か問題がありますか?」
大ありです。幼馴染というのなら、工務卿令嬢のシルフィーヌだっております。そう言い返しますと、母はため息をつきました。
「シルフィーヌ嬢は、とても魅力的な女性です。しかし、おそらく姫君が想像する恋敵とはかけ離れています。身なりにかまわず、男に交じって鍛冶屋で働き、がははと豪快に笑う女性では、納得してくださらないでしょう」
「でもわたくしだって、雑貨屋の娘ですわ。家にいるときは、店の手伝いをしておりますし」
母が首を振りました。
「そうですが、見た目からは分からないでしょう。きっと三の姫君は、物語のような恋をお望みなのですよ」
「物語…ですか?」
「あなたも本が好きだから、いろいろなお話を知っているでしょう。きっと姫君は、最初の婚約に失敗して、のちに幸福になる女性の物語をお読みになった。それに憧れていらっしゃるのではないかしら」
わたくしは頭を抱えました。憧れならば心の中にとどめておけばいいのに、なんというはた迷惑な方でしょう。傍観者でいるつもりでしたのに、とんでもないことに巻き込みやがりました。
わたくしは、本当は庶民の娘です。
商務卿だ、侯爵だと言ってはいても、それは国の体裁を保つために付けられたもの。父はこの山間の街ブールで、昔から続く雑貨屋の主人なのでございます。
王配殿下である騎士団長は、この街を拠点に活動していた傭兵団長。宰相は、町長。工務卿は町一番の鍛冶屋の親方で、外務卿は傭兵団の斥候部隊のリーダーです。
ナリモニア大公国最後の公女殿下が、忠実な侍女とともに内戦を避けて僻地の山に逃げ込んだ。それを偶然にも地元の傭兵団がお助けした、というのがこの国の始まりです。
内戦でバラバラになった国で露になった、醜い欲望や理不尽な暴力。田舎町ブールは故郷や家族を守るため、独立した国を名乗って必死に生きているのでございます。
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馬車が近づいてまいります。…よくわかりませんが、大国の姫君の嫁入り行列というのは、もっと荷物が多いのではないでしょうか。今わたくしの目に映るのは、立派な白い馬車と荷物を載せた馬車が一台。それが護衛の部隊に取り囲まれて近づいてまいります。
「なんか貧相だな~。相手もやる気ないんだねえ」
小さな声でそう言った外務卿は、奥方に向う脛を蹴られています。
馬車が近づくにつれ、わたくしは不安になり、アルフォンス殿下を見上げました。意地悪令嬢の演技、うまくできるでしょうか。
アルフォンス殿下は、いつも通りに微笑みを浮かべて立っておられます。つるつるのお肌が光を浴びているせいでしょうか。なんだか殿下がキラキラと輝いて見えます。
殿下はわたくしの視線に気づいたのか、こちらを見てニッコリされました。
「ルーはいつ見てもかわいいね。きっと、メルジールの姫君もびっくりするよ」
「な、何を言っていやがるんですか!そんな冗談、一昨日来やがれ、ですわ!」
わたくしは、プイと横を向きました。赤くなった顔を、殿下に見られたくありませんもの。
幼いころから知っているアルフォンス殿下ですが、先日まで数年にわたる留学に赴いておられました。…いえ、留学ではございませんね。世間の荒波に揉まれて来やがれという親心で放り出された、というのが正しいでしょう。わたくしの弟や宰相の孫など、悪友たちと一緒に各地を旅しておられました。
弟の話では、相応に苦労もされたそうです。そのせいか帰国後は殿下も少し性格が変わって、こんなふうに冗談をおっしゃることも多くなりました。
ついに白い馬車が目の前に停車しました。貧相に見えた行列ですが、近くで見れば従う騎士の礼装も、精巧な彫刻を施した馬車も、たいそう立派です。とてもブールでは太刀打ちできないでしょう。さすがに大国は違うのだと、わたくしは感心して眺めておりました。
馬車の扉が開き、侍女の介添えを受けた姫君が姿を現します。なんといえばいいのでしょうか。ふわふわと甘い、砂糖菓子のような方です。淡い金髪も、白い肌も、小柄な体も。わたくしの重たい黒髪や、きつい緑の眼差しとは大違いでございます。わたくしが想像していた「お姫様」を体現したような方でした。
…きっと、本当の貴族の令嬢というのは、このようなものなのでしょうね。アルフォンス殿下のお隣に並んでも、引けを取らない麗しさですもの。
店で売り子をしたり、鉄をハンマーでぶっ叩いたり、そんなこと想像もなさらないでしょう。物悲しい気持ちになったわたくしの目の前で、カーリー殿下がアルフォンス殿下に目を止められました。長い睫に縁どられた青い瞳が、驚きと感嘆に彩られます。
それはそうでしょう。わたくしは密かに頷きました。アルフォンス殿下は、わたくしどものような紛い物の貴族とは違います。ナリモニア公室の正統な姫だった女王陛下。その血を継ぐ生粋の貴公子なのですから。そのお血筋は、メルジールの王族にだって引けを取らないのです。
端正なお顔立ちも、すらりとした立ち姿も、高貴な生まれにふさわしいと思います。それこそ、物語の騎士や王子のよう。
アルフォンス殿下は、見惚れるような笑顔を浮かべ、カーリー殿下に挨拶をなさいます。
「遠いところを、ようこそおいでくださいました。私はアルフォンス。ブール王国の第一王子です」
「アルフォンス様…」
カーリー殿下は目の前に現れた美形に、ぼうっと見とれておられます。もしかすると、婚約破棄はしない、このまま結婚するとおっしゃるかもしれません。
しかし殿下は、一体何のために自分がここ来たのか思い出されたようです。麗しい王子よりも、婚約破棄物語のヒロインになる誘惑のほうが勝ったのでしょう。
カーリー殿下が、とても心細そうな表情でわたくしと殿下を交互に見つめます。
「アルフォンス殿下。お隣にいらっしゃる方は、どなたですの?」
「商務卿令嬢のルマンダですよ。私の大切な幼馴染です」
アルフォンス殿下がいい笑顔を浮かべられる傍で、わたくしも気合を入れなおします。ついに出番がやってきましたわ。なるべく楚々と見えるように、母から教え込まれた挨拶をいたします。
「ルマンダと申します。仲良くしてくださいませ」
姫君が何かおっしゃったら、せいぜい意地の悪い答えをお返しいたしましょう。さあさあ、何か言ってみやがれ、ですわ。
婚約するはずの王子が、ほかの令嬢と仲良く並んで出迎えているのです。本当ならば、従ってきたメルジール人から抗議の一つもあるところ。しかし随行者も出迎えも、みなこの茶番を把握している者ばかりです。わたくしたちの周囲には、田舎芝居を見ている時のような、のんびりした空気が漂っておりました。
カーリー殿下は悲しそうな顔で、わたくしとアルフォンス殿下を見ておられます。
(婚約者に不実な態度をとられるわたくし、すっごくかわいそう!)
そんな風に思っておられるのでしょう。
しかし、カーリー殿下が発したお言葉は、わたくしの想像の斜め上でした。
「アルフォンス殿下は、わたくしをこのようなあばら家に閉じ込めるおつもりなのですね。その方と一緒に過ごすために、わたくしを遠ざけようと」
「え?あばら家?」
皆が一斉に、背後の城を振り返りました。いつもと変わらぬ、ブール城でございます。ナリモニア公国国境警備隊の古い砦で、廃棄された後傭兵団が根城に使っていたという、由緒正しい城。少しだけ、いえ、かなり?ちょっと?…小さくて古くて汚いのは、否定できませんけれど。
「やはり、わたくしとの縁組はご不満だったのですね」
「不満も何も、あんたたちが無理強いしてきたんだろうが」
外務卿がぼそりと呟いた突っ込みは、幸いにもカーリー殿下のお耳には届かなかったようです。
「このようなあばら家で、たった一人、夫の訪れもなく朽ち果てていくのが、わたくしの運命なのですね」
「…」
(((女王陛下のご家族も、使用人もいますよ)))
出迎えるわたくしたちの心の声が、一つに重なります。
カーリー殿下は自己陶酔の極みに入って、ひとりわが身の不幸を嘆いておられます。アルフォンス殿下もわたくしも、なんと声をかければいいのか、分からなくなっていました。
浮気相手の令嬢についての話題であれば、アルフォンス殿下もいろいろと想定しておられたでしょう。わたくしだって、どんな意地悪なそぶりを見せようかと、考えておりましたもの。でもまさか、城のボロさに目を付けられるとは。
女王陛下が侍女長を呼びます。
「王女殿下を客室へ」
母がカーリー殿下を案内して、城の中に入っていきます。「やっぱり中もぼろぼろね!」という姫君の声が、風に乗って聞こえてまいりました。
客室は、今回特別に整えた部屋です。本当の貴族の生活を知る女王陛下やわたくしの母が確認し、姫君に失礼がないようにと、城の侍女たちが精いっぱい頑張って準備をしておりました。
でもきっと、あの姫君はお気に召さないと思われます。国力が違うのですから、メルジールと同じ水準を求められても、無理なのです。それでもカーリー殿下は、可哀そうな自分にまた浸るのでしょう。
なんだか馬鹿らしくなってまいりました。アルフォンス殿下を見上げれば、殿下もわたくしを見て肩を竦めます。
この調子なら、特別こちらが何かしなくても、勝手に虐げられていると解釈して悲嘆にくれそうです。複雑ですが、結果的にはよかったと言えるかもしれません。
お読みいただきありがとうございます。




