表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/22

Bastard & Master 【20】





【20】






 翌朝。


 一行は旅立ちの準備をしていた。




 黙々と荷造りをしている彼らを眺めながら、ネリーは決意を固めていた。


 トランス状態のクリステルに、捨て身で接触したレオン。

 レオンによって与えられた命の水で、無事に生還したクリステル。

 それが何を意味しているのか、スピリッツ・マスターの端くれである彼女は、もちろん理解していた。


 ふたりは想い合っている


 予感が、現実のものとなった……というだけの事であった。






 命の水に関わる掟──


 ネリーには医療を司る力はまだない。しかし、その掟については学んでいた。




 術師は、病人もしくは怪我人に手をかざした時、病状と共に『想い』を知るという。

 その一番大きな部分に住まう人物こそが、命の水の効力を、最大に引き出すことが出来るのだ。


 しかし、その事実を、術師以外の人間には決して知られてはいけない。


 それが、命の水を使う時の掟であった。




 心に住まう人物が、家族や恋人、あるいは恩師といった、誰もが納得出来る者であれば問題はない。

 しかし、倫理的に許されない関係を知ってしまう事も、多分にあるのだ。

 せっかく病や怪我に打ち勝っても、その後に待っているのが過酷な人生では遣り切れない。

 周りに悟られないように、そんな場合には術師が自ら命の水を施すのである。


 命の水を術師に施された者は、公に出来ない何かがある──


 そんな話がもし一般に広まってしまったら、術師は医療を施す事が難しくなってしまう。


 人の口は恐ろしい。

 想う人物が離れた場所にいる者もあれば、誰も心に住んでいない、寂しい人生を送っている者もいるのだ。そんな人々までが、心に傷を負うだろう。

 そして、身に覚えのある者は、どんなに症状が重くとも術師を拒むかも知れない。

 助かる命に触れる事もさせてもらえず、死なせてしまうかも知れない。


 それを恐れて、術師たちは、『理由を語らない』という掟を作ったのである。






 ネリーは荷物を背負って立ち上がった。

 仲良く、馬に荷物を積んでいるレオンとクリステルに歩み寄る。




「あの……短い間だったけど、ありがとう」


 え?……と、二人がネリーを振り返る。

 少し離れた所で、やはり出発の準備をしていたラインハルトとダニエルも、手を止めてこちらを見た。




 一斉に皆の視線が集中して、ネリーは赤くなってもじもじする。


「え……と……あたし……ここから、ひとりで行くね」


「都へ、一緒に行くのではなかったのですか?」

 戸惑ったようにクリステルが問うと、ネリーは、えへへ……と笑った。


「クリステルやダニエルさんを見てて、あたしも考えたの。みんな、あたしなんかより実力があって……なのに、精一杯頑張ってる。あたしも、背伸びしないで、まずは自分が出来る事から頑張ろうって」

 ちょっと照れたような、しかし、清々しい笑顔であった。


「これからどうするつもりなんだ?」

 レオンが、妹を手放す兄のような気分で不安げに訊くと、ネリーは胸を張って言った。

「世界中を歩くの。自分の足で。困った人々の力になりたいんだ。最初は小さな事しか出来ないかも知れないけど、少しずつやってみる」


「そうか……頑張れよ!」

 短期間で、随分逞しくなったようなネリーの笑顔に、レオンもつられて微笑んだ。




「どうかお元気で……」

 クリステルはそう言って、ネリーを抱き締めた。


「どこにいても、いつも、あなたらしさを失わないで下さいね」

 ネリーはクリステルの腕の中で、コクリと頷き、ありがとう……と、呟いた。

「成長したあなたに、またお目に掛かれる事を、楽しみにしていますよ」

 ネリーは、くすんと鼻を鳴らし、また小さく頷く。




「ネリー嬢」

 いつの間にか側に来ていたラインハルトが、ネリーに声を掛ける。


 振り返ったネリーの手を、ラインハルトが恭しく取った。そっと、そこへ唇を落とした。


「あ……」

 真っ赤になったネリーに、ラインハルトが紳士の微笑を向ける。

「淑女への、敬愛のキスです。あなたの旅立ちを祝福させて下さい」


 ラインハルトのような上品な男に、淑女扱いしてもらって、ネリーは慌てた。

「あ、あのっ……ありがとう。あなたって、いい人ね。それに、よく見るとすごくハンサムだし……えっと……昨夜は、いじめてごめんね」


 ラインハルトは苦笑し、そして吹き出した。


 若い娘が色めき立つような美丈夫を捕まえて、よく見ると……などと言われたのは初めてであった。

 その上、いじめてごめんね……だ。


 この娘は大物になる。

 ラインハルトは愉快な気分でそう思った。




 全員が笑っていた。

 明るい旅立ちとなった。











 ネリーと別れ、そしてラインハルトとダニエルも、フッサールへ帰っていった。

 事後報告に戻らねばならないが、近いうちにフォンテーヌでお目に掛かりましょう……と、言い置いて、ラインハルトたちはフッサールへ進路を取った。




 旅の始まりと同じように、レオンとクリステルは二人きりになった。


 静かで穏やかな旅が、二度目の夕刻を迎えようとする頃──


 美しい田園の風景の向こうに、遠目にも繁栄している事が伺える城下町と、聳え立つ白亜の城を見た。




「あれが……」

「フォンテーヌの都と、国王陛下の居城です」






 城下町へ入ろうとする二人を、クリステルが呼び寄せておいた馬車が待っていた。


 馬車を操る御者の他に、貴族らしき身なりの男と、その従者が、街外れで待っていたのだが、三人共に、こちらの無事な姿を見た途端、破顔した。

「クリステル様っ! よくご無事でお戻りになられました!」

 貴族男が、縋りつかんばかりに駆け寄って言った。


「コルベール殿……あなたが直々にいらして下さったのですか?」

 クリステルも微笑を浮かべる。


 この男も、クリステルの信望者か……?


 やれやれ……という感じで傍観していたレオンに、しかし、コルベールはクリステルに向けるのと同じような眼差しを寄越した。


 クリステルが紹介する。

「ヴィクトール・レオン殿です。……レオン、こちらはクロード・コルベール男爵。私と同じ師に学ぶ、おとうと弟子のスピリッツ・マスターです。今回の到着を、風の精霊に伝達してもらったのですが、受け取って下さったのがこの方です」


 おとうと弟子……とは言ったが、年齢はもしかしたら自分達よりも上かも知れないな……と、レオンは思っていた。

 とにかく無礼にならないよう、レオンはクリステル教官の元で学んできた『青年貴族』に変身する事にした。




「ヴィクトール・レオンと申します。直々のお出迎え、痛み入ります、コルベール男爵」

 胸に手を当てて一礼する。


 コルベールは感激しきり……といった表情で、礼を返す。

 その様子に、妙な違和感を覚え、レオンはちらりと横目でクリステルを伺う。

 クリステルはそれに気付いて、くすっと笑った。




「しかし、なぜここまで来て、馬車に乗り換えるのですか?」

 乗り込みながらレオンが訊くと、コルベールは笑った。

「クリステル様は街中をよく歩かれますので、城下でも人気がおありで……。久しぶりの御帰郷。馬で城下を通り過ぎようとすれば、民に囲まれて、王宮に辿り着くまでに夜中になってしまいますからね」

 呆気に取られているレオンに、では……と言い置いて、コルベールは馬車の扉を閉めた。


「出発だ。安全運転でな」

 人の良さそうなコルベールの声が、御者に告げている。

 レオンとクリステルの馬は、コルベールとその従者が引き受け、一行は城下町へ進路をとった。




「お前さぁ……普通、貴族の姫君が、街中を一人歩きとかするのか?」

 走り出した馬車の中で、レオンが呆れたように訊くと、クリステルは微笑んだ。

「普通は、いたしませんね」


「跳ねっ返りめ」

「お褒め頂き、光栄ですわ」

 すまし顔で言う様子に、レオンは笑い出した。


「でも、さすがに親は心配するだろう?」

 クリステルは肩を竦めた。

「お前ひとりで、軍隊を引き連れているよりも強いからな……と、父は笑っています」

「あははは……そりゃすごい。会ってみたいもんだ、豪傑親父」

 クリステルも笑う。

「それも、褒め言葉……と、取っておきます」


 そして、遠くを見るような目をして呟いた。

 きっと、そんな機会もあるでしょう……と。






 走り出した馬車の窓から都の街並みを眺め、レオンは溜息をついた。


 フォンテーヌの国民でありながら、辺境のトレッカの町しか知らずに育った。

 質素な美しさがあり、辺境であっても、ささやかな豊かさを感じさせるトレッカの町を思えば、我が国がいかに恵まれた国であるか、想像する事は出来た。


 が……しかし、これほどとは……。


 塵ひとつ落ちていない整備された道。

 家々の窓辺には溢れんばかりに花が咲き誇っていて、商店には活気がある。

 何より、行き交う人々の笑顔が明るい。




 こんな国を治めている国王に、自分は会いに来たのだ。

 レオンはひとり静かに、心を引き締める。






 馬車が城門をくぐる。


 広大な前庭の向こうに、視界に入りきらないほどの規模で聳える王の居城。

 白亜の城壁が、夕日を浴びてオレンジ色の光を放っていた。






                                       つづく


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ