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一人居ない……

「か、完全にハヤトの事を忘れておった。」

「ヤバい。全く気付かなかった。」

「け、けど、直に追いついてくるんじゃないか?」


勇者候補の仲間であるハヤトの事を思い出したのは、儂ら三人が昼餉を作っていた時であった。



.........



「野菜があるって嬉しいよな。」

「俺はソーセージが嬉しいぞ。」

「米が無かったのが悲しいのぅ。」

そんな事を口々に言いつつ、儂らは昼餉の準備をしておったのじゃ。


なんでもタケアキが昼餉を作ってくれるとの事ではあるが……タケアキの事であるが故、大きく期待をし過ぎてもあまり宜しく無いと思うぞ。


見れば、バシュ領でアダルーシアに分けて貰った小麦の挽いた粉に水と多少の塩を混ぜ込んだ物を陣笠鍋に入れ捏ねておる。先程は

塩を少な目で別の粉を捏ねておったが、一体全体、何が出来るものかの?


「お!タケアキ。パンか、ナンか、それでもピザか?」

エンタが色々な食ベ物らしき名前を口にしておる。……全く想像が付かぬな。


「んん?いや、パンを焼くのは明日だな。きちんと発酵させとかないと、パンらしく膨らま無いからな。後、ナンを焼くには砂糖がねぇ。

今日は水飩(すいとん)だぞ。」

「妙に拘るんだな……だが、すいとんも有りか。」

「発酵とは何じゃ?」

聞いたことも無い言葉じゃな。


「ん……強いて言えば、人に都合のいい腐り方だな。」

「いやいや、食物が腐ってはならぬであろう?」

「それは人に都合の悪い腐り方で、それは、ただの腐敗ヤバいやつだ。今回は都合の良い腐り方をしたもの、それが発酵だ。」

タケアキは時折、変な拘りをみせおる。違いがちいとも分からぬぞ?


「ふふふっ!アルコール転化……つまり酒精転化って奴で酒だって発酵で出来る。因みに醤油や味噌、醤それに魚醤や納豆も発酵食品だぞ!

厳密に言うのならば菌による発酵作用って奴だ。」

タケアキが何やら知れぬが胸を張って自慢げに言い放つ。

ふぅん?としか言いようも無いな。

醤も味噌も知っておるが、それが如何なる手段にて造られておるかまでは知らぬな。

麦や米、そして塩を使うと言う程度の認識じゃな。


………


「あ〜ぁ味付けかぁ。調味料を手に入れないと辛いよな。ブイヨン、コンソメ?駄目だ!

作るのに手間が掛かり過ぎる。考えたら、今の季節すら知らねえんだよな。」

タケアキが唇を尖らせて物々と何事か文句を言っている。

意外に手先が器用なタケアキが人参などと言った野菜を刻み、次々に鍋ヘと投入していく。


「お!そうだ。その辺の雑草がどれか香辛料替わりになるかを、エンタ鑑定してくれよ。」

「え?タケアキが出来ただろう。あれ?ヤスケが出来るんだったけ?」

「ぬ?儂は出来ぬぞ。」

「あれ?じゃあ誰が……?」





「「「あ!」」」


「か、完全にハヤトの事を忘れておった。」

「ヤバい。全く気付かなかった。」

「け、けど、直に追いついてくるんじゃないか?」

三人共ハヤトを置いてきてしまった事に思い至り、互いに顔を突き合わせる。


「仕方無いな。バシュに戻るか。」

「いや、すれ違いになったら拙いだろう。」

「……仕方なし、儂が遠見で探すぞ。」

「あ、其れがあった。」


.........



「……我が目は千里を駆け 万里を見渡す 天眼通!」

上空からバシュ領付近を鳥瞰するように視線を飛ばした。


左目に天通眼を通して瓢箪型の曲輪に区切られたバシュ特有の城塞の姿が映し出される。

「ヤスケ、どうだ。」

「おらぬな。……ぬ?アダルガー殿はおるが……アダルーシアが居らぬぞ。」

領主館の中を靦いても、執務室にて何やら書類を書き込んでおるアダルガーや奉公人の姿しか見えぬ事に首を傾げる。


「自分の嫁を探すなよ。」

「いやいや、アダルーシアは別に儂の嫁では無いが……」

領主館脇にあるアダルーシアの農園にも姿が見えない。

ふむ、女中らしき娘が水撒きをしておる。


少し範囲を広げ、領内を幾本か走る街道らしき道々へと視線を向ける。

……商人の乗った馬車や、農夫、牛飼いに羊飼いそれに馬丁などがちらほらと歩く長閑な光景が広がっておった。



「……ぬ?おった。」

「お!流石に仕事が早いな。どの辺だ。近いなら俺が拾いに行くぞ。」

「なぁ……ハヤトってー人で追いかけてくる程、行動的(アグレッシブ)だったか?」

エンタは喜んでおるが、タケアキがどうにも引っ掛かるのか眉を顰めておるようじゃな。


「ふむ……アダルーシアが騎乗した上に、鎧兜に、長槍まで持って街道を進んでおるぞ。」

甲胄に外套を羽織って、兜は被って居らず鞍に引っ掛けておる。

……儂とアダルーシアが初めて会うた時の姿であるな。ふむ、これもまた凛々しくて良きかな。


「おい?ヤスケ……趣旨を見失って居ないか?」

「嫁が追いかけて来たからって、惚気るなよ!!」

ヌシら、ここぞとばかりに言いたい放題じゃな。もてない男の僻みか?


「……違う。ハヤトがー緒におる。」


「「えぇ?」」



………



見れば、白馬に騎乗したアダルーシアの後ろを、何故か大荷物を背負ったハヤトが追随しておる。

ん、これは同行と言うより……


中間奴やりもちじゃな。」


「中間?なんだそれ?」

「足軽の更にて下働きをする者ぞ。主人の供を致して槍持ちや荷物持ちを致す。脇差一本を挿し、時には戦いにも参加し、平時は雑用を行う。小物(草履持ち)と侍の間じゃから、中間(ちゅうげん)と申す訳じゃな。」

「こっちの言葉で言えば従者ゲフォルゲって奴か。てか、ハヤトの奴なにやってんの?」

「まあ、いいだろ。それでハヤト連はどの辺りにいる訳?」


「ん、ちと待てい。」

視線を再び上空へと引き上げる。


「ん……あの大きい山の向こう側へと向かっておるな……

ふむ、こちらも山を大きく迂回する街道を進んでおる故に、このまま進めばぐりにえっ?とか言う町に、互いに到着しそうではあるな。」

「そうだな。地図上ではの山の向こう側にある街がグリニエッだったな。この辺りでー番大きい街らしいぞ。」

「確かにな。ここから戻って街道沿いに追い掛けても追い付けないし、あの山を山越えしても遭難しそうだよな。」

白く雪を被る聳え立つ山脈を見上げたエンタがぼそりと呟く。


「其の地図ではグリニエッまでどの位なんだ。」

「分からん。」

エンタの問いにタケアキがあっさりと答える。

「何じゃ、分からぬとは?」

酷い話じゃな、地図も読めぬのか?


「コレで分かるかぁ!?」

タケアキがそう言ってバシュで描かれた地図を差し出す。



「ん……また、ざっくりだな。」

エンタの言うのも尤もじゃな。

動物の皮を薄く舐めした紙の様な物に描かれておるのは、街道を示すであろう線と、読めはしないが、町なり村の名前らしき文字だけの簡素な物であった。

「地図ってこんなモンなのか?」

「距離とか高低差は、防衛上正確に描いたら駄目なんだってさ。」

「せめて何日掛かる程度は、記して欲しいものじゃな。」

……ま、いざとなれば、儂が遠見で上から見れば済む事ではあるがな。



「ま、お互い生きてんなら直ぐに会えるさ。先ずは飯だ。」

そう言ったタケアキが、小麦で練った団子を千切り始めた。

タケアキは楽観的で良いな。

「そだな。飯にするべ。」

エンタも軽いのぉ……


………


「少し、味が薄いかな……食感は良いんだけどな。」

「調味料が殆ど無ぇからな……この時代が元の世界の中世と同程度の文化レベルなら、味付けと言えば、香辛料スパイス香草ハーブ、後は果物の絞り汁と葡萄酒ワイン葡萄酢ビネガーだからな。

やっぱり今一、和食とは相性が良くねぇな。」

「ん、味はついておるぞ。」

二人は首を傾げておるが、儂は此れでも構わぬがな。

「……干し肉と石茸シュタインピルツを出汁に塩と生姜、大蒜で誤魔化しているが……味噌や醤油には敵わん。

早く、発酵食品をどうにか……」

暑苦しく唸っておるが、先程、山を穿ほじっておっておったのは其れか……

タケアキよ。


……ヌシは料理人では無いぞ?



………



良く良く見ておると、タケアキは良く周りを見渡しておる。

視野が広いと言えば良いのか、様々な物に興味があるのか、時たま山へ分け入り、木ノ実を毟っては齧り吐き出したり、草を引き抜いて根っこを確認したりしておる。

そう言えば、蓮根に興味を示したのもタケアキであったな。

そう考えると、何故「鑑定」とやらは、タケアキにでは無く、ハヤトに付いておるのやらな?

其れを聞くと……「ん?鑑定なんか無くても食い物は口にしてみて、料理してみれば食えるかどうかが分かるだろ?」

と笑って言いおった。


……そうなのか?



「あ……猪みたいなものだ。」

そんな事を考えておったら、ぴたりと足を止めたエンタがぼそりと呟いた。

はて?猪は分かるが「みたいもの」とは何ぞ?


エンタの視線の先を、タケアキと共に追う。



「猪…のようなものじゃな……」

「確かに、猪のような者?……だな。」


『ブビィブヒ。』

がっちりとした猪首は短く太い、背面に黒褐色の剛毛が生えており、犬歯が発達し牙が上唇よりも上まで突き出しておる……


ま……二本足で歩いて居らねば猪であろうと思う。然し二本足で歩き、手に棒を持って居れば人とも言える。



猪人オークか……」

エンタが、其の歩く猪を見て呟き両手剣を引き抜く。


「タケアキ……おぉくとはどんな奴じゃ?」

「見たままだ。馬鹿力で、体力もあり走るのも速い。頭は良くないってのが定番なんだけど……」

儂とタケアキがそんな会話しておると……



『ブビィブビィイイィン!』

其奴が突然、啼き声を上げた。

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