聖女候補第一位
『聖女候補第一位か……やはり、目の敵にされるものなのか』
『当たり前ですよ。人は区別され、序列ができると、上の者を羨むものです。そして、その頂点が自身より優れていないことがわかれば尚更。アリア・マグライアが魔法を使えなかったとなると、風当たりは相当強かったことでしょう』
『……』
アリアのやつ。もしも悩んでいることがあったなら、相談してくれればよかったのに。
『ふてくされているのですか』
『そうじゃない。アリアにとって、私は頼りない存在だったのだと思い知っただけだ』
もう少し頼りがいがあれば、アリアもきっといろんな悩みを相談してくれただろうに。
『……』
『どうした、じっとこちらを見上げて』
『……いや、あなたのような人でもそのように思うのだなと思っただけです。もっと傲慢であっても誰も怒らないでしょうに』
『お前な。私だって人の気持ちがわからないわけでは……』
ぶわっと風が勢いよく足元をすり抜けていく。身体を押されそうなほど、やけに力強い風だなと前方を見ると、浮き上がったスケープゴートが赤いラインまで簡単に飛ばされていた。
そしてラインを超えても、さらにスケープゴートの移動スピードが上がっていく。下手したら学園の森の方まで飛んでいきそうだった。
「やばいやばい。勢いをつけすぎた!」
アステルが慌てて風でスケープゴートを空高くまで上げるとふわりと地面に下ろす。
「っあぶねえ……! 壊すかと思った……」
そう言って息を吐き出すアステルに、『凄い威力ですね、出力コントロールはいまいちですが』とフェンリルが落ち着いて告げる。
『確かにそうだが。あんな魔法の使い方してたら、すぐに力尽きるぞ』
呆れたようにそう返せば、案の定アステルは地面に腰をついて「はー疲れた」などと言っていた。勿体ない。あの程度の課題、コツさえ掴めばノアみたいにそつなくこなせるだろうに。
「あ、アステル・ストームさん、合格です! 豪快な魔法でした!」
それにしてもユーリッヒは合格者へのヨイショが凄いな。相手があくまで貴族だから、生徒側が成果を上げたらああやって持ち上げないといけないのか。
教師側も大変だな。
「次は、アリア・マグライアさん」
そう呼ばれた瞬間、周囲がざわめいた。
一気に私へと注目が集まり、やっとか、と大腕を振って歩こうとしたら『ヘスティア様、わかっていますか』とフェンリルが私の横についた。
『あくまであなたはアリア・マグライアであり、学生です』
『わかっている。それがどうした』
『それに見合わない魔法を使うのだけはやめてくださいね』
『お前こそ、手を貸すような真似をするなよ』
『〝誰に〟手を貸すっていうんですか。あり得ませんよ』
嘲笑するフェンリルに、ふん、と私は前を向き直した。
「マグライアさん、大丈夫でしょうか……?」
ユーリッヒが心配そうに告げるので、「心配しないでください、先生」と笑顔で答えておいた。
「すぐに終わらせますから」
ユーリッヒが魔法で初期位置に戻したスケープゴートを見れば、何の音沙汰もなくそこに立っている。
さっさと向こうまで飛ばすか、と手を上げた瞬間、その姿は二つにも三つにも分身した。さらに、どんどん数が増えて行ったと思ったら、ノアが相手にした時よりも随分と大きな図体へと変化していく。
それらを見上げながら、「え? 何あれ、どういうこと!?」「どうして、あんなに数が増えているの!?」といろんなところから声が上がっていた。
『なんだ、数が増えたら体積も割れるわけじゃないのか』
『あくまで分身というだけで、身を切って分かれているわけではないのでしょう』
『だとしたら、親になっている個体を探して、そいつを移動すればこの課題はクリアか』
「きゃああああっ!?」
簡単だな、と思った瞬間、悲鳴が上がった。そちらでは、分裂した個体の一つが女子生徒に目掛けて拳を振り下ろしている。
『もうあんなところまで分裂していたんですね。どうしますか、この距離だと間に合いま……』
「ちょっと行ってくる」
フェンリルの言葉を流しながら、地面に向けて風を吹かした。
すると身体が勢いよく飛んで、一瞬で女子生徒たちの頭上まで辿り着く。
「えっ、アリア!? いつの間に!?」
アステルの驚いた声が聞こえる。
逆さまに落下しながら、地面に向かって指を差し「〝水の壁〟」と呟くと、彼女たちとスケープゴートの前に水の壁ができた。
「ど、どうして、あの子が魔法を使えるのよ!?」
猫目ボブが声を上げる。校舎に戻ろうとしていたノアもこちらを振り返った。
「水の壁だって……?」
「上級生でも難しい魔法なのに!」
ざわめく彼らへ被害が及ばないよう、カーテンを引くように円形の水の壁の中にスケープゴートを閉じ込めれば、そいつらは怒ったようにして雄叫びを上げた。
勢いよく拳を振り上げ地面に穴をあけていく。その速さは、今までの比じゃない。
「なんで、こんなに暴れ回ってるんだ。この人形は」
『あなたの魔力に反応しているのでしょう』
地面にいるフェンリルがしなやかにスケープゴートたちの拳を避けながら答えていく。
「……それで、なんでお前まで攻撃されてるんだ」
『それはもちろん、わたしの魔力にも反応しているからだと思います』
「はあ? だとしたら、この暴れ具合は少なくとも……」
地面に降りようとした瞬間、横から思いっきり殴られそうになったので、いま一度風を地面に向けて出して、再び上空に勢いよく飛んだ。
「お前のせいでもあるってことだな!」
『嫌だな。そうやって人のせいにするなんて、もっと余裕を持ちましょう』
「うるさい! 気づいていたなら、どうして課題の場までついてきたんだ!」
手のひらに火の玉を溜める。一気に燃やすか、と考えた瞬間、『だめですよ、ヘスティア様』とフェンリルが告げた。
『傷をつけたり、破壊してしまっては失格です』
「あ……」
そうだった、と思いながら、火の玉を握り潰すと、しゅうっと煙が立った。
「だが、こいつら全員をラインまで移動させるとなると骨が折れるぞ」
『ヘスティア様、背後に気を付けてください』
身体を返すと、宙に浮いた巨大なスケープゴートが、猫目ボブの時のように腕を伸ばして私を殴りそうになっていた。
「〝秒針の秤〟」
目の前のスケープゴートが停止する。そして石のように固まったかと思えば、そのまま地面に向かって落ちていった。ああ、くそ。
「〝祈り雲〟」
雲を地面に作り、クッションに見立ててスケープゴートを受け止めると『咄嗟の判断、お見事です』とフェンリルが告げた。
『これで傷がつかなくて済みましたね』
「お前も喋ってないで親の人形を探せ!」
『でもこれはあなたの課題ですし……』
ああ言えばこう言う。くそ、もういい。この男に頼るものか。
上に向かって、光の矢を放つと広大な範囲に光が降り注ぐ。水の壁を乗り越えていく光の雨に『どこまで降らせる気ですか』とフェンリルが呆れていた。




