戦国大名 織田信長
「ふーむ......知れば知るほど奇怪じゃのう」
帰蝶に再び動きを封じられた一鉄は、信長からの質問攻めにあっていた。出身地、年齢、趣味嗜好から特技まで、ありとあらゆる質問を受けたが、一鉄が正直に答えていくたび信長と帰蝶は首をどんどんと傾げていく。
「未来......か。だが確かに、お主の服装を見れば話がつくかも知れぬ」
「信じられないかもしれませんけど……」
「良い、実に愉快だ! こんなに笑うのは久方ぶりだのう」
流石、史実では時代を作った男である。一鉄は本で見た通りだと思うと同時に、その想像を上回る彼の好奇心旺盛な姿に緊張の汗が溢れ出す。
「お前様。そんなに焦っては、一鉄ちゃんが緊張しちゃうわ」
帰蝶は一鉄を信長から守るように抱き寄せる。一鉄を抱き込める美しい体躯は、戦国時代の女性にしては高身長だろうか。信長は我に返り、少し気まずくなったのか咳払いすると、着崩した大紋を直して一鉄を見据える。
「すまぬな、久しぶりに楽しい話を聞けて舞い上がってしまったわ!」
「いえ! こちらこそ......よかったというか何というか......」
本当に戦国時代に来たのだと実感した一鉄は、これからの未来を考えてしまい表情が曇る。見知らぬ土地で一人、どうやって生きていけばよいのやら。
暗い表情で俯いた一鉄を見て、信長は何かを考えるように顎に手を当てる。
「帰蝶、先ずはその装束を着替えてくるがよい。そのままでは一鉄が苦しかろう」
「はーい。それじゃ一鉄ちゃん、また後でね♡」
信長の一声に、帰蝶は彼の意図を察して奥座敷へと居なくなる。
彼は帰蝶が襖を閉めたのを確認してから、帰蝶が離れたことにも気づかず俯いている一鉄に向き直る。
「一鉄」
「は、はい! なんですか?」
「お主、俺の家臣にならんか?」
「......はい?」
あまりにも唐突の提案に、一鉄は思わず首を傾げて聞き返す。臣下になる。誰が、誰の?
数秒間、頭を捻らせて状況を理解した一鉄は、思いっきり声を上げる。
「俺が!? の、信長様の......家臣に⁉」
「行く当てがないのだろう?」
確かに、帰る場所もなければ知り合いもいない。だが、今しがたあったばかりの人間だというのに、そんなに虫のいい話があるだろうか。一鉄が困惑していると、信長は溜息をはいて言葉を続ける。
「お主が市を助けてくれたのは知っておる。俺はお前の器量と知識を買ったのだ」
そういう事の方が、お主も気楽だろう? と、信長は笑顔で一鉄の肩を叩く。どうやら、この人は読心術に優れているのか、はたまた魔法の仕業か。心の内を当てられた一鉄は、彼の言葉に安堵の息を吐く。
評定とは、現代で言う会議である。恐らく、自分の事についてだと一鉄は悟る。しかし、まだ何の話もしていないのに何故評定に呼ばれるのかは疑問である。だが、一鉄に選択肢はあってない様なものだ。
「......なんか、本で見たのと大分違うんですね」
「ほう? 未来の俺は随分と厳ついか?」
「何というか......今日見た姿とはかけ離れてますね」
「そうか! 未来の俺は随分と有名人だな!」
信長は笑いながら手を差し出す。これをとれば、彼は信長の臣下になるのだろう。一瞬のうちに、様々な考えが一鉄の頭をよぎる。
現代での家族友人。こちらでの生活や安全への不安。
落ち着いて考えた結果、一鉄は信長の手を強く握りしめる。
こうなった以上、受け入れるのが自分の運命だろう。それに、憧れの歴史人物に仕える事が悪い気分ではないのだから。
一鉄の返答を受け取った信長は、笑顔で彼を歓迎する。
「では改めて歓迎しよう、一鉄よ! さて、早速で悪いが、この後評定がある。お主も着替えてくるがよい」
「はい......って、俺も出るんですか⁉」
「お前のための評定なのだから当たり前だろう? 帰蝶!」
信長の声に呼応して、奥座敷の襖がゆっくりと開かれる。鎧と一体化した装束から一転し、美しい黒髪を揺らした小袖姿の帰蝶が現れる。
「それじゃあ、行きましょう一鉄ちゃん♡」
「え、ちょっと⁉ うおおお⁉」
帰蝶は一鉄に急接近し、彼を再び抱きしめるとものすごい力で連れて行く。華奢な身体の何処にこんな力があるのか、一鉄は驚きながらされるがままに連行されていく。
そうして連れていかれた先は、恐らく本丸と思わしき大きな城郭だった。人気のない廊下をしばらく進み、やがて奥まった突き当りの部屋へと到着する。
部屋の中には様々なサイズの肩衣袴が並べられ、お付きの侍女と思われる女性が数人待機していた。
「こんな服、着たことないでしょう? 折角だから選んであげるわ」
「いやいやいやいや、大丈夫ですから!」
「遠慮しないで一鉄ちゃん。私が手取り足取り、優しく教えてあげるから♡」
「いやホントに――大丈夫ですから!」
問答することおよそ五分。押しに押された一鉄は、諦めて帰蝶にされるがままに任せることにした。
流石に健全な男子高校生。人生最大の恥ずかしさに悶えながら、一鉄は張り切った様子の帰蝶に遊ばれるのだった。
「随分と可愛がられたようじゃのう! 俺も初めてやられた時は驚いたものだ!」
「知ってたなら教えてくださいよ......」
「はっはっはっ! すまんすまん」
着替えの様子を聞いて大笑いする信長に連れられて、一鉄は長い廊下を進んでいく。やがて幾つかの部屋を通り過ぎると、一際大きい襖障子が現れる。信長は部屋の前で立ち止まると、一鉄にここで待つよう指示を出す。
「俺が来いと言ったら来い。臣下の者は如何せん頭が固い。急に来ては驚かれるからな」
「わかりました」
信長はうなずくと、目の前の障子に手をかける。
スパンッ! という鋭い音とともに障子が大きく開かれて、信長はゆっくりと部屋に入る。
一鉄がちらりと覗くと、中には小袖姿の武士が大勢おり、その全てが頭を垂れて主君の登場を待っていた。少ししてギシッという足音が止まり、信長がドカリと腰を落とす音がする。
しばらくの沈黙。緊張で静まり返った空間で、信長はやがてゆっくりと口を開く。
「面を上げよ」
一鉄の前では出さなかった低くて重い声。威圧的であり威厳のある支配者の声。一鉄は思わず身震いする。戦国大名の貫録を纏い、一鉄が主君として仕える魔王がそこにいたのだ。




