不人気回想編 ベネツア
船は港に置き、部下とは別れた、慣熟訓練を命じたが、慣れるまでに時間がかかろう
現地の有力者に賄賂を渡し、通行証を手にすると
マゴーネは単身、コンスタンティノープルを目指した
スルタンに会い私掠船許可証を手にするつもりだった
それだけのはずだった、まさか、ああなるとは
人の自宅に招かれるのは嬉しいものだ
外で会う時と、親しさが違う、ホテルより自宅へどうぞと
コンスタンティノープルで知り合ったベネチア人貴族
の自宅に招かれた
船は定期的に進んだ、港が整備され、ガレー船に乗れば決まった期日に到着するよう運行されていた
ベネチアに到着すると
おのぼりさん、よろしくキョロキョロと街を港を
見渡してしまった。
ガレー船に大砲を積んだ船がある、あるじゃない
あれはなんですか?東方から来た田舎者風に尋ねる。
艦隊の主力になるガレアス船です
大砲で戦います
行き交う交易船の中を、自分たちが乗った船も進む
海の都ベネチアでは、人は船に乗って移動する
コンスタンティノープルで、遷都を進言して以来
発想を気に入られ、あれこれ尋ねられるようになった
砂糖を作っているのですかベネチアでは、持ってきて育てた、では、胡椒も栽培可能かもしれません
夕食の席で家族を紹介された、娘さんはいなかった
ベネチアでは、すでに活版印刷で本が刷られていた
用意された客室でカエサルの内乱記読んでいると
誰かがドアを叩いた
ハンニバルの系譜
ハンニバルの戦術は、ローマの将官に共有されるようになった、ローマの軍人ならば、誰もが知る必須の戦術になった。当然由来も語られただろうカンネーでハンニバルが使ったと
ローマの軍人たちは、ハンニバルに興味を持たなかっただろうか、軍営する夜の話題として尽きることがなかったのでは、自分たちならどうしただろうか
ハンニバルに勝算はなかったのか
彼らの会話や思考の中で、ハンニバルは生きていたのではないか
スキピオやハンニバルから後の者たちは学んだのでは?中央と対立したときの生き残り方を
前線の者たちが、中央から疎まれたとき、生き抜くすべを、軍隊を解散して、中央に戻れば身の安全すら保障されない。勝利すら何も保証しない。
かくして、ローマは制圧された、自国の軍隊によって。ハンニバルの戦術が優れていたからローマ軍に持ち込まれた、ローマは、ハンニバルに触れ続けた
このことこそ、自身がハンニバルにならないために考えるきっかけをローマ軍人に与えたのかもしれない




