第2話「懐かしき戦場」
黎明時───。
北の大地の凍える空気の中を、猛スピードを航過していくドラゴンが一騎……。
「バンメル!! 本当にこっちであっているのか?!」
革製の大きな防寒具に身を包んだナセルが、ドラゴンを駆る爺さんに大声で問いかけた。
真っ赤な目と肌の巨大なドラゴンはかなりの速度を出しており、空気がビュンビュンと耳元を掠めるので近くにいても大声で鳴ければ聞こえないのだ。
それが老人ならいわんや───……。
「人をジジイ扱いするでないわ! んなバカでかい声を出さんでも聞こえとるッ!」
ムスっとした声で返すバンメルの声は、確かによく聞こえた。
ドラゴンの扱いに長けたバンメルは上手く気流の溝を読んでいるらしい。
彼はナセルほど厚着もせず、ドラゴンの背を上手く暴風壁としているようだった。
こればかりは、経験の差としか言いようがない。
ナセルとて長年ドラゴンと連れ添っていたが、バンメルのように空気を読むまでには至っていなかった。
「あーはいはい。……悪かったよ。で、……ホントにこっちか? 俺も北の前線にいたんだぞ? 知見はある」
「……カッ! 何年前の話じゃ。ワシゃぁ、魔法兵団の元帥じゃぞ? つい最近まで最前線におったんじゃ。お前よりは、軍のことは知っとる」
ふふん。と小ばかにしたような目で笑うバンメルに微妙に苛立ちを覚えつつも、奴の顔面にある大きな傷を見るとその気持ちすら萎えていく。前歯も数本ない……。
「……んあぁ? どうした────あ、怪我の事か?? なぁに、戦場での習いじゃ───気にするな、小僧」
カッカッカ! 男前になったじゃろうが、と呵々大笑するバンメルを見ては、もはや何も言えない。
「小僧って……。ちっ」
バツが悪くなって、視線を逸らすように眼下を見下ろした。
そこに広がるやせこけた土地───。
(相変わらず、忌々しい土地だな……)
かつて、軍人時代にそこにいたことを思い出すナセル。
ドラゴン召喚士として前線で激しく戦っていた日々を……。
──ヴァッサ、ヴァッサ……。
バンメルの操る巨大なドラゴンの背を鱗越しにそっと撫ぜる。
(……ドラゴン、か)
この力強い生物───……彼が空を舞う姿を見て心を落ち着けるナセル。
「さぁて、そろそろ前線都市の警戒空域に差し掛かるぞぃ?」
「分かっている───……魔力を温存したいからな、ギリギリまで待ってくれ」
バンメルが暗にそろそろ戦闘準備しろと伝えるが、ナセルは首を振った。
ドラゴン召喚士───改めドイツ軍召喚士のナセル・バージニア、最強の召喚獣『ドイツ軍』は、空での戦いでも最強だ。
……だが、もちろん欠点もある。
つまり、メッサーシュミットにスツーカ──……そして、フォッケウルフにしても、エンジン音が喧しすぎるのだ。
それら千馬力級のエンジン音は腹の重く深く響き、きっと遠くにいても聞こえるほど。
…ゆえに、敵地深く侵入する隠密行動中なら、ギリギリまで召喚すべきではない。
「ふん。……まぁええわい。どのみち、ドラゴンとてそろそろ視認される頃じゃ───その時になって慌てるでないぞ?」
「言われるまでもない」
バンメルに軽口で返すも、北の大地が近づくにつれてナセルの心がざわつき始める。
強大な魔王軍……。
そして、それらに対抗するために編成された最精鋭の野戦師団───。
奴らは強く荒々しい軍人ども……。
(そんなところにリズが……)
ナセルは気が気ではなかった。
あの幼い少女が、前線でどんな扱いを受けているか、想像するだに心が痛む。
無事だといいが……。
「──待ってろよ……。すぐに行くからな」
もはや、全てを失ったナセルには、二人の女しかいなかった。
……──ナセルが命を懸けるに値する二人の女。
汚嫁のアリシアと、
最後の家族───リズ。
そして、既にアリシアはいない。
だからナセルが気にかかる女は、もはやただ一人だけ。
ナセル・バージニアに残された最後の家族──唯一無二の女性……リズ、だた一人だけ!
「……そんなに大事なら、宝箱にでもしまっとくんじゃな───カッカッカ」
ナセルの言葉に深い悔恨を感じ取ったらしいバンメルが、カカと茶化すも、
「……あぁ、そのつもりだ。…………今度はきっとそうする」
ナセルは半ば本気でそう答えた。
本気で……かならず救うと決心し───。
「ふん……。まぁええわ。さっさと姪っ子を救ってこい。そして、大事に大事にしてやるがいい───」
「……言われるまでもない。そして、アンタにもちゃんと借りは返す」
「カッカッカ! その言葉、忘れるでないぞ」
……あぁ、忘れないさ。
────王都での戦いから約一ヶ月。
激しい戦闘に末に勝利したナセルは、無限に再生を繰り返す「勇者」を、召喚した工兵隊により発破した大穴に埋めて来た。
目印として、アリシアの持っていた魔法剣を墓標替わりとし、誰にも知られることのない深い穴に……。
それでも完全とは言い切れないが、監視していた間に復活する兆しはなかったので、しばらくは安全だろう。
いずれ完全に仕留める方法を探すとして、今はそれを脳裏の端に追いやることにした。
ナセルには、勇者の封印よりも最後の家族──リズの救出が、なによりも優先すべきことだったのだ──。
それに気づいた時には時遅し、ただ闇雲に探すしかないナセルにはたった一人の味方もおらず、リズの手がかりは全くと言っていいほど掴めなかった。
…………だが、そんなナセルに手を貸した人物がいる──それが、いわずとしれたこの男──魔法兵団の元帥、殺戮翁ことバンメルだった。
(本音でいえば、こんな奴に頼りたくはなかったが……)
あの日───……。
破壊した王都で目覚めた時、ナセルの傍にいたのはこの翁だった。
信じられないかもしれないが、失神する寸前のナセルに手を貸したバンメルは、雨の中ティーガーⅠの中で眠るナセルをずっと、ずっと待っていたのだ。
無防備で、いつでも寝首をかけたであろうに、ずっとずっと待っていたのだ──あの殺戮翁と呼ばれたバンメル元帥が!
実際、魔力欠乏症のため、幾日も気を失っていたらしいナセルであったが、そのことを知った時はさすがに驚いた。
そして、雨が上がり……。
何日後かに日が昇り、すっかり廃墟となった王都の一画で、リズの行方を知るために手掛かりを探していたナセルに、バンメル元帥が言ったのだ、「身内を探す手助けをしてやろうか?」と──。
(いったい、どういうつもりなんだか……)
もちろん、裏があると思ったナセルは一顧だにする気もなかった。
なにせ、ナセルは王国に歯向かう敵に他ならない。そのナセルに手を貸すメリットがバンメルにあるとは思えなかった。
……しかし、手掛かりはなく、ナセルが途方に暮れていた時にバンメルは、まずは自身の持つ情報を提供した。
腐っても元帥。
しかも、王国最精鋭、魔法兵団を率いるボスだ。
一介の軍人でしかなかったナセルに比べて、彼の持つ情報は桁違いに多かったのだ。
しかも、退役してからかなり月日がたつナセルと比べて、爺とはいえ現役の軍人でもある。
そして次に、金も、衣食も、かのドラゴンさえも差し出してきた──────……。
……一度は刃を交えた爺さんだ───実際、奴の思惑はよくわからないし、ナセルに手を貸す義理もないはず。
いっそ、何か要求してくれた方がわかりやすいが、その気配もない。
きっと腹の底では、ろくでもないことを考えているのだろうが、それすらもわからないと来た。
……だが、リズの手がかりを掴めない以上、藁にもすがる思いのナセルはその提案に乗ることにした。
それが吉とでるか凶と出るか。
企みがあるのか、ないのか……。
(いや、何かしらは、考えているだろうな。……ただで手を貸してくれるようなイイ奴じゃない)
そうして今──ナセルは魔法兵団元帥のバンメルの手を借り、こうして北の最前線に向かって飛んでいるのだ。
「……まぁ、そう構えるな。ワシにはワシの目的がある。……とはいえ、高くつくぞぃ。カッカッカッ! なにせ、誰かさんが城を吹っ飛ばしたお陰で、最新情報はほとんどなかったからのー」
「そりゃあ、すまんこって」
王都をぶっ飛ばしたのは掛け値なしにスッキリしたぜ!
ニヒルに笑うナセルを見て。「……ふん」と、鼻で不敵に笑うと、バンメルはこともなげに言った。
「───お前の探す、姪っ子のことじゃがな……。じつのところ、よくわからんッ」
「な?!」
今さら何言ってやがる?!
思わず激高しかけたナセルが、バンメルの胸倉をつかみ上げようとしたとき、
「……じゃが、王都からの強制労働者が、どこに移送されたか、そのおおよその場所は分かっておる」
バンメルはじつにもったいぶるように言う。まるでナセルの反応を楽しんでいるかのようだ。
「く……!」
思わず振り上げた拳の行き先を失うナセル。
「……そ、それを早く言え!」
カッカッカ!
「若いの~」と、笑うバンメル。
だが、ナセルには笑えたものじゃない。
「カカッ! ま、それも最新の情報ではないがのー。じゃが、そう間違ってもおらんはずじゃ。お主とて知っておろう?……北の前線はありとあらゆる物資を、輸送に頼っておる。……なにせ、生産力が圧倒的に不足しているからな」
それはそうだ。
北の前線は、生産地ではなく消費地だ。軍人が集まる軍人の町。そして、魔王軍との戦いの最前線。
悠長に農業をするような場所ではないし、そもそも、作物が根付く土地ではない。
「武器に糧秣、それに嗜好品。それらの流れはおおよそ掴めておるが……労働力は、また違う。なにせ、物資とはわけが違うからのー。ましてや異端者の係累じゃ、その扱いが公式記録に残っておるはずもない。じゃが、な……───おそらく、慢性的に女が不足する前線部隊のことじゃ。───かならず精鋭部隊に補給されておるじゃろうよ。例えば、お主がぶっ潰した騎兵連隊のような精鋭に、な」
「精鋭、か……」
北の最前線、野戦師団の隷下には、3個の騎兵連隊と、一個歩兵連隊がある。一般に精鋭とされるのはやはり騎兵部隊だろう。その中でも番号の若い順に練度が高いと評されている。
さらに、別組織ではあるが、師団を保管する兵力として魔法兵団が別個配置されているが、精鋭というよりも秘蔵部隊といった方が正しい。
つまり、現状──第一騎兵連隊が壊滅した今、精鋭部隊とされるのは第二騎兵連隊ということになる。
余談ではあるが、バンメルの手下がこの魔法兵団。
そして、ナセルがかつて配属されていたのが歩兵連隊で、実際の所属はその配下の大隊だった。
それが大隊長こと───シャラ・エンバニアの指揮していた部隊でもある。
「ま、あくまで予想じゃ。異端者の係累ともくれば、いくらでも替えが利くと思われとるからのー。……つまり、消耗が激しい場所に集中して補給されているはずじゃ」
ギリリ……!
「補給だと?」
その言葉に怒りすら……!
「……ようするに、扱いには期待するなということじゃ。なにせ連中は気性が荒い、すぐに女を使い潰すからのー」
「だからこそ、そこに移送されている可能性が高いんじゃがのー」と、他人事にように言ってのけるバンメルの態度に、ナセルの額に青筋が浮かぶ。
「ふ、ふざけるな!! 使い潰すって……リズが!? あの子が何をしたっていうんだ!!」
「……落ち着け、小僧。……いくら扱いが悪かろうとも、そう簡単に処分されるわけでもなかろうて───幸い、移送されてから、何ヶ月もたったわけでもあるまい?」
元帥のバンメルなら、軍の公式情報を見ることはさほど難しくはないだろう。
だが、軍の恥部でもある異端者の労働記録が公式に残されているはずもない。それでも、軍という組織である以上何らかの痕跡は残るものだ。
──ちなみに、この時点でリズは野戦師団本部に移送されているため、バンメルもナセルも盛大な思い違いをしたいたのだが……。とはいえ、さすがに王都から距離があるため、二人が前線の様子を知りえないのも無理のないことであった。
だが、まさか王都陥落という状況が、北の最前線を『軍閥化』させているなど、誰が想像し得ようか……。
……ましてや兵士や住民のストレスのはけ口として、私刑が横行しているなど──。
「な、なら───」
「おうよ。王都から連れ去られてそう時間は経っておらん。……ならば、前線に配置されている騎兵連隊をいくつか訪問すればわかるんじゃないかの~?」
「そ、そんな大雑把な方法で?!……それよりも野戦師団本部を強襲し、情報を見繕った方が正確じゃないのか!?」
そうだ。それがいい!
今からでも変針して、本部を急襲する!
……野戦師団本部ならあらゆる情報が揃うし、偉いさんを捕虜にすればもっと詳しいことが分かるかもしれない──。
「アホぉ……。そんな短絡的な方法で見つかるわけがなかろうが」
「な、何だと!」
どっちが短絡的だと、反射的に言い返そうとするも、バンメルの呆れたような声にナセルが憎々しげに顔を歪める。
だいたい、手を貸してもらってはいるが、コイツとは一度殺し合いをしているのだ。
──仲良しこよしをする義理などない。
「……あのなぁ、お主の面は、もう割れておるじゃろうが。……その手管もな───もっとも、わかっていても、お主の召喚獣を相手に、敵う奴など早々おらんだろうが……」
「当たり前だ。俺の召喚獣を舐めるなッ───」
そうとも。
ドイツ軍に敵う奴などいない───!
「……だから、正面からごり押しで行って救出か? アホめが」
それでもバンメルは納得しない。
「お主の取れる手は一度だけじゃよ。……ワシの言うことがわかるか?──ちょっとは、その足りない頭でよーく考えろ」
「く……!」
まるで、かつて魔法学校の校長をしていた時のような口調でいうバンメル。
こう見えて滅茶苦茶偉いさんなのだ、バンメルは……。
「はぁ、まったく……。ええか?──野戦師団も、まさかお主が攻めてくるとは思っておるまい。連中は、恐らくは王都奪還を計画中じゃろう」
……あ゛?!
「王都を奪還だぁ?……まさか、俺から奪還するとでも??」
「おーよ。決まっておろうが?」
はっ!……誰があんな肥溜めを占領するかよ。
もう、どうでもいい場所だ。
「そんなこと連中が知るものかよ。……お主も軍に居ったのなら、わからん話でもなかろう? お主の感情はともかくとして、『王都』が正体不明の軍隊に襲われたとなれば、軍主力の野戦師団が動かんわけにはいくまいて」
……まぁ、それはそうだろう。
だから、一番最初に精鋭の第一騎兵連隊が出撃してきた。もっとも、一瞬で80cm列車砲で消滅したわけだが──。
「──そんな中で、馬鹿正直に真正面から姪っ子を取り返しに向かってみぃ。……敵は何と思う? なんで女一人取り返しに来たと考えるに違いあるまい?……わざわざ王都からお前が出て来たんじゃぞ? 何かあると思って、その目的を勘ぐるのが普通だろうが──馬鹿め。……そして、せっかく勘違いしてくれておるのに、敵にワザワザお前の弱点を教えるつもりか?」
う…………。そうか……。
そういうことか。
「野戦師団も馬鹿ではない。……そして腐っても軍主力──精鋭じゃ。いくらお主の召喚獣が強くとも、一瞬で滅ぼすことは難しかろう??……そこを攻撃し、一人でも逃がすことにでもなれば、奴らにお前の目的がバレてしまうではないか……言っていることの意味は分かるな??」
「…………あぁ」
ようやく合点の言ったナセルが唇をかみしめ押し黙る。
悔しいが、バンメルの言っていることは正論だった。
「奴らを攻撃するチャンスは一度だけ──」その意味するところは、一度でも、ナセルの目的が露見していまえば、野戦師団は対抗手段として、リズを盾にするだろうということ。
……当たり前の話だ。
ナセルの目的にして、最大の弱点。それがリズなのだから──。
「……もし奴らがリズの首に匕首を当てれば、それだけで俺は手は出せなくなる」
そして、ナセルはあっという間に殺されて、リズも取り戻せない……。
「つ、つまり───」
「……おうよ。攻撃の機会は、奴らがまだお主の目的を測りかねている。この一度しかない」
ぐ…………!
「……じゃが、やるんじゃろ?」
「あぁ!……当たり前だ」
一度しかチャンスがない?
上等だ……。
「…………なら、一撃で決めてやるさ───……」
「ふむ。……というわけで、今向かっておるのが、騎兵共の塒──駐屯地方面というわけじゃ。中でも、姪っ子が囚われている可能性が一番高いのが、第二か第三騎兵連隊の強制労働所じゃ。第一はお主が完膚なきまでに潰したからのー」
……そう、だな。
第一騎兵連隊は壊滅した。
ならば、人員の補充ができるまで、強制労働所をはじめ駐屯地機能は他所へ移すはずだ。
……そこまではいい。間違っていないはずだ。
だが、問題があるとすれば、
「……第二騎兵連隊と、第三騎兵連隊───このどちらにいるか、か?」
「おうよ。さすがに細かい情報まではわからんかったでのー。ま、消費されている物資の量から見ても、騎兵連隊には満遍なく女が補充されておるよ」
……つまり、二択というわけか。
「幸い、第二、三騎兵連隊は距離が近い───お主なら、さほど間を置かずに攻撃ができるのではないか?」
「…………多分な」
というより、やるしかない──────。
だが、ドイツ軍とて万能ではない。
質量のデカいものはやはり魔力の消費が多いらしく、「魔力の泉」頼りで80cm列車砲をいくつも顕現させていればあっという間に魔力欠乏に陥るので現実的ではない。
ただし、ドイツ軍Lv6の「V-1」のような攻撃兵器の場合、質量こそかなりのものだが、もともとが使い捨ての兵器らしく、それを直撃させれば魔力の消費は少なくて済む。
……だが、今回の目的は殲滅ではなく救出だ。
V-1を打ち込んで終わりというわけにはいかない。
ならば、やはり戦車か歩兵しかない……。
(……今のところ、無理なく召喚できそうなのは──「魔力の泉」ありきでLv6のティーガーⅠなら、同時に十数台といったところか)
そして、戦車以上に召喚に必要な魔力が少ないのが、歩兵のような兵科だ。
──首から下げた魔力の泉をチャラリと鳴らすと、ぐーぱーと手を開いては閉じて魔力のなじみ具合を確認する。
「カッカッカ! 結構、結構───ならば、お主のやることはおのずと限られてくるな」
「あぁ……。|収容されている一番可能性が高い第二騎兵連隊を攻撃《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》し、強制労働所の開放───……そして、リズを発見し……救出する」
絶対条件。リズの救出。
……これだけは外せない。
──たとえ、第二騎兵連隊にいなかったとしても、地上に降りさえすれば、返す刀で電撃戦をしかけ第三騎兵連隊を叩けるッ!
そうして、どんな犠牲を払ってもリズだけは絶対に救って見せる──必ず、だ!
「おうおう、それでよい───……おぉ、見ろ! ほれほれ、街が見えて来たぞぃ?……懐かしかろうて」
ニィ
バンメルが小気味よさげに頷きつつ前方を注視させる。
そこに見えてきたのは懐かしき最前線。無数の天幕と武骨な砦が立ち並ぶ軍人の町……。
そここそが前線都市。
今も昔も、魔王軍と王国軍が鎬を削る地獄の戦場の都だ。
(懐かしいか、どうだろうな……)
だが、
「───まさか、また戻ってくることになるとは……」
うっすらと目を細めて思いを馳せる。
魔王軍との戦闘で負傷し、軍人を引退したナセル。
そして、負傷後は大隊長の伝手で冒険者ギルドに入り……アリシアに出会った。
「…………大隊長」
街を透かし見て、大隊長も面影をみると、空を掴む。
もちろん、何もつかめはしなかったが、かわりに胸がズキリと痛む。
(…………そうか。思えば、この戦場がすべての始まりだったのかもしれないな)
胸を抑え、この地で背を預け合い戦った──あの人を瞼の裏に浮かべた。
今は、亡き……あの美しい金の髪をした強き人───……シャラ・エンバニアを思い出すナセル。
(──すべての始まりにして終わりの町……か)
ふっ。「……懐かしい、ね」よく言うよ。
自嘲気味に、バンメルの皮肉を笑って受け流すナセル。
もはや、そんな感情はこの戦場にはない。
ここにあるのは、ただの過去。
かつて、魔王軍と戦い。
そして、ナセルは負傷し──────……。
軍人としての終わりを迎えた……。ただ、それだけ。
「ヒョホホホ……。そうじゃ、そうじゃ───思い出すがええ。思い出すがええ。……本当に憎むべき、魔王軍との戦いを全てな。カーッカッカッカ!」
「……余計なお世話だよ」
バンメルが何を思ってナセルに手を貸すのかは知らない。
そして、ここまであっという間に飛んでこれたのも、情報を収集できたのもバンメルのお陰だ。
──そこは素直に感謝しよう。
だが、……それだけだ。
「さーて、じきに前線都市上空じゃのー。ここを起点として変針、最短経路で第二騎兵連隊の駐屯地を目指すとしようか。……出来れば、バレずに行きたいところじゃったが、魔法兵団の哨戒網にはとっくに引っかかっておるでの──ま、ここまでくればもうすぐじゃて」
さっきから断続的に魔力の照射を受けているのを感じていた。おそらく、地上の魔法兵団から、探知魔法の類を受けているのだろう。
ナセルとて、召喚士──魔術師の端くれだ。そのくらいはわかる。
「……あぁ、知っているさ」
なにせ、この場所はナセルにとって第二の故郷だ。
防空態勢がどれほどかもある程度は目星がついている。なら、バンメルの言うように最短経路で飛ぶのが正しいだろう──。
ふっ。
「…………懐かしき戦場、か」
そう、だな。
たしかに、俺は帰って来た。
──再びこの地に帰ってきた……。
だが。
今度は、魔王軍と戦う兵士としてではなく……。
──バサァ……!!
「……お前たちの悪夢となってなッ!」
万感の思いを籠めて、ナセルは防寒具をかなぐり捨てる!
そのマントの下に佩いていたのは完全武装───ドイツ軍の迷彩柄の戦闘服だった。
「さぁ、野戦師団よ……! 今宵、俺の家族を返してもらうぞ」
……もはや、ここにいるのは復讐者ナセル・バージニアではない。
ただ一人の家庭人。
そして、王国民でもなければ、元軍人でもない。
──ただただ、リズを取り返しに来た一人の男でしかないッ!
…………だからこそ!!
「お前たちは、何の罪もない俺の最後の家族を弄んだ……」
お前たちは、何の咎もない俺の最後の家族を奪った──。
お前たちは、何の罰もない俺の最後の家族を傷つけた──!
「──だから、容赦などしなし、慈悲など期待するなッ」
理不尽には理不尽を。
軍隊には軍隊を!
悪夢には悪夢をもって答えよう!
「……そうとも、俺は、お前たちにとっての悪夢であり、敵だッ!」
敵であり、怨敵であり、仇敵!!
決して魔王に等なったつもりはないが───お前たちが俺を『敵』と呼ぶなら、「魔王」の誹りも甘んじて受けよう!!
だから、俺はお前たちと戦うッッ!!
ナセル・バージニア個人としてお前たちに戦争を──!!
一心不乱の闘争をッ!!
ただ一人だけの私闘を!!
「──ここに今、王国に対し、このナセル・バージニアが再び宣戦を布告する!」
バーーーーーン……!
誰も聞いていなくともよい。
これはケジメ。これは、ただの決別だ!!
だから──!
…………さぁ、始めようか。
家族を救出する、ただの一人の男の戦いをッ!!
「──お前たち、野戦師団に鉄槌をッッ!」
魔力充填!
召喚呪印、起動──!
いくぞ、我が愛しの召喚獣たちよ!!
「カーーーカッカッカッカッカッカッ! 小気味よい、小気味よいなぁ───ナセル・バージニアぁぁあ!!……っと、そうそう、言わんでも知っとるだろうが、もう、とっくに発見されたぞ?……おそらく、じきに迎撃が来るじゃろうて」
「あぁ……」
構わないッ。
バンメルの言う通り、夜明けの空にもかかわらず、眼下の町が騒がしい。そこかしこで連続する警鐘の音が鳴り響きはじめた。
隠密行動もここまで。
むしろ、ドラゴン一騎とはいえ、ここまでよく気付かれずに来れたものだ。
──構わないともさ!!
むしろ、
「……むしろ、望むところだッッ!」
首から下げた魔力の泉に力を籠めると、身体中に魔力が漲っていくのを感じる。
『魔力の泉』……これは、バンメル曰くかつての伝説の勇者パーティにいたという大賢者が作ったアーティファクトなんだとか。
「もはや、ここから先──遠慮はいらないし、」
──隠れる必要もない。
「……ならばいっそ、ここから先はド派手にいかせてもらうぜッ!」
すぅぅ……。
「出でよ、ドイツ軍─────────!」
カッ────!!




