赤い実り
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──赤い実り
それから俺たちはミニトマトの栽培に勤しんだ。
ネットで情報を調べ、あれやこれやとリーゼとともに世話をして、大事に大事にミニトマトをお世話した。
「あら? それは何ですの?」
と、そう尋ねるのはリーゼの小屋に来たニナさんだ。
「ミニトマトと言うんですよ~。日本の野菜で、今はジンと一緒にこのグリムシュタット村でも育つか試しているんです!」
「ほう。新しい作物ですか。いいですね!」
ニナさんもここでの栽培が上手くいけば、お城でも育てて見たいと言っていた。
「リーゼ姉ちゃん、ジン兄ちゃん。これってどらぐらいで育つの?」
「う~ん。2、3ヶ月くらい?」
「じゃあ、まだまだ先だね」
子供たちは俺が持ってきたアイスを食べながらミニトマトの様子を見ていた。商談のない日のヴォルフ商会とリーゼの小屋は子供たちがお菓子を目当てによく集まる。
「ほう。これは?」
「ミニトマトと言う野菜を育ててるんですよ、クリストフさん」
「聞いたことがありませんな……。いやはやここには珍しいものが多くあります」
クリストフさんもミニトマトに興味を示しながら、ヴォルフ商会の建物で売り上げを報告し、新しいノートとボールペンを仕入れていく。
「ノートとボールペンの方、売上はかなり好調みたいですね」
「ええ、ええ。魔法使い連盟に強い伝手ができましたよ。彼らは魔法使い連盟の施設内に出店してほしいというぐらいでして」
「そこまで!? いや、流石はクリストフさんですね……」
「何をおっしゃるんです、ジンさん。あなたの商品がいいものだからですよ」
クリストフさんの方はノートとボールペンを順調に売り上げている。魔法使い連盟の魔法使いを中心に販売することにしているらしいが、ちょっと問題も生まれつつあるということであった。
「やはり羊皮紙を作っている手工業ギルドから恨みを買い始めていますね。彼らにとっても魔法使い連盟はお得意さんでしたから」
「そうですか……。どうすべきなのでしょうね?」
「ここで退くようなことがあってはなりませんよ。魔法使い連盟はようやく勝ち取った上客です。我々がそれを無視してここで退けば悪い評判が立ちます」
「そうですね。そういう意味ではもう引けないところに来てしまいましたね」
これは俺にとってなかなか責任ある話である。『もう異世界には飽きたから行くのやーめた!』ということをすれば、クリストフさんたちが迷惑するのだから。
これからも扉が続いている限りは取引を続けなければ。終わらせる際にもそれなりの責任をもって終わらせるべきである。
「それでですね。そのことに関係するのですが、魔法使い連盟のフリーデンベルク支部の支部長が是非ともジンさんにお会いしたいと言っているのです。恐らくはどこでこのノートとボールペンをこれからも定期的に仕入れたいのでしょう」
「それは、まあ、いいことではないでしょうか? その方とお会いした方がいいのですよね?」
「できればですが。大きな取引になると商会長が直接という風習がフリーデンベルクにはありますから。ですが、ここからフリーデンベルクまでは1週間程度の道のりであり、道中には危険もあります。その点、大丈夫でしょうか?」
「ふうむ……」
そう言われると困る。
こっちの世界には今のところ2、3日連続で滞在したことはあるけれど、1、2週間も滞在したことはない。やはり俺にとってこっち側は異世界なわけで、いろいろと心配することもあるのである。
それにこの世界には先に討伐した山賊みたいな人たちもいる。道中でクリストフさんが襲われているのも俺自身見ている。ああいう山賊に襲われて殺されてしまったら……そう考えると村の外の出るのはちょっと怖い。
だけど、その反面、このグリムシュタット村以外の人が暮らしている場所を見たいという気持ちもあった。自由都市がどんな場所なのか気にならないわけではないのだ。
「ジン。護衛なら私に任せて。山賊ぐらいならどうにかなるよ!」
「ありがとう、リーゼ」
リーゼが俺の心中を察したのか、そう言ってくれる。ありがたい。
「それでは近いうちにお伺いしますと伝えてください」
「分かりました。そのようにお伝えしておきます」
とりあえず向かうにしても1週間も旅するとなれば、それなりに準備をしておきたい。食べ物とか飲み物とか、身の回りの品どか。なのですぐには向かえないということだ。それをクリストフさんには伝えてもらうことに。
そんなこともありながら、引き続き俺たちはミニトマトの世話をする。水をあげて、大事に大事に育てた。
そして、その努力が実ったのか、ミニトマトの実がプランターに見事に連なった!
「おおー! やったね!」
「うん。ミニトマトはここでも育つみたいだ」
リーゼは大喜びで、俺も大満足。
収穫できたミニトマトの実は18個。これを俺とアルノルトさん、ニナさん、リーゼ、そして栽培を希望する村の人たちで試食した。
「これは酸味がほどよく、瑞々しくて……これまでの野菜にはない食べ心地です。とてもいいものですね!」
「ああ。これは是非とももっと栽培したいものだ」
ニナさんとアルノルトさんはそう言って喜んでいる。
「へえ。こんな変わった野菜があるものなんですね?」
「美味しいし、これはうちでも育てたいなぁ」
村の人たちもおおむね前向きな意見を述べてくれていた。希望者には苗とプランターを渡す手筈になっている。これにはアルノルトさんが出資するそうだ。
「他の作物もいろいろと調べたいのですが、余っている土地などありませんか?」
「新しく開墾しないと土地はないね……。幸いヴォルフ商会が儲かっているから、開墾のために必要な資金はあるんだが……」
「そうですか」
トウモロコシとジャガイモの栽培にも成功すれば、みんながお腹いっぱいになれていいと思うのだけれど、まだまだ難しいか。
「開墾するとなると南側ですね。そちらはまだグリムシュタット伯爵領ですから」
「そうだね。土地とともに開拓者も募集する必要がある」
そう言ってニナさんとアルノルトさんは防壁の向こうにある森を眺めた。
「急ぐ話ではありませんから、ぼちぼちと進めていきましょう」
「ええ。こうして新しい作物もジンが提供してくれたおかげで食べられるようになっていくのでしょうから。これからが楽しみですよ。ふふふ」
というわけで、ミニトマトの栽培に成功!
プランターで家庭菜園をして育ててくれる村人も5、6名集まり、俺はホームセンターで買ってきたプランターと苗、そして肥料などを渡した。
俺としては初めてグリムシュタット村の発展に直接貢献できたような気がして、嬉しい限りのことだった。
「ジンが来てから村が一層活気づいた気がするよ」
「だと嬉しいね。俺もこの村は好きだから、役に立ちたいよ」
試食会が終わり、リーゼとゆっくりとお茶をしながらそんな言葉を交わす。
さて、次に考えなければいけないのは、自由都市フリーデンベルク行きの話だ。
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