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雪は、降る。

いくつもの真っ白い綿雪がふんわりふわりと舞い落ちる。

おれの頭の上にも。君のまつげの上にも。


「ゆ~き~は~~~降る♪」

ほんの少しはずれた音程が積もる雪の中に溶けてゆく。

「あなたは~こない」

蹴った塊が砕けて小さな粉雪となって舞った。


「失礼だなあ。きたよ、ぼくは」

高く盛り上がった雪の山を蹴散らすおれの後ろに佇んだ君は、不本意そうに言葉をかえして、だけどそこから近寄ろうとはしなかった。

「だね。来たね」

おれは振り返らず雪の玉をつくって、それを目の前で波打つ真っ黒い波に向かって大きく振りかぶった。ボチャンと大きな音がして、だけど間もなく原型を留めず崩れ去っていく。


それをじっと見つめていたらいつの間にか君がとなりに並んでいて、じっと崩れていく雪の塊を視線で追った。

「ホントはさあ、ここで、一緒にツリーとか見たかったわけ。おれは」

隣を一度も見ずに、おれはつぶやいた。

「こない君をずっとね。待ってたわけ」

「うん。ごめん」

「謝らなくてもいいんだけどさ。一緒に見れると思ってたわけなんだよ。ずっと」


海の上に浮かぶクリスマスツリー。街をあげての大きな催しで真っ白埋まるこの街を色とりどりのライトが照らし、海上に冬の花火が舞い散るスペシャルなイベントに一緒に行こうと約束していたはずなのに。

「でも、あなたはこない~~、だったんだよね」

「…ごめん、ね?」


あの日まで煌びやかに飾られていたツリーはもうここにはない。年末の忙しさに紛れて、いつの間にか撤去され何もなかったような日常がそこには漂っている。

ツリーがどこか遠くの街から運ばれてきたときにはニュースにもなって街をあげての歓迎ムードだったのに、終わってしまえばもう用はないとばかりに知らないうちにその姿は消えていた。誰の目にも留まることもなく。


そして。


それと同じように、もう少しで触れることのできそうな冷たい指先を、もうおれには掴み取ることはできないのだ。時間は流れてしまった。

「で?心はもう決まったんでしょ」

「…」

「おれのこと、こんな寒い中ほっぽって行ったんだもんね。それっきり朝になっても帰ってこなかったんだもんねえ?きみは」


寒いけど一緒にいたら大丈夫だよね、って笑って約束したのは君なのに。熱いスープを一緒に飲もうかって、ねえ、言ったよね?


「あの日さ、ずっとおれは待ってた。でも、こなかった。それって、答え?」


新しい年になって、初詣にも一緒にいって「今年も仲良くいれますように」ってお願いするつもりだったのに。それさえ叶わなかった。


「…幸史こうし

名前を呼ばれたのはひさしぶりだった。少しだけ甘くて、頼りなげな声に、君の気持ちがよく伝わってくる。

「なに?」

「ごめん。ぼくはやっぱり彼女のこと…」

「うん」


こうなるんじゃないかってずっと思っていた。

君の隣に潜り込めたあの日。ずっと付き合っていた彼女に振られたんだって酔っ払って弱っていたところに付けこんだのはおれのズルさ。

下心だらけの優しさにまんまとほだされて、流されて…優しい君だからぼくを傷つけまいと同情して…そんな2人に将来なんかくるはずないって、ずっと覚悟していたはずなのに。


「ヨリ戻したいっていわれた?」

「…うん。やっぱりぼくしかいないって」

「ふうん」


おれと同じくらいずるい女。クリスマスの夜、ずっと付き合っていた君より選んだほかの男に二股をかけられていたって泣きついて、死にたいって叫んで…おれから君を奪っていったあの女。きっとまた同じ事を繰り返すだろうに、優しい君は彼女を選んだんだ。


「ゆ~き~は降る。あなたは、来ない…てさ。なんで冬の歌ってこんなに悲しいのばっかりなんだろ」

「さみしくない歌もたくさんあるよ」

「そうかあ?」

それは、さみしくない君だからそう思うわけで。ただでさえこんなに寒いのに、君が隣にいなくちゃ凍えてしまうよ。


「お正月も一緒に迎えたかったな」

「…約束守れなくて…ごめんね」

どうせあいつに一緒にいなきゃ死ぬとか言われたんだろ。

「おれも君がいなきゃ死んじゃうかもね」

「えっ」

「そんなに驚くことかなあ?ちゃんと好きだったんだし…失恋でしょ、これ」

「えっ、そ、そっか…」

目をクルクル回して動揺してるけど…ちゃんとしっかり好きだったよ。ちゃんと恋人だったよね?男同志だったけど…おれは君のことホンキで好きだったよ。


「君がいなきゃ生きていけないよ。別れたくない。一緒にいて」


真っ直ぐに視線をそらさないで、聞いて。受け止めて。おれの気持ち。


「な~~~んてね。そんなこと女じゃないし言わないよ」

固まってしまった君にわざとらしいくらい明るくごまかしたら、あからさまにホッとされてしまった。だよね、男にそんなこといわれても困るよね。


「なんか、もうわかったからいいよ。さっさと行っちゃって」


涙がこぼれちゃう前に。


「今までアリガトね。楽しかったよ」

「幸史…?」

「もう会うことないかもしれないけどさー元気でね」

「いや、でも友達として、さ?」

困ったようにおれを覗き込む顔さえ、やっぱり好きだ。ずるいよ。

「会えないよ。友達の顔なんかして」

「でも学校の中とかで、」

「もう声もかけないよ。他人だよ、他人」


さすがにね。彼女と仲良くしてるモトカレに近寄ることなんかできない。そこまで強くない。


「…怒ってるのか?」

「怒ってないよ。お別れってそういうことでしょ」

「でも」

「サヨナラったらサヨナラだよ。それともおれも泣いたら来てくれるわけ?彼女ほっぽって」

「行くよ」


予想外に真剣な瞳で君はおれにそう答えた。


「幸史が泣いたら、いくよ、ぼくは」


「だから。さあ」


そんな風にハンパに優しいから君は罪作りなんだよ。優しさが誰かを傷つけるってまだわかってない。

君がまだ手に入るならおれは何度でも泣くよ。捨てないで。そばにいて。そう叫んで。


「バカだなあ。誰かを選んだら他の人に優しくしちゃだめだよ。覚えておきなよ。ハンパな優しさはつけ込まれるからさ…おれみたいヤツに」

「何でそんな風にいうの?自分のこと」

「君の優しさにつけこんだから、だよ。気がついてなかった?君はおれを好きじゃなかった。ただ優しさで一緒にいた。そして優しさで彼女を選んだ。おれは選ばれなかった。そういうことでしょ」

「ち、違う」

「違わないよ?そういうことだった。それだけ。もういいから早く行って」


これ以上自分を嫌いになりたくない。情けないことを言いたくない。

しばらくためらうようにおれを見つめていたけど、小さく息を吐くと口を開いて言葉を落とそうとする。


「幸史…あの…しあ」

「それ以上、言わないで」

幸せになれ、なんて君に言われたくない。君を失って幸せになんかなれっこないのに。

「幸せ、なんてさ。おれだったらすぐになるし。君が知らないだけで、おれ、けっこうもててるし。すぐ新しい恋人なんかできちゃうし」

「…」

「それより、君こそちゃんと幸せになりなよね」

「う、うん」

「じゃーね。ばいばい」


それ以上何かを言わせないように、必死におれは手を振った。後ろ姿は絶対に見せたくない。背中までごまかしきれる自信なんか、ない。目一杯手を振るのが今できる精一杯だ。


雪は降る。あなたはこない。


来なかったあなたは、今、おれに背を向けて歩き始めている。さよならおれの初恋。本当に大好きだったから、どうか幸せになって。


降り続く雪に隠されるように、君の背中が白の中に溶けていった。

立ちすくむおれの体にしんしんと雪は降り積もる。


まだやみそうにもない。






fin







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