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Babel (バベル)  作者: 匿名希望
第二章 下層
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19.闘技場

『アルマ。今から闘技場への参加をエントリーしますが、本当によろしいですね?』

 新居のベッドルームにて、目ではなく背中、もしくは後頭部にあたる部分のランプを点滅させながら、ミコがアルマに訊ねる。このランプは、外部ネットワークと通信中であることを示している。

 塔の内部には産業用やその他の労働に従事しているMIロボットを操作するための通信ネットワークが張り巡らされており、MIロボットであるミコはどこからでもそこにアクセスして物品の購入をはじめとする諸般の手続きを行うことができる。本来であればMIを有しているアルマにも同じことが可能なはずなのだが上手くいかず、ミコが調べてみたところ外部ネットワークへの接続を遮断するセキュリティシステムが博士の手によって構築されていることが分かった。どこまでも博士は、塔に関する必要以上の情報をアルマに与えないつもりらしい。

「うん」

 ベッドを椅子がわりにして腰掛けていたアルマが、立ち上がって同意する。

「私は、博士が私をこの塔へ向かわせた理由が知りたい。その答えはきっと、塔の上にある」

『その選択によって、リリアを悲しませることになっても?』

 ミコに言われ、アルマは先日『Bar Salgado』で交わしたリリアとの約束を思い返す。「危ないことはしないで」と泣きながら懇願するリリアに、アルマは「わかった」と応えた。闘技場へのエントリーが完了した瞬間、アルマは生まれて初めて人に嘘を吐いたことになる。

 否、私は塔へ辿り着くまでに、何度も武器を持った複数人の強盗や機械獣(マシンビースト)に遭遇してきたが、そのすべてを無傷で退けてきた。だからこれは、リリアの言う「危ないこと」には該当しないはずだ。

「うん」

 自らに言い聞かせるようにアルマはもう一度深く頷き、再びベッドの上に腰を下ろした。無事に闘技場への参加エントリーが完了し、その旨をミコから伝えられたアルマは、そういえばジェニィもアルマが武器を持ち戦うことをひどく嫌っていたということを、なぜだかふと思い出していた。


 数日後、アルマは下層地帯北地区内に位置する闘技場へと足を踏み入れていた。

 東や南地区と比較して裕福な暮らしをしている人間が多いと思われ、背が高く立派な家屋が多い北地区の中でも、管理局と同様に未知の建材を用い古代ローマ時代のコロッセオを模して造られた闘技場の巨大な円形の建物の外観は、あまりに周囲とかけ離れた異彩を放っていた。

 建物の中に入って受付を済ませた後、参加者は各々の控室へ通され、試合会場に呼ばれるまで一人で順番を待つこととなる。控室まで案内をしてくれたのはやはり人間を模したアンドロイドだった。塔の素材が用いられた建物で働くのはMIで動く機械でなければならない掟でもあるのだろうか。

 控室はイスとテーブルが置かれ、そして壁の一面が鏡になっているだけの簡素な部屋だった。長居するわけではないのでそれで別に構わないのではあるが。テーブルに置かれていた水差しからコップへ水を注ぎ口に含むと、思っていたより口内と喉が渇いていたことに気付く。心臓の鼓動も普段より若干早い。どうやら少し緊張しているようだ。

 その理由の大部分は、先ほどからうっすらと聞こえてくる音にあった。闘技場に巻き起こる歓声、それが試合会場から離れた控え室まで地鳴りのように届くのだ。どうやら試合はかなり盛り上がっているらしい。

 アルマが控室に入ってから計18回目の大歓声の後、入口のドアがノックされ、試合会場へ向かうようアンドロイドの係員に告げられた。

『アルマ。私も付いていかなくて本当に大丈夫ですか?』

「うん、大丈夫。ここで待っていて」

 アルマはそう言うと椅子から立ち上がり、ミコを置いて一人で部屋を後にした。ミコがアルマの側を離れるのは、コロニーで出会って以来初めてのことだった。

 闘技場に持ち込み禁止武器などのルールは一切制定されていないため、その気になれば100体の戦闘用MIロボットを連れていくことだって可能だ。下層民にそれを用意する手段がないというだけで。ただ、ミコは元々戦闘用ロボットではなく、戦力として数えるメリットより戦闘による破損でミコのメモリーに記録されている博士の知識が失われるリスクの方が大きいと判断し、アルマは一人で参戦することに決めた。

 案内係の後を追って通路を進むと、徐々に聞こえてくる歓声が大きくなっていく。外観からある程度は予想していたが、相当な数の人間がこの闘技場に集結しているようだ。

 通路の先にある大扉の前で一旦立ち止まり、深呼吸する。鈍い音を立てて扉が開かれると、いよいよこの闘技場の全貌が明らかとなる。試合会場の中へ一歩踏み出した瞬間、少なく見積もっても千人以上を数える観客が、一斉にアルマへと注目を向けた。観客たちの突き刺すような鋭い視線と、ドーム状の天井によって反響する歓声を全身に浴びながら、アルマは会場の中央に設置された舞台へ向かい歩みを進めていく。

 その先で、つい先日サルガドの店に現れアルマたちの手によって追い払われた大男、ベンが待ち構えていた。

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