⑩タイミングの悪い、もうウザ眼鏡じゃない人
学園の外れにある古い温室。
その設備室の清掃用具入れに隠された、地下へ続く階段。
地下牢と、どこに繋がっているかもわからない地下通路──学園の七不思議で語られるくらいの怪しい場所である。
「通信機があったから場所を伝えられたが、お前まで捕まっては意味がないだろうが」
ホレスの言う通り、こんなの通信機でもなければ流石に見付けられないに違いない。
だがそんな彼の言葉に、鼻で笑って返す。
「フン、脱出ならできるのだから問題ないわ」
そう。
脱出できるのならば、どうということもない。
「えっ?! なら──」
「もっとも、まだ脱出するつもりはないわ。 どうせなら三下ふたりを捕らえてからよ」
どうせあの夜のように不埒なことをしようと、下衆な面を引っ提げてやってくるに違いないのだ。
遥か東方では『仏の顔も三度まで』とか言うらしいけれど、私は人間風情なので慈悲など一度で充分過ぎる。
今度こそ、痛い目を見せてやらねば気が済まない。
「それよりなんでこんなことに?」
だがなによりも、まずそこだ。
私怨を封じ三下を捨て置くにせよ、交替の理由次第では勝手に動かない方がいい。
「話すと長いが……そうだな、通信の際の情報の足らなさは謝罪する。 初めて使う魔道具への心許なさや時間のなさ、なにより監禁場所が想定外過ぎて焦っていた。 本来は、君に伯爵への伝達と、安全性を保たれた状態での僕の居場所特定を頼むつもりでいた」
三下ふたり以外にも雇われた悪漢がいるようで、そいつらに攫われたようだ。牢に入れられた後も、しばらく監視がついていたらしい。
命綱である通信機の存在が知られるワケにはいかないが、私が郷を煮やし家から出てしまっては、伯爵に窮地を伝えられなくなると、焦っていたそう。
「非は概ね僕にあるにせよ、君も少しは待とうとか思わなかったのか?」
「ウェイン令息が迎えに来たのよ」
「フレドリックが?」
「ええ、勿論想定外なのよね? 善意のようだったし話の辻褄は合っていたから、判断つかなくて困ったのだけど……彼は?」
「僕もわからない。 ああ、先に僕の方から事の経緯を」
「お願い」
ウェイン令息のことは後回し。
ホレスが真っ先に話し出したのは、これまでとあの夜のことからだった。
「君との婚約……というか、僕は自分が継嗣となることをよく思ってなかった。 だが婚約破棄、アレは僕の本意じゃない。 ……操られていたんだ」
「操られて?」
「僕の様子がおかしいと気付いたのはザカライアで、もう一年半程前になる。 皮肉なことに、君との婚約が決まってから僕はわざとおかしな言動をしてたから、それまでは変化に気付かれなかった」
「自業自得だわ。 でも洗脳? なのかしら、一体どうやって?」
「メイプル嬢だよ、差し入れに盛られてたんだ」
それは禁制の魔法薬で、効き目は弱く体内に残らないものの常習性があり、一時的に高揚感を齎し判断力を低下させる……というものだそう。
「問題は常習性だけで、摂取しなければそれもそのうち消える。 ただ判明するまで時間がかかったんだ」
「体内に残らないから?」
「それもあるが、その薬は貴族家で茶に入れて使われ、家督騒動を引き起こし問題視された物で。 結構昔の……しかも隣国の話だったから、特定に時間が掛かった」
三下達とプルプル嬢の繋がりは不明だが、結託しホレスを持ち上げて煽り、その高揚感からいいように使われていたようだ。
「ただ、効き目は結局その程度。 隣国の例同様、親しい相手だから有効だっただけで決定的な強制力とかはない。 自業自得の面もあるし、そう大したことも要求されていない。 だから彼等の云々よりも、流通経路とそれを流した者の目的の方が遥かに大きな問題だった」
侯爵家の事業計画は、一部の恩恵が強いことから反発も多いそう。
王家にも後押しされているだけに表立って手出しはできない上、伯爵家との提携が、反発する中でも特に逆側に位置する貴族等の不満を増幅させたと言う。
「根拠として、プルート男爵家の商会に隣国との取引は今まで皆無。 彼女がどこまで関わっているかは不明にせよ、おそらく切り捨て要員だろうと判断し泳がせることにした。 言っとくが僕とザカライアの独断じゃない、侯爵は勿論、伯爵もご存知だ」
「!」
(お父様……! ホレスのこと『ヒョロウザ眼鏡』って言ってたのにぃぃ!!)
スッカリ騙された。
今思い返せば、私にだけ言えない理由も暗に語っていたような気がするけれど。
「だが自分もまた操られているとも知らないメイプル嬢は、別の薬に手を出したんだ。 今までの薬を改良した品で、主となる原料は元の代替品として使われてる草、効能は同じだが高揚感が桁違いのやつ。 これは国内でも手に入る、禁制なのは変わらないが」
元々盛られたのもその薬を疑っていたらしく、古い薬が判明しなかったのはそれとの成分の違いにもよるようだ。
このプルプル嬢の暴挙は彼女の独断のようで、既に薬を入手した店は押さえているそう。
「いつまでも君との婚約が続き、しかも僕が自分に手を出さないことに焦れたんだろう。 まあだから本意ではなかったけれど、婚約破棄劇も想定内ではあった。 問題はあの後さ、君が襲われたこと。 アレにザカライアが激怒した。 多分黒幕と三下達に大した繋がりはないと見て、好きにさせ過ぎた結果だ、と……」
「まあ……! ザカライア様が激怒するなんて想像できないわ!」
そんな場合じゃないのにニヤけてしまう私を余所に、狭い通路を挟んで向かいの牢のホレスの顔色は悪い。
「……僕もあんな恐ろしい弟は初めて見た。 だからこの状況はまずい、出られる手段があるならさっさと頼む」
「仕方ないわねぇ……あら?」
だがホレスの願いも虚しく、三下ふたりはやってきた。下衆な面を引っ提げて。
「あああ~」
ホレスは頭を抱えた。
「っていうか貴方、タイミング悪くない?」
「……言うなよ」




