関ヶ原前夜
日本の堺行きを希望すると、日本人街から、人が手配された。マゴーネ閣下はこちらに強い影響力がある
、東方貿易に従事した一族のご出身か。
ベネチアでも、ハンニバルとマゴーネの物語は上演されていた、向こうならマゴーネと言う名はつけにくい
こちらでは、良いマゴーネなのか
閣下の名を出して以来、島民たちの変化が怖い
正直、重い、この者たちとは、少し離れたくなった
マゴーネ閣下が何をしたのか怖くて聞けない、
まさか、兄君を殺したわけでもあるまい、
日本人とは気楽に話せた、やっぱり奴らおかしい
船内で日本語を学ぶ、堺は宣教師によって、東洋のベネチアと呼ばれたらしい、本場と見比べてやろう、
既に水路は埋め立てられていた、残念
大阪で石田殿と面会を終えると、東へ向かった。
戦いには参加できないことを伝えると、残念がられたが、この国との交易を望んでいると伝えることができた、もし日本国内にいられなくなった場合、我らが国外へお連れできることを、お忘れなきよう
江戸へ向かう船内で、お話衆が付けられ、この国で起こった戦話を聞かされた。
鉄の船を浮かべて、敵水軍を撃退した話、堺の上、大阪での合戦
この国の戦い方は、大軍を用意し敵方に会戦を諦めさせ籠城させる、後は、敵の城を囲み、付城という
陣地を作り、敵の出撃を塞いでしまう、兵糧がつきて落城する、こうして国内はまとめあげられていった
大阪の城は、海に面し、補給を断つことが難しく
何年も攻め落とせなかった
また、敵方には、有力な水軍が付いており、こちらの水軍は、海戦でも破れていた
そこで、船を使った封鎖が行われた
これは海にも付城を作ると言う彼らの基本戦術に合っている、その船が、鉄船だった
大船を封鎖したい地点まで移動させ、停泊する、そして鉄の装甲をつけた
この船はもう動かさなくて良い、要塞となった
敵方が火薬を使い、船を燃やすのに対抗し、木船を鉄板で覆い、燃えなくした船を、砦代わりにした
これなら船は動かす必要がない、船を持ってきて固定する、目的は封鎖だから船が動く必要は無い
そして、燃やされないように鉄で覆う、全く合理的だ
従来の戦術をそのまま行った封鎖、船を使って海に付城を作ったと言う工夫、だからその後鉄船が現れる事はなかった、封鎖し食料を断つと言う役割を終えた。
海軍があれば必要がないから、鉄甲船は消えた
これ読んでる人は、これと言う案内板が出現して、
いっちょ前になった気がしました、やはり、戦国日本もの多し、ので戦国日本ものです
西が一段落しましたし、同時代ですから鉄甲船の謎に迫ってみました、
鉄甲船はあったのか?なぜ作られたのか?どうしてその後消えたのか?が、
説明できる合理的で、きれいな仮説じゃないですか




