Episode.70 帰郷
長き戦いの末――
王都グランディアを覆っていた黒雲は、ゆっくりと晴れていった。
人々が息を吹き返し、崩れた街並みには再び光が差し込む。
魔神は滅びた。
刻印の魔物も消え、世界はようやく静寂を取り戻した。
—— 王都・医療院 ——
白い帳が揺れる静かな部屋。
そこに寝ているのは――ルーカス。
彼の身体には深い傷跡が残っていたが、奇跡的に命を取り留めていた。
魔神の攻撃からアルトを庇い、瀕死に陥った彼は、
王都の最高治療師たちによって救われたのだ。
ベッドの脇で、アルトが安堵の息をつく。
「……本当に、よかった」
ルーカスは目を開け、いつものように薄く笑う。
「ふん、心配するな。
貴様に負けを認めさせる前に死ねるか……田舎者が」
その言葉に、アルトも苦笑した。
「全く……最後まで憎まれ口だな」
数日後。
王都の再建が始まる中、王城の玉座の間には、英雄たちが集っていた。
王――セシリアの父が立ち上がり、朗々とした声で告げる。
「よくぞこの世界を救ってくれた。
アルト、リナ、クロード、ルーカス、ツバキ……
そして我が娘、セシリアよ」
その場にいた誰もが、深く頭を下げた。
「この戦いの記録は、後の世に語り継がれよう。
お前たちは光の時代を取り戻した英雄だ」
リナは照れくさそうに笑い、クロードは静かに目を閉じた。
アルトは誇らしげに胸を張る。
ルーカスは少し顔を背けながら、ぼそりと呟く。
「……褒められるのは性に合わんな」
謁見の後。
城の中庭で、それぞれの別れが訪れる。
セシリアは微笑みながら言った。
「私は王族として、この国を支えていかないと……
けれど……またきっと会えるわね、皆さん」
アルトは頷いた。
「もちろん。また一緒に旅ができる日を楽しみにしてる」
次に、ツバキが風に揺れる髪を払って言った。
「私は師匠のもとに戻るとしよう。
龍牙を極めるには、まだまだ修行が足りんからな」
「またどこかで手合わせしよう」
アルトが手を差し出すと、ツバキはにやりと笑ってその手を握り返した。
「約束だ、アルト」
それから数週間後――
アルト、リナ、クロード、そしてルーカスの四人は、王都を後にしていた。
空は晴れ渡り、風は柔らかい。
グランディアの城壁が遠ざかる。
アルトが空を見上げ、静かに呟く。
「……長い旅だったな」
クロードは微笑みながら言った。
「まだ終わりじゃないさ。冒険はしたい時にすればいい。
それが冒険者だ……」
リナは嬉しそうに頷き、ルーカスは鼻で笑った。
「ま、貴様らがいる限り、退屈はしなさそうだな」
アルトは笑いながら仲間たちを見渡す。
その笑顔の奥には、確かな絆と未来への希望が宿っていた。
――こうして、英雄たちは“始まりの街アステル”へと帰路につく。
◆◆◆
――魔神討伐から八年。
世界は平穏を取り戻していた。
王都グランディアは復興を終え、再び活気に満ちている。
そして、英雄たちの旅の始まりの地――アステル。
そこでは、ひとつの小さな再会が開かれようとしていた。
—— アステル領主邸 ——
白い石造りの屋敷。
その広間で、笑い声が響く。
「おいおい、まさか“領主様”になってるとはなあ。
貴族ボーイ、出世したじゃねぇか!」
クロードが肩を叩くと、ルーカスはわずかに顔を赤らめた。
「やかましい。元々俺は領主家の息子だ。
父が引退したから仕方なく継いだだけだ」
「仕方なく、ねぇ。
あの時の王様とのやり取りを思い出すと、なんだかんだ誇らしそうだったぞ?」
アルトが笑いながら言うと、
ルーカスはむっとしてグラスの中身を飲み干した。
「お前ら、相変わらず口が軽いな。
リナ、こいつらをどうにかしろ」
「はいはい、やめなさい二人とも」
リナが柔らかく笑うと、場の空気が一気に和らいだ。
そこへ一人の使用人が近づき、ルーカスに尋ねる。
「ルーカス様、こちらの方々とは……どのようなご関係で?」
その問いに、ルーカスは少し言葉を詰まらせた。
そして、ほんの少し恥じらいながら呟いた――。
「……大切な、友だ」
その言葉を聞いた瞬間、アルトとクロードは顔を見合わせ、にやりと笑った。
「おおっ、照れてる照れてる」
「領主様が“友だ”とは、光栄だなぁ」
「……貴様ら、出禁にするぞぉぉ!!」
顔を真っ赤にしたルーカスの怒号が、広間いっぱいに響き渡った。
だがその夜、彼らは久しぶりに心から笑い合った。
旅の思い出を、戦いの日々を、仲間たちとの時間を――。
まるで昨日のことのように語りながら、夜が更けていく。
◆◆◆
――それからしばらく後。
アルトとリナは、故郷の村で穏やかな日々を送っていた。
村は以前よりも賑やかになっていた。
家の庭先で、ひとりの少女が笑顔を輝かせていた。
名前は――ミリア。
黒髪と澄んだ瞳。
どこか、幼い頃のリナに似ている。
彼女は小さな木の剣を構えながら叫んだ。
「パパ! ママ! わたしもいつか、パパとママみたいに冒険するの!」
アルトは笑いながらミリアの頭を撫でる。
「冒険したいなら、まずは準備だな」
「じゅんび?」
「そうさ。心と体を鍛えて、仲間を信じて、
どんな闇にも負けない心を持つことだ」
リナが優しく微笑む。
「それが“冒険者”の最初の一歩よ」
リーヴァ村の森を抜けた先――
日が傾き、オレンジ色の空が丘を染める。
アステルの街が遠くに輝いて見えるその丘の上で、
アルトはリナの手を取り、ゆっくりと立ち上がった。
「……リナ」
「なあに?」
「俺たちの冒険は一度終わったけど……
これからも、新しい冒険が待ってる気がする」
リナは頷き、空を見上げた。
「そうだね。今度は“家族の冒険”が始まるのかも」
アルトは笑顔を浮かべ、娘を抱き上げる。
「さあ、ミリア。――冒険に行こう」
ミリアが笑顔で頷いた。
風が吹き抜け、雲の切れ間から光が差す。
その光は、かつて世界を救った英雄たちが歩んだ未来へ――
そして、次の世代の冒険者たちへと続いていく。
第二章 『英雄の旅路』は完結になります。
過去編だったので駆け足気味になりましたがアルトたちが何を成したのか、どんな仲間や国が出てきたのかなど把握して貰えたら嬉しいです!
次回はCharacter Statusと幕間のちょっとしたお話になります。(読まなくても問題はございません。)




