新たなる門出
その翌日、教団本部の玄関先には、なぜだか馬車が二台停まっていた。わたしは馬車で屋敷に戻り、その後は二重スパイとして宮殿内の動向を調査することになっている。といっても、特段技巧を要することをするわけではなく、以前と同じように宮殿に出入りして、何か気がついたことを定期的にコーブ事務局次長に報告するという、どちらかと言えば楽な任務。事務局次長からは、教団の「違法行為の証拠」として、数枚の書類を手渡されているが、これは、いわゆる怪文書の類。事務局長ではなくエドウィン・キャンベルという個人名のサインが入った意味不明のペーパーで、内容は論理的に見ても矛盾だらけの、とにかく、そういった類のシロモノ。
「頼むわ。他のエリート信徒には、『教祖様の特命により、教団の勢力拡大のため、特殊任務を遂行中』と言っておくから。良い情報を期待してるわ」
見送りに来たのだろうか、コーブ事務局次長は小声でわたしの耳元にささやく。
「は、はい…… できる限りのことはします……が、事務局次長、その格好は?」
わたしは思わず目が点……というのは、事務局次長は、言ってみれば、恋人にでも逢いに行くように美しく着飾り、誘惑するように化粧を施していたから。
「詮索無用よ。あなたは与えられた任務を遂行すればいい」
コーブ事務局次長は短い表現で言った。月に2回か3回、突如として行き先を告げずいなくなるという、まさにその、いなくなろうとする現場と重なったのだろうか。
一方、引き続きわたしのお世話係として同行を命じられたアメリアは、いつものように元気いっぱいに(ただし、場の空気を全く読めていないようだ)、
「がんばっていきましょう! わたしは、え~っと、いつでもどこでもカトリーナさんと一緒というわけにはいかないと思いますが、お世話係として最善を尽くす覚悟です」
と、コーブ事務局長の前で高らかに宣言した。アメリアは、宮殿内のように一定の身分が必要なところは仕方がないが、可能な限りわたしから離れることなく影のように付き従い、お世話係(=政治将校?)としての任務を果たすことになっている。
その時、教団本部の建物の中から、
「おい、こら、待てぇ! またあのヤロウかぁ!!」
と、猛り狂ったキャンベル事務局長の声が響いてきた。
コーブ事務局次長はチッと舌打ちして、わたしとアメリアを一台の馬車に押し込み、
「さっさと出発しなさい。あの馬鹿に見つかると面倒だわ」
そして、自らも、用意してあった別の馬車に乗った。
二台の馬車は、コーブ事務局次長の合図により順序よく発進し、すぐにスピードを上げた。キャンベル事務局長が玄関先に躍り出た時には、既にかなりの距離が開いている(今更全速力で駆けても、追いつくことはないだろうというくらい)。
わたしとアメリアを乗せ、教団本部を出発した馬車は、ほどよい速度で通りを抜け、最終的には、帝都の一等地にあるわたしの屋敷の前でピタリと停車した。屋敷の場所は教えていないはずだけど、これくらいは調べれば分かるのだろう。あるいは、マーチャント商会会長に教えてもらったのかもしれない。




