俺はゼファー1100(磯部の宝物)
フィクションです。登場する人物・団体・地名・施設等は全て架空の存在です。
実在する人物・団体・地名・施設等とは一切無関係です。
俺はゼファー1100。バイク店で商品化の最中だ。
え?『私は~』で始まるはず?知らない。
俺も不思議に思うんだけど、俺も含めてカワサキのバイクは漢だよな。
まぁ、中には違うのもいるけど。
中古車で並ぶきっかけ?前の御主人がZ1の出物を見つけてな。
「同じ様に見えても本物は違う。」って乗り換えたんだよ。
本物って何だよ・・・俺は偽物でもコピーでもない。
やさぐれた気持ちで工場にいると小さなスクーターが入って来た。
ずい分古いスクーターだ。年上だな。
「姐さん。どうした?」声をかけると返事が返ってきた。
「焼き付きよ。あなたは?」
可哀そうに。年式や元々の値段からして修理はされないだろう。
「中古コーナーで並ぶのに向けて商品化中。」
「新しいじゃない。どうして売られたの?」
痛いところを突いてくる。
「先輩の方が良いからだってさ。乗り易けりゃ良いってもんじゃないんだね。」
「ウチの御主人、免許取立てよ。乗りやすいって自信があるなら誘ってみたら?」
こんな小さな姐さんに乗ってる子が?笑わせるな。
「あのなぁ、姐さんよ。俺は大型だぞ。原付きとは違うよ。」
「あの娘、大型二輪免許は持ってるよ。アタックしたら?」
「そうか・・・。」
若いし、バイク経験は少なそうだ。でも、それでも大型二輪に乗れるなら・・・。
「店長さん。このバイクは?」
お嬢ちゃん。俺に乗らないか?こう見えても優しさには自信があるぜ。
「中古で出そうと思ってるんです。殆ど乗らずにZ1に乗り換えた人がいましてね。」
「ふ~ん・・・良いわね・・・これ。」
俺の良さが解るかな?見てくれは古いけど中身は新しいぞ。それなりに。
「慣らしが終わったくらいの極上車ですよ。私が乗りたいくらいです。」
それ、押せ。店長頑張れ。
「店長さん。私にこのバイクを売ってください。お金は頑張って払います。お願い・・・。」
目を潤ませて店長を見つめるお嬢ちゃん・・・やるな。店長が押されている。
「可憐に見えても御転婆さんよ。」
姐さんが言うけど、どうでも良い。俺はこの子に乗られたい。
「じゃぁ・・・・」
商談成立。数日後、俺はお嬢ちゃんの愛車となった。格安の値段で。
姐さんの姿はあれから見ていない。恐らくもう・・・。
お嬢ちゃんもいつかお嫁に行き子供が生まれるだろう。
その時は俺から降りると思う。その時まで共に歩もう。
じゃあ、お嬢ちゃん乗りな。いろんな景色を見せてやる。
◆ ◆ ◆
あれから10年・・・・・。お嬢様は私に乗り続けています。
色々な所へ行きましたねぇ。北は北海道、南は九州。
乗っているのが可憐な女性だからって寄って来る男が山ほど居ました。
大学には「俺もバイクに乗ってるんだ~」なんてお嬢様に近づく男もいました。
私が一睨みしたら「え?こんなの乗ってるの・・・。」って
何処かに行っちゃいましたけどね。乗ってたのはネオン管だらけの
ビッグスクーターってナンパな輩でしたねぇ。
結婚?しましたよ。お嬢様では無くてお母様が。
再婚して海外に嫁いでいかれました。若く見えるのは家系ですかね?
お母様は50歳手前のはずなのに30代前半に見えました。
お嬢様は大人びたメイクをしてらっしゃいますが、ノーメイクだと
高校生に見えます。あの頃のままです。
私は歳をとりました。まだまだ元気で時速200㎞位は出そうですが
もう無理はできません。お嬢様も私を労ってくれます。
周りのバイク達はお嬢様に乗られたがっていますが、お嬢様を譲る気はありません。
ニーグリップと伏せた時の感触は男性を乗せているのとは大違いです。
見た目はあの頃のままですが、お嬢様もお年を召されたせいでしょうか?
私を動かすのが辛そうです。コンビニやスーパーへ行くときは
難儀していらっしゃいます。こればかりは何とも出来ません。
買い物は自動車で行けばよいですって?冗談じゃない!怖い事を言わないでください。
お嬢様と出掛けるたびに傷が増える自動車の奴を見ると気絶しそうになります。
近頃は「普段乗りのバイク・・・」なんて呟いておられます。
そろそろ私も旧車に片足を突っ込んだ世代。買い替えられるのでしょうか?
あの時の小さなスクーターさんの様に、私もお嬢様を
任せる事の出来るバイクを見つける必要があるかもしれません。
もしかするとお嬢様が私から降りるのは遠くない日かも知れません。
それまでは私、ゼファー1100めがエスコートいたしましょう。
私・・・いや。俺はゼファー1100。お嬢様の忠実なる下部。
あなたを乗せて何処までも・・・。
ある日、お嬢様は私に乗らず、歩いて出掛けられました。
飲み会でしょうか?




