Episode.43 禁足の大地
教皇や他の騎士団と合流した一行は数日かけて王都に帰還していた。
そしてそれからさらに数日後、王都を離れ騎士団長アレクの案内で
秘境の禁足地へと辿り着いていた。
霧に包まれた領域に足を踏み入れた瞬間、世界が彩った。
光が差している。
地平線が望める広大な大地。
空気が重くのしかかる。
何時も気を抜くことができないような、張り詰めた圧。
リリシアがローブの裾を握りしめた。
「な、なんかここ……空気が怖いですぅ~……」
声が震えている。
ゼインは静かに土を拾い、指先で擦った。
「魔力の濃度がかなり高い。
こりゃ相当強い魔物がいるだろうな…」
ライガが肩を回す。
「団長、ここが例の?」
アレクは地平線を見つめたまま頷いた。
「ああ。俺が若い頃、何度も死にかけた場所だ……」
その言葉に軽さはない。
冗談でも誇張でもない。
事実だ。
この大地の先に何がいるのか、目には映らない。
だが“いる”。
ミリアは一歩、踏み出した。
「ここで……私は、もっと強くなります」
アレクは横目で見た。
「ここで“生き残れたら” な」
その瞬間だった。
崖が崩れ、灰色の影が飛び出す。
牙狼種。
「Aランクの” シルバーウルフ” だ。
ここでは最弱の魔物だな。」
アレクは表情を変えない。
鋭い牙が月光を反射する。
リリシアが小さく震える。
「こ、こんなのが最弱ですかぁ~!?」
だがミリアは動じない。
狼の肩の動き。
踏み込みの角度。
筋肉の収縮。
(流れが見える…)
狼が跳ぶ。
ミリアの足が滑るように半歩ずれる。
牙は空を噛み――一閃。
スパァッ――!!
血が大地を染める。
狼は崩れ落ちた。
静寂。
ライガが口角を上げる。
「さすがだな」
アレクは小さく息を吐いた。
「完成しているな。アルト殿の教えが生きている」
ミリアは剣の血を払う。
胸の奥が、わずかに温かい。
だがその安堵は、すぐに消えた。
地面が震える。
重い蹄の音。
木々を押し分けて現れたのは、魔牛のような鋼の肉体を持つ巨躯。
「Sランク、” デスタウロス” だ。ここから厳しくなるぞ」
空気が変わる。
リリシアが後ずさる。
「む、無理ですぅ……大きすぎますぅ……!」
魔牛が咆哮し、地を蹴った。
突進。
空気が裂ける。
ミリアは息を整える。
ゆっくりと、深く。
鼓動が整い、体の奥に火が灯る。
世界が、静かになる。
魔牛の角が迫る。
半歩、ずらす。
燕武を駆使して攻撃を躱わしていく。
衝撃が髪をかすめる。
ミリアが反撃するも――。
体を覆う硬化した肉体を裂けない。
刃が弾かれる。
腕が痺れる。
(くっ、なんて硬さ…)
龍牙の呼吸――血流が加速する。
その瞬間だけ、命を燃やす。
ミリアは踏み込み、魔牛の懐に入り込む。
角の付け根。
連撃。
硬化した肉体が割れていく。
魔牛がよろめく。
最後は光を纏わせた刺突。
沈黙。
巨体が崩れた。
龍牙を解いた瞬間、ため息が漏れる。
アレクが言った。
「一対一ならSも倒せる。それが今のお前だ。
だが、龍牙とかいう技……、型があるだろう。
なぜ使わない?」
ミリアは首を傾げた。
「……型? 龍牙に型があるなんて聞いたことが……」
アレクは一瞬考えたが、すぐに全てを理解したような顔をした。
(なるほど…。ツバキ殿が龍牙の型を作ったのはアルト殿と別れた後か……)
「まあちょうどいい。今ここに向かっているやつは龍牙の使い手だ。
色々教わるといい」
ミリアはアレクに頭を下げる。
「何から何まで、ありがとうございます」
アレクはにっと笑い、頷く。
「アルト殿には恩がある。
その恩を返しているだけだ。」
突如、地面が揺れた。
轟音と共に現れた黒い巨影。
六本の腕。
六振りの刃。
SSランク、” デュランセン”。
威圧だけで息が詰まる。
ゼインは驚愕する。
「おいおい……冗談じゃねぇぜ……!」
ミリアは剣を構える。
逃げない。
一歩、踏み込む。
六刃が同時に振り下ろされる。
一撃目、かわす。
二撃目、受ける。
三撃目――
手数が多すぎて攻撃が読めない。
剣でなんとか受けるが衝撃で吹き飛ばされる。
岩に叩きつけられる。
肺から空気が抜ける。
(立て、ミリア――)
父の背中が脳裏に浮かぶ。
もう一度。
龍牙、そして魔装を使う。
光属性の魔力を身体に纏わせ、強化する。
剣が白く光る。
斬る。
だが刃は止まる。
硬い。
圧倒的。
黒鎧鬼の六刃が振り下ろされる。
「ヤベェぞ!ミリアっ」
ライガが駆けつけるが間に合わない――。
死。
その直前。
視界が白光する。
一閃――。
六腕が宙を舞う。
アレクだった。
一振りで、終わらせた。
世界が静まる。
ミリアはなんとか立ち上がる。
悔しさが喉を焼く。
「……届かない」
アレクは淡々と言う。
「今はな」
その時だった。
荒野の最深部から、震えが走る。
咆哮。
空気が裂ける。
本能が凍る。
ゼインが低く呟く。
「……おいおい、まさかSSSランクもいるのか….?」
リリシアは半泣きだ。
「もう帰りましょうよぉ……!」
アレクは目を細める。
「伝説級だ。幻獣クラスの魔物……。
世界に数体しかいない存在のうち、一体はこの禁足の大地にいる。
あいつは……今の俺でも勝てるか分からん」
姿は見えない。
だが存在だけで分かる。
今の自分では、絶対に届かない。
ミリアは震えながらも視線を逸らさない。
恐怖の奥に、炎が灯る。
その日の夜――。
焚き火が静かに揺れる。
傷だらけの体。
アレクが言う。
「明日から地獄だ。逃げるなら今だぞ」
ミリアは迷わない。
「逃げません……」
火が揺れる。
「燕武を極めます。龍牙を制します。
魔装も、完成させる」
アレクの目がわずかに変わる。
「魔装の先にある“魔纏解放” は簡単には届かん」
「それでも……やるしかないんです」
遠くで、再び咆哮。
空気が震える。
アレクは立ち上がる。
「なら覚悟しろ。お前を壊して作り直す。
そしてお前たちもだ」
アレクはライガ、リリシア、ゼインを見回す。
「ライガとゼインは魔装を使えるようになれ。
リリシアは究極魔術…とまでは言わないが、
自分の魔力をコントロールして
あらゆる魔法を暴走させずに発動させることだ」
リリシアは涙目になる。
「まさかとは思っていましたが、
私たちもやるんですかぁ~!?」
「当たり前だ!まだまだ強くならなきゃなんねぇ」
ライガが拳を握る。
ゼインはため息をつく。
「やれやれ…、おっさんには優しくしろよな…」
その日はみんなで笑って過ごした。
しかし、ミリアは荒野の奥を見る。
あの壁を越える。
父を超える。
ザンガを討つ。
「父さん、母さん……」
小さな声。
「私は必ず、強くなるから……見てて……」
焚き火が爆ぜて夜風が沁みる。
魔獣の咆哮が夜を裂く。
そして――修行が始まる。
ここからが、本当の始まり。




