第36話 先行き
「ごめんなさい!許してください!」
土下座して地面にゴンゴンと頭を打ち付ける、そうでもしないと先に藍さんに殴られる、いや、カリムさんに殺される。
「まったく、胸を揉まれるなんて初めてだ」
自分のあまり大きくない胸を、両手でポンポンと若干恥ずかしそうに叩く。小麦肌のボーイッシュな人がそんなことするとなんだかエッチだ、じゃなくて。
過去のボク!ほんとバカ!なんで抱きついみようなんて思ったのさ!まだ、藍さんの胸も触ったことないのに、それに胸を揉まれたことない?処女か?って何考えてんだボク!
「いっその事、殺してください!!」
こんな生き恥、死んだ方がマシだ!
ズリズリと地面におでこを擦りつけていると。
「顔を上げろ」
ああ、短い人生だった、これにて打首。泣きそうになって顔を上げると、ゴンゴン打ち付けた額から血が垂れている感触が顔に伝わるが、それを見て表情ひとつ変えないカリムさんのキリッとした目を見る。
「俺の胸は柔らかかったか?」
「あ、はい」
「ハイじゃねぇよ、バカヤロウ」
「たはっ!」
真顔で何聞いてんの、それに何言ってんだボク、罪悪感のあまり反射的に変なことを言ってしまい、真顔のまま、いや、若干頬が赤くなった彼?彼女?の拳でおでこをコツンと若干強めに小突かれた。
だけど全く痛くない、むしろ地面に打ち付けた時の擦り傷がヒリヒリ痛む程度、なんで?もう死んじゃった?いや、まだ目の前にカリムさんがいる。
「カリム、さん?」
「何を今更、カリムでいい」
へ?
「え、それだけ?」
リズさんも不思議な様子、もっと、殴る蹴るの暴行をされる覚悟があったのだけど、彼女が分かってないならボクにも何故かは分かりません。
「不可抗力だ、そういうことにしといてやる」
「え?ソラのこと好きなの?」
「あ?」
「う、うっそー、何も言ってませーん」
一瞬だったが可愛く見えたカリムは既にいなくなり、いつものキツイ目つきでリズさんを睨んでいた。リズさんも、本気なのか冗談なのか全然分からない。
「どうせ俺がやらなくてもあいつらがやるだろ」
親指で指すあいつらとはボクのエレメントを指していた、藍さんはボクを睨みつけ、ロロウはいつものように笑っている、けど藍さんはもとより二人とも殺気がやばい!
「じゃ、あとはご勝手に」
「カリムぅ!」
勢いで名前を呼んでしまったが、さすがに助けてなんて言えなかった。
「さて、言い訳を聞こうかな」
「ひっ!」
いつの間にかボクの背後に藍さんが立っていて、慌てて振り向くと、ものすごい至近距離でガンを飛ばされる。ロロウの不敵な笑みも怖いが、こっちも普通に怖い。
「胸ぐらい、いつでも揉ませてあげますのに」
藍さんの斜め後ろで、わざとらしく自分の大きな胸を揉むロロウ、めっちゃ柔らかそう。いや、そういうのじゃないんだけどさ。
「ロロウは黙ってて」
「はいはい」
藍さんがロロウを怒ってる!
が、そんな感心してる場合じゃない、気を取り直してボクに向き直り、で?と引き攣った笑顔で彼女は首を傾げる。
「女って知りませんでした!男だと思ってました!」
これはガチモンのガチ、ボクより背が高くてイケメンなのに女なんて思わないじゃんかさ。女って聞いてないし!男とも聞いてないけど!
「それってさ、失礼じゃない?しかも、それならまだしも、胸を揉むなんて・・・・・・」
「猛省しております!」
そのまま土下座。だって、知らなかったんだもん、逆に君たちは知ってたのかって問題だ。
「あ、藍さんたちは知ってたんですか?」
「え?シャワー室で一緒になったことあるし」
「まあ、最初はビックリしたけどねぇ」
「へ?」
ビックリしたんかい、卑怯だ!くそっ、嵌められた。こんな自分が情けなくて、殴られる前に、自ら再び地面におでこをガンガンとぶつけていると。
「あーもう、わかったから、そんな事しないで」
「え?」
額から血を垂らしていると、藍さんがめっちゃ困惑していた。なるほど、殴られたくなければ自傷行為に走ればいいのか。って、何の解決にもなってない!
「もう、血が出てるじゃん」
「はい、藍さん」
「ありがとう、ロロウ。はい、ソラ、顔上げて」
「はう!」
藍さんがボクの顔を覗き込み、ロロウがハンカチを彼女に投げ渡し、それをボクの顎をクイッと上げて、額に当て傷を抑えてくれる。
なんか傍から見たら、転けて額から血を出してる少年に、お姉さんが手当をしてる構図になってない?
「気をつけるんだよ?」
「き、気をつけます」
転けてないよ?なんかめっちゃ優しくて裏を感じてしまうが、なんかこれで許してくれた。
まあ、女の人を男と間違えるなんてもう二度とないだろう。しかし、これ以上藍さんを怒らせはやばい、なんだかそう感じた。
そして、何人かスクランブル要員を残し、ボクたちは基地の復旧作業を手伝った。
瓦礫の運搬がほとんどだったけど、何事も無く気がつけば二日たち、ボクの機体は修理を終えていた。
〇
6月20日、10時。
パイロット待機室。
今はアルフレート隊のボクたち三人だけ。特にすることもないし、ロロウは長い足を組んで本を読み、藍さんはボクの肩に頭を預けてウトウトと眠っていた。
ガチャ。
誰かな?扉がゆっくり開くと、カリムとリズさんだった。
「お前らだけか」
「やっほー」
部屋を見回して、いつものボクの前の席につこうとするカリム。すると、ふと彼女と目が合って何故かボクは視線を逸らしてしまうと。
カリムは席には座らず、座席に膝をつき、背もたれに肘を置いてボクを見ていた、めっちゃニヤニヤして。
「なんで目を逸らす?」
「いや、そのですね」
なんでですかね?わけも分からず自分の顔が赤くなってるのが分かる。
「あ、俺の事を女として見てくれてるのか?嬉しいな」
「いえ、いや、まぁ、その・・・・・・」
お前カリム、そんな感じだったか?これみよがしにいじりやがってこの野郎・・・・・・。反応に困り、モゴモゴしていると彼女はフッと鼻で笑って体を前に向け席に着いてしまった。男だったらぶん殴ってるぞ、ボクの心を弄びやがって。
するとさっきまで寝ていた藍さんから、猛烈な視線を感じて目を合わす。
「どうしました?」
ボクの問いには答えず、ずっと目を見てくる。
なんだなんだ、何を伝えたいんだ?睨めっこか?
「え?」
わけも分からず、見られている間、ずっと見返していると。
「なんで目を逸らさないの!」
「え!?」
あ、そういうこと!?
目を逸らしたら女としてみてくれてる、って確認してたの!?そんなのわかんねーよ!
頬をプーと膨らませてご立腹な藍さん、もーーー。
「藍さんは女としてというより、もっと大切な人ですよ!」
言った自分が恥ずかしい、フォローになるか?と恐る恐る藍さんを見ると、えへへへ、と顔と耳を真っ赤にして照れていた、めっちゃチョロい。
すると今度は反対側から視線を感じ、案の定ロロウと目が合う。女神様のような優しい笑顔、はいはいあなたもそうなんでしょ?とぎこちなく目線をそらすと。
「私は大切な人じゃないのね・・・・・・、悲しいわ・・・・・・」
なんてこった、めんどくせーな、おい。ついつい、顔が引きつってしまう。
「いや、違うんですよ、そのですね!」
なんでボクが焦ってるのか、でも、オヨヨとわざとらしく悲しむ彼女を無視もできない。しかし、さすがにこれにはすぐにフォローする言葉が浮かばず、どうしようか頭をフル回転させて考えていると。
「俺の後ろで痴話喧嘩するな」
お前のせいだろバーカ!やっぱり殴ってやろうかな?拳を握ってプルプル震えていると。ボクをチラッと見て、フッと鼻で笑われた。
「なんですか!」
「怒るな怒るな、俺はか弱い女性だぞ?」
キー!!ボクよりも男っぽいくせして、マジで男ならぶん殴ってるのにぃぃぃ!それに、遠回しにいじられてる、頭にきてやり場のない怒りを自分のももにドンドンとぶつけてしまう。そうだ、今は多様性の時代、女だからって殴らないのは失礼なんじゃないか?
失礼か、てか暴力はダメだろ、冷静になれボク。こんなんじゃ藍さんに注意できなくなってしまう。
じゃぁ、いったいどうすれば!
「部屋に帰ります!」
ああ、今なら藍さんの気持ちが、何となくわかる気がする。もうダメ、キレる前にこんな所おさらばだ。
「あ、怒った」
他人事のリズさん、もう知らない!ふて寝してやる!
ズカズカと足音大きく誰も寄せつけないようなオーラを出して部屋を出た。
※
「やっちった」
「やっちったじゃないわよ、どーするのよ、かなり怒ってたわよ」
「まったく、ちょっといじられたぐらいであんなに怒りやがって」
「いや、カリム、結構酷かったよ?」
「あの程度でだなーー」
「カリムッ」
「す、すまん・・・・・・、やりすぎちゃったかな?」
「はぁ、藍さん、私も人のこと言えないけどさ、隊長なのよ?」
「・・・・・・だって」
「だってじゃないわよ」
「ごめんなさい・・・・・・」
「みんなして、好きな子を虐める男子みたい」
「俺はそんなんじゃーー!」
「はいはい、そうですね。藍ちゃんもロロウも、程々にしないといつか縁切れられるよ?」
「だから俺は違うって!」
「ヤダッ!!」
「つい、可愛くて・・・・・・。藍さんに流されないようにしないと・・・・・・」
「ホント、大丈夫かな・・・・・・」
〇
みんなしてボクをいじめやがって、いくら弟っぽくていじりやすいからって、さすがに泣いちゃうぞ。
しかも、これでも隊長なんだ、威厳もへったくれもない。
まあでも、レイやツルギもかなり弄られてるし、隊長ってこんなもんなのかな?いや絶対違う、荒木さんは威厳たっぷりだし、黒木さんも頼れる隊長って感じだった、なんでボクだけ・・・・・・。
こんなんじゃ、ただの弄りやすい弟だ!
どうしてこうなった!
ただボクはシロお兄ちゃんのように気さくに、レイのように和気あいあいに、ツルギのように空戦では頼りになる隊長を目指していたのに。
もうやだ、自信なくなってきた。
部屋の隅で、壁に向かって胡座をかいて座っていると。
「おーいたいた、って、ニグルムだけ?」
ちらっと入ってきた人を見ると、いつもの能天気なツルギが一人で入ってきた。藍さんたちの差し金か?まったく、ツルギを使うなんて卑怯な奴らだ。
「なんですか」
「え、なんで怒ってんの?」
「怒って、ません・・・・・・」
何用だと俯き気味に彼を睨むと、なんだか怖気付いたように一歩下がった。彼女たちの差し金じゃないのかな?
「いや、怒ってるよ」
「はい・・・・・・」
ここで藍さんならムキになってそうだけど、ボクは大人だ、今やってることは子供っぽいが、怒ってることは認める。
「仕方ないなあ、お兄ちゃんが聞いてやるから、こっち来いって」
そう言ってツルギはボクのベッドに座り、隣をポンポンと叩く。
「うん」
ボクは重い腰を上げて、彼の隣に座った。




