とある大邸宅
本部の玄関先、建物に囲まれた広場には、既に何台もの馬車が用意されていた。わたしたちは、教祖様、コーブ事務局次長、以下、エリート信徒(お世話係込みで)及び聖戦士と、あらかじめ決められていた順番にしたがって馬車に乗り込む。
コーブ事務局次長は、(教団信徒の伝令により)全員が乗車したことを確認すると、「出発」と、極めて簡潔に合図を送った。すると、馬車は車列を組み、ゆっくりと動き出す。車列の先頭と最後尾は、一義的には護衛のためだろうが、物々しい雰囲気を醸し出す意味もあってか、聖戦士の馬車が固め、聖戦士の馬車に前後を挟まれるように、教祖様、事務局次長、エリート信徒の馬車が数台続いていた。
教団の馬車の車列は、教団本部を出ると、わたしが最初に教団本部にやって来た時とは反対方向に、それなりの市民の居住生活を思わせる清潔な通りから、きらびやかで華やいだ感のある高級住宅地へと進んでいった。この辺りまで来ると、ランク的には、一等地とまでいかなくても、二等地の中でも上位50%以内といったところだろうか。
アメリアは、車窓に流れる景色に目を丸くして、
「すごいですね。大きなお屋敷がいっぱい……」
と、わたしの耳元でささやいた。普段なら大袈裟に驚愕して声を張り上げるところだろうが、今日は「先輩」のエリート信徒やお世話係も同じ馬車で一緒なので、少し遠慮しているようだ。
車列はやがて、とある大邸宅の門の前で一旦停止した。(パチンコ屋のように)けばけばしく飾られた大きな門が、ガラガラと大きな音を立てて開く。あまりよい趣味とは思えないが、裕福な暮らしをしているようだ。この家の住人が大病を患って祈祷を頼んだのだろうか。そうであれば、教団は下層階級や貧民のみならず、富裕層にも徐々に支持を広げていることになる。ならば、教団には多額の寄付金が寄せられ、不明瞭会計のオンパレード……のはずが、今のところ、それを思わせる証拠は見つからない。二重帳簿か三重帳簿でうまくごまかしているのだろうか。
そんなことを考えていると、車列は大きな門をくぐり、程なくして、大邸宅の玄関前に停止した。
玄関先では、この家の主人だろう、初老の男が待ち構えていて、いきなり平伏、
「よくぞおいでくださいました。ああ、ありがたや! ありがたや!」
コーブ事務局次長は馬車を降りると、その男の手を取り、にこやかに営業用スマイルを浮かべ、
「顔を上げて下さい。私たちは、唯一神の前では誰もが平等なのです。唯一神への信仰により、唯一神の力を授かることにより、あらゆる苦難を克服することができるでしょう」
そして、事務局次長に続き、教祖様が馬車を降りると、その男は「ひぃ~」と、けたたましい声を上げ、狂喜乱舞。早い話、この男の妻がここ数日、原因不明の高熱に冒され、生死の境をさまよっているので、教祖様の奇跡の力でなんとか助けてほしいと、こういうことのようだ。




