二重スパイ
コーブ事務局次長は、今や、どういうわけか、気味が悪いくらいにニヤニヤしている。何を考えているのだろうか。質問の答えとしては、報酬がもらえない仕事よりも報酬がもらえる仕事の方が良いに決まっているが、素直にそう言ってよいものかどうか。
思案していると、事務局次長はチッと舌打ちして、
「どうしたの? なぜ黙ってる?? 考えるまでもないことでしょう」
「は、はい……、他に条件が加わらなければ、報酬がもらえる仕事の方が……」
わたしはあわてて返答した。
「何を警戒してるの? 最初に、『悪いようにはしない』と言ったはずよ。疑り深い性格なのね、あなた。でも、まあ、いいわ。まずは、こちらの提案を言うから」
コーブ事務局次長は、ややあきれ顔で話し始めた。その話によれば、提案とは、早い話、「二重スパイとして働かないか」というもの。すなわち、今現在、わたしは言わば「帝国宰相のスパイ」として唯一神教に潜入し、教団の違法行為の証拠を捜しているが、その活動は活動として続けながら(なお、「違法行為」に関して差し支えのない情報はリークしてもらえるらしい)、同時に、ウェルシー伯という立場を利用し、「教団のスパイ」として宮殿内(つまり帝国政府)の動向を探り、その結果を教団に報告するということ。
二重スパイとは、いきなり大変なことを言われたものだが……
「でも……、これは仮定の話ですが、もし、断ったとしたら、どうなります?」
「断るって? 冗談でしょ。あなたに断れるはずがないわ」
コーブ事務局次長は、ゲラゲラと腹を抱えて笑い出した。どういうことだろう。わけが分からず「う~ん」と首をひねっていると、事務局次長は、ゴソゴソとふところをまさぐり、何やらコインのようなものが詰まった袋を取り出した。
「これを見なさい。手付金よ。金貨100枚くらいかしら。受け取りなさい。足りなければ、後からいくらでも支払うわ。それに、報酬は、基本的にはあなたの言い値でいい。あなたのことは、マーチャント商会会長から聞いている。『能力はそこそこあるけど、人間的には最悪、ムチャクチャ金に汚い守銭奴』だって?」
「はっ、はい!?」
なんだか、ものすごくひどい言われ様だけど……、真実なので、反論のしようがない。
細かいやりとりは省略しよう。わたしは、結論的には、二重スパイの提案を受けることにした。帝国宰相の特命をまじめに遂行しても(この上なく悲しいことに無給だから)徒労に終わるだけ。それに比べ、コーブ事務局次長の申し出はインセンティブに富んでいる。やはり宗教団体、資金は潤沢にあるようだ。ただ、宮殿内の動向と言われても……
「具体的に、どのようなことを探ればよろしいのですか?」
「なんでもいいわ。宮殿で見たり聞いたりしたことのうち、重要なことを報告しなさい。帝都の宗教界の様子も、可能な範囲で調べること。このところ、既存の宗教団体との摩擦や軋轢が増えてきてね。ああ、それと、武装盗賊団だ。政府高官の裏情報で武装盗賊団の名前が出てきたら、気に留めておいてほしい」
結構、注文が多いけど、スポンサーの言うことだから、それはそれで善処しよう。




