心優しき戦乙女と、陰謀に耽る女
「おい、どうする?何だか話が複雑化してきたぞ……」
木柵と立木の間で様子を伺っていたエンタが小さく呟く。
「OK、OK!登場人物を纏めるぞ。
まず、あの娘はアダルーシア。くっ殺系堅物純情ツンデレの正統派メインヒロインだな。
次にイロード。悪役で、そこそこ偉いがアダルーシアより下のボジシヨンぽい。恐らくは叔父か分家、そこそこ有能で、常に敬語で話す様なキレ者風悪党タイプ。
そしてベス。お色気キャラで、イロードの愛人、その上かなりの上昇志向あり。恐らくは没落貴族か破産した商家の出。
最後にクルトとアルバン。イロードの子飼いの手下で従士。完全な下っ端、小悪党で主体性も根性も無い。
住民と兵士。一部はイロードの手下が混じっている。
こんな所か?」
……タケアキがまた訳の分からない事を言い始めたぞ。
「お前の趣味が色々と混じり過ぎだろ?!くっ殺系堅物純情ツンデレ正統派メインヒロインって一体何だよ?!情報過多にも程があるぞ。
……そんで導き出される事は何だ?」
「ズバリ!下剋上だな。」
「はあ?……幾ら何でも下剋上は難しいだろう······」
「ほれ、なんでハヤトを監禁してると思う?それも、何故か主人筋である筈のアダルーシアには秘密にしてるんだぜ?!」
タケアキが講師のように人差し指を振って諭す様に話し続ける。
「刺客か……」
「おっ!ヤスケ君。正解です!」
「マジか?!けど、そんなもん成功する訳ないだろ。」
「別に成功はしなくていいんだよ。領主かアダルーシアの部屋にハヤトを放り込んで、既成事実の出来上がり。
······後は子飼いの兵達を率い突っ込んで、関係者を皆殺しする。御上への報告と領民への言い訳とすりゃ十分だぜ?」
タケアキの言葉に腑に落ちる点が色々と思い出された。
……なぜ、旅をしているだけの儂らに態々兵を出した?
兵を出したのにも関わらず、何故に行動がかくも遅かった?
なぜにあの娘……あだるぅしあを孤立させようとした?
儂らに対しての追跡は如何して甘いのだ?
「儂らは旅人じゃ……この地を守らねばならぬ理由などは無い。しかし、無益な血が流れるのは良しとせぬ。」
ヤスケの中に、大きく怒りが巻き上がり始めていた。
………
「.....お、御屋形様……」
天文5年(1536年)の夏の暑い日じゃった。
我が主君であった大宰少弐 少弐資元様は、白装束に身を固め、自ら腹をお召し(切り)になられた。
「お、おのれぇ憎きぃ……大内 左京太夫ぅ……!!の、能登……か、介錯を頼む……」
……我らの力及ばず。うっ……ぅ…お、御屋形様ぁ……わ、我らの手にて、嫡子 冬尚様を御輿に必ずや少弐のお家の復興を……
………
天文22年(1553年)肥前ノ国 勢福寺城……
「な、何故に我が……少弐家の当主である我が、龍造寺ごときに尻尾を巻いて逃げねばならぬのだぁ!?」
ー 冬尚様!龍造寺の兵がそこまで……此処は早くお逃げあれ……
「龍造寺と筑紫は我が家人にあろうが!?な、何故に主家へ……我に弓を引くのや?!……能登守ぃ、の、のう……な、汝は裹切らぬよ……な?」
ー 御屋形様、何を申される!この高木能登守決して少弐のお家に弓引く事などございませぬぞ。
……糞っ!何故に龍造寺と筑紫は主家に弓引くのだ!?許される事では無いぞ!!
おのれぇ……決して許さぬぞ!龍造寺 山城守ぃ……許さぬ!筑紫 下野守.....
………
「……お、おい?ヤスケ、大丈夫か?」
エンタに呼ばれ我に帰った……
タケアキが言った下尅上との言葉にて、前世においての主家の事を思い出しておったようじゃ……
儂はあの翌年に死んだのじゃが……少弐のお家はー体どうなったのであろうな。
……ま、今思っても詮無き事か。
「……うむ、大丈夫じゃて。」
「で、どうするよ?」
「そうじゃのぉ……儂とハヤトで入れ替わるのも良いのじゃが、言葉がとんと分からぬしの。」
「おい!?入れ替わってどうするんだよ?さっさと救出しての撤退だろ!」
……エンタに言われて改めて気付いた。
他家とは言え城が落ちるは、決して気持ちの良い物ではあり得ぬしな。
……どうやら儂は、下赳上が大嫌いな様じゃぞ!
◇◆◇◆◇
朝靄の中、踏込みと共に勢いよく剣を振り降ろす。
幾つもの決められた順に、型に従って剣を振り続ける。
得意なのは槍であるが、剣も十全に使えねば騎士としては恥ずかしい思いをし兼ねん。
馬上にて、徒歩にて、戦場は如何なる場所で起こるかも知れぬからな。
……大剣を一人黙々と振るう女。
それは当然の様にアダルーシアであった。
槍と剣、そして乗馬の鍛錬はアダルーシアが幼少の頃より毎日行っている日課であり、もし万がーにも、婿なり養子なりが来たとしても此の鍛錬は止めるつもりなどは更々無かった。
………
……何時もであれば、早朝の走り込みの後に一時間程鍛錬をする事が日課であったが、あの黒髪と黒鎧が現れた為、村の外に出る門扉は全て固く閉じられてしまっており、馬上訓練と走り込みは自重していた。
……大きく一息をつき、鍛錬用の大剣を手にしたまま領主館の横に掛かった小橋を渡る。
緊急時は叩き落とせる様に質素に作られた橋ではあるが、今の所は幸いにもここまで攻め込まれた事は無いので、少し草臥れ気味で、ギシギシと音を立るが正直、私は嫌いで無い。
この緩衝地は庭園替わりに使われている……いや、私が勝手に使っているだけだな。
ー 此処は私の庭であり、小さいながらも私の王国だ。
……小麦、黒麦、玉蜀黍、南瓜、隠元豆、空豆、大豆、人参、里芋、菜花、苺、蕪、葱、芥子菜などの穀物類や果物などが色々と植わってる。
一番手前は、最近入手したばかりの稲と馬鈴薯の畑もある。
無論、植え付けの時期や温度の差で育成が違う物もあるし、土壌の作り方も違う。
こうやって育てている内に、此の地方に対しての植物の向き不向きが分かっていく。
それと歩留まりの良し悪し、育成の難易度を常に記しておく。
そうやって村人へと反映させ、少しでも石高を上げて領民の生活を豊かにして行くのだ。
……無駄な努力かも知れない。
私が領地を継げれば良いのだがな……王国の法では余程のことが無ければ女領主は許可が降りん。
……何処かに居らぬものか?
私と槍を持って馬を並べる事が出来る様な強者であり、王国に良く仕え、草民の事を常に考える事の出来うる男は……
……い、いや待て?それでは私が男に飢えている様では無いか?
い、いや違うぞ。
私のささやかな農園脇に建てた東屋で一人頭を抱えた。
……違うからな。
◇◆◇◆◇
『チッ……昨日から精神魔法がちっとも効きゃしないわね。何なのかしら此奴?』
ベスが忌々しそうに盛大な舌打ちをする。
目の前では、きょとんとした顔のハヤトが縛られたまま土間に転がされていた。
……(【 精神魔法 ・催眠 】に対抗しました。【 対魔法性 Level.5 】に上がりました。種族Levelが1上がりました。)
ハヤトの脳裏ではこんな報告が矢継ぎ早に上がっていた。
『……一層の事、このまま領主の屋敷に放り込んで構わないかしら?』
ベスがそう言って形の良い顎に手を添え思案顔を浮かべていた。
ー なんだか此の女の人……何処かおかしく無いか?
あ、そうだ。
……鑑定!【 ベ※トリクス=※※※※※ーシェ 】『※※※※※ーシェ家の第※女。※※※※※を得意と※※※※※をも使※※※※※※である。※人』
何だ?レベル差が見えない?!
『大人しくしておきなさいよ。また来るから!』
ベ※トリスクならベアトリクスか。なら、ベッシーかベスが愛称かな?どうでも良い事をハヤトが考えている間にベアトリクス(仮)は、がたがたと音を立て立ち去って行った。
……ヤスケ達、早く助けに来てくれないなぁ。
ハヤトは縛られている為、時間の感覚は正確に掴めて居ないが、一晩明けて朝になっている事は、此の荒屋の隙間明かりで大雑把に把握来ていた。
ー 話せば分かると思ってたんだけど、何を失敗したのだろうか?
縛られ土間に転がされたまま、ハヤトは一人考えていた。
……あのヤスケと対峙した白銀の鎧の女の子。
間違いなく、くっ殺系の女騎士だろう。
ああいう表裏が無いタイプに悪人は居ない。そして、仲間になれば初期には大活躍して、後半のデフレに着いて行けなくなり噛ませキャラになる筈だ。オークとのお色気シーンもあるかな?
そして衛士長、イロードって言っていたな。
あんな糸目の上、丁寧語で話す奴に碌な奴は居ない。鍼を使って人を眠らせたり、何K mも伸びる刀を振り回したりで、目を見開くと大抵悪い事が起こる。
ん、やっばりくっ殺さんと言えばオーク……いゃ触手も捨て難いな……『いゃぁ、初めてなのに……なのに、妊娠しゃう!ぷしゃぁ!!』とか叫んでくれないかな?
などと明らかに考えは脱線し、失礼千万にゲーム脳を全開で空想に耽っていた。
「……何を下らぬ事を考えておる。」
唐突に、少し苛ついた口調の声が聞こえた。
「え?……だ、誰?って、ヤスケぇ?ど、何処から入ったの?!……あれ?な、何か怒ってる?」
「別段怒ってなど居らぬ。チッ……ヌシはもう少し此処で転がっておれ、直に状況が動く故にな。」
そう不機嫌そうに言ったヤスケが、朧げに 壁に溶ける様に消えた……
「は?!はぁ?!ちょ、消えた?!……それに今、『チッ』って言ったよね?!絶対怒ってるよね?俺何をしたの?!ねぇ?!」
土間に転がされたままで、ハヤトが一人叫び声を上げる。
然し、其の問いに誰も其れに答えることは無い。
ヤスケが消えた壁からは返事一つ無かったのであった。
いよいよ、ヤスケの正体が明らかになっていきますね。




